聖闘士星矢 海龍戦記~ANOTHER DIMENSION 冥王神話~   作:水晶◆

1 / 2
CHAPTER3 ~プロローグ~

 白い大地を、奇妙な集団がブルーグラードを目指して進んでいた。

 全身を、青い輝きを放つプロテクターで覆った壮年の男たちであった。

 

 防寒着を身に纏うでもなく、この凍土を進むその姿は、極寒の地にあっては明らかに異常。

 しかし、この地に住まう人々が、その姿を異常として捉える事は無い。

 彼らは、かつてこの氷の大地に覇を唱え、一大勢力を築き上げたブルーグラード最強の戦士――氷闘士(ブルーウォリアー)の末裔たちであったが故に。

 人を超えた、超常の力を身に着けた彼らにとっては、例え生身の人間では数分で死に至るであろう極寒の環境であっても、それを日常とする以上は何の問題も生じはしない。

 

 彼らだけであるならば。

 その中に、異彩を放つ二人の少年少女の姿が無ければ。

 

「今日は、珍しく長い時間風が止んでいますな。これならば、予定よりも早くブルーグラードに、お屋敷に戻れるでしょう」

 

 氷戦士たちを纏めているのであろう。

 壮年を越え中年期に差し掛かった男が、先程から何も語らぬ少女に対して話し掛けた。

 二重三重に着込まれた分厚い毛皮のコートに、指先を完全に包み込むこれまた分厚い手袋にブーツ。

 寒さ対策は分かるが、しかし、これでは逆に動けない。誰もがそう考える姿であるが、少女はさして気にした様子も無く、氷戦士たちに守られながら共に歩いてみせている。

 

「……ええ、そうね」

 

 普段の明るい少女らしからぬ気の無い返事に、男はやれやれと。少女に気取られぬように溜息を吐いた。

 

「セラフィナ様、お気持ちは分からなくもないですが……。彼らからすれば、使命に生きる我らの在り様は理解出来ぬのです」

 

 花さえも咲かず、命を育むことが無いと呼ばれる極寒の地――ブルーグラード。

 遥か古にあったとされる栄光の時代は見る影も無く、今は雪と氷に覆われた――時の流れにすら置いて行かれた、やがて静かに朽ちゆく都。

 中央に暮らす人々は皆が口を揃えてそう語る。

 

 もちろん、それを正式な――ブルーグラードを治める領主の名代として訪問したセラフィナを相手に、面と向かって言う者はいない。

 それでも、こういった事は、望む望まぬに限らず、嫌でも耳に入って来るものだ。

 確かに、自分たちの在り方は彼らからすれば奇異なモノに映るのだろう。

 常に何かが足りぬ生活を強いられる。

 もっと暮らしやすい場所はいくらでもある。

 

 あるいは、それは善意であったのかもしれないが、そんな事は、言われずとも分かっているのだ。

 ここ数年、体調を崩しがちな父に代わって、中央との交渉の手伝いを始めてから何度となく言われ、慣れはした。

 そう、慣れはした。表に出さず隠す事も覚えはしたが――自分の故郷を悪く言われていい気分になれるわけがない。

 

 それでも、セラフィナはブルーグラードが好きだった。

 そこに暮らす、足りぬ中でも温かさを忘れない優しい人たちが好きなのだ。

 

 だからこそ、いつかきっと、私はこのブルーグラードにも――暖かな春を呼ぶのだ。

 

 ふんす、と。

 拳を握り、気合を入れて前を向いたセラフィナであったが、それがまずかった。

 足元への意識が疎かになり――盛大にすっ転ぶ。

 

「ッ!? わきゃあ――!?」

 

「――セラフィナ様!?」

 

 突如挙げられた悲鳴に何事かと、護衛の男たちが視線を向ける。

 

「あ――れ?」

 

「大丈夫ですか、セラフィナ様?」

 

 すると、そこには倒れようとしてたセラフィナを、そっと優しく支えている少年の姿があった。

 

「考え事に集中すると周りが見えなくなるのは、貴女の悪い癖ですよ?」

 

 まるで町中にでもいるような軽装の少年であったが、この場の誰もその事について指摘はしない。

 それは、この少年もまた、氷戦士とは異なる超常の力の使い手である事を知っているからだ。

 少年は、セラフィナを立たせると、背負った荷物――布に包まれた大きな箱のような物を改めて背負い直した。

 

「ありがとう、デジェル。でも、それについてはあなたも人の事は言えないでしょう? お父様やユニティがぼやいていたもの。――また書庫の主がやってくるぞ、って」

 

 デジェルと呼ばれた少年は、セラフィナのその返しに一瞬きょとんとした表情を浮かべると、やがて照れ臭そうに頬を掻く。

 

「ホント、デジェルって本が好きなのね? お父様が言っていたけど、もうユニティよりも書庫に詳しくなっているって」

 

「ブルーグラードは知の集積場。世界中のあらゆる叡智が存在する無尽蔵の書物はまさしく世界の宝。それに触れられる機会を逃すなんて私には考えられません。それに――」

 

 普段は落ち着いた様子で、どこか一歩引いたような視点で物事を語るデジェルであるが、事が書物に関すると一気に饒舌になり、まるで幼き頃のように表情を輝かせて語る。

 久しぶりに見た幼馴染に変わらぬその姿に、知らずセラフィナも笑みを浮かべた。

 

 デジェルはギリシア――聖域を拠点とする、女神アテナに仕える戦士――聖闘士であり、その最高位である十二人の黄金聖闘士の一人――水瓶座(アクエリアス)の称号を持つ聖闘士であった。

 セラフィナと弟のユニティ、そしてデジェル。

 子供の少ないブルーグラードにあって、片や領主の子息、片や聖闘士の訓練生と、身分の違いこそあれども、年齢の近い彼女たちはすぐに打ち解け友人となった。

 セラフィナの父ガルシアもそんな子供たちを優しく見守り、それは成長した今でも変わらず、時折デジェルに乞われて様々な知識を教えている。

 

 しかし、デジェルが正式に聖闘士として認められた頃に転機が訪れる。

 ガルシアが体調を崩しがちになり、セラフィナやユニティは領主としての務めを果たすために、これまでのような自由な時間が失われた。

 デジェルもまた、聖闘士の最高位、黄金聖闘士としての役割を果たす為に聖域で過ごす事が多くなり、お互いの立場もあって次第に疎遠になって行ったのだ。

 

 今回、こうして一緒に行動しているのも偶然の結果であり、中央の街で「おや、見知った顔がいるな?」と、お互いが声を掛け合った事が切っ掛けであった。

 

「そうね。せっかくの機会ですものね」

 

「ええ、はい」

 

 そうして、二人は笑い合う。

 若者たちの様子を見て、大人たちも笑う。

 

「――あら、あれは?」

 

 

 

 

 

 この暖かな光景も――やがて失われる。

 

 少女の願いはかなわず。

 

 少年の想いも、氷壁の中に消えてゆく。

 

 家族を失い残された少年は、悔恨の中でその生涯を終える。

 

 

 

 

 

「セラフィナ様?」

 

 ブルーグラードまであと僅か。

 石造りの外壁が、視界にその姿を見せ始めた頃。

 

 道を外れて進もうとするセラフィナに気付き、護衛の男が声を掛けた。

 よく見れば、セラフィナだけではなく、デジェルもその後を追うように進んでいる。

 

「どうされました!?」

 

 男がそう声を掛け直した時には、二人は足早に、駆け出し始めていた。

 

「人が倒れているの! あんな格好じゃ凍え死んでしまうわ!!」

 

「は? このような場所で?」

 

 馬鹿な、と。思わず、そう返した男を責められるものはいない。

 仮にも護衛として同行している以上、周辺の様子には常に気を配っていたのだ。

 風雪に視界が覆われているならばともかく、今のように風の無い日中に、セラフィナが気付けるような行き倒れを見逃す事など無いと断言できる。

 

 断言できるはずが――

 

 この辺りでは珍しい黒い髪の少年の姿が、確かにあったのだ。

 

 

 

 デジェルは倒れた少年の姿を見て、領民ではない事に安堵しつつも見慣れぬ意匠の衣服を身に纏っている事から、外国の人間だろうとは推測した。

 しかし、あのような軽装でここまで辿り着いたのならば、そこにどのような理由があろうとも、警戒を解くわけにはいかない。

 

「セラフィナ様、下がって!」

 

「デジェル!?」

 

「――私が見ます。お下がりを」

 

 そう言って、素早く少年の首元に手を当てたデジェルは、今まで氷原にいたとは思えぬその高い体温と正常な脈拍を感じ取り、より一層警戒感を強める。

 普通の人間ではない、と。

 

 

 

 少なくとも見える範囲で外傷らしきものは認められず、衣服にも乱れはない。

 

(年は自分と同じぐらい。アジア系の人間か?)

 

 うつ伏せであった少年を、ゆっくりと抱き起し、意識の無いことを確認する。

 

(……ん?)

 

 少年の胸元から、青く輝く宝石をあしらったペンダントが見える。

 その宝石から、何か不思議な力の様な物を感じ取ったデジェルは、それを手に取ろうとし――

 

「ふぅん、可愛らしい寝顔ね?」

 

「ッ!? セ、セラフィナ様⁉ お下がりくださいと――」

 

 自分の肩越しにひょっこりと顔を出したセラフィナに驚き、慌てて注意を促す。

 

「ほら、やっぱり、デジェルって何かに集中すると周りが見えなくなる。大丈夫よ、何も悪い感じはしないもの」

 

「そういう問題では――」

 

 制止するデジェルを余所に、セラフィナは手袋を外すと、眠る少年の顔にそっとその指先を触れさせた。

 その瞬間、ピクリと、少年の瞼が震えた。

 

 覚醒の兆しに、デジェルは警戒をより強めようとするが、「まあ」と喜色を浮かべるセラフィナの姿を見て、少し肩の力を抜くことにした。

 

 少年の口から、声にならない、呻きの様な音が漏れる。

 ゆっくりと開かれる瞼から、濃褐色の瞳が見えた。

 

「あ、気が付いた? 大丈夫? どこか調子の悪いところは?」

 

「……ん? ああ――」

 

 焦点の合わない瞳に、意味を成さない言葉。

 寝ぼけているな、と。

 この場の誰もがそれを理解した事で、一気に緊張が解かれた。

 仮に、この少年が悪意を持った者で、これが演技であるならば、もう諦めるしかないな、と。

 

「私の名前はセラフィナ。彼はデジェル。それで――寝坊助さん、あなたの名前は?」

 

 

 

 

 

 それは、定められた運命。

 これから語られるのは、決して変えられぬ悲劇の物語。

 

 

 

 

 

「俺の……名前? ああ、俺の名前は――」

 

 

 

 

 

 だが。

 

 だが、しかし。

 

 その物語を、命の輝きを目にした者の心には、決して消える事の無い光として宿り続けるのだ。

 

 暗闇の中、その道筋を照らす確かな光となって。

 

 

 

 

 

「――海斗だ」

 

 

 

 

 

『聖闘士星矢 海龍戦記~ANOTHER DIMENSION 冥王神話~』

 

 To be continued……

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。