トライ×ライブ! ~Rainbow Generations~ 作:がじゃまる
夕闇が街を彩っている。
傾く斜陽に染められた男から決して目を外さず、昂貴は直前の単語を反芻した。
「依頼……?」
「そう。……ちょっと場所を変えよっか」
男はゆっくりと歩き出す。若干の迷いの末、その後に続いた。
「先に言ってしまうとね、私はこの星の人間じゃない。君達で言う宇宙人ってやつだ」
カミングアウトに意外性はなかった。少なからず地球人で無いのだけは確かだったから。
「……もう少し驚いてくれてもいいじゃん」
外見に似合わず口を尖らせた男の輪郭が歪んでゆく。
地球の生物には類似しない容姿。無理矢理近しい生物を挙げるのならばタコやイカのような軟体動物だろうか。両側面に備わった巨大な眼球からは近しい特徴を覚える。
著しく肥大化した赤い頭部は肩や胸元すらも覆い、恐らくは発声器官に該当するであろう発光体が点滅している。反して青く染まった両腕の先は花弁の裂けた蕾のような形状を取っていた。
『メトロン星人……』
零体を作ったタイタスが口にした名に、一言「正解」と返す男―――メトロン星人。
シェルターで目にしたことのない宇宙人だが、タイタスの声音からして友好的な種族で無いのはわかる。
警戒の帯を改めて結び直す。タイタスの存在に言及しないのは予め把握した上で接触を図った証拠だ。
『わかってはいると思うが、邪な目的であるのならば手を貸せないぞ』
『まっさか。このタイミングで声を掛けたんだから、わかるでしょ?』
タイミング。状況的に指し示す事柄は一つだろう。
「……タガヌラーの件か」
『そっちも正解。いいね。流石U-40の精鋭が選んだ子だ』
讃えるように手を叩くメトロン。腹が見えない。
今のところ敵意は感じないが、鎌をかけておくに越したことは無いか。
「……なんか関係してるのか」
『そうだね。関係は大いにある……あ、私が嗾けた訳じゃないから安心してね』
こちらが問う前に潰してくる。何となく考えが見透かされてる気がした。
『タガヌラーは言わば、この星にとっての防衛装置みたいなものなんだ。地球外から縄張りを脅かすような脅威が迫っているのを感知すると、君が見たように迎撃行動を取る習性がある。……まあ、エネルギープラントを襲うのは想定外だったけどね』
どこまで信じていいものかと思案し、脳裏に瞬くものが生じる。
「ならE.G.I.S.がああ言ったのは……」
『そう。あえてタガヌラーに熱線を打ち出させることで迎撃……それが叶わずとも外敵の位置を割り出すためだ。……そして今日、ようやく正確な位置を特定した』
辻褄は合う。発見例の少なかったタガヌラーが立て続けに出現する理由も、自身の命に代えてでも熱線を射出した訳も、E.G.I.S.がそれを止めなかった意図も。
『近い内に大きな脅威がこの星に訪れる。防衛軍はそれを全力を以って迎え撃つ所存だ。……君達には、この迎撃作戦に加わって欲しい』
足を止めたメトロンが昂貴と向き直る。気圧されるような信念を感じる目だった。
『待て。状況は理解したが……何故外星人である貴方がそこまで防衛軍の事情を知っている』
『あれ。渡した名刺に書いてなかった?』
切り返したタイタスに首を傾げるメトロン。遅れて手の中に握られたままだった紙切れの存在を思い出す。
目を落とし、印刷された文字を読み上げた。
「地球防衛部……日本支部局長ッ!?」
『おー、いい反応』
「まてまてまて! 防衛軍のトップに宇宙人がいるってどういうことだ!」
流石に声を荒げざるを得ない。想像だにしていない事実に混乱が一気に加速する。
『どうもこうも見ての通りだよ。……そもそも、地球人に防衛軍配備の打診したの私だし』
「マジ、かよ……」
信じ難く思う反面、合点もいく。
人類の文明が発展する速度は著しいものだ。産業革命を機に始まった技術革新の波は留まることを知らずに現代まで駆け抜けてきた。
けれどーーー、
『……確かに、疑問には思っていた』
厳かにタイタスが口を開く。
『事前に聞いていた話より、この星の文明は大きく発展していた。こと軍事技術に関しては不自然なほどにな。……技術提供をしたのは貴方か』
「それも正解。結構苦労したよ」
メトロンが肯定し疑念は事実に変わる。
この数年で著しく発展した対怪獣対策技術。その裏にあった外部からの意志を。
『まあ、これだけで信用されるとは思ってないけど……そうだなぁ、なんか聞きたいこととかある?』
押し寄せる情報の数。そしてその重さに思考は判然としない。処理負荷が臨界点を越えたコンピューターのように、籠る熱が頭を鈍らせる。当然核心に迫る問いなど紡げる筈もなく。
「……なんで、わざわざ地球人に手を貸した」
なんて、いくらでも嘘が利く答えを要求してしまう。
『この星が好きなだけだよ。……それにまあ、一応責任もあるし』
「責任?」
「いずれ話すよ。君達とは、長い付き合いになりそうだし」
再び地球人としての形を取ったメトロンは腕時計を確認すると昂貴に背を向けた。
「作戦は三日後。それまでに答えを出してくれると嬉しいかな。……じゃ、そろそろ抜け出すのも限界だから行くね」
呼び出しの通信でも入ったのか。謝罪の言葉を並べて早足で進む後ろ姿は草臥れたサラリーマンにしか見えない。
「……」
示す答えも、引き留める言葉も見つからないまま。
ただ立ち尽くし、遠くなる背中を眺め続けていた。
『……結局、どうするんだ』
「……さあな」
重い身体で階段を昇る。鉛のような疲れが圧し掛かっていた。
空色は既に黒く染まり、スマホで確認する時刻は二十二時に差し掛かっていた。急を要したとはいえ、流石に時間をかけ過ぎたか。
『確固とした情報は得られなかったが、恐らく、地球に危機が迫っているというのは本当だろうな。幾つかの犯罪組織が撤退している痕跡があった』
下卑た連中の逃げ足の速さほど信用に足るものはない。この数カ月で得た教訓の一つだ。
シェルターに普段の活気はなかった。残っている殆どは地球から脱出しようにもそれが叶わない流れ者達だ。
終わりが迫っている。地下街に蔓延した空気にはそう実感せざるを得ない重みがあった。
「お前的にはどうなんだよ。あのメトロン星人っての、信用出来んのか」
『個人の感覚で言うのならば、信じても良いとは思っている。事実侵略工作が多々確認されている種族ではある以上疑わしい部分はあるが……彼からは悪意のようなものは感じなかった』
タイタスは賢者を名乗る割にはかなりの感覚派だ。己の直感に従った上で推考を重ね、理論を積み重ねる。それが彼のやり方。
『……それと、もしかすると彼はーーー、』
くぅ。
何かを紡いだタイタスの言葉を遮る形で腹の虫が鳴いた。
「……スマン」
そう言えば買い出しに行くのを忘れていた。今台所にあるのは萎びた野菜と調味料くらいだろう。
今更食材の調達と調理をするのも正直怠い。
「……まいっか。今日くらい」
『む……感心しないな。健康な身体作りは規則正しい食生活からだぞ』
「飯も食わねぇ種族に言われても説得力ないな」
論争が始まる。こうなったタイタスは頑固だ。基本的に譲らない。予め負けた後のことを考えておいた方がいいだろう。
仕方ない。かなり割高だがコンビニ弁当でも買ってくるか。
「お」
自宅の階に辿り着いた頃、同時に停止したエレベーターの中から現れた少女と目線が合う。
「あれぇ、コウ君今日バイトだったっけ」
「……まあ色々あって。そっちも今帰りか?」
「そうなのです。彼方ちゃんは今日も頑張りました」
褒めてと言わんばかりに胸を張る彼方。お姫様のご所望であるためポンポンと頭を撫でて差し上げる。綿のように柔らかな髪触りが心地よかった。
「あ、ねぇコウ君」
互いに堪能し合った後。別れ際に再度呼び止められる。
「晩御飯まだでしょ? よかったら一緒に食べよ」
***
「いただきまーす!」
他所の家の食卓というのは不思議な感覚がする。長らくその経験がない昂貴には猶更だった。
「……いつもこの時間まで待ってんのか?」
どうにも落ち着かず、対面の位置に座る遥に問う。あれからまた時間は経ち、時計の針は二十三時を示している。就寝時間を考えれば健康的な食事時とは言い難い。
「はい! お姉ちゃんと一緒に食べたいので!」
姉の手料理を頬張りながら屈託なく答える遥。
姉も妹もスクールアイドルをしている関係上容姿には気を遣いたいだろうに。それでも尚同じ食卓を囲むのはお互いを想う故なのだろう。
近江家は両親共に仕事が忙しく、数日顔を見れないことも珍しくないらしい。そんな二人にとって唯一の姉妹というのは最大の支えなのだろう。
「ほれほれ、コウ君も冷めないうちに召し上がれ~」
促され、昂貴もようやく箸を取る。今日のメニューは肉じゃがらしい。赤み掛かった煮汁の中を雑多な食材が転がっていた。
懐かしい光景だった。まだ母親が入院する前、作り置きが楽だからという理由でよく作っていたのを思い出す。
「……いただきます」
久しく発した様式に続いて黄金色の芋をつまみ上げる。程よく煮込まれた身に箸が沈む。崩れて落ちる前に口へと運んだ。
「っ……」
脳裏に瞬く、いつかの記憶。古いフィルムのように色褪せていて、どこまで正確なのかもわからない。でも確かに昂貴の中に存在するもの。
「……美味しくなかった?」
浸る身体が暫しの硬直に入る。少し間を置いて彼方が不安気に顔を覗き込んできた。
「……いや、うまいよ。凄い、美味い」
味も食感も全然違う。出汁醤油の風味が強く硬めの芋が好みだった母のそれに対し、彼方の味は甘めだ。朝の時点で仕込んでいたのか、具材にもよく味が染み込んでいて柔らかい。
だから、˝味˝は全然違う。
「……懐かしいなって」
噛み締めるように漏れた声に彼方は意味の籠った言葉を返さない。
代わりにただ一言。
「……そっか」
旧懐の風が吹き込み、流れ去ってゆく。すぐに姉妹の談笑が再開され、賑やかな空気が舞い戻る。
その光景もまた、懐かしかった。
***
「悪いな。いきなり押しかけて。遥も。どっかで埋め合わせはする」
「気にしないでいいのに。ねぇ遥ちゃん」
「うん! 昂貴さんなら大歓迎です! お兄ちゃんみたいなものなので!」
「そうかい。……んじゃ、またどっかで世話になるよ」
どの程度本気かは定かじゃない。この姉妹の性格からしてその「どっか」はすぐに訪れそうだが。
「じゃ、また明日ねコウ君。おやすみ」
「ん。……また明日な」
ひらひらと手を振って数時間後にはまた付き合わせるであろう顔と別れる。直前までの団欒が消え、夜の静寂が昂貴を包んだ。
「いつの間にあんな上達したんだか……」
高校に進学してから台所に立つようになったのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。虹ヶ咲に来て、フードデザイン専攻の授業に揉まれた成果もあるのだろうか。
どうであれもういっぱいだ。腹も、胸の内も。
「……なあ、タイタス」
『……なんだ』
「罠かもしんねーけどさ……やるよ、俺」
『……そうか』
決意を固めさせるには十分だった。十分過ぎた。
『君が決めたのならば何も言うまい。私も全力挑もう……君の大切なものを守るためにな』
「……ありがとな」
彼方のことが好きだ。幼馴染としても、一人の異性としても。否定のしようがないくらい。
自分達がこの先にどう進んでいくのかはわからない。けど彼方が笑って、ささやかでも幸せに生きていけるのなら……それに勝る望みはないから。
そんな日常を守りたくて、あの時闘うことを決めたのだから。
「絶対……壊させてたまるかよ」
見上げた夜空で、不穏に星が流れていた。
夜でも賑やかな人波を縫い、導かれるようにして辿り着く。入り組んだ路地の奥。地球人には感知出来ない流れ者の溜まり場へと足を踏み入れる。
「……彼から連絡があったよ。協力してくれるって」
この星で言う、バーなどと呼ばれる空間。等間隔で並ぶ席で酒を傾けているのはどれもが異形の者達だ。
「一先ず、第一段階はクリアかな。……あ、いつものお願い」
カウンター席に腰を下ろし、正面に構えた店主と面を合わせる。
モダンなバーの雰囲気に似つかないラフなジャケットを羽織った男。
一見ただの地球人のようだが、その実は荒くれ者も多い異星人達を束ねる存在だ。彼がその気になれば自分など一瞬の内に肉片にされるだろう。
「……道草食ってねぇで仕事しろ。んな暇じゃねぇだろテメェの仕事はよ」
「少しは勘弁してよ。元々こういうの柄じゃないんだから」
悪態をつく男が一本の酒瓶を手に取り、中身をグラスに注いでは寄越してくる。マンダリン草を用いたブランデー。この星のどこを探しても味わえるのはこの店だけだろう。
「……んで、首尾はどうよ」
「何だかんだ気になるんじゃん」
「話吹っ掛けてきたのはテメェだろうがよ。……ま、聞く限りじゃ俺にとっても都合悪そうなんでな。無視するにも出来ねェんだよ」
気だるげに眼光を瞬かせた彼は葉巻に火をつけ、煙を吹かせた。漂う白色が電光に触れて霧散してゆく。
「ぱっぱと話せ。雑談するために来た訳じゃねぇだろ」
「せっかちなとこは変わんないねぇ。……と言っても、今のところは変わらないよ。奴も想定の軌道は逸してないし。強いて言うなら彼を引き込めたくらいかな」
「そっちが目的なくせによく言う」
「そう言うなよー。私だってこの星が好きなんだから」
反論しながら言い窄んでいくのが自分でもわかった。ああそうだ。嘘はつけない。つかなくていい。
この場所で自分を偽る必要は何もないのだから。
「……でも、そうだね。確かに今の私は憑りつかれてるのかもしれない」
早くも酒が回ったか。偽りの姿を保てないほどに身体が熱くなってくる。
「……これでようやく果たせるんだね」
グラスを掴むのも儘ならなくなった手の中に握られた一枚の写真に対し、悔いるように。
メトロン星人の声音が、低く。消えていった。
謎の男、もといメトロン星人からの依頼は地球に迫る巨大な脅威を退けること。同時にE.G.I.S.含む地球の防衛技術が外星人の技術提供を受けてのものだということが判明しました。
話を受け昂貴くんは迷うものの、彼方への好意を改めて自覚し作戦へ挑む覚悟へ。
しかし当のメトロンは何やら最後に不穏な会話を……コイツ本当に信用出来るのか……?