双槍銃士   作:トマトしるこ

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 こいつら中学生なんだぜ?



phase 15 愛してる

 

「聞こえなかった? アンタみたいな男と一緒にされるぐらいなら死んだ方がマシだって言ってるのよ!」

 

 聞き間違いか? 一瞬だけそう疑うが、それこそありえないと考えを改め、声がした方向へと窓から顔を出す。

 

 人込みでざわざわと騒がしいが、今の叫び声ははっきりと耳にとれた。若い女性の声はただでさえ通りやすい上に、大声を出せば混雑していようが聞こえる。それがアイツの声となれば、これだけ近い距離で俺が聞き逃すはずなどない。ありえない。

 

「なんだ今の? 乱闘でも起きているのか?」

「………詩乃!」

「は?」

 

 明らかに不自然な空間……人が避けて円を作っている場所に焦点を合わせる。こちらに背中を向けている男三人の内、先頭で言いあいをしているプレイヤーが腰の剣に手をかけており、その向かいでは二人の同世代と思しき少女達。

 

 後ろにいる誰かを庇うように、SAOらしい服装と装備をした詩乃が睨みを効かせていた。

 

 詩乃が見ず知らずの他人を庇うとは想像がつかない。きっと友人だ。その事実に喜び、なぜこんな場所にいるのか疑問を抱き、助けなければと義務感が働く。

 

 まずはあれを収めよう。

 

「キリト、お前は来るなよ!」

「お、おう……」

 

 人が注目している今、飛び下りて乱入しようとしている俺は確実に目立つ。キリトが来たとして、もしも一層ボス攻略メンバーがいれば面倒なことになるだろう。俺は気にしないが、キリトは別だ。釘を刺して俺だけで窓から飛び降りて、人のいない絶妙なスペースに着地する。

 

 上から見た場所と、騒ぎが起きている方向を見るヤジの視線を頼りに騒動の中心地へと人をかき分けながら向かう。

 睨まれていた男は今にも剣を抜きそうなほどに怒っていた。どっちが悪いのかは分からない。もしかしたら詩乃側が悪いのかもしれない。だが、周りの雰囲気からそれは無いと判断し、男達の方を叩くことにした。まぁ、状況に関わらず詩乃に手を上げる奴を許す俺ではない。

 

 そこに到着した時、男は剣を振りあげているところだった。間に合ったことにホッとしつつ、素早く動いて振りあげた右手の手首を掴む。

 

 違和感を覚えたであろう背中を向けている男が顔だけを動かして後ろを振り向く。俺と目があったその時、俺は口を開いた。

 

「テメェ、俺の女に何しやがる」

「ひっ……!」

 

 相当な表情をしていたようで、一瞬でイラついた顔がビビった顔へところっと変わる。身体が震えはじめ、しまいには剣を握る力が弱りとり落とした。手首を握る力を加えたわけでもないのに……。威張るだけで度胸のない奴か。

 

「丁度いい、ちょっと付き合ってくれ。最近身体が鈍ったような気がしててさ。ついでに実験を兼ねて」

「じ、実験……」

「街中で関節技をかけて、折れたり千切れる寸前までやるとどうなるのか。気になってんだよなー」

「う、ああ………!」

 

 さらに身体をガクガクと震えさせ、歯がカチカチとなっている。本人は分からないだろうが、かなり面白い。大衆からすれば無様な格好に見えることだろう。

 

「このっ……!」

 

 そこへ俺の後ろに居たこの男の仲間が剣を抜いて襲いかかってきた。もう片方の奴は止めようとしているがもう遅い。

 

 人が自然と作りだしたこの円は俺の距離だ。

 

 右腕を握ったまま後ろを振り向き、襲ってくる男を視界にとらえる。武器は両手剣か。相手が獲物を振りあげる前に、今取り押さえている男を柔道の一本背負いの様に投げた。驚いた目の前の男は両手剣を一度手放して投げられた仲間をキャッチする。

 

「ぐ、ううっ………」

 

 柔道は向かい合った状態で行われる。一本背負いも例にもれず、相手の懐に入り込んで、腰で身体を浮かせてぽいっと投げるわけだが………俺は背中を合わせた状態で投げた。ゲームであり、また街中の圏内だからこそ何も無かったものの、現実なら関節が砕けてもおかしくない行為だ。痛みで済むのは幸いだろうが、その激痛は相当なものに違いない。

 

 傍に落ちていた男の剣を拾って、うずくまる男の手前に放り投げる。他プレイヤーの武器は丁重に扱う事がマナーだが、こんな連中の物をそっと抱えて手渡しする気にはなれない。

 

「失せろ。二度と関わるんじゃない。次は殺す」

 

 特にドスを効かせたわけでもなくいつも通りの口調と声音だが、相当に堪えたであろう彼らにはどう聞こえたのやら。敗残兵のように息を荒くして去って行った。道を開けてくれるヤジの連中は優しく見えた。

 

「さて………」

 

 はぁ……と溜め息をついて後ろを振り向く。

 

 未だに呆然とする馴染みのある少女が二人(・・)

 

「色々と言いたいこともあるし、言いたいこともあるだろうが、場所を変えよう」

 

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

「おい」

「なんだ?」

「お前、いつから両手に花を持つようになったんだ?」

「難しい言葉を知ってるんだな。因みについさっきから」

 

 回り道をして宿の裏口から中に入り、キリトがいる部屋へ戻る。ドアを開けるころには正気を取り戻した詩乃が右腕にしがみついて離れようとせず、左側にはやたら満面の笑みを浮かべる少女……《フィリア》が寄り添うように立っていた。

 

「好きなところに座ってくれ」

「隣に座る」

「私も」

「…………」

 

 ああ、想像してたさ。

 

 三人も並んで座れるようなソファなどあるわけないし、室内でも土足であるこのゲームで地べたに座るのはちょっと抵抗感がある。キリトにベッドを譲ってもらって三人並んで座る。

 

「なあアイン」

「ん?」

「そっちの女の子はこの前絵に―――」

 

 死にたいか?

 

 何でもありません、サー。

 

「ふぅん」

 

 アイコンタクトで止めろと送るが時既に遅し。詩乃はこういう時に限って鋭いのだ。

 

「やっぱりそうよね、ユウ。隠しても分かるから」

「まぁ、そうだろうな」

「“ユウ”?」

「本名もじったあだ名みたいなもんだよ。気にせず今まで通り呼んでくれ」

「…………おう」

 

 にこやかに腕にしがみつく詩乃が一瞬だけおそろしいオーラを発したのは気のせいだ、きっと。キリトが妙にビビっている事も関係無いはず。

 

「と、とりあえず自己紹介だけしてくれないか? 名前も分からないんじゃどう呼べばいいか分からん。それに、色々と情報を整理したい」

 

 ごほん、とわざとらしい咳払いをして、気を持ち直したキリトが話を切り出す。実際キリトが言うとおり、俺も詩乃のアバターネームを知らないから迂闊に呼べないし、キリトとしても、これからも行動を共にするだろうプレイヤー名ぐらいは知っておきたいだろう。

 

 不自然なことではないし、別の意図があるわけでもない。無駄な勘ぐりをせずに詩乃とフィリアは応えた。

 

「まずは俺から。キリトだ。アインとはβテストからの付き合いで、パーティ組んで一緒に攻略を進めている。よろしく」

「あさ………シノンよ。もう分かってるだろうけど、私とユウはリアルでの幼馴染みなの」

「私はフィリア。よろしく、キリト」

 

 互いに自己紹介を簡素に済ませて、キリトが話を切り出した。それは俺も疑問に思っていたことだ。

 

「シノンはアインと仲が良いんだな」

「ええ」

 

 外見の鋭さからも分かる通り、詩乃………シノンは自信家だ。それなりにプライドも高い。それでいて驕っているわけでもないから話しやすかったりする。

 現実世界で詩乃が起こした事件や背負った罪をキリトが知っているはずもなく、また俺と詩乃がベラベラと話す事も無い。そしてこの世界には銃が存在しない。

 

 朝田詩乃として、シノンという身体を得た詩乃は自由に、あるがままに、本来の自分通りの生き方を選べる。

 

 ひっついて離れないなんてのはそういう事かもしれない。全然嫌じゃないし、むしろ嬉しいことだ。再会できるのは何年先になるのやらと不安だったし、その間に詩乃がどこか遠くへ行ってしまう事になっていたら何のために頑張ったのか分からなくない。何より暖かいし、柔らかいし、安心する。自分が何処にいるのか、何処へ居るべきなのか、居なければならないのかを良い意味で思い知らされた。

 

「じゃあ質問。幼馴染みなら、ログインする時間も合わせて、最初から一緒にいれば良かったじゃないか。何でわざわざアインだけ先に飛び出して、あとから追いかけるような事を?」

「それは俺も気になるな。シノン、どうやって途中からログインした? 場所はどこから? ナーヴギアとソフトは? 何故というのは聞かないでやるから、教えてくれ」

「は? 途中からログイン?」

「家族の人がゲームや漫画を良く思ってないんだ。だから、あと数年ぐらいしたら一緒に遊ぼうって話しをしてたんだが………」

「そうね………隠すことじゃないし、隠すべきことじゃない。話すわ、正直にね」

 

 そしてシノンが語る。

 

 この一ヶ月間、ほぼ毎日学校を無断欠席するほどに憔悴しきっていた詩乃は、おじさんの「俺に会えるかもしれない」という一言でついて行った。

 その先は俺が搬入された東京の大きな病院。田舎に分類される俺が住んでいたあの場所でも病院はあるが、そのあたりはおじさんのコネだろう。事実、器具や病室の数など規模が段違いだ。

 そこで耳にしたのが、「ここには他のSAO患者もいる」ということ。

 当時……数日前の時点では、死亡者は二千人。総ログイン数の約五分の一が既に死んでいた。

 これだけ大きな病院なら、既に死亡者が居てもおかしくはない。そう考えた詩乃は、“死亡者が使用していたソフト”を頂くことにした。

 そして、偶然にも亡くなったばかりのプレイヤーと遺族が居り、涙を流し頭を下げてお願いした結果、ソフトを入手することに成功。あらかじめこっそりと購入していたナーヴギアを持参していたため、全ての障害をクリア。ログインしてきた。

 

 ということらしい。

 

「ゲームに入ってからは、すぐ近くにいたフィリアにいろいろと教えてもらいながら、ここまで来たってわけ」

「なるほどな………」

「ラッキーだわ。まさか数日で会えるなんて。これもフィリアのおかげね、ありがとう」

「いや、そんな………えへへ」

 

 しっかりと喜びながら、形ばかりの遠慮をみせたフィリアは笑顔だった。

 

「ねえユウ、お願いがあるの」

「お願い?」

「フィリアも人を探しているの。私もまだ探さなくちゃいけない人がいるし……手伝ってくれたフィリアを手伝うのはダメ?」

「ああ、その心配はしなくてもいいんじゃないか?」

「どうして?」

「俺の予感では、その人探しは済んでいると思う」

「そうなの?」

「ええ。ありがとう、シノン。おかげで会えた」

 

 シノンの目を見ていた俺は、反対側に座るフィリアへと視線を移す。

 

「何年ぶりかな? ギン兄」

「さあてな。忘れた。それよりも、イイ女になったじゃないか。フィア」

「…………え?」

「ユウ、フィリアと知り合いだったの?」

「ああ。お前にまだ会う前の話だけどな。こいつは妹みたいな奴だったよ」

「「ええーーーーーーーー!?」」

 

 システムによって防音対策がされているものの、この時のキリトとシノンの叫び声といったら街全体に響いたんじゃないかというくらい大きかった。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 場所は移らず、キリトが部屋を退室した形になった。

 

 シノンが虹彩を失った薄暗い目で詳しい説明を要求してきたため、キリトには席を外してもらったのだ。リアルが絡む事だと言うと、一つ返事で了承してくれた。

俺としてはその辺りを隠すつもりは無かったので問題はない。いずれキリトにもアスナにも話す事になるだろう。

 

 長々と語るつもりはない。忘れようとはしない、だが思い出したくもない、そんな昔の話だ。詩乃相手だからこそ、あまり聞かせたくはなかった。納得してくれる範囲で話そう。

 

「俺が昔、何をしていたのか。シノンは知ってるだろ?」

「うん」

「フィリアは、その時に面倒を見ていた子だ。実際に血の繋がっているわけでもないし、義理の妹でもない。ただなんとなく、俺とフィリアと周囲が、俺達を兄妹みたいに見てたってだけだよ。妹分みたいなもんさ。フィリアからすれば、俺は兄貴分だろ」

「うんうん。懐かしいなぁ。どこに行っても後ろをついて回ってたっけ」

「ホームにいる時ならともかく、外に出る時まで背中にしがみついてきたのは困ったなぁ」

「………それだけ?」

「それだけだよ。俺は親兄妹なんて居なかったから、ホームに居た皆が家族だった。だから母親みたいな人もいれば、父親っぽい男もいた。そこに、俺より後に来たフィリアが歳が近くて面倒を見てただけ。あれだけの劣悪な環境と情勢の中で結婚して子供を産んだ夫婦もいるし、そういう話が無かったわけじゃない。むしろ、普通の生活に憧れた奴ほど望んでいた。でもさ、俺とフィリアの歳を考えてみろよ」

「………それもそうね」

「てわけだ」

 

 とりあえずは納得してくれたようだ。まだまだ聞きたいこともあるが、俺のことを気遣ってのことだろう、それ以上詮索することはしなかった。とてもありがたいし、助かる。

 

「フィリア、お前から何か聞きたいことがあるんじゃないか?」

「そうだなぁ……あの後を聞きたいな」

「まぁ、一番気になるところか」

「“あの後”?」

 

 頷くだけでシノンに返す。多分、あの時ほど酷かった戦いは無い。もっとも思い出したくない過去だ。フィリアも苦い顔をしている。

 

 だから、口には出さない。何時か話せるようになる時まで。

 

「顔も知らない両親の知り合いっていう人に拾われたよ。元々両親がつけてくれるはずだった名前を貰って、日本でいう普通の暮らしを送らせてもらってる。シノンはその時のお隣さんなんだ。住むようになってからはずっと一緒に過ごしてきた」

「そっか。ありがとう、シノン。アインってば、興味のないことにはまるで関心ないから、常識とか覚えるの結構大変だったんじゃない?」

「え、ああ、そうね………日本語はペラペラ話せるのに、字を書いたことが無いって言われた時は焦ったわ。だってどう教えればいいのか分からなかったし」

「はは………はぁ」

 

 あれは、大変だったな。まだ銃を分解して組み立てる方が楽だった。

 

「フィリアはどうしてた? どうやって日本に? というか、ゲームできる環境にいるやら………」

「私はねぇ……日本の自衛隊員をやってる人に拾われて生活してるよ。その人ね、孤児を預かってるらしくて他にもそういう子達がいっぱいいたんだ。下の子を面倒見ながら、学校にも行かせてもらって、アルバイトもしてるよ。その自衛隊員の人から趣味でも見つけなさいって勧められて、ナーヴギアを買ってSAOも買ったんだ」

「自衛隊員、ね」

 

 なぜそんなところに日本人がいたのやら………。まぁ、聞くことじゃないな。リアルの詮索はマナー違反だ。俺もシノンもフィリアも、言えないことばかり抱えている。

 

「んじゃ、キリト呼び戻すぞ。話しの続きだ」

「他にもあるの? もう私達の事は話したじゃない。自己紹介だってしたし」

「こっちが聞きたいんだよ。それに、ログインしたばかりなら知らないことだってあるんじゃないか? 俺とキリトはβテスターだし、パーティ組んでるアスナは才能の塊だ。遅れがあるようじゃ、ついてこれないぜ?」

「………いいの?」

 

 シノンが言った「いいの?」の意味は「ついて行っていいの?」だ。

 本音を言えば、危ないことをしてほしくはない。普通にゲームを楽しむなら拒む理由はないが、SAOだけで言えば別。死ぬ可能性を孕むこのゲームでは、レベルと経験、判断力が全てを分ける。パーティを組んだ時、レベルが低いプレイヤーがいると穴になり、庇う必要が生まれる為に思うとおりの戦いをするのは難しい。そしてそのプレイヤーのレベルを底上げする時間もまた、攻略に割ける時間を減らすため、極端に言えば無駄だ。

 

 このたった数日生きてきただけで、コレを理解できるビギナーはそうそういないだろう。先の戦いで一緒だったキバオウ達も、一ヶ月かけてようやく理解したことだ。これは、βテスターとビギナーの差が生まれた理由でもあるのだから。

 

 俺達のレベルはかなり高い。このままのレベルでも、二層ボスでは十分に戦えるだろう。だが、そこにシノンとフィリアが混ざるとなればそうもいかない。安定した今の戦闘方法を崩してまた組み直し、二人をレベルだけでなく鍛える必要がある。

 ボス戦の経験がなく、また一層でも最前線で戦ったわけでもない二人を、いきなり二層の最深部まで連れて行くわけにはいかない。最悪の場合、全滅する。

 

 低レベルプレイヤーを連れていくというのは、そういうことだ。

 

「良いも悪いもあるか。俺達は仲間だ、死なせはしないさ」

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 再びキリトを加えて話を進める。宿のロビーに降りることも無く、廊下の角で外をじっと眺めていたキリトはそそくさと入ってきた。

 

「さて、まずは俺とキリトから聞いてみようかな」

 

 今度はシノンとフィリアをベッドに座らせて、俺とキリトはソファーに座って向かい合った。ビーターとビギナーの図が完成。ただし、コレを口にしても意味が分からないだろう。

 

「キリト、お前は何がある?」

「そうだな………まずはレベルと、武器と、得意なことを教えてくれると嬉しいな。どういった戦い方をするのか気になるし、それによって俺達がとる動きも変わってくる。できればでいい」

「じゃあどうぞ。まずはシノンから聞こうかな」

「わ、私? えっと、レベルは6、武器は短剣で、得意なことは……投擲かしら?」

「もう《投擲》スキルとったのか? まだスロット二つしか空いてないだろうに」

「いえ、スキルはまだだけど、いずれは取るつもりだから」

「ふむ。次」

「9レベルだよ、武器はソードブレイカー。まぁ、勘が良いぐらいじゃないかな。戦闘に関しては心配しなくていいよ」

「アイン、解説頼むわ」

「ソードブレイカーは、まあ省くか。俺が前に使ったことあるのを見ただろ。戦闘も言うとおり気にしなくていい、そこらの二桁を越えたプレイヤーより何倍も強いはずだから」

 

 シノンは兎も角、フィリアに対しては心配していない。俺と同様に、フィリアもまたナイフを振り回していた一人だ。酷く病んでいる俺とは違って、それを理性的に振り回すだろう。

 

 今後はフィールドをゆっくりと、それでいてキバオウ達に負けないように探索を進めて、レベル上げを測る。昔よく使っていたあの狩場を五人で独占、乱獲すれば10なんて軽く超えるさ。

 

 俺とキリトについても話を終え、今度は俺が切り出す。

 

「シノン、現実世界が今どうなっているのかを教えてくれ」

 

 やはりゲームにログインしている全員が気になると言えばこれに尽きる。

 

 こちらから干渉する術は無い。知りたければクリアしろ、それがここのルールであり目的だ。だが、ここへシノンというイレギュラーが現れる。利用しない手はない。

 

 既にフィリアへと話したこともあって、大分纏められた内容だった。ナーヴギアは発売停止、回収が行われた。茅場晶彦は行方不明に、責任だけを押し付けられたアーガスは解体され、別会社へと運営は委託される。ただし、外部からの接触はほぼ不可能で、プレイヤーの身体を安全な病院へと移されたぐらいしか進んでいない。

 

「どこからログインしたんだ?」

「病室から。そこはSAO患者も収容されていたから、どこの病室にもケーブルをさせる場所があったから」

「空き病室に勝手に入ったのかよ……」

「いいえ、使用されている病室からよ」

「は?」

「ユウのベッドにお邪魔してるわ」

「「「………」」」

 

 つまり、ログインした時、俺のベッドに勝手に入り込んだ挙句そのままSAOに入ってきたと。現実では仲良くナーヴギアを被って眠っているわけだ。

 

 いいけどさ。

 

「現実世界はこんなところよ。たったの一ヶ月じゃプレイヤーを開放しようにも何も進まないだろうし、全てのプレイヤーを安全な環境に置くだけでも十分なことじゃないかしら?」

「責めようがない。最大限の事はやってくれてるんだろうしな」

 

 あちらはあちらで、できる限りのことを尽くしてくれるだろう。なら俺達は一日でも早く百層へ到達するしかない。

 

「んじゃ、今後についてだな」

「一日掛けてレベル上げした方が良いんじゃないか? 俺達は兎も角、シノンとフィリアはこの先厳しい」

「ああ、だから昔使っていた狩場に籠る。ついでに二人の癖とか戦い方を見よう。そのあとは普通に攻略だ」

「大丈夫なのか? 俺達がついているからって言っても、いきなり二人も増えたら……ま、いっか。しばらく深追いや乱獲を控えれば」

「そういうことだ」

 

 方針について話し合う中で、ガチャリとドアが開く。

 

「ふあぁぁぁ…………」

「「あ」」

「ちょっと、もう時間過ぎてるじゃない。ちゃんと起こしてって―――あら?」

 

 忘れていたわけじゃないが、忘れていた。

 

「ねえキリト君」

「は、はいっ!」

「ダレ?」

 

 目の前の悪鬼羅刹を相手に、どうやらもう一度同じことを話さなくてはならないらしい。

 

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 

 

 何とか怒りを鎮めた羅刹……もといアスナは上機嫌で二人を迎えた。もともと友人が少ないとぼやいていたので、同姓同年代の女子がパーティに加わった事自体は素直に喜んでいる。そして釘を刺していた。

 

『手を出したら許さないからね♪』

 

 フィリアはガクガクと頷くばかりだったが、シノンは平然とそれを受け止めてこう言った。

 

『浮気なんてすると思う?』

 

 この時、アスナは怒りを覚えるどころか握手を求めてお互いを称えあった。シノンとは違い、アスナの目の前には背丈まで伸びた雑草やらなんやらが立ちはだかるのだが、きっと乗り越えていくことだろう。

 

 フィリアは苦笑いを浮かべつつ、どこか暗そうにしていた。

 

 SAOでも初めてと言える賑やかな夕食を終え、新たに加わった二人のために部屋をもう一つ借り、明日に備えて早めに寝ることにした。寝足りないのか、洞窟でのごろ寝が相当堪えているのか、アスナは早々に寝ると言いだしたので今日はお開きだ。

 

 ここで一騒動が起きた。部屋割である。

 

 アスナが先に眠ってしまい、内側からカギをかけてしまったので一部屋埋まる。残りを分けるとすれば、男女で一部屋ずつだろう。当然そうなると思っていた俺達だが、そこへシノンが一言。

 

『私、今日はユウと寝るから』

『『!?』』

 

 驚くキリトとフィリアだが、俺はそうでもなかった。最近でも偶に同じ部屋で寝ることもあるし、多分そんなことを言いだすんだろうなーとどこかで確信していたこともある。

 

 SAOには《ハラスメントコード》と呼ばれるシステムがある。異性に触れる際、それが公序良俗に反するものであるとシステムが判断した場合、被害者側はボタン一つで加害者側を牢獄送りへできるというもの。実際に自らが身体を動かすSAOならではのシステムだ。これはNPC相手にでも適用される。

 例を上げてみよう。

俺がシノンの肩を叩いて「お疲れ様」と言う、麻痺状態にあるシノンをおぶって走る、手をつないで街を歩く。このあたりは問題ない範囲だ。最後の手をつなぐは状況次第でコードに引っかかることもあるだろうが、ここではセーフとしよう。

胸や尻を触る。しつこく身体をべたべたと触ったり撫でまわす。抱きしめる。ここらは明らかにアウトの領域だ。現実でも一発で警察を呼ばれて即逮捕レベル。

 

 グレーな部分も多いが、とりあえずは《ハラスメントコード》によって、女性は護られている。ただし、武器による可逆的行為はスルー。麻痺・睡眠状態のプレイヤーを運ぶのは危機回避と判断される場合がほとんどなのでコードは発動せず、プレイヤーは動けないのでやりたい放題。などなど、抜け道もいくつか見られる。要は相手にコード発動のボタンを押させなければ良いのだ。

 

 就寝状態を晒すとはそういうこと。気心が知れた相手でもあまりお勧めはしない行為だ。加えて俺とシノンは男性と女性であり、レベル差も大きく離れている。ステータスに任せた強引な手も可能だろう。絶対にそんなことはしないのだが、それを他人へ説いたところで聞きいれるはずがない。

 

 そして……

 

『シノン!』

『何? いくらフィリアでもこれは譲れないわ』

『シノンが許されるなら私もギン兄と一緒に寝る!』

 

 と、フィリアが暴走を開始。毎日のように寝かしつけていたのがここで仇になる。

 

 必死にキリトが危険性を説くが、フィリアが寝返ってしまったので言い負けそうな雰囲気に。巻き込まれるのは御免とばかりに、俺は無干渉を貫いた。

 

 ここへ救世主が。

 

『まだ起きてたの?』

『アスナ』

 

 羅刹……もとい救世主アスナ様の登場にキリトが喜んだ。これで勝てる! と。

 

 育ちの良いアスナは当然のように反発、またしても意見が割れてしまう。

 

 今日の騒動も、シノンとフィリアとの再会も、かなりの出来事で疲れ切っていた。慣れているとはいえ、岩盤で寝るのが好きなわけでもないし俺も疲れはある。それに、今までレベルを上げることや攻略ばかりに励んでいたので碌な休息は取って来なかった。それができるのは大分先の話だと思っていたのもある。

 

 シノンが来たという安心感、フィリアが年頃の少女らしく平和に生きていたことを知れた事もあり、我慢していた疲労がどっと押し寄せてきた。決してこの論争に呆れが湧いたわけではない。

 

 とにかく、ぐっすりと眠りたかった。

 

 となれば……

 

『シノン』

『?』

『早く寝よう、疲れたよ』

『『『!?』』』

『ええ、行きましょう』

 

 まだ引っ越したばかりのころ、毎晩うなされていた俺を救ったのもまた詩乃だ。誰が隣で寝ようと知ったことじゃないが、詩乃だけは別だろう。

 

 論破するのではなく、選ばれたことを大いに喜んだシノンはそれはそれは誇らしげな笑顔を浮かべていたそうな。

 

 そして今に至る。

 

「枕が二つ無い……」

「要らないわ。いつもそうだし」

「それもそうか」

 

 当たり前のように、二人一緒にベッドで寝る会話をしていた。何度も言うが、俺達にとっては普通である。

 

 ドアに鍵をかけ、カーテンを閉め、二人してベッドに潜る。真っ暗になっても、カーテン越しの月明かりだけで間近でこちらをみるシノンの顔がはっきりと見えた。

 

 俺の左腕を枕代わりに頭を乗せる姿を見るのは随分と懐かしい。

 

 両手を俺の胸に当て、身体を預けてくるシノンは満面の笑みを浮かべていた。

 

「なんか、意外だな」

「何が?」

「てっきり泣きじゃくるのかと思ってた?」

「私も驚いてるの。会ったら思いっきり泣いて困らせてやろうって思ってた」

「盗聴系スキルでもない限り、ここでの会話は誰にも聞こえないぞ。叫んでもな」

「我慢してるわけじゃない。ただ、嬉しいの。満たされている。まだ知らないことばかりだけど、SAOまで追って来て良かったって思ってるわ。きっと、今も現実世界に居たら私は壊れてた」

「俺はどうだろうな……落ちつける時間を得られるまでは、現実の事は考えないようにしてた。迷った奴から決まって死んでいく。だから、とにかく百層突破だけを考えてた。そうじゃなきゃやってられないんだ。目の前で死んだ奴もいる、今日もどこかで誰かが死んでいる。何時か俺もそうなるのか……? って思ったらさ、もう詩乃には会えないって事で……俺も折れていたはずだ」

 

 毛布をシノン――詩乃の肩にかけて頭を優しく撫でる。デジタルが再現しただけのアバターだが、その感触や暖かさは紛れもなく詩乃だ。さらさらと鮮やかな黒い髪、夜に溶けず爛々と輝く黒の眼、白い肌に目立つ赤らむ頬。彼女の全てが愛おしい。

 

 この少女は、俺の全てだ。

 

「詩乃」

「?」

「絶対にお前を離さない。何処にも行かせない。どれだけ嫌がろうと必ず迎えに行く。だから何処にも行くな」

「………ユウ」

「ん?」

「私を離さないで。何処にも行かないで。あなたの両腕で縛りつけて。抱きしめて。私だけを見て」

 

 こつん、と額をあわせて目を閉じながらそっと呟く。ぴったりと寄り添い、目を閉じて、右手を詩乃の頬に添えて、優しく唇を重ねた。

 

「「愛してる」」

 

 どちらからともなく、俺達はその言葉を口にした。

 

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