ちなみにサブタイトルは誤字ではありませんので
アインクラッドの一階層の面積は層によって異なる。さらにそこへプレイヤーがたどり着くことができるのか否か、行動できる範囲はさらに狭い。どんなスキルを使ってもいけない場所ってのは、どんなゲームにもあるもんだ。山とか湖とかな。第一層の直径はおよそ十キロメートルあるらしいけど、山あり谷ありで全部歩けるわけじゃなかった。
全百層の内、折り返し地点を過ぎた今現在だが、何故かフロアが狭くなるにもかかわらず階層踏破速度は落ちていくばかりだった。
一番大きな原因は……多分最前線に潜り続ける攻略組の多くが
ボス攻略戦に参加するのは確実に攻略組のトップクラスだけだ。そこには中堅プレイヤーが入り込む余地は無い。参加できる人数は決まっているのに、戦力外連れて行ってどうすんだよ……ってなるからな。停滞している分、中堅が実力をつけてきてるものの攻略組に加われるほどじゃないから結果的に踏破速度は変わらなかった。
攻略組でもさらに、ボス討伐に参加したことのあるプレイヤーとしたことのないプレイヤーに二分できる。死んでいったプレイヤーはどれも参加したことのあるヤツばかりで、したことのない奴らが多く残っているのが現状だ。まずは雰囲気を掴んで呑まれないようにするところから始まるからさらに手間がかかる。
まぁ、足を止めてゆっくりになったメリットがないわけでもない。階層に対して余裕のあるレベルで挑めることが多くなったからレベル不足で死んだ奴はかなり減った。中堅が足を延ばして攻略組に手を引っかけているあたりまで来ているもんだからたまに手ほどきすることも珍しくない。キリトも足しげくどこかに通っているみたいだしな。
ただし、ビーターのレッテルが剥がれることは未だない。一部のプレイヤーだけが俺とキリトがベータテスターであることを知ってるが、顔を合わせるたびに邪険にされてばかりだ。コペルとは大違いである。今となっちゃ、それを知ってるのはディアベルを慕っていたリンド率いる聖龍連合と、キバオウ(こいつはなぜか軍の誰かに話しているわけではなさそうだった)に、たまにつるむエギルとクライン……くらいか? 知ってても仲良くしてくれる人がいないわけじゃないけど、そちらはあまりにもごく少数だ。
あとは……そうだな、イベントが重なったことがあったかもしれない。ここでのイベントはイベントクエストじゃなくて、現実世界の行事みたいなやつのことだ。クリスマス、大みそか、正月、成人、節分、バレンタイン……とまぁ何かあるたびに攻略を忘れてアインクラッドみんなで楽しんだもんだっけ。ケーキや七面鳥モドキも作って食べたし、雑煮もつついた、豆も投げて、百層目指してってことで上を向きながら恵方巻きも食べたし、俺とキリト宛のチョコレートをシノンとアスナが焼却して層の外へ放り投げるとかいう面白エピソードもあったっけ。
そうそう、クリスマスでキリトがアスナに告ってキリアスが誕生した。やれやれ、一年間毎日一緒にいたってのに時間をかけすぎだろ。しかし意外だったな、俺はてっきりアスナからぐいぐい行くかと思ってたんだが。まぁ面白かったから良し。フィリア? ああ、うん。すまない妹、気まずいよな、今度気晴らしにどこか連れて行ってやるからな。
閑話休題。
先も語った通り、アインクラッドは折り返し地点を迎えて、俺たちは通り越した。つまり、ようやく五十層を通過したってことだ。およそ一年と数ヶ月か。前例なんて無いからペースを計りようもないが、いい調子だとは思うぞ。このままでいけばあと一、二年でクリアできる。戦死者がこれまで多く出てこなければ……だが。
今までのボス討伐で最も戦死者が多かったのは二十五層と五十層の二つだった。もっとも手ごわいボスが百層のラストと考えて、中間地点の《中ボス》と、キリのいい四分の一地点の《強敵》は通常のボスに比べて手ごわい設定なんじゃなかろうかという仮説も出たくらいだ。正しいかどうかは七十五層まで行かないとわからないけど、その頃にはもうそんな仮説は意味が無くなってる。
本当にもう色々とあった。装備も変わったし、スキルも磨いたし……誰かの死に目なんて何度遭遇したことか。
お陰様で只今の最前線は五十三層。
今日は起きてからずっと、日が暮れそうな今現在まで嫌な予感が続いていた。
※※※※※※※※※
「えへへ」
「好きなの頼んでいいからな」
「うん!」
少し前にフィリアを何処かに連れて行こうかと考えて行動に移したのが今日。休養日という事で自由時間を得た俺たちは思い思いに過ごしていた。それに合わせてフィリアを連れ出したわけだ。シノンに話をつけているので心配は無い……はず。
美味いものでもと思って、料理街の三十八層に行くつもりだったが、意外と五十三層が綺麗で高級感ある店が多かったのでここに来てみた。喜んでいる様なのでほっと胸を撫で下ろす。
「ギン兄は……って、こう呼ぶのもなんだか久しぶりかも」
「だなぁ」
日本に来る前に仲の良かった奴の一人。それがフィリアだった。ギン兄ギン兄と後ろをついてきてはニコニコしていた可愛い妹。あの頃は鷹村悠という名前を持たなかったから、人によってコロコロ名前が変わっていたっけ。
なんでフィリアがそう呼ぶのかについては……ぶっちゃけ知らない。昔はそんな事にいちいち反応してなかったんだ。
普段は遠慮してか気遣ってか、アインとアバターネームで呼んでくれるが、こういう二人きりの時は妹の頃のように戻る。頼もしい仲間もこんな感じで年頃の女の子に変身だ。
さて。
連れ出したは良いものの、何を話せば良いのやら。
そこまで考えて思いついたのは、一年以上行動を共にしても二人で話す機会が無かったということだった。常にシノンが側にいたし、いなくてもキリトとアスナがいたから……まぁ、無理だわな。
一年越しの積もる話でもしようか。
「フィリア、日本に来てたんだな」
「うん。私は……あの後すぐに」
「そうか」
日本の自衛隊関係の人に拾ってもらったってことか。あの場にいた仲間はきっとみんなそうだろう。菊岡さんもどうやら偉い人らしいからな。
少なくともへそ曲げたりグレたりしてないみたいだし、良い人に会えたみたいで何よりだ。こうやってゲームさせてもらってる事からも分かる。
いや、俺たちだからやらせてもらっているとか? わからんな。
「おばさんね、良い人なんだよ。優しいし叱ってくれるんだ。おじさんは面白い人だから毎日楽しかった」
「俺のとこの人は……仕事で圧殺されてるな、うん。家を開けることは多いけど、その分帰ってきた時は楽しくしてるよ」
「それにシノンがいるから?」
「そうだな」
肯定するとフィリアが頬を膨らませる。ハムスターみたいで可愛い。
「……決めた。現実に戻ったらギン兄のとこ行く」
「は?」
「もともとおじさんとおばさんには、会いたい人がいるって探してもらってたの。それが見つかったからってお願いする。それでもってギン兄のおじさんのとこにお願いする」
「待て待て待て、色々と問題をすっ飛ばしてる」
「そうかな? まぁ楽しみにしてて」
「……」
妙な所だけ俺に似ちゃってまぁ……。
「ほら、早く頼め。店員が来てるんだからな」
「はーい。じゃあーー」
注文されたものを復唱して戻っていくNPCを眺める。三角巾にエプロンをつけた女性はとても意志を持たないアバターとは思えないほどしゃべるし動く。カーソルと彼女がNPCだという知識が無ければ区別がつかない。
今でもふとした時にそう思う。SAOのデスゲーム仕様はともかく、ゲームとしての完成度は非常に高い。
視線をフィリアに移す。こてんと首をかしげる可愛らしいこいつは紛れもなくプレイヤー。
「どうかしたの?」
「いや、SAOは凄いなって」
「そうだね……綺麗だよ、なんといっても」
「グラフィックは流石としか言えない。ナーヴギアもただの電子レンジじゃないってことだ」
「……ねぇ、今現実ではどうなってるのかな?」
「現実では、か」
ふとしたフィリアの疑問に意識を傾ける。
詩乃がログインした頃……ゲーム開始から一ヶ月までの事は俺たちの中では共通認識だ。SAO開発元のアーガスというメーカーは解体され、別の企業がサーバー管理を引き継いでいるそうだ。そんな事が出来そうなところと言えば……レクト、ハニーズ、フロムあたりか。流石にそこまでは詩乃も知らなかったみたいだ。
鯖落ち大事件もあったが、あれはどうやらプレイヤーを病院に搬送するために起きたものらしく、搬送中はどうしてもオフラインになるから止むなしとのこと。長野住まいの俺は菊岡さんの計らいによって東京に移され、詩乃もまたそこでログインしたらしい。
知ってることなんてそんなもんだ。あとはどうなってるのやら。
「俺の予想だが、多分VR技術は封印されるんじゃないかな」
「それは開発を禁止するってこと?」
「そうそう。様々な面で活躍を期待されてはいるけど、流石にこんな事件が起きちゃあ、なぁ」
「うん、そう、だね」
はぁ、と細いため息をつく。
丁度良くそこで注文したサラダが運ばれてきた。フィリアからフォークを受け取ってキャベツを頬張る。
「ギン兄悲しい顔してる。嫌なんだ」
「そりゃあ嫌さ。この国にはかなりの娯楽が溢れているし、遊ぶのが好きだからゲームも好きだ。SAOはその中でも群を抜いてる。クオリティの面からゲーム史に残るの名作だと思う。これからはいろんなジャンルのゲームも増えていくだろうし、質も上がっていく。だから嫌なんだ。てかな、こんなの知ったらもうコントローラ握れねぇ」
「あはははは!! 語るね!」
「悪りぃかよ」
「ううん。昔よりも今の方が好きだなあ、私は」
「お、おう」
「えへへ」
三又の先全部にクルトンを指して、はにかみながら俺に向けてくるくると回している。器用なやつ。俺が視線でクルトンを追うのが面白いのか、頬杖をつきながら八の字を描き始める。
「ねぇ、ギン兄。私って可愛い?」
「あぁ。そう思うぞ」
「じゃあ好き?」
「好きだな」
「シノンより?」
「悪いが、よりも、という事はないな」
優先順位をつけるなら、まず何よりも詩乃が最優先だ。だからフィリアと詩乃が同時に危機に陥ったらまず詩乃から助けるだろう。切り捨てるなら、フィリアを切り捨てる。
「私とシノン、どちらか片方が死ななくちゃいけなくなったら?」
「……」
しかし、俺は続いたフィリアの問いに答えられなかった。昔なら即答しただろう。間を作るどころか黙ってしまった。
甘くなったな、と思う。それがフィリアへの答えだった。
「うん、やっぱり今のギン兄が好き」
「そ、そうか?」
「うん。楽しそうだし、選べないくらい大切なものが増えてるんだもん。私が一番じゃないのは悲しいけど……。ま、おっぱいはシノンよりも大きいから恋しくなったら言ってね」
「ふん!」
「あいた!」
不埒な妹にはこうだ! チョップ! 言われた俺の方が恥ずかしいわ!!
「まったく……」
「うぅ……痛い……」
「自業自得だ。変な安売りをするんじゃない」
少々力を込めてフォークをサラダに突き刺す。普段は不快なガッ、と皿に当たる音も今は大して気にならない。
「もぉ。でも、忘れないでね」
「?」
「私はキミに助けてもらったこと。私がギン兄の妹なこと。それと、私も女の子だってこと」
「当たり前だ」
言われずともそんなことは分かってる。俺にとってとっちゃ、フィリアは詩乃と同じくらいの時間を過ごしたんだぞ?
一部の気持ちには応えられないけど、フィリアの事は好きだ。もしも、あり得ないが、万が一、パラレルワールドがあったとしても、地球の磁場が逆転するよりも可能性が低いことだが、詩乃と巡り合うことが無ければフィリアを愛していたという確信がある程には。
だから即答できなかった。
「さて、食べるか」
「うん」
ついつい話し込んでしまった。気づいたらいつの間にか注文していたメニューが机に並んでいる。気付かなかった俺がアホなのか、それとも空気と融合して配膳したNPCが凄いのか……。
俺がオーダーしたのはクラッシュリーフのポトフとファンゴカツの盛り合わせ。
触れると爆散するクラッシュリーフは地味にダメージを与えてくるトラップ染みた植物だが、《採取》スキルをうまく使って収穫すればA級食材に早変わりだ。一度だけフィリアが成功してアスナが料理した事があるが……あぁ、あの味は今でも思い出せるぜ。
五十二層のMobには、某狩人のイノシシを彷彿とさせる奴がいるが、恐らくそいつの肉で作ったカツだろう。グルメなプレイヤーの中でもこいつは美味いと評判の食材だ。
フィリアは……好物のオムライスに俺と同じポトフか。珍しいな、フィリアは結構食べる子だったと思うんだが……。そういや普段の食事もそんなに食べてないな。
「フィリア、食べる量を減らしたな」
「うん。あまり食べ過ぎるのも良くないし、日本のご飯は美味しいから味わうのが癖になっちゃって」
「そっか。そりゃいい事だ。現実に帰ったらオムライス作ってやるよ」
「ほんと! 楽しみだなぁ! はやく攻略済ませなきゃね!」
「だな。料理の腕は上がったのか?」
「ま、まぁまぁかな! うん!」
女の子なんだから、それらしい事を覚えなさいとは常々言っていた覚えがあるからつついてみれば……そうでもないようだ。出来ないよりはマシだろうから詮索はしない。
「「いただきます」」
合掌して一礼。スプーンと箸に手をつけてからは他愛のない話をしながら過ごした。キリトに「昨夜はお楽しみでしたね」と聞いた時の反応とか、アスナに「初めては痛い?」と聞きに行った事とか……その辺が主だったな。あいつら見てて面白い。
二十分も経てば皿は空になって、追加で注文したアイスを満喫していた。
「デザートなんて何ヶ月ぶりだ?」
「二ヶ月くらいじゃないかな? ほら、クエストの途中で買い食いしてたじゃん」
「そういやそうだったな。しかし美味い」
「もう食べたの? もっと味わいなよ」
「いいんだよ。気にせずゆっくりでいいからな」
「言われなくても。ん〜〜〜おいしい!」
スプーンの先っぽで少し救っては溶けきるまで味わい、を繰り返して十分。ごちそうさまをしてお茶を楽しんでいた頃にそれは聞こえた。
「-----!!」
室内でもはっきりと分かるほど大きな、女性の悲鳴だった。
※※※※※※※※※
弾かれるように店を出て(勘定は退店と同時に勝手にされる)視線が集まる方向……広場へ走った。
「マジか」
「うわ……」
騒ぎの原因を見つけ、揃って顔をしかめる。
時計台から垂らされたロープは、一人のプレイヤーの首を絞めていた。いわゆる首吊りというやつだ。二十代半ばといったところの男性プレイヤーが吊るされており、槍が胸を貫いている。
首を絞めるロープを外そうと、あるいは緩めようと両手で首とロープの間に隙間を作ろうと必死だ。だが、胸に刺さった槍が貫通による一定のダメージを与え続けているはず。
残りのHPにもよるが、下手をすれば……。
「フィリア! 投擲!」
「オッケー!」
太もものバンドから投擲用のナイフを抜き、スキルを発動させてナイフが手を離れた。が、当たらない。残りの命の量に焦ったのか、途端にジタバタと暴れ始めてロープが逃げた。
「ギン兄、受け止める!」
「分かった!」
最低限の会話だけを交わして走る。ちなみに今のは、私が受け止めるからギン兄が上に登ってロープを切って、である。
吊るされている真下に登り階段を見つけたので飛び込んで駆け上がる。ショートカット出来るような空間でもあれば……と期待していたがそんなものは当然無く、自力で駆け上がる。
中世西洋の時代をベースにしてるなら、時計台内くらいは吹き抜けの螺旋階段になっててもいいのになって思ったんだが。いや、あの男性の首を絞めた奴がここを選んだのか? 邪魔をされないように?
よほどの恨みがあったと見える。
「何だって今日に限って……!」
そうだよ、今日は楽しい一日だったんじゃないか。変な予感はしてたけどさ、妹とのデートだぞ? 主犯は許さねえ。圏内でデュエルを仕掛けずに甚振ってやる。
愚痴を零しながらでも足は止めない。
「……ついた!」
光が強くなってきた上を見てスピードを上げる。ランタンのような光じゃない。あれは夕陽だ。最後の二十段を敏捷全開の踏み込みで飛び上がった。
よし、まだ生きているな。
槍を抜こう……としたが今日は邪魔になると思って装備していなかった。仕方ないだろ、フィールドに出る予定もないしデュエルも受けるつもりは無かったんだから。
代わりにホルダーからナイフを抜いてソードスキルを起動。低い熟練度でも習得でき、出の速い突進技を発動させてロープ目掛けて駆ける。
刃がロープに触れ、
「遅かったか……!」
たわんだロープを切り裂いた。首を吊られていた男はどこにも居らず、ただ耐久値を失ったロープが砕け散っただけである。
つまり、間に合わなかった。男性プレイヤーは死んだ。
街中の……圏内のど真ん中で。
これはまた面倒な事になりそうだな……。