カツン、と石畳に槍が転がる。傷一つついていないソレはついさっきまで首を吊るされていたプレイヤーの胸に突き刺さっていて、ついさっきそのプレイヤーの命を奪った。
超のつく大原則として、街や村……いわゆる《圏内》では死ぬことはないのだ。例外として確認されているのがデュエルの完全決着モードと、アインクラッドの外縁部から飛び降りる事ぐらいだろう。敵は入って来ないし湧かない。プレイヤーがプレイヤーを攻撃しても何かに弾かれるだけで体力を削ることはできない。
しかし、目の前でプレイヤーは死んだ。何度も見てきた様に、砕けて散ったのだから。これは確かだ。
「……」
周囲を見渡す。全員が不安に潰されザワザワと騒ぎ声が止まらない。それどころか増えてくる一方。
まずいな…犯人が紛れているとしたらこの隙に逃げられちまう。どうしたもんか……
「みんな、デュエルのウィナーを探して! 広場だけじゃなくて遠くまで!」
手段を迷っていた俺の隣でフィリアが叫ぶ。端まで届いた声に従って、集団は周囲へと視線を巡らせる。が、結局見つけることはできなかった。
※※※※※※※※※
「で、帰ってきたと」
「ああ。これ戦利品な」
「曰くつきの呪いの品の間違いじゃないの? しかも出来立て」
「うーん、まぁそうなんだけど放っておけないじゃん」
「そうね」
あの後は特に進展することもなく、流れ解散のように人が散り散りになった。俺とフィリアも棒立ちするわけにもいかなかったし、暮れ時だったこともあって宿に戻った。当然、シノン、キリト、アスナが待っている訳で、事情の説明も必要なわけで。シノンなんてアイテムストレージに槍を入れた数秒後に「不気味だから捨てて」とメールを送ってくるし。
「SAOで最も安全と言えるのは圏内だけ。寝ている間に腕を動かされたりなんてこともあるけど、ここ以上に落ち着ける場所なんてないのに、それが荒らされるとなると他人事じゃいられないわ」
「うん。レッドギルドがもし知ってしまったら……」
アスナの一言に全員の背筋が凍る。そうなったらスラムを歩くようなもんだ、俺は絶対宿から出ないね。
「さて、それじゃあ考えてみるか」
キリトがリーダーらしく場を仕切り、紙とペンを取り出した。
「アインとフィリアが悲鳴に気づいて駆けつけた時にはすでに、被害者の男性プレイヤーは槍で胸を貫かれた状態で首を吊るされていて、自分ではどうしようも無かった。すぐに駆けつけて縄を切ろうとしても間に合わず死亡。犯人らしきプレイヤーは見当たらなかった、と」
ふむ、と一息。
「コードをすり抜けた方法は脇において、殺し合いの原因と誰が死んだのか、だな」
「死んだやつは明日黒鉄宮まで見に行くか。時間はバッチリ覚えてるぜ、なにせ時計塔の近くだったしな」
「原因…ねぇ…」
アスナのつぶやきに全員が頭を捻る。思い当たる節というか、検討はつく。というかありすぎる。喧嘩の要素なんてそこらじゅうに転がってるんだ。
ゲームだし。
「定番でいくなら、やっぱアイテムの揉め事かなぁ」
「いや、デカいギルドの序列とか」
「痴情のもつれってこともありそうだけど?」
とまぁ女性陣三人だけでもご覧の通りなわけだ。
「痴情のもつれとか、いかにもシノンが言いそうな」
「アイテムが浮かぶあたりフィリアだよね」
「殺る気ナンバーワンは違うわ」
そんな事だから可能性なんていくらでもあるわけだし、手がかりが無い現状で考えても仕方なさそうだぞ、キリト。
「ちょっと、どういう事?」
「だって、大人っぽいじゃん?」
「殺る気?」
ギャアギャアギャア。
「「………お前の嫁(と妹)だろ、なんとかしろよ」」
「…」
「……」
「寝るか」
「そうだな」
ひょんなことで騒ぎ始めた女子を細い目で眺めて俺達は部屋を出た。こうなると長いんだ、こいつら。脱線独走迷走だから話を戻すのも一苦労だし、帰ってくるまで待つのも面倒だった。
寝て明日になれば、アルゴに聞きに行ってみよう。
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「そんなものはなイ」
「だよなぁ」
玉砕だった。
「圏内の安全性ってのは、経験値を集めればレベルが上がったり、宿で寝れば体力が回復するような、ゲームとして崩してはならない大前提なんだゾ。何らかのイベントが発生して無効化される可能性がないわけじゃないが、無警告はありえないナ」
「デスヨネー」
ぐうの音も出ないほど正論だった。ちくしょうめ。
「……ん? お前、じゃああそこで何が起きたのかわかったってことか?」
「まあナ」
「いくらだ?」
「まぁまてヨ。少し考えればすぐに分かるサ。あんなのは子供だましダ」
「子供だし、ねぇ…」
アルゴは耳がいいだけじゃなくて頭も切れる。だが、周囲との差を理解してないじゃない。そんな奴が敢えて俺相手に子供だましと言うんだ。実際はチャチなもんってことか。
「お、フィリアからメールか」
「手分けしてるのカ?」
「ああ」
「面倒なことしてるナ。お前等なら小一時間で辿り着くもんだゾ」
「わからんものはわからん」
片手間に新着メールをタップ。現場を見ていたフィリアは黒鉄宮へ行ってもらい、死亡者の名前を調べに行ってもらっているところだ。誰が昨日死んだのかわかったんだろう。ちなみに他の面子は現場を見に行っている。何らかの細工が残っているかもしれない。
『誰も死んでいなかった』
「は?」
……誰も死んでいなかった?
『首を吊られていた男性が死んだであろう時間のおよそプラマイ一時間の誤差を加えても、その時間帯に亡くなった人はいない事になっている。一番近くても、二時間前の三十三層だから……』
「…あの男性プレイヤーは死んでない?」
「そうダ」
「だったら…」
あの時に砕けたアバターはなんだったんだ? 間違いなく、あの瞬間首を吊るされていた男性プレイヤーはもがいていて、ヒットポイントがゼロになってポリゴンが砕けた。ロープは風にゆられて、槍は石畳に落ちてきた。透明化じゃない。間違いなく消えたんだ。
「……"消えた"?」
自分が呟いたそのワードが、ある仮説を組み立てていく。カチカチとピースが嵌め込まれていく感覚に、俺はこの仮説こそが真実だという確信を得た。
「あの男は、転移結晶で転移して"消えた"。そうだな?」
「そういうこっタ」
「確かに、こりゃ子供だましだな」
男性プレイヤーはまず、圏外で自分の身体を槍で貫いた。圏内では自傷行為だろうと刃が通らない為、これだけは圏外で行う必要があったはずだ。
そしてマントなどで隠して時計塔にあがって自ら首を吊った。かなり息苦しいだろうが、実際は少し緩めで、腕の力で隙間を作っていただろうからそこまで苦ではない。この時、手の中にある物を握って、パラメータを、見ていた。
握っていた物は転移結晶、注視したのは鎧の耐久値だ。
貫通した槍はプレイヤーの体力を減らすことなく、装備の耐久値だけをジリジリと削っていった。その結果、装備だけが耐久値を全損して破壊される。そのタイミングに合わせて、適当な場所へ転移すれば、圏内で死んだという偽装が完成する、と。
彼は死んでおらず、ただ装備が壊れただけの話ってことか。
「あーあ、時間無駄にした。金払うもんでもねぇし」
「後で仲間に教えてやるとイイ」
「そうする」
はぁ、とため息をついてベンチの背もたれに身体を預ける。首から上は支えが無いので空を向いた。
「で、なんでそんな事したんだ。そいつは」
その男性プレイヤーがなぜそんな行動を起こしたのか。
昨日の事件のトリックは分かった所だが、動機までは読めない。実際に一人の人間が死んだ訳では無いが、理由によっては本当に誰かが死ぬかもしれないのだ。
最前線の層で仕掛けたからには、ハイレベルの可能性が高い。無関心を装うには余裕が無いことに気づいた俺は、この問題に腰を据えることにした。
無関係ではない、気がする。
「アルゴ、どこまで知ってる」
「真相まではまだ、だナ。主犯の目星はついてるガ」
「いくらだ? いや、何が知りたい?」
「お前等の内、誰か一人のユニークスキル」
……こいつはホントにどこで情報を仕入れてるんだ? 俺はまだシノンにしか見せてないんだが。
「それも考えればわかることか?」
「知っていれバ」
「はぁん? 似たようなことが今まで起きてたわけか」
……身体を起こして腕を組む。
スキル構成やステータスというのは、現実世界で例えるなら住所や電話番号のような個人情報だと思っている。アバターの核をなすものであり、他プレイヤーからは決して確認することが出来ない、絶対の領域。調べることで分かるものではなく、唯一の方法は本人が口外することのみだ。
ユニークスキルなんてのはその最たるもので、自身が信用している相手にも明かすものじゃない、というのが通説。まぁ、シノンに話したわけだが…。
個人にのみ与えられる特別なスキル。ばらすことのデメリットは計り知れない。特に、目の前の女は。情報屋だぞ?
「アイン。私はお前のことをよく知っていル。とある筋から仕入れたのサ」
「何を」
「現実世界のキミの過去だよ、少年兵」
反射的にナイフへ伸びそうになった手を止める。
少年兵。
幾つまでをそう呼ぶべきなのかはわからないが、中学に上がる前から人を殺してきた俺はまさしくソレだろう。
「日本でも週に一回はニュースで流れてたんダ。ガキンチョだった私でもよく覚えてル」
「中東某国の石油問題、ね。確かに日本も無関係じゃ無かった」
「安保で自衛隊を派遣していたからナ。父親が現場にいてサ、帰ってから少し話を聞いたんだヨ」
「それと俺の事情は無関係だ」
「そうだナ。だから取引ダ。お前のユニークスキルを教えロ、私はソースから始まる全ての情報を売ってやるヨ。それからこの事については一切他言しなイ」
「信じろと?」
「情報屋は情報よりもまずは信用を売ってル」
……考えてもいなかった。こんな所にまで、忌まわしい過去がついて回るのか?
やめてくれよ、詩乃は知らないんだぜ? キリトもアスナも、何も知らない、同じガキなんだ……。んなことになったら……俺は……。
どこに、帰ればいいんだよ…。
「ばらす、なんて言ってないんだゾ? そこは履き違えるなヨ。ユニークスキルのことも、それ自体が知りたいわけじゃなイ」
「じゃあ何が狙いなんだよ……いや、俺に何をさせるつもりだ」
「なんてことない、共犯者になってほしいだけサ」
「何の」
すぅ、と一息呑んでアルゴは口を開いた。
「人殺し」
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
帰路の途中。さっきまでの会話を反芻していた。
『父親は帰ってきたけどな、左腕が無かっタ。流れ弾の爆風でズタボロになって切断したんだヨ。それだけじゃなイ。現実世界でも、この世界でも、奴らは人を畜生の様に殺しているんダ。私はそれが許せなイ』
ーーそれは、私怨か?
『悪いのかヨ。私は、あいつが憎いんダ』
--どこで知ったんだ。俺の事も、ソイツの事も。
『偶然見つけた洞窟が、ソイツと取り巻きのアジトだったんダ。そこで聞いタ。偶然バレなかっただけかもしれないし、泳がされているだけかもしれなイ。でも……』
--いや、わかったよ。引き受ける。
そこで俺は一度帰ることにした。ギルドメンバーに相談もせず、シノンにも話さず、プレイヤーキルを行うと宣言したのだ。道徳と法に於いて最もタブーとされる行為を。
この時点で、強力な敵がターゲットであると俺は想定していた。アルゴは情報屋であって攻略組の様に戦闘を得意としているわけじゃないが、そこらの上級プレイヤーよりは腕が立つ。ソロで行動しているのが何よりの証拠だろう。殺す、覚悟したのならそれだけの実力を持つこいつは自分一人で実行できるのだ。
それでありながら、俺に共犯を持ちかけるということは、自分では不可能か、二人がかりで無ければ殺せない相手と考えた。
--で、相手は?
『ソイツは、はっきりと自分とお前が関係のある間柄であることを口にしていタ。お前は、ソイツと既に会っていル』
--そんな奴いたかな……現実世界で会っているなら顔を見た時点でわかりそうなもんだけど。
『分からない、と思うゾ。ソイツは顔を隠してるからな』
--顔を?
『Poh』
ぞわり、とした。
Pohと言えば、最大最悪のレッドギルドの頭。実力も折り紙つき。最強プレイヤーと称されるヒースクリフと同等の強さを持つとかなんとか。自他共に認められる最強が相手かよ…。そういや温泉がどうのこうの言ってた時にやり合ったっけ。納得の強さだった。
半ば同情で安請け合いしたことを後悔する気持ち半分、すとんと理解した気持ち半分だった。実力者である、というアルゴの言葉を理解出来た。
俺の知り合いなんて、日本に来る前の方が格段に多い。ゲームしそうなやつなんて日本にはいないから、消去法で中東の知り合いが日本に来てログインしていたという事になる。なんてまぁ数奇な運命だ。
誰だ……? 俺とあそこまでやり合える奴……。
………。
あ。
アイツ、かもしれない。
いや、今はさておきだ。帰るまでにこれを話すか否か決めなければ。確実に、みんなを巻き込む事になる。ラフコフとは少しばかり因縁の仲にあるが、プレイヤーキルとなるとそんなことを言っている段階じゃなくなる。上手くいってもその後に返り討ちに合うかもしれないんだ。間違いなく標的になるのはウチの女子三人組だろう。
いや、言わないといけないことは確定しているんだ。
様は、怖いんだ。なんと罵倒されるか。
少し衝突する事もあったけど、ここまで仲良く協力してやってこれた。その関係に罅を入れそうで、孤立しそうで、怖い。感情的にも現実的にも。
「とかなんとか考えたら、もう宿か」
生唾を飲み込む。システム的にこの向こうの音は聞こえないが、おそらく全員がここにいるだろう。
気は進まないが、ドアノブを回した。
「おお、遅かったな。アイン」
「あぁ、アルゴと少しな」
「んで、どうだったんだ? フィリアにはメールでなんてことなかったって返したんだろ?」
「ああ。そう、そうだったな」
一先ずは事件の真相を話す事にした。それに沿っていけば、自然と身の上を語る事にもなる。何故、誰がこんなことをしたのか。その先にある見えない誰かは、自分と切っても切れない縁なのだから。
「まず、総じて言うなら茶番の一言だ」
「茶番? 自作自演だってのか?」
「そうだよ。誰かは知らないが、そいつらが考えたのさ。圏内でPKができるように見せかける方法を」
「は?」
「どうしてそんな事を?」
「さあな。それが目的だからじゃないかと思ってるよ、俺は」
「なんで…そんな…」
「誰がやったのか、目星は、ついているんでしょう?」
きた。
シノンは何時だって俺の発言の意図を組んできた。合いの手を入れたり、時には議論をリードしたり、上手く伝えられない時は仲介した事もある。つまり、何を言わんとしているかを理解しているのだ。今回は有難くも辛い。
意訳、早く言え。
「相手は……」
言葉が続かない。大事な事だ、言わなければならない。
それでも怖かった。
「ユウ」
自然と俯いていた顔が上がる。シノンは……詩乃は、穏やかに微笑んでいた。
それだけで良かった。
「相手は……俺のリアルでの知り合い、だと予想している」
「学校の友達や先生とかってことか?」
「いや、昔の知り合いだな」
「昔って…そんなにアイン君は年上だっけ? まだ私達と同じくらいだと思ってたけど」
「いや、合ってるよ」
それだけで良かったんだ。心のモヤが一気に取れた俺は、抱えていたものを少し、見せることが出来た。
「俺がまだ日本に来る前の話さ。そこでの知り合いってこと」
「帰国子女か」
「で、誰?」
「Poh。奴だよ」
「はぁ!? ラフコフのリーダーが、アインの知り合いで、事件の主犯ってことかよ!?」
「そうだ」
「なんで、あんな事を」
「うーーん、そういう奴だからかな。殺人や暴力に快楽を見出してるような人間だし」
見せかけの殺人に意味を求めるような性格じゃないのは確かだと思い返す。敢えて言うなら、殺し方を探ってた、ビビらせたい、とか?
「なぁ、フィリアってアインの昔の知り合いで、シノンはその事を知らなかったよな?」
「そうだな。Pohはフィリアの知り合いでもあるな」
「……アイツ、かなぁ」
「違いない」
フィリアの引きつった笑いにつられてくくっと笑ってしまう。対するキリトとアスナは驚きすぎて目がひくついている。何よりも微動だにしないシノンが怖い。なぜ真っ先に私に言わなかったという顔だ、あれ。これは後が怖いぞ。
「ユウ、聞かせて。貴方の昔話」
「……ああ」
そう昔の事じゃない。三年四年ぐらいだ、鮮明に覚えてる。
寝ても覚めても、血と煙と硝煙の臭い。特に人が腐っていく臭いは鼻を突いた。
毎日のように肉を切って、風穴を空けた。
「日本に来る前、俺は中東で正規軍相手に武器を取った少年兵だった」