聖闘士星矢 海龍戦記~ANOTHER DIMENSION 冥王神話~   作:水晶◆

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第1話 エクレウスの青銅聖闘士

 頬を触れられた感触と、聞き慣れた声。

 微睡みの中にあった海斗は、その呼び掛けに曖昧な返事を返しながらゆっくりと目を開ける。

 セラフィナたちが見守る中、上半身を起こした海斗は左手で額を押さえながらニ度、三度と頭を振り「……ああ、セラフィナか」と、見知った顔を一瞥し「氷河やフレイはどうした?」と続けた。

 

 親しい相手へ、自然と出た。そんな海斗の馴れ馴れしい言葉遣いに、無礼を咎めるべく周囲の氷戦士たちが反応を示したが、デジェルがそれを制し、黙ってセラフィナを見つめる。

 彼を知っているのですか、と。

 目をぱちくりとさせていたセラフィナであったが、デジェルの視線に気づくと小さく頭を振る。

 

「っ、クショイッ! って、寒っ!? 白!? 雪!? ここは外、か? いつの間に――」

 

 いつの間に、と続けながら周りを見渡していた海斗が動きを止めた。

 じっとセラフィナを見つめると、空を仰ぎ「セラフィナさん?」と声に出す。

 

「えっと、はい?」

 

 どうしたのだろうかと、首を傾げて答えるセラフィナを再び見る。

 

 白銀の髪は自分の記憶にあるよりも長く、こちらを見つめるアイスブルーの瞳には困惑がありありと映っていた。

 

 氷戦士たちを見て、遠くに見える街の外壁を見た。

 彼らの纏う鎧は年期こそ入っているが、しっかりと手入れされており、それが飾りではなく、今も実用にある事をうかがわせる。

 街を囲む外壁も、自分が突入した時よりも整っていた。あの時は、遠目でも多くの場所で修繕や損壊のあとが認められた。

 

 そして、何より、意識を――感覚を広げて探ってみれば、あの街からは、まだ目覚めたばかりと言えるような小さなモノであったが、命を、小宇宙を感じる。

 それも、十や二十といった数ではない。

 

 そうして傍らのデジェルを見る。

 知人に似た雰囲気を感じるが――若い。おそらく、自分とそれ程年は変わらないのでは、と推察する。

 まあ、小宇宙に目覚め、それを力として扱う者は往々にして若々しい姿をしているので、外見から推察される年齢は当てにならない事の方が多いのだが。

 背中に大きな荷物を背負っている。気配が漏れぬように、術の施された布を巻いて隠してはいるが、十中八九、聖衣箱だろうと当たりを付けた。

 少なくとも、海斗の知る限り冥闘士(スペクター)海闘士(マリーナ)に、冥衣(サープリス)鱗衣(スケイル)をわざわざ箱に収めて持ち歩くような文化は無い。

 在り様の問題なのだ。

 冥衣や鱗衣を身に纏う事で個としての存在を完成させる彼らに対し、聖闘士にとって聖衣はあくまで身に纏う鎧であって、例え聖衣が無くとも己が人であり、聖闘士である事は揺るがない。

 揺るぎまくった自分(キタルファ)の事は置いておくが。

 

「……意識は、はっきりしているのか?」

 

 デジェルと目が合う。温度を感じさせない、観察するような眼が、雄弁に問いかけていた。お前は何者だと。

 

「――おかげさんでな。正直、かなり混乱している」

 

 海斗は、おもむろに雪をかき集めると、そのまま自分の顔に叩き付けた。

 

 パンという大きな音が鳴り、後には静寂が続く。

 突然の海斗の奇行に、誰も、何も発さない。

 

「あの、本当に……大丈夫?」

 

 おずおずと、問うてくるセラフィナに「その大丈夫が何に対してなのかは言わなくていい」と返して立ち上がると、再び海斗は天を仰いだ。

 

「二つ、質問していいか?」

 

 澄んだ空気、というには冷たすぎる風ではあったが、今の海斗にはそれが有難かった。

 

「ここは、どこだ?」

 

「ブルーグラード。人は、氷の地とも呼ぶ」

 

 デジェルの返答に「……そうか」と呟く。

 

「それじゃあ、もう一つだ。これで通じるかどうか分からないんだが――」

 

 

 

 ――今は、西暦何年だ?

 

 

 

 

 

 時は十八世紀――1737年。

 ポルトガルとスペインの海外貿易での成功を見た新興国家の多くがその目を国外へと広げ、イギリスでは農業革命に続き産業革命が起ころうとしていた頃。

 世界史における近代化の始まりを告げる様々な改革、革命が起り、国や社会そのものの在り方が大きく変わろうとしていた激動の時代。

 

 大きなうねりの中で力強く生きる人々の光の陰で、二百数十年の時を経て、人類の存亡をかけた女神アテナと冥王ハーデスとの戦い――聖戦が、再び始まろうとしていた。

 運命の時まで、あと6年。

 

 

 

 

 

 聖闘士星矢~ANOTHER DIMENSION 海龍戦記~

 CHAPTER3 Endless War

 

 

 

 

 

 第1話 エクレウスの青銅聖闘士

 

 

 

 

 

「……1737年。自分で聞いておいて何だが、それに間違いはないのか?」

 

「この場でそれを証明しろ、と言われても困るな」

 

「……そうだな。いや、悪かった。正直、否定して欲しかったんだよ」

 

 どうすんだよこの状況。

 深く、息を吐いて項垂れる海斗の姿を見て、デジェルの心を言いようのない不安が襲う。

 それは、まるで決して開けてはならぬパンドラの箱を前にしたかのような。

 

 内心の不安を気取られぬように、デジェルは海斗に話しかけた。

 

「そうか。そちらの質問には答えた。なら、次は、こちらの質問に答えてもらう」

 

 君は何者だ、と。

 虚偽は許さないと、強い姿勢を見せるデジェル。

 その、これまでに見せた事のない厳しい様子に「どうしたのデジェル?」と、知らず、不安がセラフィナの口をついていた。

 

「氷に覆われし北の大地に凶兆の兆し在り。巫女(ピューティア)より告げられた神託。それを調べることが、私が教皇より与えられた任務なのです」

 

「凶兆? では、まさか――彼が!?」

 

 その言葉は周囲に控える氷戦士たちにも影響を与え、先程までのどこか弛緩した空気から一転して、この場を緊張が満たす。

 

「それはまだ分かりません。しかし、私たちがここに来るまで、彼の周囲には何の足跡も無かった。雪が覆い隠したのであれば、それが彼の身体に付着していないのはおかしい。

 まるで、突如としてここに現れたとしか考えられないのです。であれば、次に考えることはその理由――!?」

 

 その瞬間、ぞくりと、デジェルの背筋を戦慄が走る。

 セラフィナを庇うようにその前に立つと、迷うことなくその背の聖衣箱を開けた。

 黄金の輝きが白銀の世界を照らし、現れた水瓶座(アクエリアス)黄金聖衣(ゴールドクロス)が、瞬く間にデジェルの身に纏われる。

 項垂れていた海斗も、黄金の輝きに僅かに目を向けたが、着込んでいた防寒着を脱ぎ捨てると、油断なく周囲の状況を窺っている。

 

 二人と違い、氷戦士たちは特に何も感じてはいなかったのだが、聖衣まで纏ったデジェルの姿にただ事ではないと警戒を強める。

 

 

 

 一分か、二分か。

 それとも、数十秒だったのか。

 誰もが無言のまま緊張感が増す中、いつしか空は雲に覆われ、はらり、はらりと、白い雪が舞い降り始めていた。

 

 この時になって、氷戦士たちも異変に気付く。

 ひりつくような、それでいてへばりつくような、粘性のある不快な小宇宙が周囲を満たしていることに。

 

「なあ、セラフィ――いや、お姫様」そう言い直し「ちょいと尋ねるが、誰かに恨まれたり、狙われるような心当たりは?」と、海斗が続ける。

 

 セラフィナは黙って首を振ったが――

 

「な!? セラフィナ様に限ってそんな事があるはずなかろう!」

 

 お嬢様を侮辱する気か、と怒りをあらわにする氷戦士の一人に「オッサンには聞いてないんだが」と続け、ならばと海斗はデジェルを見た。

 

「てことは、消去法でデジェルって言ったな、アンタのお客さんってことになるが?」

 

「そういった輩に心当たりは無くもない。だが、そこで自分を除外するのか?」

 

「……生憎、今の俺にそんな心当たりは――下かッ!? 跳べ!!」

 

 その海斗の言葉に、デジェルはセラフィナを抱えて跳躍し、氷戦士たちも動く。

 しかし、一人、氷戦士の中で動きの遅れた者がいた。先ほど海斗に物申した男であった。

 

 轟!

 

 雪と氷に覆われた大地が捲り上がり、轟音を響かせて爆ぜる!

 

「うぉおおお――!?」

 

 逃げ遅れ、崩壊した大地に足を取られた男が叫びを上げた。

 

 彼は見たのだ。

 凍土を巻き上げて出現した巨大な双頭の白蛇を!

 咢を開き、迫る来る白蛇の牙を!!

 

「ビヨンさん!」

 

 死を目前にした為か、ひどく緩慢に感じる世界の中で、ビヨンは自分の名を呼ぶセラフィナへと視線を向け、デジェルに抱えられた姿を見て安堵した。

 自分よりも遥かに若いデジェルではあるが、その力は知っている。デジェルがまだ幼い頃、修行時代からの付き合いなのだ。

 デジェルを見れば、目を見開いてこちらを見ていた。

 珍しい表情を見れたなと、場違いな事を考えながら、ビヨンは目を閉じて訪れる死を待ち――

 

「モグラ叩きって知ってるか?」

 

 一向に訪れない死に、目を開けてみれば、双頭の白蛇は自分へ向けていたその咢を――

 

「俺、結構得意なんだわ」

 

 無礼な少年――海斗へと向けていた。

 

「エンドセンテンス!」

 

 海斗の構えた両手が宙に四辺形を描く。

 それは、空に浮かぶ子馬座(エクレウス)の軌跡。

 突き出された右拳から放たれた無数の青い閃光が、咢を開き迫る双頭の白蛇を吹き飛ばす!

 

 

 

 誰かが言った。

 やったのか、と。

 

 その時、文字通り掻き消えた白蛇の影から、何者かが飛び出した。

 それは、両肩と拳に蛇を思わせる意匠の施された、薄っすらと紫がかった白い鎧を身に纏った男であった。

 

「やるではないか、人の子よ。だが――」

 

 男は、その右手を咢を開いた蛇のように、あるいはカギ爪のように構えると、地に伏せるほどに上体を下げた姿勢でありながら、恐るべき速度で海斗に迫る。

 

「あの程度では、我が薄皮一枚を剥いだだけのこと!」

 

 ならば、と。迎え撃つべく構えた海斗の視界から、突如として男の姿が消えた。

 

「何!?」

 

「左だ! 回り込まれている!!」

 

 デジェルの声に、海斗は即座にその身を前方へと投げ出し――

 

「この私――智天使ケルビムのアシタロテには届きはせん」

 

 ――その背中から鮮血が舞った。

 

 

 

 降り注ぐ雪が勢いを増しつつある。

 風を伴い、やがては吹雪になろうかという勢いだ。

 

 雪原に倒れた海斗から流れる血が、白い大地を赤く染める。

 その赤が、吹きつける白によって塗り替えられていく。

 

 一瞬の内に起こった出来事に、氷戦士たちは動けない。

 

「ああっ!」

 

 それを破ったのは、セラフィナの悲鳴であった。

 海斗の下へ駆け出そうとする動きをデジェルが制止する。

 

「デジェル!? あのままでは!!」

 

「いけません、セラフィナ様」

 

 セラフィナからの悲痛な訴えを、デジェルは聞く訳にはいかなかった。

 なぜなら――

 

「――次が、来ます」

 

 

 

 ――何をやっているのだアシタロテ。あのお方へと捧げるべき、せっかくの贄が、一つ失われてしまったではないか。

 

 デジェルが向けた視線の先、最早吹雪と化したこの場所へと向かってくる新たな影。

 風を切って飛翔するその姿は、まるで巨大な鳥であった。

 それは、青く長い髪の男であった。横に広がりを見せるその髪によって、まるで翼を広げた鳥のように見えたのだ。

 この男も鎧を身に纏っていたが、アシタロテとは異なり、肩当てと両手、両足のみという軽装である。

 

「そう言うな、ベルゼバブ。久方ぶりの戦いであったので、加減を忘れてしまったのよ」

 

「貴様はいつもそう言う。そもそもが、加減など覚えておるまいに」

 

 アシタロテと、大地に降り立ったベルゼバブと呼ばれた男がフフフ、と笑い合う。

 なんでもない日常の、まるで些細な事であるように。

 

 そのベルゼバブの頬に、拳が打ちつけられた。

 全力で振るわれたビヨンの拳だ。

 

 しかし――

 

「ぐぅあぁああ――!」

 

 頬を打たれたベルゼバブには、僅かな痛痒も見受けられない。

 苦痛の声を上げたのはビヨンであり、砕けたモノもまたビヨンの拳であった。

 

「ふむ。なあ、アシタロテよ」

 

 蹲るビヨンを冷めた目で一瞥したベルゼバブが、その指先をビヨンの頭部へと向ける。

 

「巨像は、蟻を踏み潰す際に何を思うのだろうな?」

 

 

 

「デジェル!!」

 

 戦う力を持たぬ者を守るのが聖闘士。

 力無き者に代わって戦うのが聖闘士。

 ならば今、この場で自分が取るべき行動は?

 

 デジェルの内にあったその迷いを、セラフィナの声が打ち払う。

 選ぶのではない。

 どちらも果たすのだと。

 それを成してこその黄金聖闘士なのだ、と。

 

「フリージングシールド!」

 

 凍気によって生成された防壁が、瞬時にセラフィナや背後の氷闘士たちを守る様に展開される。

 この氷壁は、黄金聖闘士の力をもってしても、砕くのは容易ではない。

 

 次は――

 

「さてな? 踏み潰せば分かるのではないか?」

 

「――ッ!? そこを退けアシタロテ!!」

 

 次はと、駆け出したデジェルの前に、狙いすましたかのようにアシタロテが現れる。

 口元に笑みを浮かべたその表情から、偶然ではないのだとデジェルは察し、怒りのままにダイヤモンドダストを放つ。

 凍気の余波が、デジェルの周囲を氷の世界へと変えていく。

 

「何!? ダイヤモンドダストの――吹きつける凍気の嵐から奴が消えた!? (海斗)がアシタロテを見失ったのもこれか!!」

 

 しかし、ダイヤモンドダストは空を切り、デジェルの前にアシタロテの姿はない。

 刹那、脳裏に倒れた海斗の姿を思い出したデジェルは「そうかッ!」と、自らの死角となる背後へと蹴りを放った。

 

「ぬぅ!?」

 

 そこに、アシタロテはいた。

 振りかざそうとしていた右腕が蹴りによって弾かれ、追撃の一撃を受けてアシタロテが吹き飛ばされる。

 

「ビヨン!!」

 

 間に合えと、デジェルがその足を踏み出したのと同時であった。

 ベルセバブの指先から放たれた衝撃波が、ビヨンの頭部を撃ち抜いた。

 

 

 

「これは――お前の仕業か、小僧」

 

 ベルゼバブの表情が、苛立ちに歪んだ。

 頭部を撃ち貫かれたビヨンの身体が、まるで水面に浮かぶ鏡像の様に歪み、掻き消えたのだ。

 

 ベルゼバブが視線を向けたのは、海斗が倒れていた場所。

 それに釣られるように、デジェルもその視線を向ける。

 

 そこにビヨンの姿があった。

 そして、デジェルの見知らぬ少年と、青銅聖衣の物と思われる聖衣箱に手をかけて立ち上がる海斗の姿も。

 

「ええ。詳しい状況は分かりませんが、私はこれでも聖闘士を目指す者。聖闘士と対峙している貴方たちの行いを見過ごすわけにはいきません」

 

 毅然とした態度で語る少年からは、どこか教皇セージに似た雰囲気を感じ、デジェルは「もしやジャミールの一族か」と推察する。

 ジャミールの一族は生来第六感に優れた者が多く、ならば、先にビヨンを救ったのもそれではないのか、と。

 

「あなたの言う通り、私はジャミールの民。シオンと申します。ここには、聖衣に乞われてやって来たのです」

 

「聖衣に乞われて? それは一体……」

 

「私にも分かりません。ただ、行くべき場所があると。私は、それを手伝っただけなのです」

 

 でも、その答えはすぐに分かりますよ。

 シオンの言葉の正しさを示すように、ドンという空気を震わせる衝撃を伴って聖衣箱が開かれた。

 

 

 

 箱の正面に描かれたレリーフ――馬の口に咥えられた握りを捻り、海斗はそれを一気に引き抜いた。

 ジャッという音を立てて鎖が引き出され、ドンという空気を震わせる衝撃を伴って聖衣箱が開かれる。

 

 立ち昇るのは、夜空へと向かい飛翔するエクレウスのオーラ。長き眠りより解き放たれたかの様に、高く、高く舞い上がる。

 残されたのは、槍を咥えた天馬を模した白いオブジェ――エクレウスの青銅聖衣。

 オブジェ形態から、弾かれるように四散した聖衣のパーツが、海斗の身体へと装着される。

 

 (レッグ)(ウエスト)(チェスト)(アーム)(ショルダー)そして(サークレット)へと。

 

 海将軍(ジェネラル)鱗衣(スケイル)や黄金聖衣に比べ、必要最低限とされる部位の保護しかない、聖闘士としても下位の鎧。

 

「よう。久しぶりだな、子馬座(エクレウス)の聖衣。悪いが、またしばらく無茶に付き合ってもらう事になりそうだ」

 

 それでも、海斗の内なる小宇宙の高まりに応じる様に、子馬座(エクレウス)の聖衣はその輝きを増す。

 

「お前のおかげで、ようやくハッキリと目が覚めた気がするよ。正直、未来なんて大層なモンを、どうにか出来るとは思わないが――」

 

 

 

 ――目の前の事ぐらいは、何とかして見せるさ。

 

 

 

 

 

To be continued……

 

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