あぁ、いつ以来だろう……こんなにも自分を忘れたのは。少なくとも、日本に来てからは一度も無かったな。我慢していたわけじゃ無いんだが……知らないところで溜まっていたのかもしれない。
非常に……非常に懐かしい気分だ。
血が吹き出すことも無ければ、肉を斬り裂いた感覚も無い。ただの赤いエフェクトが発生して、目を見て斬ったという事実を確認することしかできない。
それでも分かる。身体が覚えている。吐き気を催すような、血生臭いあの戦いを。
楽しい。 楽しくて仕方がない。詩乃には見せられないぐらい、殺し合いを楽しんでるぞ、俺。
「さっさとくたばれ!」
「そいつはできない相談だなァ!」
ああしてこうしてなんて頭で考えることを止めて、直感で槍を振り、突く。フード野郎は歯を見せながら肉厚包丁で捌いていき、反撃してくる。その反撃が斬りだろうと突きだろうと関係ない、包丁を振りかぶった時点で包丁を突いて、攻撃そのものを封じて機会を与えない。こんな攻防がずっと続いている。
状況は、リーチが広い俺が握っていた。そりゃそうなる。相手の範囲の外から攻撃できて、出鼻を挫いて振らせないのだから。攻めて攻めさせずと好き放題だ。
ヒットポイントは明らかに俺が有利だ。俺がほぼ満タンの状態であることに対して、フード野郎は黄色間近のグリーン。しかし、戦い始めておよそ三十分は経っているというのに、お互い決定打が一撃も入っていない。
防戦一方なフード野郎は兎も角、有利なはずの俺も。
片手剣よりも小さく軽い為、小回りはどんな武器よりも効き、守り易いというメリットが、奴の武器にはある。此処まで来ているということは、レベルも技術も申し分ないトッププレイヤーなのは間違いない。今まですべてのボス攻略に参加してきたが、あんなナイフ使いは見たことがなかった。
……。
考えてみる。結婚によってシノンのステータスを俺は得ている。俺のステータスは防御を殆ど無視して防具任せにした速度攻撃のタイプで、シノンは速度を大幅に伸ばして攻撃と防御を並べた速度特化のタイプだ。つまり、俺とシノンは全プレイヤーの中で最も速いと言っても過言じゃないんだが……フード野郎には一撃も入れられていない。
武器がどうのこうのじゃない。単純に、フード野郎がキチガイレベルで強い。ジャブ代わりの突きやフェイントはナイフで捌き、時には盾にして軽減させるくせに、決定打になりうる一撃だけは確実に体を捌いて避ける。こういう奴をビーターって呼べばいいのによ。
場所を狭い通路から、同じフロアにあった大広間のような何十畳もある畳の部屋へ変えている。旅館の廊下と客室を荒らしながら戦っていたらいつの間にかついていた。俺としては広い空間は助かる上に、もう一度狭い場所へ移られたら一気に逆転される可能性がある以上、ここで決めるしかない。
「ちょこまかと……」
「ガキの割にはやるじゃねえかよ」
「そんじょそこらの連中と一緒にされちゃ困るな」
くるりと槍を手の内で回して、石突で水平切りの包丁を叩き右足で踏みつける。手を離して距離を取ったフード野郎を狙って突きを繰り出すが、穂先を挟むように合掌して捕られられてしまった。視覚よりも早く柄の感触で悟った俺は、無理やり突きを入れるのではなく、重心を落として斧を叩きつけるように槍を振り抜いた。
またしても感触で理解する。今度は、振り抜いた直後に手を離して慣性で飛んでやがる。
チャンスだ。武器まで失った今なら絶対にダメージを与えられる。
全力で―――槍を捨てて横へ飛ぶ。
「……イイねぇ! 楽しませてくれるじゃねぇか!」
さっきまで俺が立っていた場所には、小ぶりな投擲用のナイフが畳へ刺さっていた。武器としては一層でも手に入るような弱いヤツだろうが、恐らくステータス異常を起こす液体が塗ってあるに違いない。見た感じ麻痺だな。いたぶって殺すのが好きそうなやつだし。
着地したフード野郎は投げたナイフを回収し、上着の内側から抜いた二本目の投擲ナイフを握って接近してくる。
俺も対抗して腰のナイフを抜こうとして……手が止まった。
「そいつは飾りかァ?」
「ちっ」
抜くタイミングを失ったために、素手で捌く。
刃の腹を叩いたりする程度の触れるなら問題はない。が、かすり傷をつけられたりフード野郎がやったようにがっしりと刃を握るとアウトだ。状態異常を起こして俺の負けになる。
まともな防具をつけていない以上、たったの一ダメージ=死だ。洋服もグローブも頼りにはできない。
ヤツの手や手首を主に狙ってナイフを落とさせようと試みるが、そんな握りは流石にしていないらしいな。ならば体勢を崩させて槍をひろう隙を作ろうと攻めに出る。
「ふっ!」
「ごぉっ!」
足払いで重心を動かせ、両肘で両手首を咄嗟に動けない程度に痺れさせて掌底を顎へ一撃。がら空きの腹へひねりを加えた蹴りを入れて吹き飛ばした。
「シャァ!」
駈け出そうと踵を浮かせたところへ、飛ばされながらも絶妙なコントロールで投擲されたナイフが。間隔を置いて飛んで来る二本のナイフを慌てて避け、再び駆け出す。
が、一足遅かった。
「ったく、痛ぇじゃねえかよ。あぁ?」
「当たり前だろうが。痛くしたんだからよ」
蹴られたことを活かして、コイツは俺よりも早く武器を拾って俺の槍を壁際まで蹴りやがった。畜生、かなり苦労してドロップしたレア物だってのに。
「さぁどうするアイン? これは流石に避けれねぇぜ?」
「一々喧しいっての……!」
とはいえフード野郎の言うとおりだ。短く、斬るための武器じゃなかったから捌くことが出来ていたが、あの包丁は無理がある。あれだけの技量があるとなると、武器なしで防ぐのは不可能。刻まれて死ぬ。
……。
あまりこのナイフを使いたくはない。何かあった時のために、昔の感覚を取り戻すために、何があっても生き残れるようにと思って装備しているが、使わないに越したことはないんだ。あくまでもここはゲームであって、戦場じゃない。柄を握るだけでもブルブルと身体が喜んでしまう。
はっきりと分かった。今でもどこかで泥と血で塗れた昔々を懐かしんでいる。悪い部分を忘れてはいなかった。
正直嫌だ。だから思い出したくなるようなモノには触れたくないし、したくはないんだが……何のためにぶら下げているのか分からなくなるので使おう。
意を決して畳をブーツで蹴る。
「馬ァ鹿がぁ!」
「だったらテメェはアホだ!」
しゅるりと右ホルダーのナイフを引き抜いて、振り下ろされた包丁を払い、大きく懐へ踏み込み、左のナイフでフード野郎の
切り落としたフード野郎の左手を踏み砕いて、さらに追い打ちをかける。
端から見れば、打ち合う火花で眩しくなるほどの速度で斬り合った。音も中々に五月蠅いだろう。しかしこれがスキルを無視して装備している旨みであり、俺本来のスタイルだ。息をつく間も考える隙も与えない、怒涛の攻め。
ラッシュが途切れるのは、大体相手が死んだか―――
「相手の力も量れないとんでもないアホだ」
相手の獲物が壊れた時。
ブンブン振り回していたフード野郎の肉厚包丁は、打ち合い過ぎて耐久値を失った。キリトが得意としている武器破壊だ。
「こいつぁまいったもんだ。中々苦労したレア物なんだぜ?」
「お前が蹴った俺の槍だって中々苦労したレア物だっての」
「そうかい。だったらあの槍真っ二つにしねえとな」
「できるかよ」
「しねぇよ」
「は?」
またしても投擲ナイフを取り出したフード野郎は投げてきた。一本や二本じゃなく、大量に。程よく散らばったナイフはほとんど壁に近い。弾いて即反撃といきたかったが、不可能と判断して真横へ飛ぶ。
両手を伸ばして畳に触れる、勢いを殺さずにダメージを最小限に、肩から接地して背中、さらに一回転してすぐに駆け出した。
が、ほんの数秒目を離しただけでフード野郎は姿を消していた。天井や角に張り付いてるのかと思ったがいないし、俺が最上階から乗り込んだように外の壁に張り付いていることも考えたがこの部屋の窓は開かないらしいので却下。
既に開いていたふすまから逃げて行ったと考えるべきか……。
なんにせよ、難は去った。
「はぁーー……」
大きくため息を吐く。ナイフを放って寝転がりたくなるがそうもいかないだろう。シノン達のことだ、俺がオレンジプレイヤーへと変わったことなんて気づいているだろうから、事情の説明をしておかないとな。それに、俺だけが狙われたとは思えない。さっきのフード野郎の仲間か、手下がそっちに行ったとしたら……寝てなんていられない、か。
蹴り飛ばされた槍を拾って布で拭う。目立った傷や、耐久値に余裕があることを確認してそのまま背負う。
「やっぱ、これからはナイフに頼ることになるのか……」
腰回りに装着するのが一般的だが、俺は雑多なアイテムをたくさんポーチに入れているので両足の腿にナイフホルダーを付けている。腿にポーチをつけて、ナイフを腰につければいいじゃないとか言うな。こっちの方が俺は抜きやすいんだ。
料理を嗜むようになってからは持つ程度じゃ何ともなくなった。包丁様万歳なんだが、これを振り回すとそうもいかない。世界的にはあり得ないに分類される幼少時代はショッキングすぎて中々忘れるのは難しそうだ。
忘れたいが、忘れられず、忘れられない過去がある。だったらそれは自分の中で気持ちの整理をつけなくちゃいけない。ささっとケリつけて一歩すすまなくっちゃあな、いけないんだけどな。
そんな簡単にできるならここまで引きずってないっての……。
鷹村悠が、アインとしてナイフを振れるのはまだまだ先になりそうだ。
「……なんて言ってられない、か」
目を背けて逃げるのは、そろそろ許されなくなってきた。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
およそ十分ぐらいか、この刺突剣使いと無言で切り結んでいた。勿論ただ剣をキンキン打ち合うのではなく、お互いの命を懸けてHPを減らしあう殺し合いだが。この戦いが、普段の街中やダンジョンでのデュエルとは違うということを俺は肌で感じ取っていた。おそらく、アスナも。
デュエルはお互い合意のもとで行う、文字通りプレイヤー同士の決闘だ。いきなりナイフを投げてきた挙句数で仕掛けてきたこいつらの中には、正々堂々なんて言葉は欠片もない。
この戦闘だけでも、百を超えた鋭い突きが俺の頭や喉、胸を狙って繰り出されている。何度もそうしてきたように、身体や首を傾けた体捌きと剣を使って弾いたり、時には流していなす。隙を見つけて攻めに出てみるものの、俺がそうしたように捌かれてしまう。
ただこれを繰り返して、十分が経過していた。
「くそ……強いな」
SAO開始早々から目立ってきた俺達は、その知名度からデュエルを申し込まれることが多々ある。クラインやエギルのように仲のいいヤツもいれば、からかって来たり、憎んでいたり、腕を磨くためにだとか、そりゃ色々なヤツと剣を交えてきた。攻略組の少数精鋭ギルド《エンブリオン》のリーダーであり、ビーターの代名詞とも言えるキリトは、丁度いいデュエル相手らしい。
強いプレイヤーはたくさんいた。だが、本当の強者と言えるプレイヤーはほんの一握りだけだ。アインやアスナのような。
こいつは……それに値するほど強い。アスナと同等かそれ以上の突きはかなりの脅威だ。
「大丈夫、キリト君?」
「なんとか」
攻めたくても、刺突剣使いの隙を見つけられない俺にアスナが声をかけてきた。横目でちら見したが、あれだけいた賊は一人もいなくなっていた。アスナ恐るべし。
「どうする? ここからは私も相手になるわよ」
「………」
雑魚を片づけた今、残るのは目の前の男だけ。
「用があるのは、黒の剣士だけだ」
「ついでに閃光の剣捌きも味わっていけばいかが? こんな機会早々ないんじゃない?」
そっちの都合なんて知らない、とばかりに無視を決め込むアスナ。そりゃそうだ、相手に合わせる必要なんてない。
「………」
刺突剣使いは、ぼうっと立ち、瞬きをしない赤い目で俺達を見続けている。数秒ほど時間が過ぎると剣を鞘に納めて口を開いた。
「黒の剣士、次は、殺す」
それだけを言うと、踵を返して立ち去って行った。初めに隠れていた柱の場所で曲がり、俺の《索敵》範囲の外へスタスタと歩いて消えていく。完全に感知できなくなったのを確認してから、俺は肩の力を抜いてアスナにもその旨を伝えた。
「大丈夫?」
「ああ。ん、ありがとう」
「気にしないで、客室の冷蔵庫から持ってきたものだから」
「この際なんでもいいさ」
大きくはぁと息をついて剣を背中の鞘へ納める。タイミングよくアスナがドリンクを差し出してくれたので、ありがたく頂戴して一気に飲み干した。アスナももう一本ストレージから取り出して飲んでいる。
「シノンとフィリアは?」
「まだ上にいるかも。行きましょう」
「ああ」
休憩もそこそこにして、後ろにある階段を駆け上がった。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
ジョニーブラック。
二層に上がったばかりの頃、ひょんなことで私とフィリアに絡んできてユウに投げ飛ばされた男はそう名乗った。
しかし……
「人間、変わるもんだね」
「そうね」
たった数分とはいえ、ジョニーブラックと対面したあの時のことは今でも覚えている。十分な装備を整えることすらできなかったゲーム序盤、彼は普段着と皮の装備に片手剣といった、初心者装備だった。ビビッて逃げるくらいだからそんなに強くもなかったし、度胸もなかった。
それがどうだ。アインクラッド一の殺人ギルドのメンバーになるなんて予想もつかない。短剣に武器を変え、攻略組に勝るとも劣らない装備とスキルを備えているのがよく分かる。
紛れもない強敵だ。
「オラオラ、どうしたかかって来いよ。俺はヤりたくてうずうずしてんだぜ?」
目の前の男は、にたぁと口角を上げて舌なめずりをしている。生理的に無理なレベルで気持ち悪い。
正直相手にしたくない。が、下の階ではキリトが壁になって守ってくれているから戻れない。上の階に上がればキリトとアスナの二人と分断されてしまうし、上の階が安全と言う保障もない。囲まれていてそれ以外の逃げ道はない。
選択肢は無かった。
私とフィリアは短剣を抜いて構える。
敵はジョニーブラックだけじゃない、私たちを囲むように武器を構えている連中もだ。数はかなりいるが、強さのようなものは感じられない。俗にいう雑魚だろう。真に警戒すべきは目の前の男だけ。
「どうする?」
「……フィリアはポーチの余裕ある?」
「あるよ。最前線だしね」
「周りを任せてもいいかしら? 私と戦いたいみたいだし」
「うん。危なくなったらすぐスイッチだよ」
「ええ」
私の返答を合図に足を動かす。私はまっすぐジョニーブラックへ、フィリアは下り階段に最も近かった集団へ。
短剣、という武器は剣に比べてリーチが短く攻撃力が低い。だがそのかわりに全武器の中で最も素早さに優れた武器でもある。というより素早さこそが、短剣の武器だ。一撃に期待するのではなく、速度をもって翻弄しガリガリと削るのが一般的だ。盾も装備できるので守りもある程度は固められるので、実は人口が地味に多い。
しかし攻撃力は低い。パーティにおける短剣の役割からすれば、攻撃力の低さは深刻な問題ではないが……ソロとなると別だ。そこで、攻撃力を少しでも底上げするために道具を使用するスタイルもある。フィリアは非常にいい例だろう、《錬金》や《合成》等のスキルで特定のスキルを必要としない攻撃アイテムを使う形だ。作成にスキル枠を取られるが、戦い方は多彩になる。
だがまぁ、それがなかなか通用しない相手もいるわけで。この男のように。
「よっと」
「メンドクサイわね。ちょこまかと……」
こうなれば単純な技術とステータスの勝負になる。武器の性質上、素早く動き回って斬りあう機動戦が繰り広げられるんだけど……まぁダメージを与えるだけで一苦労。
私はユウのステータスに加えてスキル《軽業》で縦横無尽に駆け回る。狭い室内でこそ真価を発揮する。この二つが組み合わさって、屋内なら殆ど無敵になれるのが私だ。たとえ槍のリーチがあっても天井には届かないし、避けるのは容易い。
しかし、それだけの地の利を得てもなかなか短剣の刃で切り裂くのは難しかった。
本当に早いのだ。この層に到達して間も無い今、私達のレベルは全プレイヤーの中でもトップだという確信がある。私とユウに至っては結婚のお陰で片方のステータスが上乗せされているのだ。本来なら技術でどうこう出来る差では無い。蹂躙できるはず……だったんだけど、ね。
時間の感覚がなくなるほど神経を尖らせる。
「この!」
「ちっ…!」
「なんて化け物……素早さにはかなり自信があるんだけど」
「俺相手に誇るにゃ不足だなァ!」
また逃してしまった。あんな動きフィリアでもできない……!?
………。
回転させる足を止めて、最初対面した時のように距離を開けて対峙する。構える手もそのまま、気を抜くこともしない。
「分かったわ」
「何が?」
「アンタの異様な強さの秘密」
「ほう? 俺は隠してるつもりなんてないけどな」
「そうね、別段隠す事でもなかった」
とある仮説を立ててみよう。目の前の男……ジョニーブラックは高いレベルと技術を兼ねたハイレベルプレイヤーである。対する私は、技術で劣るところはあるかもしれないが、ステータスでは他プレイヤーを圧倒しており、絶対的なアドバンテージが存在した。この瞬間までは。
前提としてSAOはゲームだ。自分の身体を動かしてプレイするので、現実の経験が活かされるのは言うまでもない。木こりがサラリーマンよりも上手に斧が扱えるのは当たり前と言えばわかりやすいか。
ここで出てくるのが先ほどの前提だ。どれだけ扱いに慣れていたとしても、レベルやステータスの差は埋め難い。実力が拮抗している時、明暗を分けるのはまさにレベルだ。コイツがモノを言う。逆に、レベルが拮抗していれば実力でねじ伏せるしかない。
武器とスキルの相性? 同じ武器で、似たようなスキルを選んだ私とアイツに限っては考慮する必要無し。
状況は私が押している。だが、ステータス差によるバカみたいなダメージは入らず、そもそも攻撃を加えられない。私よりも経験があり、尚且つ私と同等かそれ以上に素早い。
「あなたは私よりもレベルが高い」
こいつは、もしくは笑う棺桶は私たち攻略組よりも効率よく大量の経験値を稼いで、最前線にそぐわない高いレベルになった。
方法はおそらくイリーガルな何かだろう。狩場は既に抑えられてレッドギルドが長時間使える状態には無い。こいつらは真っ当に狩りが出来るような奴らじゃないのだから。
「何をしたの?」
「誰が言うかよ」
「何かはしたってことね」
「そりゃするだろうが」
きひっ、と不気味な笑みを零して短剣を私に向ける。
「俺達ゃ笑う棺桶。何でもアリアリ」
「シノン!」
「ッ!?」
ヒュッ、と風を切る音が左から聞こえた。聞き慣れた音だ。殆ど反射で身体は動いて、フィリアの激が耳に入る前には後ろへと地面を蹴っていた。
目の前数センチ、さっきまで立っていたところに太い針のようなものが現れた。辿っていくとそれはどうやら剣らしい。鍔があって、柄を握る手があって……。
現れたのはマスクをつけた男だった。
「時間、だ」
「もうちょいいいだろ?」
「頭に、斬られたいなら、好きにしろ」
「……ちっ」
一言二言何かを離すと、二人は武器を納めた。
「じゃあな。今度こそ俺がヤってやる」
「私は二度と顔を見たくないわね」
下品に笑いながら、二人は群がってくる賊を斬り散らして去って行った。
「大丈夫!?」
「ええ。ありがとう」
地味に減ったHPゲージを見ながら、ポーションをあおる。駆け寄ろうとしたフィリアを手で制して、最後の一口を飲み込んで短剣の柄を強く握った。ジョニーブラックは去ったが雑魚のNPCは数えきれないほどまだいるのだ。気は抜けない。
しかし数秒後に肩の力が抜けることになる。
「……ねぇ」
「?」
「向こうの方、何か近づいてきてない?」
フィリアが指差す先、右手の通路を見る。漫画のように人がポンポンと飛ばされているのだ。バイクか車で突進してきたように、近づく何かに撥ねられているように。
それは私たちの真正面で止まった。
「無事か?」
「……ユウ」
暴走超特急は夫でした、はい。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
「はぁ~。散々な一日だった……」
「全くだ。誰かがこんなこと言わなきゃぁ宿でゆっくりできたってのに」
「何よ。おかげで広い露天風呂貸し切りなんだからいいじゃない」
五人全員がなんとか合流して小一時間。猿が賊と呼んでいた連中を一掃して戻ってくると、豪勢な料理や酒や踊りやらでとにかくもてなされた。この貸し切り露天風呂もその一つである。
旅館で一番いい部屋に通されて、旅館始まってのもてなしを受けて、旅館一の湯を借りているのだ。一日の苦労や疲れも飛んでいく。いやぁ、気持ちがいい。
ちなみに混浴である。水着などという無粋な布を装備していないのは既に確認済みだ。
「温泉っていいねぇ……」
「肩まで浸かってみるといいぞ。こんな風に」
「こう? あぁぁ~~~」
ふふふ、フィリアよ。半身浴程度で風呂を楽しんだ気になるのは早いぞ? 湯が顎に着くくらいとっぷりといくのがやはり一番だからな。
「でもまぁ、ずっとシャワーしか使ってなかったから気持ちいいな」
「やれやれ、俺は悲しいぞキリト」
「なんだよ」
「アスナが言ったからと自分の言葉を曲げるとは……」
「どういう意味だよそれ……てかそんなんじゃない!」
「はいはい」
何や隣が喧しいが無視だ無視。顔真っ赤にして返されてもねぇ。
「……」
しかし、キリトが先に言ったように散々な一日だったな。温泉探索に始まり、到着しては猿の相手、上がれば賊をちぎっては投げ、挙句の果てには笑う棺桶なんて連中が出てきた。なぜここにいたのか、奇妙な強さの正体、何故か俺達よりも早く最上層にいた……考え出すとキリがない。
きっとまたどこかで戦うことになる。今日よりももっとレベルも上がって、装備も整っているあのフードと。
俺は《アイン》として、戦って勝てるだろうか? 過去から逃げている、俺が。
どこかで打ち明けて、受け入れなければならないだろうか?
……しないと、駄目なんだろうな。そうでもしないと、俺たちは生きて現実へ帰れない。
「それは何時になるのやら」
浮かぶ満月へ手を伸ばす。光るばかりの月は何も答えてはくれなかった。
「ユウ」
「ん?」
「大丈夫」
「……おう」
代わりにシノンが握って微笑んでくれた。
「あーーー腹減った!!」
「アイン、お前まだ食うのかよ!」
「俺は物足りない。だから食う!」
「ちょっと! いきなり立たないでよ! 飛沫が飛んで来るでしょ!!」
「タオル! タオルが落ちそう!!」
「見たら殺す」
「気にすんなよそんくらい。男の裸なんて――」
「見せても殺す」
「あっはいすいませんでした」