ミッドガルドの安定を司る巫女の力とは・・・。
お腹を満たして、落ち着いた一向は神殿の中心から地下に降りるエレベーターに乗っていた。動力源は分からないが、ユッケはこの感覚を知っていた。初めて乗っただろうとミナ達がユッケの反応を楽しみにしていたのが肩透かしに終わったのは言うまでもない。
「ユッケ殿の世界にもエレベーターがあるということですかな?」
相変わらずニコニコしながらレオンがそうユッケに尋ねる。
そんなレオンの率直な疑問にティアがユッケの答えを待たずに畳みかける。
「分かんないわよ?ユッケ自身がフレビア出身だったとか。」
「それは有り得ませんね。このエレベーターは神殿にしかございません。一般人が乗ることはおろか存在すら知りません。それに神殿関係者なら会ったときに分かります。」
ティアの素直な解答を道案内してくれている神官が間髪入れずに冷静に否定する。
「・・・まったく。クリスタルを見たいなんて、一般人には一生できないことなのよ。」
ミナはティア達の雑談を我関せずと、ユッケの方も見ずに呆れた顔で言葉を吐き捨てている。
そんないつもと変わらない態度のミナの姿だが、今まで見ていた服とは違い、純白の一枚の大きな布で包んだような格好で、ミナの性格を知らなければ、神々しささえあった。食事会の後、ユッケ達が休んでいる間にミナは身を清めて、準備をしていたようだった。
「・・・まぁ、これも何かの縁。記念に見るぐらいはね。」
申し訳なさそうなユッケに優しく言葉をかけてくれるハディ。
本当は食事会が終わった後に別れるはずだったが、ユッケはどうしても火のクリスタルと言うのを見てみたくなり、駄目で元々でミナにではなく、ハディにお願いしてみた。ミナは大反対したが、ハディやレオンの好意により特別に神官も許してくれた。
そうこうしていると、エレベーターが1分ぐらい降下しただろうか。
「着きましたぞ。」
神官がエレベーターの扉を手動で開けた。狭いエレベーターに眩しい光が差し込んだ。
「・・・・・・。」
エレベーターが開かれて、その先に見えた部屋は実に広く、周りはこれまた白という表現だけでは収まらないほどに純白で、この部屋がどれほど大切な場所かを表していた。そして、その中心に光り輝く大きなクリスタルが空中に浮いていた。気のせいか・・・そのクリスタルの中で穂炎が渦巻いているように時折思えた。そんな光景が突然目の前に広がれば、ユッケでなくても言葉を失うだろう。
「さぁっ、行きましょうか?」
レオンが呆けているユッケの背中に優しく手を添えて静かに促す。
「こんなもんで驚いちゃ駄目よ。ここからはもう一生お目にかかれないほどよ。」
ウィンクしてティアがユッケにこれから起こる事を期待させるように言う。
その言葉通りのことが今から始まろうとしていた。ミナが真剣な顔をして、ゆっくりと、ゆっくりと、火のクリスタルの方へと歩き出す。神官が左右にお供して一緒に進む。ミナは目を閉じて、歩きながら何かをつぶやいている。すると、火のクリスタルがゆっくりとその場で回り出す。ゆっくり回り出したかと思うと一回転するたびにクリスタルの周りに炎が舞う。最初には回転の強さに応じて小さな炎が噴き出すように踊っていたが、ミナが近づくにつれて、段々と速度を増し、その速度につれてクリスタルが吐き出す炎も大きく激しくなっていった。そして、ミナがクリスタルの手前5mぐらいのところでヒザマズくとクリスタルは回転速度を緩やかにするものの、吐き出す炎は巨大になり、部屋全体を覆い尽くそうとしていた。が、
(全然暑くない?!)
ユッケは気付いた。目の前でウゴメき踊る炎だが、その実、まったく熱を感じなかった。
「お気づきになりましたかな?」
ミナの方を見ながらニコニコとユッケに話しかけるレオン。
「・・・幻?」
言葉が口から零れ落ちるようにユッケがつぶやく。
「ねっ、すごいでしょ?」
ティアもミナの方から目を離すことなくユッケににこやかに話しかける。
「・・・・・・。」
目の前で起こる幻想にユッケは驚きを隠せなかった。
ミナの生み出す光景に誰しも目を奪われている中、
「ユッケさん、その胸元で光っているものは何ですか?」
ハディがユッケの方を見て、真剣な顔を向けながらそう尋ねた。
「・・・えっ?」
ハディに言われて現実に戻り、自分の胸元を見ると確かに光り輝く何かがあった。それはミナ達に助けてもらった時に身に着けていた小さなクリスタルのペンダントだった。そのクリスタルが火のクリスタルに共鳴するかのように光り輝いている。
「・・・そのクリスタル、原産がフレビアに近いのかも?」
その共鳴を見て、ティアがそう言う。
「ということは、やはりユッケ殿はフレビア出身なのでは?」
ティアの考えに賛同するようにレオンが続く。
「・・・・・・それなら、ユッケさんの記憶も戻る可能性があるかもしれませんね。」
ユッケのクリスタルを変わらずジッとみてハディが言う。
そうしてる内に儀式が終わったのか、それまで暴れ回っていた炎が消えて、ミナがこちらに帰ってこようとしていた。
「ちょっと、あんた達。ガードナーとしてちゃんと見張っててくれたんでしょうね?」
ハディ達が自分をそっちのけで、ユッケの方に関心を集めていたことにご立腹のミナ。
「はっはっはっはっ、もちろんですとも姫君。」
腕組みをして胸を張りながらニコニコしたレオンが堂々と答える。
「ミナ、ユッケの故郷はここに近いかもよ?」
ティアがミナに朗報とばかりにニコニコしながら伝えた。
「んっ、何かあったの?」
状況の掴めていないミナがその場にいた皆に尋ねる。
「ユッケの首のクリスタルがね・・・。」
「巫女様っ、皆が巫女様を待っておりますので。」
ティアがそうユッケの事を伝えようとすると、神官が割って入ってきてミナを急がせた。
そこからはエレベーターの中で神官とミナ達がこれからのことについて話し合っていた。ユッケ達は逆に蚊帳の外になってしまう。
「やっぱりここでお別れになりそうね。」
ティアが残念そうにユッケの肩に手をやり、そうつぶやく。
「・・・残念ですが、仕方ありますまい。」
ニコニコとレオンがティアに同調するように続く。
「・・・俺はミッドガルドの人間だったんだな・・・。」
ユッケは自分の胸で今はただ黙っているクリスタルを見ながらそう言葉を零す。なんだか釈然としない感じだが、ペンダントの共鳴が今は大きな手がかりであることに違いはなかった。そうこうしているとエレベーターが地上へと到着した。先程と同様、手動で神官達が扉を開けると一人の神官が飛び出して行った。その時、
「?!」
ユッケはエレベーターから神官と一緒に何か黒い影が走ったのを感じた。
「ユッケさん、どうかしましたか?」
ハディが心配そうな顔でユッケを見ている。
「・・・いや、なんでも・・・気のせいかと。」
辺りを見回して変化がないのを確認しながらハディに答えるユッケ。
「さぁ、今日の最後の仕事よ!」
ミナがフンッと鼻息をして腕組みをしながら力強く言う。
「頑張ってきてね、巫女様!」
歩き出すミナの背中に手を振りながらミナに元気良く声をかけるティア。
「大事な仕事ですからな。」
腕組みをしながらミナの方を見て、そう元気良く言うレオン。そんな二人の側でこれから何が起きるのかドキドキワクワクしている自分に気付くユッケ。
「わああああああああああああっ!!」
「巫女様!」
「きゃああああああああああああっ!」
ミナが神殿の外へ続く門の近くまでくると大歓声が木霊した。神殿前の広間にフレビアの人々がミナの儀式の成功を祝おうと押し寄せていたのだ。
(・・・あれ、暑さが。)
そこでユッケは気付く。エレベーターに乗る前まで重い暑さが身にまとわり付いてたのに、今ではさっぱりとカラッとした暑さになっていた。これまで感じていた歩くだけで体力を奪われるような暑さではない。むしろ、心地よさすら感じた。
「・・・これが巫女の力?」
驚きに自然と言葉がユッケの口から発せられる。
「すごいでしょ?」
ティアがユッケの肩に自分の肩をくっつけて少し押しつつ、そう言った。
「どういうことだ、ありえぬ・・・。」
「このような事態、喜ばしいことではないか・・・。」
「・・・ミナ様が正真正銘のアルテマの巫女ではあるまいか?」
ミナのすごさに目を奪われている傍らで、神官達がなんだか後ろでざわついていた。
神官たちが異様な面持ちでいる中で、ハディも事態の異変に気付く。
「・・・皆、安定しすぎてるとは思わないか?」
ハディがユッケというか、ティア達にそう尋ねた。
「・・・そういえば、暑さがいつもよりずっと心地良いわね。」
ティアが周囲を見ながら答える。
「・・・ミナ殿の力がそうさせるのでは?ミナ殿は今回が初めての巡礼。ミナ殿の力を目の辺りにするのは私達もこれが初めてですからな。」
レオンがニコニコしながらティアに続いて答える。
(ミナ・・・初めての巡礼だったのか・・・。)
ユッケには今まで気丈にしていたミナの姿がなぜだかすごく頼もしく映り、脳裏に今までのミナの姿が重なり蘇った。
誰よりも不安だったのはミナではないだろうか?
それなのにそれを感じさせずに記憶喪失だったユッケに気丈に振舞っていたミナ。ミナが背負う重圧とそれに対する不安はユッケとは比べ物にならないだろう。ミナ自身がこの巡礼がどれだけミッドガルドの望みになっているのかをこのフレビアの大歓声と共に、ユッケは初めてヒシヒシと感じられた。
(・・・ミナ、ありがとう・・・。)
なぜだか、そう心の中で感謝せざるをえなかった。
自分が何歳なのかも思い出せないが、ミナとはそう歳は離れていないだろう。それなのに二人の双肩に掛かる重さの違いときたら、それに気付くとユッケは自分が恥ずかしくて仕方がなかった。
「ミナ様こそ、奇跡の巫女だ!」
「そうだ、ミナ様こそ、アルテマクリスタルがもたらした救済だ!」
ざわついていた神官達がなにやら後ろで大いに盛り上がっていた。
「ミナ様!」
「巫女様!」
神官達は今までそんなにすばやく動けたのかと思うほどの驚く速さでミナの元へとかけて行った。
「ちょっ、どうしたのよ?!」
いきなり駆け寄られて戸惑うミナ。
「奇跡の巫女、ばんざーい!」
「ミナ様こそ、真のアルテマの巫女様だ!」
「ミナ様、ばんざーい!」
神官達は戸惑うミナの周りを両手を大きく上げて、踊り出した。
「ミナ様、ばんざーーーい!」
「ミナ様、ばんざーーーい!」
訳もわからないが、神官達が喜んでいるのをみて、群集も万歳し始めた。その勢いはすさまじいもので神殿が揺れ出すのではないかと思うほどだった。
「これはこれからの巡礼は今まで以上に気を引き締めませんとな。」
レオンはニコニコしながらミナを見て、腕組みした腕に力を込めた。
「奇跡の巫女か・・・今まで以上の重圧ね。」
ティアもレオンに負けじと腕組みをして覚悟を決めているようだった。
「・・・・・・。」
群集を沸かすミナを見て、なぜだか寂しさがこみ上げてくるのをユッケは感じていた。そんなユッケの胸の内を現すかのように遠い空に黒い雲が湧き出していた。
ミナの巫女としての役割と力を直に感じたユッケ。
その少女の大きさに圧倒される中、ユッケの胸で輝くクリスタル。
順風満帆なはずのその瞬間に水をさすように立ち込める暗雲。
物語は緩やかな坂を登り、急転直下の下り坂へと迫っていた。
次回、「強奪者」
青年は少女を守るために立ち向かう?!(千葉繁さん風)