双槍銃士   作:トマトしるこ

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トマトしるこ、です。

だいたい一か月ちょいぶりくらいですかね


phase 34 掃討作戦4

つい数時間前までは何もなかった草原に、今は天幕が乱立しては忙しなく走り回る人人人…。鍛冶職が持ち込んだ携帯セットで回ってきた武器防具にハンマーを叩きこんで、商人はストレージに入りきれない分をバッグに詰めて、調理器具を握って無心で食材を食品に変える料理人に、揃いの制服を着こんだ大ギルドの面々は担ぎ出される負傷者を支えてはポーションを突っ込んでいる。

 

まるで縁日の様だ、と思った。

 

「いや、不謹慎すぎるか」

「?」

「何でもない」

 

ぽふ、とシノンの頭に手を置く。ならいいとばかりにそれ以上気に留めることなく前を向きなおった。

 

目の前を走り回る人達はどれも必死だ。雑念無しにそれぞれの役割を果たそうと汗水垂らしている。縁日の様に出店が並んで人がごった返す日と比べるのは、いささか失礼に過ぎると分かっていても、そんな印象が拭えない。誰が画策したか知らないが、命を張って剣を握った五十人のプレイヤーに対する侮辱行為だ。寄りにもよって、金稼ぎに利用されるとは思ってもいなかったさ。

 

ヒースクリフとは最初の交渉の後、ほんの少しだけ作戦を煮詰める機会があった。お互いが持つ情報を共有し、その上でどう攻略するのが安全かつ最大限の結果を引き寄せたいのだが……と向こうから声を掛けられたのがきっかけか。当然、その中には作戦後の事も幾つか取り決めていた。それは聖竜連合とも話がついている。

 

公表は後日。揉めまくったと聞く擦り合わせの中で、唯一すんなりと決まった条件だそうだ。

 

普段のボス攻略でさえちょっとしたお祭り騒ぎになるってのに、長い間苦しめられた笑う棺桶が壊滅としたニュースはとてつもないムーブを起こす、というのは誰でも至る結論ではなかろうか。参加するプレイヤーはボス戦とは違った戦場で、人間相手に本気の殺し合いを挑まなければならない。苦痛と心労は計り知れず、死者も避けられないだろう。作戦後の立て直しにも時間と金はかかる。

 

要は休みたいのだ。当然、誰も責めたりしなかった。こっそり話を持ってきたのは俺達だが、事後処理に駆けずるのはヒースクリフとリンドの二人だし、被害が最も大きいのも血盟騎士団と聖竜連合だろうし。

 

だから、生け捕りにした笑う棺桶のプレイヤーは回廊結晶を使って黒鉄宮(ブタバコ)に直接送り込んで現地解散になる、はずだった。適当に狩りをするフリをして待機していた大ギルドメンバーに身柄を押し付けて帰る気満々だったんだ。キリトとその日は自由行動にして翌日打ち上げをしようと企んでいたのがパァだぞ。

 

事後処理に付き合うのは当然と思っていたが、こんなことに付き合うとは思ってなかったな。

 

今日、ここに居る事を知る人間は数えられる程度しかいない。アルゴと、血盟騎士団と聖竜連合の幹部、あとは……商工会ギルドマスターぐらいか? どこから情報が漏れたか分からない以上、知る人間は極端に絞って逃げられないように手を打ってきた。

 

ってのに今じゃこれだ。たった数時間でいったい何があったのか教えてほしいもんだが、道行く人に声をかける余裕もない俺は、俺含めた面子はただぼうっと倦怠感に任せて外を見るだけしかできそうにない。

 

恐らく……Pohの仕業だろう。

 

内通者が居たのは間違いない。参加者にはいなくとも、直前の合宿モドキはギルド関係者には周知されているので、そこから情報を手繰り寄せたか、あるいはその幹部か。その辺りから情報を拾ったPohは、作戦開始後にこの状況を作り出した。混乱を避けたい、休みたい、立て直したい、それらを軽くぶち壊すクソみたいな一手だ。

 

あいつは笑う棺桶に対して都合の良さ以上の感情を抱いていない。むしろ今日のような状況を作り出すためだけに築いたのではとすら思えてくる。俺の過去が証拠だろう。自分が興奮する為だけに子供を育てていたのだから、今更一組織を作って壊す程度余裕でやってのけるはず。自分も混ざって適当に楽しんでずらかっただろうな、幹部は見つかっても奴だけは追いきれまい。どうせこれも追っ手を撒くためのカモフラージュだ。

 

――楽しんでもらえたかい?

 

そう言われた気がした。縁日って例えもあながち的外れじゃなさそうだな、とんでもねー主催者だけど。

 

はぁ、とため息もつけずに顔を伏せる。首筋に刺さる日差しを遮る様に、その男は現れた。

 

「やあ、無事で何よりだ」

「…あんたもな」

 

ヒースクリフだ。取り巻きも少々。誰も彼もげっそりした表情で俺達を見ている。あのクラディールとかいう男も一緒だった、コイツは俺が出てきたときにザザを預けたので最初から外で待機していた側だろう、元気が違う。返事をしたキリトだってげっそりしてるぜ?

 

「こんな事になってるとはね、何か聞いては……無さそうだ」

「してやられたよ、俺も、あんたも」

「全くだ。こうも用意周到とは、ねぐらを抑えた程度では捕まってもらえないらしい」

 

同じ結論に至っていたヒースクリフには誰のことを差しているのか伝わったようだ。珍しく感情の篭った声を漏らしながら、左手の大盾を地面に叩きつける。相当イライラ来ている様子に、取り巻きもどう接すればいいのか困っているらしい。その様に場違いながらくつくつと笑ってしまった。

 

俺が良く知るギルドの頭は冷静で切れ者のイメージが強い。ヒースクリフは勿論、初期と違ってギルドマスターが板についてきたキリトや聖竜連合のリンド。クラインは…冷静とは縁のない男だが、彼らとはまた違ったベクトルのリーダーだ。器でない奴が無理に居座ると、軍の様に形骸化してしまう。

 

そんなヒースクリフは天才鬼才と言った言葉がふさわしいが、周囲はそうとも言えない凡人が多い。言い過ぎた、ヒースクリフと比べて見劣りする人間が多い。同じように冷静沈着なタイプであったり、激情に振り回されるタイプであったり。慌てている取り巻きはいつかの話し合いで食い掛ってきた奴らばかりで、その時苦笑して宥めていたのがヒースクリフなんだが……

 

「貴様…」

「悪ぃ、なんか、俺達がよく見るあんたらと真逆なもんで」

「…ふざけるのも大概にしろよ」

「どっちが。自分の大将宥めるのも出来ない奴がよく言うぜ。それすらできないならどっしり構えてな」

「クソガ「黙れ」…ッ失礼しました」

「アイン、お前も言い過ぎだぞ」

「へーへー」

 

更に怒気を強めたヒースクリフに一蹴される幹部は見ていて面白かったがキリトに抑えられてしまった。まぁ、俺も悪かったな、反省反省。隣のシノンのため息は聞かなかったことにしよう。

 

「悪い。ウチのが迷惑かけた」

「こちらこそ済まない。君たちは、連中と並ならぬ因縁があるのだろう? 勿論、今日も」

「まぁ、な……」

 

キリトが苦笑して返す。肩越しに見える俺たちはさぞ暗い。普段は元気っこ揃いの当ギルドも、今日ばかりはお通夜モードだった。吹き飛ばされて気絶したフィリアはまだ具合が良くないし、意識の無い内に乱暴されかけたと聞いて虫の居所が悪い。そして、多少触られたアスナとシノンは恐怖が抜けきっておらず震えながら手を握って離さない。平静を取り繕おうとする声と表情が、俺とキリトの怒りを更に掻き立てるのだ。

 

今日も? 今日こそだ。ジョニーブラックを殺してやっても殺したりない。その場でザザを殺させろ、と口汚くキリトと口論もした。その結果、俺達の間に溝ができたってことは無いが、言い合いをして気分が良くなることがあるだろうか? 無いね。倒置法。

 

「礼を言いに来たんだよ、私は」

「は?」

「厳しい状況の中でも、君たちは最初に提示した条件を守ってくれたろう?」

「いや、別に言われるほどじゃ…」

「いいや、違うな。私はそれを土台無理だと思っていたんだよ。だが混乱の最中にも成し遂げた。更には幹部の一人を生け捕りにしたのだ、これ以上の戦果など望んでは罰が当たる」

 

リスクを請け負うってやつか。遭遇戦で相手をするも糞も無いだろ、とそれを提案した俺が思っていただけにむず痒い。こいつもアテにしてなかったはずだが、結果がこうなったとなれば認める必要もある。ザザが生き残ったことも、ほとんど気まぐれに近い奇跡だし。

 

「しっかし、団長殿が素直に感謝を述べるとはね。こりゃあ槍でも降るんじゃねえの」

「はっはっは。アイン君、私を買いかぶりすぎだ。しかし、そう思うなら記憶結晶の持ち合わせが無かったことを悔やむといい」

「あっても使わねぇよ、なんでオッサン保存しなくちゃいけないんだ」

「失礼な、私はまだ三十代だ」

「えっ」

「えっ」

 

俺達が驚いたのはもちろん、なぜか付き添いの幹部までも驚愕の表情でヒースクリフを見ていた。ここじゃ年齢を口にするのもタブーみたいなもんだからな、基本的に見た目で上下を判断するが……ちょっと、驚きを隠せない。

 

老け過ぎだぜ、あんた。もうちょっと心労減らしてやろうよ。そしてヒースクリフの凍った顔が怖い。

 

「礼も兼ねてで申し訳ないが、今日の顛末を話しておこうと思ってね」

「あ、ああ。助かる」

 

引き攣った顔でキリトが辛うじて返事する。まるで無かったことの様に振舞うヒースクリフに何も突っ込んではいけないのはこの場の共通認識だった。謎の一体感に涙と笑いが漏れそうになるが今度は必死に耐えきってみせたぜ。今からの話はとても笑えるものじゃなかったが。

 

「では――」

 

今回、作戦に参加したのは俺達を含めて計五十二名。その内生還できたのは三十四名。実に、十八名ものプレイヤーが命を落とした。対して笑う棺桶の構成員は分かっているだけで六十前後と聞いていたが、捕縛できたのは四十七名ほど、殺害が確認されたのは十三名。一応六十名は確認が取れた。勝ち負けをあえて判別するなら明らかな負け。

 

幹部と言えるプレイヤーは五人ほど存在するといわれ、ジョニーブラックと、ヒースクリフが遭遇した一人がHP全損による落命。内一人がPohの熱狂的信者で、彼を讃えながら剣で咽喉を割いて自殺。ザザともう一人は生け捕り黒鉄宮で終身刑となった。肝心のPohは行方知れずとなっているが、笑う棺桶という組織は事実上の壊滅。レッドギルド、オレンジギルドと称される雑多な集まりも、彼等の崩壊を切っ掛けに下火になるだろう。ラフコフ崩壊は、奴らの脅威を排除するだけでなく様々な恩恵をもたらしてくれたってことだ。

 

ただし、笑う棺桶がPohのカリスマに魅入られて結成された集まりである点は流せない。当の本人は行方知れず=生存しているからだ。第二、第三のレッドギルドが現れないとも限らない。警戒と捜索はまだ力を入れる必要があるだろう。

 

暫くは何もしてこない、というのがヒースクリフの予想。あの男は笑う棺桶を簡単に切り捨てた、ないし潰すためにこの日を作り上げた。もし何かを企んでいたとしたら、駒としては優秀な笑う棺桶を潰したりはしない。やることがしばらく無くなったのか、飽きたのか、揉めたのか……。警戒するに越したことはないだろうが。弱った今を付け込まれるんじゃないか? という俺の指摘も、多少は考慮しておくと流されてしまう。

 

立て直しや部隊再編が行われる為、しばらく攻略からは抜けることが決まり、ペースも落ちるとの事。血盟騎士団と聖竜連合の弱体化は免れない。そこを出し抜けるような規模のギルドは今のところ耳にしないものの、一荒れ起きそうな予感は感じた。ボス戦常連ギルドが欠けるとなれば、しばらくは苦しい戦いが続きそうだな。

 

「――と言ったところか」

「ああ、分かった」

「まだ暫くは君達もゆっくりするといい。先も言ったが、攻略は足踏みせざるを得ない。いや、そうしてもらう事で無謀な挑戦をする輩を無くしたい」

「そのつもりだ、とにかく、落ち着く時間が欲しい。流石に今回は堪えた」

「では」

 

そう言い残してヒースクリフは踵を返した。取り巻きも去り際に此方を……特に俺を睨みながら立ち去る。天幕には、元通りの静寂と少しばかりの周囲の喧騒だけが残った。

 

「とりあえず、宿に帰らねえ?」

 

俺の提案は無言の頷きで肯定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一先ず、一週間は自由行動になった。キリトがアバウトに「一週間ぐらいでどうだ?」と言ったのに対して反論が無かったからである。最低限の決め事として、宿は変えない事、一日一回は顔を見せあう事、夜間の外出はしない事、の三つが定められた。これも反対は無かった。

 

降ってわいた一週間の休暇だが、特に予定なんてない。が、実際やることは決まっているようなもんだった。

 

メンタルケアである。俺はこれにアルゴとの話し合いも含まれるが。

 

半ば自慢のようだが、俺達は世間から美男美女の実力派で知名度が高い。俺とキリトが美男ってのには些か疑問を覚えるが、美女の部分についてはまさしくその通りだと思う。町を歩けば振り向かない男はいない、そんな三人組なのだ。しかも属性がダブらないという奇跡、某アイドルゲーム風に言うならキュートでクールなパッションか?

 

そんなわけで異性からのアプローチもちょいちょいあるかと思われたが……実はほぼゼロ。というのも、既に男がいる事と全プレイヤーでもハイレベルな事が大きな要因だった。既に伴侶がいる相手に誰がアタックを掛けるというのか、SAOにおける結婚の意味を考えればまずあり得ない。そして、当初から悪目立ちしてきた俺達(主に男二人)も腕っぷしだけは強かったので排斥されずに過ごしてきたのだ。常に攻略組に居座り続けるプレイヤーに喧嘩を吹っ掛けるなど自殺行為にも等しい。

 

ってことで、言い寄られる耐性が無いお嬢様三人組になってしまった。全く誰も悪くない話だ、いや、犯罪者が全部悪いんだが。

 

アスナとフィリアはまだいい。元々社交的な性格で、男性の商人プレイヤーとも多少は仲良くしてる場面はよく見る。アスナは人当りが良いしキリトも知り合いプレイヤーと会うときに紹介したり連れまわしているし、フィリアもアイテム仕入先には男性が少なくない。まだいい、と言うだけでダメージは相当に深いが。

 

が、シノンは…詩乃はそうもいかない。現実での詩乃は殺人を犯したことがきっかけで俺以外の他人を受け付けなくなった。正確には詩乃自身が遠ざけて、周囲も詩乃を遠ざけたと言うべきだが。言い寄るのはせいぜい事情を知らない下級生や他校のナンパ野郎、いじめ目的の女子ぐらいか。全員俺がぶっ飛ばしてやったが、それも良くなかったと今では思う。

 

一見普通の距離感を取っている様に見せるのが上手いから、余計ややこしいのだ。付き合いの長いキリトでさえまだ壁を作っているし、その次に身近な男性であるクラインに対してさえ潔癖を見せているんだからどうしようもない。

 

俺はそれでいいと思っていたし、嬉しかった。詩乃が悲しむのは俺だって悲しかったし、友達が減っていくのは胸が痛かった。

 

でも、それ以上に心が躍ったのだ。あぁ、これで俺しかいないのだ、今までの誰とも違う、俺の傍から居なくならないのだ、と。

 

詩乃の為にならないことを、俺から離れてしまうかもしれないことが怖くて矯正してこなかった。

 

ツケ、とは思わない。何度も言うが俺たちは欠片ほども悪くない。ただ、俺は詩乃に対して引け目を感じている。周囲との隔絶を進んで行ったことに対して。

 

だから、もっと俺に溺れさせる。そして俺は詩乃に溺れよう。

 

中途半端に線を引かせたのがそもそもの間違いだった。線は詩乃自身で引けばいい、俺はそれを見守ろう。でも俺が気に入らなければそれを上書きする。不適切だと判断すれば消し込みしてペンを奪う。

 

正直なところ、俺達はお互いで完結してしまいたい。

 

だから、詩乃が《射撃》と向き合いたいと口にしたときは酷く動揺した。


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