無理矢理にでも眠った。明日には信頼していたはずの男から殺されるかもしれない事実を前に無防備になる事に抵抗もあったが、あの様子なら寝首を掻くことはないだろうし、寝不足で体力を減らすのが一番まずい。
寝れる時は寝とけ、そう教えてくれたのもリーダーだった。
……だったん、だけどなぁ。
いつも通りに起きて身体を温める。日光を浴びて頭の中からモヤを消し、ぼうっと空を見上げた。
「雨が来る、か」
まだ明るいが、雲の流れからして昼には雨が降るだろう。かなりの大雨だ。戦うにはなんとも言えない天候だが、逃げるには良い。足跡も臭いも消してくれる。身体の熱を失わないように工夫がいるな。
朝っぱらだってのに連合軍が仕掛けているらしくドンパチと音が聞こえる。早速俺達の出番が来る筈だ。
逃げるならそこだ。雨に紛れて、すり抜けるしかない。
両手で頬をぱしんと叩く。絶対に生きてやるぞ。
「ギン兄ーー!!」
「フィリア?」
気合を入れたところで俺を呼ぶ声が後ろから聞こえた。汗をかいて必死の形相で駆け寄ってくる。よく見れば泣いていた。
「どうした?」
「き、キテツ! キテツがっ、冷たくて、呼んでも、へんじ、無くって……」
「………!」
冷たい。返事が無い。つまり、死んだということ。
泣いているフィリアの手を引いて駆け出す。そこいらの子供と違ってフィリアも一応鍛えているのでしっかりと着いて来れることを確認して、少しスピードを上げた。
宿舎の一角を間借りしている、と言っても全員の部屋が固められている訳じゃない。クララとフィリアは同室、その隣に俺の部屋で、さらに隣の角部屋がサムの部屋になる。リーダーとキテツの部屋は少し離れたテロリスト幹部が集められている部屋の近くにあるのだ。
狙いは俺とサムだと、昨日は言っていた。それは俺達が脳筋バカで指示通りに突っ込むタイプで、殺し合いがしたいなら確かにうってつけだろう。逆にキテツのような頭脳タイプはそんなに期待してないだろうし、逃げられると困る。
クララとフィリアはどうとでもなると考えれば、まず消されるのはキテツだ。
「……よぉ」
「……寝覚め最悪」
「全くだよ」
首の動脈を捌かれたキテツが目を見開いて仰向けに倒れていた。血の気は微塵も感じず、赤いネットリとした水たまりが現実を物語っている。サムとクララに並んで、苦い顔で亡骸を見やった。
俺のせいだ。昨日のうちに動いていれば、キテツは死ななかったかもしれない。無駄な事だと知っていても後悔が先に立つ。
リーダーはいない。今話してみんなで逃げるんだ。
「話がある」
※※※※※※※※※
「どうなるのかな…」
「………」
「ギン兄にも、わかんない?」
「…そうだな」
「……そっか」
撥水性の高い黒のポンチョを羽織り、俯きがちなフィリアの手を引いて慎重に歩を進める。右手の自動拳銃の感覚を確かめるように、強く握りなおした。
今俺たちは別々の方向へ向かって走っている。と言っても途中までは一本道なのでそこから散り散りになったんだが。大人二人はそれぞれで迂回して何とかすると言って去っていった。俺はというとフィリアを連れて戦場の端を通るように進み、現地の子供を装って匿ってもらうつもりだ。捕まって仕事をさせられていたけど逃げ出したとか言えば悪くはされないだろう。このあたりは治安の悪さで知られており、今更他所の子供が二人現れた程度じゃさわぎにも
地図を頼りに岩だらけの道を進む。足元に細心の注意を払って、崩れない事を確認してからフィリアを誘導する。こんな所で脚をくじいてしまったら最後だからな。
空は雨雲一色。湿った空気も相まって、いつ雨が降り出しても可笑しくない天候だ。
何かと好都合な雨だが、体力を奪うという一点だけが頂けない。服も水を吸って重くなるし銃の火薬も湿気って使えなくなることもあった。
俺はまだいい。フィリアはヤバイ。
出来ることなら雨が降る前に助かりたかった。
「はい」
休憩を告げて地図を見ていると、フィリアが声をかけてきた。差し出された手には水筒。蓋は開いていた。
「いい」
「いいわけないよ。私よりも動いてるんだから」
「鍛えてい――」
「鍛えているんじゃなくて慣れてるだけ。喉乾いてるの知ってるんだからね」
「……わかった」
「うん」
飲まなきゃ全部捨てるとか言いかねない雰囲気を察して折れることにした。なんかこう、こいつには見透かされている気分になる。いや、扱いが上手い?
「いまどの辺り?」
受け取った水筒にちびちびと口をつけながら指を指す。
石油施設は絶壁に沿う形で立ち並んでおり、攻めるも守るも基本一点に集中している。天然の要塞に阻まれて連合軍は今まで強硬策を執ってこなかった事こそが、テロリストが今の今まで戦えていた要因であり、今回頭を悩ませる種だ。軍隊という特殊な組織が進軍を躊躇う程度には険しいこの地形、逃げる為のルートが大きく絞られてしまう。
簡単に説明するならば、石油施設を支点とした扇のような地形だ。連合軍は逃げ道を塞ぐように徹底したラインを築いており正しく扇と言える。基本的に悪路であり、平地は少ない。
俺が通っている道は扇の端に沿うような、そんな道だ。だから片側には常に絶壁がある。沿うように進んでいけば包囲網にたどり着けるはずなんだが……目的の迷彩服は一向に見えてこなかった。
すっ、とおおまかな現在位置を指し示す。人差し指の先は、石油施設とキテツが引いた包囲網のちょうど中間点を指した。
「あ、後半分もあるの?」
「半分かどうかも怪しい」
「え?」
「確実にここに誰かがいる保証はない」
「そっか……」
ここに来るまでおよそ二時間。いい加減リーダーも気付いている頃だ。時間的に追いつかれてもおかしくない。こっちは態々悪路を選んで進んでるしな。
しかし、追いつかれたからと言って戦うわけにもいかない。現状まず勝てないんだよ。そこらの大人より強い自信はあるが、その程度の実力じゃあの男は倒せないのだ。俺に殺しを教えた男だ、癖やスタイルも見抜かれているし、体格だけはどうしようもない。
つまり、早く逃げたい。逃げる事だけが生き残る道なんだ。
「行くぞ」
「うん」
俺の焦りを悟ったか、フィリアは文句を言わずについて来た。
目星の場所まではまだかかる。
ポンチョにポタポタと雫が落ちた。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
「惜しいなぁ、クララ。まぁ、今までの連中よりか楽しめた」
「げふ……」
アタシと、サムと、ギンとフィリアの三手に別れて散らばった結果、まず引っかかったのはアタシだった。
まぁそれもそのはず、二人と違って最初からリーダーが居るであろう(昨日の時点で予め決められた配置)場所まで真っ直ぐに向かったのだから。
手を組んで倒すのならまだしも、逃げる方向ではリーダーに勝てない。各個撃破で殺されるのがオチだ。アタシには最初からその結末が見えていた。
「逃げりゃよかったんじゃねぇか? え?」
「まぁね…」
「はん、ガキの為か」
「当たり前さな、アタシらとは違ってあの子たちにはまだ未来がある。輝かしい未来が」
大の字で寝転がる私にリーダーが歩み寄る。ピチャピチャと、血の池を。
目を閉じて……いや、開けたところで何も見えないが、二人を思い浮かべる。
殺人鬼にならざるを得なかった少年と、カケラほどの無垢を残した少女。二人とも本当に優しい子だ、フィリアも、ギンだって。自分だけで逃げてしまえば良かったのに私達も巻き込んで、生かそうとしてくれた。
この世界にどっぷり浸かった人間はそんな事出来やしないのに、アタシも、サムだって。当然のように救おうとしてくれた。
向いているだろう。だが住むべきじゃない。
「馬鹿言うもんじゃねぇクララ。あいつらは一端の殺し屋さ、ギンは勿論フィリアだってな。死体の横で飯が食えるガキが世の中にどれくらい居ると思ってンだ? ナイフ一本で銃を持った大人数人を圧倒できるガキがどこにいる? いやしねぇよ、アイツ以外には。アレはオレが育てた、生まれながらの殺し屋さ」
「それはこっちのセリフだよ、アンタが言ってるのは過去の話だろ?」
過去と言うよりはいずれ過去になると言うべきか。人生が五十歳六十歳と続く中で、今の十代なんてたった六分の一でしかない。若い内を青春とはよく言うが、人生の本番はまだ始まってすらいないのだ。どれだけ辛くとも、逆に楽しくても、あっという間に過ぎ去っていく。
ならば今は過去なんだ。
「未来は違う。何が起きるか誰だって分からない。あの子達なら過去を受け止めて、違った将来を生きて行ける筈さ。生まれが悪くたって、境遇に殺されても、そんな事じゃ折れたりしない」
二人には日本に行くようにと言ってある。平和を謳うあの国なら、少なくとも今までの底辺の生活を送る事はないはずだ。子供だけで生きるには辛い国だが、人を殺して食いつなぐよりは遥かにマシだろう。
上手な生き方をすれば、きっとこんな生活をしていた事さえ忘れられる。
「えらく入れ込んでんじゃねえか」
「
「カッ」
額に焦げ臭い銃口が突きつけられる。まぁ、弾減らしくらいにはなっただろう。後はあの子達次第だ。
ギン。
アンタは強くて優しい子だ。頭もキレる。それでも自分は無力だと思い込んでるフシがあったけど、そんな事ぁない。どうかそこに気付いて欲しい。勿体無いんだよ。持って生まれたモノが他の連中とは違うんだからさ。
フィリア。
……。
あぁ。
伝えたい事は山ほどあるのに、言葉が出てこない。
心の中では謝ってばっかりだったね。アタシが母親で苦労したろう、こんな掃き溜めは苦しかったろう、母だと名乗ることも出来ず、らしい事もしてあげられ無かった。可愛い洋服をいっぱい着せたかった。化粧だって教えてやりたかった。
あぁ。悪いね。
辛うじて繋がっている左手を持ち上げ、握り拳を額に当てて祈る。身内では死者の弔いという所作だが、細かい事はいい。両手を握って膝をつくより、十字を切るよりもよっぽど祈りが届きやすいだろう。
どうか。
どうか、あの子達に、娘に幸せを。
「あばよ」
「さっさとしな」
「カッ」
パァン。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
「うぉっ……!」
「きゃ!」
二人して滑る。明らかに勢いを増した雨風のせいだった。
「大丈夫か?」
「うん」
幸い骨折や捻挫は無かったようだ。安全を確認してから直ぐに歩を進めた。
乾燥した岩の上はさて置き、雨が降ってくると勝手が変わってくる。さっきの様に滑るし、こけたり、確実に歩みが遅くなる。頭でも打とうものなら即死の可能性も見えてくるだけに無茶はできない。流石の俺も速度を落とす。
「……雷?」
「だな」
「怖い……」
「そういう歳じゃないだろ」
「そうじゃなくて!」
俺は雷も怖いが、土砂崩れが起きそうな事が最大の不安だけどな。脆くは無いが確実に無いとも言い切れない。
「……やべぇ」
「え?」
こんな雨の中でもわかる。わかるぞ。
ニオイが。血だ。血のニオイだ。
「よぉ。やぁーーっと見つけたぜ?」
「リーダー……」
ぽつりと呟くフィリアを片手で制止し、ナイフに手を忍ばせる。流れ弾に当たらないように隠れさせ、もう片方の手で自動拳銃を抜いた。どちらもリーダーが特注してくれたオーダーメイドで、相棒で、これまたリーダーに教わったスタンダードなスタイルだ。
リーダーも同じようにナイフと自動拳銃を抜く。ただし、重さやナイフの厚さ、銃の口径は比べるべくも無いが。
やるしか無い。逃げ切るには殺すしかない。見つけてくれる誰かが味方とは限らないし、脚を狙って動けなくしたところで俺たちの歩みでは追いつかれるのが関の山。
「ハハハハハハハハハ!!」
「……ッ!」
高笑いと共に発砲して来たリーダーへ、俺は無言で殺意を返し、駆けた。