「さて」
モンキという珍妙な……男の杯を交わした猿から得た情報はわりかし面白い内容だった。そして、この旅館が何らかのクエストに関係していることを確信した俺は、湯上りのメンバーを元の部屋に集めた。
「実は猿と仲良くなってな」
「ちょっと待って、出だしから飲み込めないんだけど?」
「情報を手に入れてきた」
「無視!?」
「アスナ、気持ちはわかるんだけどな、本当なんだよ。これが」
「えぇ……」
それなりに面白い反応を見せてくれたので俺は満足である!
ちなみに本当に何を言っているのかはわからないが、なんとなく伝えたいことを読み取るぐらいはできた。だからこれから話すこともデタラメなんかじゃない。
「これが思っていたよりも壮大なドラマでな……うぅ」
「え! 泣いた! どういうことキリト!?」
「俺もわからん!? どういうことだシノン!?」
「え? その出会った猿がとても辛い思いを今もし続けていることと、そこに至った経緯があまりにも悲惨すぎてユウは泣いていることもわからないの?」
「「「わかるか!!」」」
ああ、そうだよなみんな。うちの嫁は最早読唇とかそんなレベルを超えた力を身に付け始めていることに、俺は恐怖しか感じていない。でもそれ以上に嬉しさがあるからそのままな。
「ここ数年の話だそうでな、どうやらこの旅館に一組の冒険者が現れたのが事の始まりらしい」
「え、そんなにあの猿話してたっけ?」
「いや。大半は俺の予測を元にしていく。あくまでも予測な。ただ、そこまで的外れなことでもないと思う」
「ふぅん。それで?」
「ああ。ちょっと長くなるぞ。
とある冒険者達は、偶然見つけたこの旅館に立ち寄った。冒険者達は食料も尽きてぼろぼろの状態だったらしく、そんな人間を見過ごせなかった旅館の人間達は彼らを受け入れた。
それから数日経つと、ようやく話ができる程度に回復した冒険者達の一人が自分たちの経緯を語った。彼らは村を失った難民で、安住の地を求めてここ数年旅を続けてきた。だが、どこへ行っても追い出され、少しずつ仲間は力尽きて死んでいったらしい。数年後、気づけばたったの五人にまで減っていた冒険者……いや、難民達は死を覚悟しつつも、死んだ仲間の命を無駄にしないために歩き続けてきたと言ったんだ。
そこで旅館の人間達は話し合った結果、一先ず彼らが回復するまで旅館に置くことを決めた。まぁ、こんな話をされたら追い出すなんてできないよな。それから、住み込みで働くことを条件に、行き先を決めて準備が整うまでは養うこともな。大層感謝した難民達は、体調が戻った後、恩を返すように働いたんだ。
いい話だろ?」
「そうね。そこまでは」
「確かにそうなるよね……」
いつになく長々と話したので、グラスに水を注いで一気に飲み干す。
「んじゃ、続きな。
難民達がすっかり旅館の人間達と仲良くなった頃、難民の一人が素朴且つ重要な疑問を抱いた。それは、この旅館はどこにあるのか、ということだ。
俺たちが体験した通り、ただフィールドをふらふら歩いただけじゃ中々見つからないこいつは、瞬間移動をするように各地を転々としている。丸一日旅館の中で働いていると仕事で忙殺されるから気づくことはあまりないんだが、この難民は毎晩星を眺めては故郷に思いを馳せていたらしく、昨日と今日で星の位置が大きく違うことでようやく気付いたそうだ。
直接女将へ聞きに行った難民の一人は、そこでようやくこの旅館のシステムを理解した。
元を辿れば、女将の家系は今では滅びた魔法使いで、この旅館は遠い祖先が残したものだという。何代も前に魔法使いとしての力を失っているため、細かな部分でどうなっているのかはわからない。例えば、どうやって瞬間移動しているのか、とか。移動するのにどこから湯を引いているのかとか。
噂として広まっているため、他の冒険者や貴族達が一度は行ってみたい場所として有名であり、泊まって帰ればまた来ようとリピーターになる。知る人のみぞ知る、というほど秘匿されたものじゃないが、秘密の旅館なんだよ。
特に隠すようなことではないと女将が言ったこともあって、難民は他の難民へこの事実を伝えた。
そこで難民達はこう考えた。ここで働いていれば、いつか生き別れた同胞にも会えるんじゃないか? って。だから、それからは今まで以上に仕事に精を出して取り組んだ」
シノンが空いたグラスに水を入れてくれたので、一言礼を言ってまた一気に飲む。何時かの山岳エリアで手に入れた水はやっぱ水道とは違うな。
「質問なんだけど……その難民の人たちってみんな死んじゃって、残ったのは旅館へたどり着いた五人だけじゃなかったっけ?」
「アスナの質問にはフィリアが答えてくれるぞ」
「え? 私?」
「うん。私」
「えぇ……まぁ、多分だけど、難民達は村を失ってから移動をしたんだろうけど、そこで幾つかのグループに分かれたんじゃないかな? 例えば東西南北の四つに、とか」
「なるほどー」
「ま、そういうこと。旅館にたどり着いた難民達は、その数ある中の一つのグループってことさ。流石にどれだけグループがあるのかはわからんが……途中で分岐するところもあるだろうし。ま、全部嘘なんだけどな!」
「「「は!?」」」「ああ、やっぱり」
俺が最後に付け加えたことに対して、シノン以外は目を丸くさせた。
「う、嘘って……どういうことよ? 私の涙返してくれない?」
「いや、これくらいで泣いてるほうが笑えるんだが」
「いいじゃない! それよりも、全部嘘って?」
「ちゃんと言うから。
俺が言った全部ってのは、難民達のことだ。そもそも難民じゃなくて、ただ略奪して好き放題する犯罪者だったんだよ。連中の次のターゲットが、この旅館だった。それだけだ。働くふりをして仕組みを把握し、周囲の信頼を得て、動きやすくするための準備だったってことさ」
「そんな……!」
「まず、毎晩の星の位置を確認して、一定の間隔で決められた場所に瞬間移動することを突き止めた連中は、他にも活動していた仲間たちを呼び寄せるために、転移結晶を使って一晩だけ旅館を抜け出た。そこで手筈をすべて伝えて戻り、来る日を待ち続けた。もちろん、誠意ある態度を振りまいてな。
そして、予定の日、予定通り賊は旅館に攻め入って、あっという間に占拠した。その時間はまだほんの一部の人間しか起きておらず、迎え撃つこともできなかったらしい。
賊は若い女や子供たち、そして代々受け継がれてきた家宝やこの旅館すらも人質として手に取った。今でもこの旅館を根城にして、豪勢の限りを尽くしているんだとさ」
「……ということは、立ち入り禁止のフロアの正体はその賊たちのいる場所ってことになるのか」
「酷い話ね」
「そうだな。クエスト云々に関わらず俺は助けてあげたいと思うんだが……キリト」
「ああ、いこう」
「決まりだ」
*********
―旅館十三階―
間の階層はダメだが、この最上階は良いらしい。俺が賊なら此処こそ自分の縄張りにするものなんだが……。まぁ、女将が良いと言うなら良いんだろう。ありがたく使わせてもらうことにする。
この十三階はそんなに広くない。周りがよく見える、と言ってもベランダと下の階の屋根に出られるだけで、この階は物置扱いになっていた。相変わらず微妙に世界観を壊しかねない文明の機器、エレベータで一気に登ってドアが開いたときは場所を間違えたかと思ったぞ。
しかしまぁ、綺麗だ。これもこの旅館ならではかもしれない。
できることならシノンと一緒に見たかったが、今現在の俺は一人だ。これには理由がある。
『上に上がれない?』
『ああ。上がろうと階段を探していたんだが、無かった。ただ、天井にそれらしい隙間があるのを見つけたからないわけではないと思う。開閉のスイッチがあるはずだ。まずはそれを押す』
『場所の検討はついているの?』
『こういうのは上か下かって相場が決まってんだよ』
ということで上に来た。下も探したくはあるが、この旅館の仕組み的に地下は存在しない。ちょっと悲しい。
俺一人で行くことにシノンは猛反対したが、時間がなかったし、これからやることを考えるとシノンと言わず誰も連れていけない。スイッチの場所は大体聞いてるとか、危ないことはしないとか、色々と説き伏せてなんとかお許しを頂いた。俺が折れないことをわかったから、自分が引き下がったんだと思う。いい女だ。
下を見る。手すりを越えれば十二階の瓦の屋根に乗ることができた。
階段が使えないので、上から下へ降りていく。各階を虱潰しに探していけばさすがに見つかるだろ。
「よっ」
屋根先に足をかけてぶら下がる。天地逆転した視界の中では、天井を歩いたり寝転がったり酒を煽ったり………。旅館の従業員には到底見えないし、酒盛りをしている宿泊客と呼ぶには貧相な格好過ぎる。
間違いない。あれが賊だ。
さて、どうするか……。
「おい? なんか月が欠けてないか?」
「んあ? ホントだな」
「えらく不自然な気もするが……」
「てか今日は半月の日じゃねぇぞ?」
あ、まずい。まさか月と被るとは。しかも連中は天体に詳しいことも知ってたのに。
こりゃあ、穏便に済ますのは無理だな。
屋根の骨組みを両手で掴み、屋根にかけていた足を下ろして、犬のお座りのように張り付いた。そして手を離すと同時に目一杯の力を両足に込めてで蹴る。
一瞬後には、かん高い音とガラスを撒き散らしながら、フロアに侵入していた。
床には散らばった料理や酒に混ざって、砕けた大小の窓ガラスが一面に飛散する。窓際で屋根にぶら下がる俺を見ていた数人は大きな破片が刺さって苦しんでおり、その周囲は飛び込んできた俺とを交互に見ているばかりで状況を把握しきれていない様子だ。
背負った槍を引き抜いて構えを取る。
「抑え―――」
「遅ぇ」
柄を握る右手だけで振り回すようにその場で一回転。スキルの恩恵と、現武器が他に比べて長いからこそ活きる単発全周囲攻撃《サイコロール》。
通常のソードスキルとは違って、コイツは穂先より更に五十センチ程を発光の光で、攻撃範囲を本来の武器よりも延長する。魔法の概念がないプレイヤー側にとって、リーチが伸びるというのは異常なことであるのは言うまでもない。
故に槍使いの間ですら、名前のサイコにちなんでキチガイ技と言われている。現状、武器以上のリーチが発生するのはこれだけだ。
動き出した少し後ろの連中と、すぐ傍にいた数人を一気に刈り取る。耐久値が相当低く設定されているのか、たったの一発で、範囲内にいた殆どが両断されて結晶と化した。
スキル硬直の時間が発生し、解けたところで直ぐにまた槍を振るう。時間は与えない。こっちも人を待たせているし、今日は日帰りの温泉旅行(?)だしな。手早く済ませたいところだ。
向かってくる連中も、棒立ちになってるやつも、逃げようとわたわた慌てていようが関係ない。誰であろうがそこにいれば斬り伏せた。青のポリゴンが雫のように飛び散っては雪のように解けて消えていく。
……倒すよりも捕まえて吐かせた方が早いかな?
「野郎!」
「かかれ! 生きて返すんじゃねえぞ!」
「頭に突き出してやらぁ!」
「ベタなセリフをありがとよ」
さらに飛び込んできた三人の短剣使い。
「うごっ!」
一人目の喉に槍を突き立てて切り上げ、顎から頭までを切り裂いた。
「 」
返す刃で呆然と一人目を見ていた二人目の首を刎ねる。
どれだけ深く切りつけようと普段なら耐久値がある限りは、余程攻撃力と防御力に差がない限り切断は起きないはずなんだが……どんだけ弱いんだこいつら。ここまでサクサク斬れ過ぎると、楽しくなっちまうだろうが。なんか、こう、キリトに紹介された人をバッサバッサ倒すあのなんたら無双っていうゲームみたいだ。
構えをもう一度とって、一足遅れてきた三人目を捕らえようと槍を振ったところで気づいた。
三人目の頭上には、緑色のアイコンと、それを覆うような半円の緑色のバー。
こいつは……プレイヤーだ。
難なく俺の槍を捌いた三人目は一気に懐へ入り込もうと更に姿勢を低くとった。すぐさま振り上げられる短剣。
「ちっ」
払われた時点で槍から手を離した左手で短剣の腹を殴りつけて逸らし、お返しにとオレンジに光る左足で三人目の右ほおを思い切り蹴りつけて、壁まで吹き飛ばした。体術スキル《シュート》。多分これを考えたヤツはサッカー好きに違いない。
ぴぴっ。
案の定、俺のアイコンが数回明滅すると緑からオレンジへと色を変えた。
緑色のアイコンが通常であり、それがオレンジ色に変わると、プレイヤーはシステムから犯罪者として扱われることになる。
つまり、今日から数日間俺は犯罪者ってことだ。町に入れないし、フィールドやダンジョンで何をされようと文句は言えなくない。
解除には数日という時間をかけるか、贖罪クエストをクリアするかのどっちかなんだが……終わってからにするか。街に入れないだけだし、大したことじゃあない。
「やってくれんじゃねえかよ、ええ?」
「自業自得だろ?」
「……お前、《エンブリオン》のアインだな?」
「それが?」
「頭へのいい手土産になるなって思ってたところさ。これで俺も幹部になれる」
「幹部、ねぇ」
ただの雑魚の群れだと思っていたんだが、何やらどっかのギルドまで関わってるっぽいな。こりゃ思っていたよりも面倒なことになりそうだぞ。
「お前、下の階をつなぐ階段のスイッチがどこにあるか知りたいんだろ?」
「ああ。教えてくれるのか?」
「俺に勝てたらな!」
「随分と気前がいいじゃないか」
三人目の短剣に色が燈る。数メートル離れたこの距離で発動させるってことは突進系だな。
「バカなヤツだ」
「く、か…ぁっ」
そういうのは短剣じゃなくて両手剣や両手斧、
突き技で仕掛けてきたところを余裕をもって避けて、がら空きの腹をけり上げて天井コース。背中を打たれて落ちてきた身体を今度は踏みつけた。
ずぶの素人ってわけか。
「さて、どこにあるのか教えてくれるんだろうな?」
「だ、誰が……」
「いい度胸だ、気に入った、ぜ!」
「あああああああああああっ!」
背中を押さえていた右足を持ち上げて、今度は思い切り頭を踏みつける。ブーツの少し尖った鋲付の踵が刺さるように。
「んで、どこにあるんだ?」
「し、しらねぇ」
「おっと足が滑っちまった」
今度は三割増しだ。さっきの六割増しで悲鳴が足元から響く。
やかましいので槍を目の前に突き立てる。しゃっくりのようにひくつく声がしてそれは止んだ。
「悪い悪い、あまりにもクソ犬がうるさいもんだから槍を落としちまったよ。いやぁ、怪我がなくて何よりだ」
「あ、っく……!」
「ところでお前の耐久値やばいぞ?」
「!?」
モロに顔面へ体術スキルの一撃。カウンターの蹴り上げに、踏みつけを数回。現在俺が与えたダメージなんてそんなものだが、レベル差に加えて短剣を使っていることから防御力がそもそも低いはずだ。紙のような耐久力だろう。むしろよく耐えたな。いや、俺の手加減がうまかったからか?
三人目の緑のバーはこの数分間であっという間に赤に変わっていた。その割合、恐らく三パーセントぐらい。
もしこの槍が肩をかすめていたのなら、それだけでこのプレイヤーは耐久値がゼロになっていたはずだ。それはつまり、死ぬこと。さっきまでの雑魚とは大きく違う、現実の自分が死ぬってことだ。
「さて、そろそろ何か言いたくなるころじゃないか? ついでに言うならベルトのアイテムポーチが一杯でさ、ポーションが余ってんだよ」
「………だ」
「ん?」
カタカタと震えながら動いた左腕は俺が飛び込んできた窓とは反対の方向を指していた。
「ここをまっすぐ行くと、下の階に繋がる階段がある。降りてすぐ右手にある部屋が管理室で、そこにある、はずだ」
「そのどこにある」
「中には、入ったことがないからそこまでは分からない。でも、他にそういう部屋があるところはないから、きっとそこにあるはずだ」
「そうかい」
それだけ聞ければ十分だ。頭を踏みつけていた足をどけて、ポーチからポーションを取り出して床へ放る。
「ハァハァ…!」
緊張から解放された短剣使いはそれを掴むと、栓を放り投げて酒瓶を一気飲みするようにビン底を天井に向けて飲み干した。
「あ、悪い。それポーションじゃなくて剣の刃に塗る毒だったわ」
「!?」
ぎょっとした顔で俺を見る短剣使い。頭上のアイコンが毒状態を示す紫のアイコンに包まれる。ダメージが入るのはおよそ十秒ごとに最大耐久値の三パーセント程度。
「どうだ? 今まで自分達が殺してきたプレイヤーの様に死ぬ感覚はよ、《
「てめっ……!」
「それが、死ぬってことで、人を殺すってことだぜ」
「畜生がぁぁぁあああああ――――――
その叫びは最後まで続くことなく、死を告げる破片が砕け散る音に吸い込まれていった。
周りにいたはずの賊たちはいつの間にか一人残らず消え去っていた。逃げてくれて助かる。手間が省けた。
特に感傷も何もない。何せアレは敵で、そこらの敵と同じようにこっちを殺そうと襲ってきたんだ。俺は死にたくはない。だが相手は引いてくれない。逃げられてもそれはそれで困る。
ならどうする?
殺すしかない。
他にやり方はあるんだろう。捕まえて気絶でもさせれば少なくとも殺すよりはいいかもしれない。持って帰って軍の連中に押し付ければアジトを吐く可能性だってあった。
だが生憎と俺はこれ以外の方法は知らないんでね。シノン達がいなくて助かったよ、ホント。
「行くか」
とりあえず手に入れた情報通りに指で指していた方向へ走る。階段はすぐに見つかって、そのまま駆け下るとこれまた言っていた通り右手に部屋が見つかった。
中は和風を残しつつ機械的で、無人だった。基本的に全自動らしく、人が管理する必要は無さそうだ。必要な時だけ動かして、戻すんだろう。
ずらりと並んだボタンやらレバーをチェックしていく。すると、一つだけ向きの違うレバーがあった。違和感ありすぎる。多分これだろ。
「よっと」
考えもせずにぐいっと引く。するとズズズズと振動が伝わってくると同時にメールが届いた。キリトから、階段が現れた、とのことだった。ビンゴ。
さて、俺は階段を降りつつ賊どもを追い払いつつ旅館の人を助けていくとしようかな。
のんきに鼻歌を歌いながら振り返ると、剣をぶら下げるように持つ一人の男が佇んでいた。