しかし、ノブヒデの母リアがどういう経緯で
ノブヒデの世界に来る事になったのか?
そして、リアの身に何があったのか?
唯一真実を知るシヴァがその重い口を開こうとしていた。
「ママ見て、お魚さん!」
とある森の中にある小川で一人の少年が川の中の魚を指差し、大好きな母親に大声でその事を知らせている。少年のその満面の笑みは空に輝く太陽より眩しい。
「ふふっ、ノブヒデ。あまりお魚さんを追いかけ回しては可哀想よ。」
ママと呼ばれた女性は近くの岩の上に腰を降ろして、ノブヒデという少年に優しい微笑みを向けて、その様子を見ていた。
少年を見守る母は視線を少年に固定しながらも他人事のように言葉を紡ぎ出す。
「・・・シヴァ。私は幸せです。ミッドガルドの民が今どのような状況かは分からないのに私の心は満たされている・・・嫌な女ね。」
ノブヒデを見ていたその微笑は弱くなり、その瞳は悲しく曇り出す。
少年の母の言葉に反応するようにそばに寄り添うが如く、シヴァと呼ばれた踊り子のような女性が宙を舞いながら口を開く。
「・・・リア。そんなことはないわ。あなたは十分ミッドガルドのために働いた。あなたが居なければ、ミッドガルドの命運はとうに消えていたはずよ。」
シヴァは少年の母の事をリアと呼び、リアにソッと身を寄せると弱弱しいがシヴァなりに精一杯微笑んでリアを励ました。
シヴァの言葉もぬくもりも近くで感じながらも、リアの目はずっと少年ノブヒデに向けられている。
「・・・シヴァは優しいわね。私はあの子を生む事で残された巫女としての力を大部分失ってしまった。守るべき世界を捨てたも同然・・・。」
リアは初めてノブヒデから視線を外すと自分の胸に輝くクリスタルを見て、悲しく微笑んだ。
リアの視線につられるようにシヴァの視線もクリスタルに注がれる。
「・・・希望はあるわ。アルテマクリスタルさえ無事なら・・・。」
シヴァはリアの肩をソッと手を回すとクリスタルを見ながら、そう力強く言葉を発する。
幻想的に自ら発光する光の塔が遠くで輝く草原に佇む中、ユッケ達にシヴァが知ってるミナとの思い出を少し話してくれていた。
「リアは自分の出来る事を精一杯全うした。それは私が保証します。」
シヴァは強い眼光でバハムートに訴える。
「ならば、なぜすぐ戻ってこなかった?」
アルテマクリスタルが消えて、ミッドガルドで何十年も経っていた。バハムートのその質問は当然であった。
シヴァは後ろめたさというよりは何かに恐怖するようにバハムートから視線を外す。
「・・・私達は帰りたくても帰ることが出来なかった。あの襲撃の日・・・。」
シヴァは遠い空に目線を移し、過去を振り返る。
「闇の民が血の臭いと共にアルテマ神殿に来たあの日。」
そこは純白で埋め尽くされた神殿の一室だった。
「お伝えします!」
一人の純白の布で身を包んだ女性がそう叫びながら、部屋に駆け込んできた。その部屋はとてつもなく広大ではあったが人は一人しか居らず、そのほとんどをクリスタルの大きな結晶が占めていた。
「・・・祈りの最中です。」
その部屋の中で、一人ヒザマズき、目をツブっていた女性が部屋に飛び込んできた女性に静かに言葉を紡ぎ、そう答える。
何か瞑想でもしているかのような女性も同じような服装ではあったが、その雰囲気は他とは明らかに違い、とても落ち着いており、全身が淡い光を身にまとっていて、言葉の一つ一つも美しく整ったように感じられた。
「リア様、大変ですっ。侵入者が、早くお逃げくださいっ!」
慌てて入ってきた女性は息を荒げ、声を荒げ、瞑想していた女性の名を呼び、緊急を告げる。
「・・・・・・アルテマクリスタルの巫女が、クリスタルを置いて逃げるわけにはいきません。」
リアは祈りをやめ、スッと立ち、慌てている女性に毅然と答える。
「しっ、しかし・・・衛兵も皆やられてしまい。もうどうする事もできません。」
慌てる女性は尚も取り乱し、精一杯状況を言葉にし、どうにかして、事の重大性をリアに伝えようと必死にしていた。
慌てる女性を見据えたうえで、リアがその女性ではない誰かに向けて言葉を発する。
「・・・シヴァ、いますか?」
リアは静かにそうシヴァの名を呼ぶ。
「ここに・・・状況は聞いていたわ。」
リアの呼びかけに透かさず反応するように、背後の虚空からスッと現れるシヴァ。
姿を現したシヴァに目を向けるリア。
「バハムートはどうしたのですか?」
リアが落ち着いた様子でシヴァの方を見て、そう尋ねた。
「風のクリスタル破壊に闇の民が関わってると言って調べに・・・。」
シヴァが厳しい表情で現状をリアに素直に簡潔に伝える。
リア達が三者三様で今後について、話していると、
「リアは無事か!」
部屋の一つしかない出入り口から今度は老人の声が木霊す。
「ハモウ様、こちらに!」
リアはその老人の名前を呼び、その老人の呼びかけに応じる。
ハモウと呼ばれた老人はリアの声に導かれるように視線をリアに定めて小走りに動き出す。
「おぉ、リアよ。祈りの最中であったか。良きかな、良きかな。」
ハモウと呼ばれた老人は背が140cmぐらいのこじんまりとした人物で、長い髭を顎に蓄え、鼻の下に左右にクルクルと先端が巻かれた髭が特徴的だった。リア達と同様に純白のローブに身を包み、目は黒いまん丸サングラスで隠していた。髭が立派なせいか頭は髪の毛が一本もない。
ハモウがリア達の傍まで近寄ってくるとシヴァが最初に口を開く。
「ハモウ、侵入者は?」
シヴァが端的にそうハモウに尋ねる。
ハモウは立派な顎ひげを触りながら渋い顔をする。
「・・・闇の力を使う強敵じゃ。衛兵では時間稼ぎにもならん。」
ハモウは一切包み隠さず、素直にシヴァ達にそう伝えた。
「守護は?」
立て続けにシヴァがハモウに尋ねる。
「だめじゃ、衛兵よりは持つがとても敵わん。」
ハモウは左手で顎髭をさわり、右手で手を振って答える。
ハモウに質問していたシヴァがハモウの答えを一通り聞くと目をギラつかせる。
「それでは私も!」
「いや待て、シヴァよ!」
リアの傍から飛び立とうとしたシヴァをハモウが慌てて止める。
「どうして止めるのハモウ!そこまで来てるんじゃないの?」
止められたシヴァが怒ってハモウに大きな声で語尾を強めながら聞く。
慌てだすシヴァをハモウは両手を広げて、留まる様に促しながら、ハモウの考えを伝える。
「シヴァがリアの傍に居てくれたのは幸いじゃ・・・バハムートとも連絡を取ったが間に合わん。奴は間違いなく風のクリスタル破壊の犯人じゃ・・・・・・アルテマクリスタルも同じ目にあうかもしれん。これから最後の手段を取る。」
両手を大きく頭上に動かし、ハモウがシヴァにそう言い聞かせる。
ハモウとシヴァのにらみ合いにスッと手を差し伸べて、口を開くリア。
「どうされるのですか、ハモウ様?」
リアが突拍子もないハモウの提案に不思議そうにそう尋ねる。
「・・・アルテマクリスタルをクリスタルごと、飛ばす。」
ハモウは少し貯めた後、そう力強く答えた。
「えっ?!」
リアとシヴァはハモウの発言に二人とも顔を見合わせて驚く。
目を丸くしたリア達を見て、悪戯に成功した子供のようにニヤケルハモウ。
「ヒョッヒョッヒョッヒョッ、この賢者と謳われたハモウ。みすみす賊にアルテマクリスタルを好きなようにはさせんよ!」
ハモウは両手を広げた状態で高らかに笑いだした。
「・・・まさかっ、時空魔法を使えるの、ハモウ?!」
シヴァがハモウの提案に自分なりの解答を出して、その自身の解答に驚きながらも真意をハモウに尋ねる。
シヴァの問いにニヤリと口角を上げるハモウ。
「ワシ一人の力では難しいが、アルテマクリスタルと巫女の力を借りれば可能じゃ!」
ハモウは左手の人差し指を大きくアルテマクリスタルに向け、叫ぶ。
「さすがですわ、ハモウ様。」
深刻な状況から一転して明るい希望で微笑むリア。リアの目の輝きにはハモウを疑うような影は全くなかった。それだけ、ハモウに全幅の信頼を寄せているのが伺える。
リアがポジティブな思考の中、シヴァの表情が曇る。
「でも、こんな大きなクリスタルをどうやって飛ばすの?」
シヴァが部屋中に広がるアルテマクリスタルを見まわして、ハモウに率直な疑問をぶつける。
シヴァの率直な問いにもハモウは揺るがない。
「ヒョッヒョッヒョッヒョッ、クリスタルの力を集約して再結晶化させるのじゃよ。」
ハモウは今度は顎ではなく、左の口ひげを弄りながら得意げにシヴァに答えた。
「そんな事が可能なのですか?」
両手で口を隠して驚くリア。
「うむ、リアや皆の力を借りるが理論上出来んことは無いぞ。」
ハモウは右手を強く握りこみ、ガッツポーズを作った。
そうすると、ハモウは立て続けに動き出し、リア達を導く。
「時間が無い、早速始めるぞ、リアよ。」
ハモウはいそいそとリアを従えて、祈りの祭壇へと歩く。
「はい。」
ハモウに元気良く答えて一緒に歩くリア。その一歩後方でシヴァや慌てていた神官の女性も続く。
ハモウは後ろを一切振り向くことなく、足早に前へ前へ歩を進めていく。その行動が時間に余裕がないことを告げていた。
「祈りの儀式の状態で、クリスタルの力を自分の手の中に集めるように念じるのじゃ!」
祭壇まで来て、ハモウはリアにそう指示する。
「・・・・・・。」
リアは言われた通りに先ほどしていた祈りの体勢を取り、意識を集中させた。
リアが瞑想の状態に入るとハモウが他の二人の方を向いた。
「シヴァよ、ワシ達も念じるぞ。」
「わかったわ。」
「わっ、私もお手伝いします!」
ハモウの号令にシヴァと慌てていた神官の女性も続いた。
全員の行動を確認したハモウが静かに目を閉じる。
「うむ。皆の力を持って、リアの手の中にクリスタルの力を集めるのじゃ。」
ハモウは皆に指示して、大きく手を広げた。
「・・・・・・。」
祈りに入る4人。すると、部屋に広がるクリスタルから小さな光がこぼれ出す。蛍のようにクリスタルから現れると部屋の中をフワフワと浮き出した。その光は次々と現れ、部屋に無数に現れ出し、リアの近くの光が手に引き寄せられるかのように動くと、それに続けとばかりに無数の光がリアの手に集まり出した。
「?!」
リアは結んだ手の中が暖かくなるのを感じる。その暖かな温もりが手から溢れんばかりに大きくなっていくのを祈りながら感じ、驚いた。
(アルテマクリスタルよ、私の手の中にどうか・・・その力を。)
リアはアルテマクリスタルにさらに強く祈りを捧げる。
しばらくするとハモウが声を上げた。
「・・・よし、成功じゃ!」
ハモウにはすべてが見通せているように見えた。
一同はそのハモウの声に導かれるように目を開け、静かにリアの手に注目する。
「・・・・・・。」
リアは手の中に確かに感じていた。硬い何かを。それを大事に確かめるようにゆっくりゆっくり結んだ手を開いていく。
「おおおおおおっ。」
一同はリアの手の中のそれを見て喜びの声を上げる。リアの手の中には小さなクリスタルの塊が出来ていた。これこそが部屋のアルテマクリスタルの力を再結晶化した証だった。
儀式の結果を目をあたりにして、バッと手を大きく広げるハモウ。
「よしよし、第一段階成功じゃ。次はお主達を飛ばすぞ。」
ハモウは笑みを浮かべながら、次の段階に移行することをリア達に告げる。
ハモウの言葉にシヴァが気を引き締める。
「分かったわ。」
シヴァは覚悟を決めてハモウを見る。
「わっ私は・・・。」
慌てん坊の神官の女性はまたも慌てて尋ねた。その時だった。
「ここが、アルテマクリスタルの部屋か・・・勝ったぞ、バハムート!」
4人が4人とも、聞き覚えのない男性の声が部屋に木霊す。
「っ?!」
4人の視線が部屋の出入り口のところに現れた一人の男に一斉に向けられた。その男はフードを深々と被り、顔を隠していた。右手には血で塗れた剣を持ち、左手も布製のコテをつけていたが、血でべっとりと赤く色付いていた。
侵入者に向けられた視線で一同が固まってしまったかと思いきや、
「・・・リア様、ご無事で!」
侵入者を見て、間髪入れずに慌てん坊の神官の女性がいち早く動いた。
「ルルア!」
リアが初めて神官の女性の名を叫ぶ。
「駄目よ、リア!」
シヴァが後を追おうとしたリアをしがみ付いて止める。
ルルア、リア、シヴァが三様の行動をした後、ハモウはグッと握りこぶしを強く作り、歯を食いしばる。
「よし、飛ばすぞ!飛ばす先には責任が持てん。しかし、ここよりは確実にマシじゃ。だからこそ、シヴァはリアを離さん様に守ってやってくれ!!」
ハモウが意を決し、大きく手を広げて天井を見上げた。
「離せ、女!」
侵入者がハモウの動きを見て、何かを察し大きく叫ぶ。
リアは見た。剣をお腹から刺され、貫通した状態でも必死に敵にしがみ付くルルアの姿を。
「ルルアアアアアアアアアアアッ!!」
リアは涙を滝のように流しながら叫ぶ。
ルルアは必死に侵入者にしがみ付き、その事だけに注視した。
「リア・・・様・・・どうか・・・アルテマの・・・加護が・・・あらんことを・・・。」
ルルアは振り絞って言葉をつむぎ出す。その声は小さく、とてもリアには届かないだろう。しかし、強い思いを届けようと必死に搾り出した、まさに祈りのような言葉だった。
「邪魔だ!」
侵入者は離さないルルアに左手を当て、
「グラビデ」〔ブゥゥゥーーーーン〕
魔法を唱えた。
侵入者がグラビデを唱えると、ものすごい重さがルルアに襲いかかる。
「・・・ぐっ・・・はっ・・・。」
とても今の状態のルルアには耐えられるものではなかった。堪えていたルルアの手が侵入者から剥がされ、ルルアの体が地面に叩きつけられる。
ルルアの無様な姿を見て、侵入者が次の行動に移ろうと一歩前に踏み出す。しかし、
「・・・きさまっ?!」
侵入者は驚く、グラビデの魔法で超重力が襲ったであろう神官の女がその重力に抗い、右手で自分の足を掴んだのだから。
「・・・リア様の・・・元へは・・・いかせ・・・ない・・・。」
ルルアは口から吐血しながら必死に抗う。
ルルアの一世一代の働きにハモウは涙する。
「よくやった、ルルアよ!さらばじゃ、闇の民!!」
ハモウが侵入者に向けて、そう叫んだ。
闇の民がハモウ達を見て、ありったけの声で叫んだ。
「待てっ!?」
しかし、時すでに遅し。ハモウ達は光に包まれていき、身体から光が上へ上へと上がっていった。
「なっ、なんだと?!」
闇の民は周囲を見て、さらに驚愕する。
ハモウ達だけではなかった。
その部屋にあったアルテマクリスタル全てから同じ現象が起こっていた。
「貴様アアアアアアアアアアアアアアアッ!」
侵入者であった闇の民がフードの中から恐ろしく咆えた。
(・・・ルルア・・・。)
光に包まれて薄れ行く視界の中でルルアの勇姿を最後まで見届けるリア。視界が真っ白になる。
後にアルテマクリスタルがあった部屋に残されたのは闇の民と血の海に沈んだルルアだけだった。あれだけあったクリスタルの塊は一片も残らずに部屋から姿を消していた。
「ガオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
闇の民と肉塊だけが残った部屋の外からとてつもない恐ろしい咆哮が聞こえた。
「チッ・・・ここまでか。」
闇の民はそうつぶやくと、
〔グサッ、ガキンッ〕
闇の民はルルア睨み付けながらその背中に剣を突き立てた。余りの勢いに剣はルルアを突き抜けて床に突き刺さる。
ルルアは何の反応もしなかった。
ルルアはすでに絶命していた。
闇の民は剣を突き刺したままのルルアを最後に一睨みすると部屋から出て行った。
シヴァの口から語られる母と闇の民との因縁。
そして、母と父の出会い。
次回、「リアという少女」
青年は母の過去を紐解いていく。(千葉繁さん風)