普段からここまで長くすることは基本ありませんので……
「うわぁ……すっげぇ行列」
「ねぇ……昨日より長くなってない?」
「……確かに。でも、まだまだ増えるだろうな」
ここ数日、下校中の風景に少し変化があった。
とんでもない長さの行列がとある店の前にできているのだ。こうして見ている間にも列に加わっていく人の数は少しずつ増えていき、最後尾のプラカードは日を重ねるごとに店の入り口から遠ざかっていく。その光景を朝と夕方の二回、コマ送りのように俺と詩乃は見ている。
理由はただ一つ。あと数日でソードアート・オンラインが発売されるのだ。その数僅か一万本。明らかに行列の人数と店舗に入荷するであろう本数と釣り合わない。そうと分かっていても未だに列が長くなるのは「もしかしたら……」という一%未満の可能性に期待しているからだろう。
俺? ああ、大丈夫大丈夫。
「良かったわね。並ばなくて」
「本当だよ。βテスターでよかった」
βテスターには優先的にソフトが配布されることになってるのさ! 前日か前々日には届くことだろう。待ち遠しくてたまらないことこの上ない。
はやく正式サービス当日にならねぇかなぁー!
「ふふっ」
「……なんだよ」
「そんなに楽しそうなユウ、久しぶりに見たかも」
「そうか?」
「子供っぽい」
「いいじゃねえか。子供万歳だ。今のうちにたっぷりやりたいことやっとくのさ」
「やりたいことね……」
そうつぶやいて詩乃は空を見上げた。
まぁ、無いんだろうな。今これがしたいとか、あれがしたいとか。詩乃の爺さんは昔堅気な人だから、ゲームや漫画なんてものは詩乃に悪影響があると考えている。本人は素直に言う事を聞き、今時の子供にしては娯楽に大した関心を示さない珍しい部類だ。趣味なんて読書(分厚いハードカバーや小説)ぐらいだろう。俺としては、ゲームや漫画は子供に常識や想像力を身につけさせるために最適なものだと思っているんだが……。
それは置いといて、だ。詩乃には趣味と言えるものが無い。
「見つかるさ、きっと」
「別に暇してないからいいんだけど」
「そうもいかないだろ。打ち込むものがあるってのは結構大事な事だぞ。スポーツだろうが勉強だろうが、それこそゲームだろうがなんだっていいのさ。メリハリつけられるならな。まぁその辺は詩乃なら大丈夫だろ」
「何よそれ、無責任な言い方ね」
「信頼と言ってほしいな」
「はいはい、そういうことにしといてアゲル」
ぷいっと顔をそむけながら詩乃はそう言った。まったく、可愛い奴め。
SAO正式サービス開始までとうとう一時間を切った。社会人のプレイヤーを考慮してのことか、休日だ。
詩乃と昼食を済ませた今は、お茶をすすりながら一緒にテレビを見ていた。どこのチャンネルを見ても話題はSAO一色。当然と言えば当然か。ゲームとはいえ、歴史を塗り替えるようなタイトルにマスコミが食いつかないわけがない。というか、ナーヴギアはゲームとしての枠を超えている。
「もうそんな日なのね」
「おう。ドキドキだ」
にやにやが止まらない俺の顔を見るたびに、詩乃はため息をついている。流石にガキっぽいか? 子供万歳とか最近言った気がするから何も言えないけど。
「はぁ……」
呆れた、と溜め息をつく詩乃だが、表情からみて「しょうがないわね……」みたいなニュアンスだろう。なんだかんだ言いつつも詩乃も楽しみみたいだ。サブアカ作るって言ったからかな?
「あんたがそこまで言う世界か……興味あるわね」
「だろ? 落ち着いたらサブアカ作るから、それまでの辛抱だ」
「そ、そこまで言ってないわよ!」
「ほうほう、ならそのにやけ顔はなんだね?」
「う、うるさい!」
「へぶっ!」
向かいの席から容赦のないチョップ。いつもなら白羽取りでもしているが、今のうかれた俺には少し難しかったようで直撃してしまった。昔は俺に一撃入れるなんてできなかったってのに……詩乃も日々成長しているようだ。
「そんな成長したくないわよ」
「読むんじゃない」
「………」
「どこ見てんのよ!!」
「うお!?」
成長すると言っても単に身長が伸びる事だけを指すわけじゃない。体格が大きくなるし、体重は増えるだろうし、精神的に余裕が出来てくる。それと同時に、女の子には男子に無いとある部分の成長も含まれるわけでして。じーっとその部分を見つめていると、当たり前だが怒られた。今度はちゃんと避けたことをはっきりとさせておく。
左腕で隠し、右腕でパンチを繰り出してくる。恥ずかしそうな真っ赤な顔が実に可愛かった。
ふん、と鼻を鳴らしたと思ったら急にしおらしくなった。なんというか、断られちゃったらどうしよう……みたいな感じ。
「ユウ、もし……」
「もし?」
「……一緒にVRゲームが出来る日が来たら――」
「――教えてやるよ。色々とな。流石に初期ステータスで待つってのは無理だけどさ」
「……ありがと」
「礼を言われるようなことじゃないさ。当たり前のことだって」
「なんせ――」と言葉を続けようとしたが、すんでのところで止めることが出来た。お互いの過去のことはタブーだ。良い気分には到底なれないし、詩乃は発作を起こしてしまう。場合によっては、俺も。
ただ、なんとなく言いたいことが伝わったようで、詩乃はにっこりとほほ笑んでくれた。俺が後に続けようとした言葉も分かっているだろうに。
「それじゃ、私は家に帰るわ。宿題あるし、時間だし」
立ち上がった詩乃を見上げる。次に指を指していた方向を見た。
未だに流れるテレビに視線を向けると、“SAOログイン開始時間まであと30分”とテロップが表示されている。確かに、そろそろ俺も準備しておきたい時間だ。因みに宿題は既に終えている。
「夕食はどうするの?」
「6時までにはログアウトするよ」
「じゃあスーパーに寄ってから来るわ」
「悪いな」
食器をキッチンまで運んで、玄関まで見送りに行く。靴を履いた詩乃は俺の方を向いて悪い顔を作った。
「さっきの約束、忘れないからね」
「安心しろ、俺も忘れない。ずっと待つよ」
ニッと笑い返して、どちらからともなく右手の小指を出して絡める。誰もが知っているであろう“ゆびきりげんまん”だ。何かしらの約束をする時はいつもしている。
「ユウ、いってらっしゃい」
「おう、いってきます」
βテスト最後の日、俺はキリトとある約束をしていた。
速攻ログインして、最前線攻略をしていた時でも愛用していた宿の前で待ち合わせて狩りに行こう、というもの。攻略マップや装備、ステータスは当然初期化されるが、容姿は変更しない為、誰がキリトなのか間違えることも無い。β時代に仲良くしていた奴がいたらもう一度フレンド登録し合うのもいいかもしれないな。
レベル1の表示と武器、ステータスに肩を落としながら待ち合わせ場所まで歩く。第一層主街区《はじまりの街》はかなり広く入り組んでいるが、少しも迷うことなく到着。勇者然としたフレンドは居ないので俺が先についたようだ。
今のうちにこれからのプランを考えておこう。
まずは何と言ってもレベル上げ、金……SAOでの通貨はコルなのでコル稼ぎ、スキル上げの3つだ。
βテストの経験を活かしてレベル1でもクリアできるようなクエストをこなし、装備を整えて良い狩場でひたすら戦闘。理想としては俺とキリトのレベルが二桁まで上がれば文句なしだ。そこまで行けば《ソードスキル》も連続技が使えるだろうし、ボス攻略の会議も開かれるはず。マージンは十分にとれているから、フロアボスも楽勝だな。多分だけど、しばらくはβテスターがボス攻略メンバーのほとんどを占めるだろう。少なくとも、βテストで進んだ層までは。
そうだな……さっそく遠くの村目指すか? いやいや、装備を整えてから?
うーん………
「アイン」
「ん? おお、キリト」
たいしてマッピングされていない第一層の全体図を眺めながらうなっていた俺の前には、いつの間にかキリトが立っていた。
その隣には見たことのないアバター。赤毛のロングにバンダナを巻いた渋い奴だ。
「そっちは? 知り合いか?」
「ついさっきな。来る途中に声をかけられたんだ」
「俺は“クライン”だ。えーっと……」
「“アイン”だ。名前が似た者同士、仲良くしようぜ」
「おう!」
差し出した右手をがっしりと握り返してくるクライン。悪い奴じゃなさそうだ、今のところは。しっかし、随分とフレンドリーなやつだなー。
「色々とレクチャーしてほしいんだと。減るもんでもないし、別にいいだろ」
「ああ」
「じゃ、早速フィールドに行こうぜ!」
「クライン、そんなに急がなくてもフィールドは逃げたりしねえよ」
「モンスターは狩られちまうだろ!」
「ったく……しゃあない奴だ」
そう言って呆れる振りをしている俺達だが、内心はクライン以上にワクワクしていた。久しぶりの仮想世界、しかも正式サービスが始まったんだ。心が躍らないわけがない。
先に走って行ったクラインを追うように、俺とキリトは走った。
「道順わかってるのかー?」
「………あ」
「ハァ………」
不安だ。
「よっと」
「ほい」
「ぶはっ!」
「あらよっと」
「ほいさ」
「うげぇ!」
「うりゃ」
「てい」
「ひぃ~!」
フィールドに出て一キロほど《はじまりの街》から離れると、モンスターの群れを発見した。数は3。ちょうど一人一体。さっさと片付ければ3分もかからないザコなんだが……。
「どわぁぁぁあ!!」
そんなザコ相手にクラインはものすごーく苦戦していた。
従来のMMO、家庭用のACTやRPGならボタンを連打すれば勝手に攻撃してくれるからあっという間に倒せるわけだが、VRMMOではそうもいかない。
自分の身体を動かして武器を振るわけだから、当然近づかなければならないし、相手だって動く。しかもモンスターだから人間じゃない。突進してくるイノシシやら牙をむき出しにして吠えるオオカミなんてザラ、上層に行けばもっと怖い奴もいるし、エグイ奴もいる。ゲームだと分かってはいても、現実で会えば怪我は必須な動物、最初は怖いもんだ。イノシシなんてバイクふっ飛ばすからな。
ビビって上手く攻撃できない姿を、無様だ、と誰も笑ったりはしない。
「「はぁ……」」
………呆れはするが。だってこれで五戦目なんだぜ? いい加減慣れてほしいと思うのは間違いじゃない。
「うぐぐ……強ぇ」
「んなことあるかよ、スライム並だぜ」
「教えることは全部教えたから、あとはお前次第だ」
「おう! ……っていってもなぁ」
「とにかく構えろ。システムがモーションを検知したら、あとは身を任せるだけでいいんだ」
「モーション……モーション……」
フゴフゴと鼻を鳴らすイノシシは今にも突進してきそうだ。
対するクラインは曲刀を肩に担ぐように構える。すると刀身がゆっくりと、次第に強くオレンジ色に輝き始めた。
「おおおおぉりゃああぁあ!」
気合いを入れると同時に砂埃を巻き上げてイノシシが突進してくる。迎え打つように正面から駆けだしたクラインはソードスキル《リーパー》を綺麗に発動させた。曲刀は吸い込まれるようにイノシシに命中、右側面を深く切り裂いて残ったHPを削りきり、イノシシをポリゴンへと変えた。
「いよっしゃぁ!!」
戦闘勝利を告げるウインドウに目もくれず、曲刀をぶんぶんと振り回すなりたてのフレンドに俺とキリトはため息をついた。
「あんなの倒して喜んでんじゃねーよ。この先もっと強い奴がウロウロしてんだぜ?」
「いいだろ別に。初めて自力で倒したんだからよ! ……にしても、すげえよな。改めて思ったぜ。自分で剣振り回してモンスターと戦うって結構気持ちいのな!」
「それがウリだからな。魔法や遠距離武器も無しってのがまた珍しい」
SAO……ソードアート・オンラインはその名の通り剣のゲームだ。キリトが言うように魔法の様なファンタジー要素は無いに等しく、遠距離武器なんて投擲武器程度だ。銃は勿論のこと、弓、弩すら存在しない。存在するのは全て近接武器のみ。
それをアシストするのが、SAO最大の魅力である《ソードスキル》。全ての武器に専用の《ソードスキル》が設定されており、その武器を使い込めば使い込むほど、武器スキルが上昇し強力な《ソードスキル》を使う事が出来るのだ。クラインが使用した《リーパー》のような単発技もあれば、何連撃も決まる連続技も存在する。
MPなんて余計なものは存在しないので、《ソードスキル》と言う名の必殺技は使い放題だ。欠点を上げるなら、《ソードスキル》使用後に硬直時間があることぐらいか。これがなければ《ソードスキル》使い放題になって難易度が下がりそうだから、当然の処置と言える。
「俺としてはシステムよりもこの風景に驚かされたな」
「現実世界とさして変わらないよな。夕日の眩しさとか、川の流れとか。ひょっとしたら現実世界よりも綺麗かもしれない。あっちはビルやら電柱やらで緑が減ってるからさ」
「少なくとも、こんな大草原は日本じゃ見れないだろうな」
しばしの間、ゆっくりと沈む夕日と赤い空を並んで眺めていた。
男三人で。
(………華やかさに欠ける)
風景に心を奪われる傍ら、どうでもいいことを考える俺であった。
「よし、じゃあ俺はここで落ちることにするわ」
あれから数分後、雰囲気をブチ壊すようにイノシシが湧いたので、怒りのままに狩り散らしてやった。そのまま流れるようにふらつきながら目につけたモンスターを狩って行った。
クラインが落ちると言いだしたのはそのあとすぐだ。
「それはいいが、次にログインしたらここからスタートかもしれないぞ?」
「うげ……そうなのか?」
「βテストの時はそうだった。入った瞬間モンスターに囲まれて即死亡なんて割とある光景だっだぜ」
「止めろアイン、あれはもう思い出したくない……。ということがあるから、落ちる時は野営用のテント、安全地帯で寝袋を使うか、街に戻って宿で一部屋借りるなりした方がいい」
「そ、そうか……じゃあ町まで一緒にいいか?」
「俺達は最初からそのつもりだよ」
右手を振ってメニューからマップを呼びだす。現在地は《はじまりの街》から南西に1.5kmほど離れた平原か。ゆっくり歩けば20分でつきそうだ。
時折マップを開きつつ、道を間違えていないことを確認しながら来た道を戻っていく。途中モンスターと何度か遭遇したが、ここで手間取ることなどβテスターにはありえないので速攻で片づける。クラインはコツを掴んだ様で、《リーパー》以外の《ソードスキル》も色々と試しながら戦っていた。これならもう大丈夫そうだな。
《はじまりの街》に着いたのはきっかり20分経過した時だった。
大通りにある大きな宿の前まで案内しようと角を曲がったところで、ある異変に気がついた。
「キリト」
「ああ」
「ど、どうしたんだよ?」
「気付かないか? プレイヤーの数が少なすぎる事に」
「いや、でもよぉ……もう飯前だし、人が少なくなるのは普通じゃねえか?」
「言ったろ、少なすぎるって。わざわざ何日も前から並んでようやく手に入れたSAOだぞ? 夕飯時だからって一斉にログアウトするなんて、重度のネットゲーマーにはなかなか見られないぜ」
「うーん、それはわかるんだが……」
「アイン。お前の言い方じゃ分かりにくいって。クライン、今視界に入っているヤツのカーソル見ればわかる」
「……………っ!? お、おい、こいつら……」
「そう、少なすぎるってアインは言ったけどな、実際は
視界には数十人の人達が歩きまわり、会話し、店を開いている。だが、その中にはプレイヤーが一人もいなかった。学生のように親からログアウトするように言われている、もしくはナーヴギアを外されて強制ログアウトされたならまだしも、一人暮らしの社会人まで含めて殆どのプレイヤーが一斉に消えるなどあり得ない。
「一体何が……」
「キリト!」
何事かと考えているとクラインが叫んだ。キリトを見ればアバターが白い光で包まれていた。続いて俺、クラインもその光に包まれる。
「な、なんじゃこりゃあ!?」
「落ち付けクライン。これは転移……ワープだよ。そういうアイテムがあるんだ」
「なんじゃそりゃああああ!?」
(うるさい………)
クラインの叫びをバックに転移が行われ、光が収まった時には広い広場でつっ立っていた。どうやら最初にログインした時に転移される場所《黒鉄宮》のようだ。周りを見渡せば、直径何百メートルもありそうなその《黒鉄宮》が、今ではプレイヤーで埋め尽くされている。まだ周りには転移の光がちらほらと見られる。こうしている間も、ログインしている一万人がここへ集められているようだ。
「なるほど、運営の仕業だったのか……」
「プレイヤーがいない原因はわかったけどよ、運営側がなんでここにプレイヤーを集めたのかがわかんねえままだろ?」
「教えてくれるさ、これからな」
新たに浮かび上がった疑問にクラインと頭を抱えて悩んでいると、キリトが上を指差した。
目を凝らして空を見る。点だ、点がある、赤い点が。それが強く光り出して一瞬にして夕焼け空を覆い、血のような赤に塗り替えた。
そして赤い天井から大量の赤い液体が滲みだして、個体へと姿を変え、中身のないローブが現れた。まるで透明人間がローブを着ているみたいで、本来なら顔があるはずの場所はフードの裏側しか見えない。
「気味が悪ぃな……」
クラインの言うとおり、かなり不気味だ。
『私は茅場晶彦』
………雑誌で見たことがある。SAOの製作者だっけか。
『諸君らは既に、メニューからログアウトボタンが消失している事に気がついているだろう』
「「「え!?」」」
三人そろって間抜けな声を出してしまった。が、それを気にすることなく同時に三つの右手が縦に滑り、ウインドウを開く。
そこにあるはずのもの……ログアウトボタンは、茅場晶彦が言うように無かった。
「……無い」
「俺もだ」
「こっちも……ねぇ」
俺達を含む、ログアウトボタン消失に気付いていなかったプレイヤーを気にすることなく、茅場晶彦の言葉は続く。
『これは、バグなどではない。ソードアート・オンライン本来の仕様である』
なんだって? ログアウトが出来ないのが仕様?
「狂ってる……」
『諸君らがこのゲームからログアウトする方法はただ一つ、ここアインクラッド第一層から一層ずつ攻略していき、頂上である第百層のフロアボスを倒し、ゲームクリアする。これだけだ』
ということは……。
「一度もログアウトせずにこのゲームをクリアしろって事かよ……!」
「マジかよ!? そんなの不可能だろ! メシとかトイレとか仕事とかどうすんだよ!?」
「……キリト。他に方法は無いのか?」
「プレイヤーがログアウトするには、ログアウトボタンを押す、もしくは現実の身体に悪影響が出るほどのショックを体験するか……ぐらいだな、俺が知っているのは」
「外部からはどうだ?」
「ナーヴギアを直接外す、LANケーブルを引っこ抜く、ソフトをハードから取り出す……まだまだありそうだが、それを見逃してくれるとは思えないな。目的がさっぱりだけど、どうやらGMさんは俺達にゲームをクリアさせたいらしいぜ」
「んだよそれ! めちゃくちゃすぎんだろ……」
「確かに、めちゃくちゃだ……」
ログアウトボタンがあったはずの場所を何度も押してみるが変化は無し。テキストが消されただけでなく、ログアウトという機能そのものが存在しないんだろう。そのくせログアウトボタンが存在した枠がそのまま残っている事に若干ムカついた。何かが変わるわけでもないので、怒りをとっとと流した。
何か方法は……そう考える俺達に追い打ちをかけるように、茅場晶彦はこう告げた。
『だが、気をつけてほしい。もしもHPが全損するようなことがあれば、もしくは外部から接続を切ろうとする行為をナーヴギアが感知すれば―――諸君らの脳はナーヴギアが発するマイクロウェーブによって焼き尽くされ、仮想世界からも現実世界からも永久退場することになる』
その言葉はざわざわと騒がしい広場一帯に、なぜか凛と響き渡った。
『最後に私からプレゼントを贈ろう。諸君らのアイテムストレージに入っているので是非使ってくれ』
言われるがまま、メニューを開いて入手した覚えのないアイテムをオブジェクト化させる。
アイテム……手のひら大の手鏡を手に取り、覗く。角度を変えても特徴は見られない。どこにでもある普通の手鏡だ。百円均一クオリティ。
と、思いきや。またしても光に包まれた。俺だけでなく、周りのプレイヤーも……恐らく全員がそうだろう。
(……? あれ?)
目を開くが、特に変化は無い。転移でもないし、服が変わったわけでもない、ステータスにも変化は見られない。何が……。
そうだ、キリトとクラインはどうなんだ?
「おいキリト、クライン。大丈夫………か?」
「大丈夫だ、クラインはどう……だ?」
「問題ねぇ。無事でなにより………ん?」
「「「お前等、誰?」」」
そこに居たのは、勇者然としたキリトと渋いクラインじゃなくて、俺と同年代ぐらいの女顔の男と、髭を生やしてバンダナを巻いた20代後半ぐらいの成人男性だった。
三人一斉に手鏡をもう一度覗く。また光に包まれたりするような事はもう無く、今度こそただの鏡になったようだ。
そしてそれが写したのは、俺が適当に作り上げた貴公子系アバターではなく、現実の鷹村悠そっくりの顔。左の眉に沿うようにある傷痕がなによりの証拠だ。
「「「………!?」」」
身体も設定したアバターじゃなくて、現実そっくり。隣の二人も同じような反応をしている。こいつは、まさか……
「お前、キリトとクラインか!?」「てことはアイン!? じゃあそっちの奴はクラインなのか!?」「お、おう……つーと、お前等がアインとキリトってわけか!」
どんな仕組みか……俺達は作ったアバターを現実の身体そっくりのアバターに強制的に変更されたようだ。
『では、これにてソードアート・オンラインのチュートリアルを終了する。諸君らの健闘を期待する』
言いたいことを言って、やりたいことをやった赤ローブ……茅場晶彦は現れた時を巻き戻したように液体になって、空へ消えた。それと同時に赤い天井も消え、さっきより少し暗くなった夕焼け空に戻った。
考えること、言いたいことはとにかく色々ある。だが、今になってさっきの言葉がスーッと芯の奥にまで入っていった。
HP全損。干渉できない外部からの行動。脳を焼き尽くされる。永久退場。
固い食べ物をゆっくりと咀嚼するように、一つ一つの言葉を理解し、つなぎ合わせ、回答を導き出す。
つまり、“死”。負ければ、何らかのアクシデントが起きれば……俺達は、死ぬ。
「ま、マジかよ……」「嫌だ! 出せよ、ここから出してくれ!」「そんな……私、今日だけお兄ちゃんの代わりに遊ぶだけだったのに……」「私が何をしたって言うのよ……!?」「ふざけるな! 明日は大事なプレゼンがあるんだぞ!」「ママーーー! パパーーー!」
ようやく事態を呑み込んだプレイヤー達は一斉に騒ぎ始めた。膝から崩れ落ちる者、ただ喚き散らす者、呆然とする者。その様は十人十色といった様子だ。ただ、そんなうるささも俺の耳には届かなかった。
死ぬ……のか? こんなわけのわからない場所で? この俺が?
『ユウ』
……認めない。
やり残したこと、やりたいこと、やらなきゃいけないことがたくさんあるんだ。生きなきゃいけない。俺だけじゃない、ここに居る全プレイヤーも。
生きる。生きて帰る、絶対に。
ああやってやるよ、クリアすればいいんだろ? 目的がはっきりしてて楽じゃないか。負ければ死ぬ。よくよく考えれば
そうと決まれば早く動くに越したことは無い。邪魔な一切合切は考えるだけ無駄だし、色々と鈍らせるだけなので忘れる事にしよう。
「アイン」
「ああ」
どうやらキリトの方が腹を括るのが早かったみたいだ。こういう時の行動力というか、決断力は目を見張るものがある。
「………」
「クライン」
「………」
「クライン!」
「うお! なんだよ……」
「こっち来い!」
呆然としていたクラインをキリトが叱咤して外へ連れ出す。道を空ける為に俺は一足早く《黒鉄宮》から少し離れた大通り沿いの小道に入った。こんなことがあっても、商人NPCはニコニコしながら売り上げを伸ばそうと客寄せをしていた。きっとこの風景が普通なんだろう。
「い、いきなりなんだよお前等……」
「俺達は直ぐにここから出る」
「は?」
「言ったろ、俺達はβテスターだ。10層までなら効率の良い狩場、クエスト、スキル、アイテム、レアドロップ、攻略方法を熟知している。この周囲は直ぐに攻略を目指すプレイヤーで埋め尽くされて思うようにレベルを上げるのは難しくなるはずだ」
「だから、一足先に攻略を始めるってか……」
「そうだ。その気があるなら来い。お前一人ぐらいなら守ってやれる」
言わんとしたことを理解したのか、少しだけ悩んでクラインは答えた。
「その、嬉しいんだけどよ……他のゲームで知り合ったダチもいるんだ。見捨てられねぇよ……」
つまりNOってことか。
「気にすんなよ。色々と教えてもらったしな、直ぐに追いついてやるぜ!」
「………分かった。何かあったらメール送ってくれ」
「おう! 死ぬなよ!」
短くそれだけ告げて、クラインは来た道を戻って行った。未だに呆然としているであろうダチを探しに行ったのだろう。こんな状況で他人を思いやれるなんて、すげえ奴だな。多分オトナだなありゃ。髭生えてたし。
「よし、いくぞ。………キリト?」
「………何でもない。まずはどこに行く?」
「色々と考えてたんだが予定が狂ったな。まずは武器と防具だと、俺は思う」
「そうだな……とりあえず夜になるまでに移動しないか? 満足にレベル上げも出来やしない」
「分かった、行こう」
隣の町まで移動することにした俺達は、クラインが去って行った方向とは真逆へと走り出した。入り組んだ裏通りを曲がるのが面倒になったので途中から屋根に飛び移って《はじまりの街》の外に出る。
ついさっきまでイノシシ狩りをしていた場所をさっさと通り過ぎ、夕日と《はじまりの街》を背に走った。
夜行性モンスターや、凶暴化したモンスターも蹴散らして。
帰る為に。
この時の俺達は無我夢中だった。きっと、それはとてもとても苦い顔をしていたんだろう。思えば、これからの戦いで何が起きるのか、どれだけの人が死ぬのか、感じ取っていたのかもしれない。