九重の呪術高専への転入手続きは思いの外順調に進んだ。彼女の両親は呪術に関してある程度知識と心得があったらしく、「いつか九重には話そうと思っていた」らしい。荷物を纏めて出発する直前、母親が九重を呼び止めて家の蔵の中から一枚の丸い鏡を渡した。「これから貴女を守るもの」として託した一品。
「驚いたね……」
いつもの正装ではなくラフな私服姿の五条が思わずつぶやいた。サングラス越しに見るその瞳は驚愕に染まる。
「それは呪具“八咫の鏡”、そのオリジナルだ」
八咫の鏡とは3種の神器として天皇家が保管している一品だが、彼の話によるとあちらはレプリカらしく、本物は長い歴史の中で行方知らずとなっていたらしい。どうやら九重の家系が大切に秘蔵していたようだ。八咫の鏡は“万象の盾”とも言われ、あらゆる呪いを弾く効果があるらしく、階級は数ある呪具の中でも別格の特級に分類される。
「ではお父様、お母様。九重様は私にお任せくださいませ」
出発の時、玉藻が九重の両親に深々とお辞儀をし、先祖に対して慌てて腰を低くしている両親というシュールな絵面が出来た。
数時間後、高専に到着した彼らは校内のお堂のような建物に案内された。部屋は多くの愛らしいぬいぐるみで溢れかえり、最奥ではサングラスをかけた強面の男性が人形製作を行なっていた。
「遅いぞ悟、8分の遅刻だ。責めるほどでもない遅刻の癖を治せと何度も言った筈だぞ」
「責めるほどでもないなら責めないでくださいよ」
強面の風貌に相応しい威厳のある低い声が響く。夜蛾正道、呪術高専東京校の学長を務める傀儡術師だ。彼は今も人形製作をしており、そのどれもが彼の面貌には似合わない愛らしいデザインのぬいぐるみで、九重はそのギャップに衝撃を受けた。
「なるほど、呪骸ですか……しかしどれも良くできていますねえ」
その隣で、それらのぬいぐるみを一目見ただけで呪いのこもった呪骸と見抜いた玉藻が感心したように顎に手を当てながら呟く。
「その子たちが?」
「あ、はい……赤司九重です」
「お初にお目にかかります、玉藻の前と申します」
夜蛾が2人の方に視線を移し、彼女達は揃って自己紹介を行った。
「何をしに来た?」
突然投げかけられた問いに九重は「え?」と固まってしまう。
「君は何をしに、呪術高専に来た」
今一度、彼は九重に問いかけた。
「私が玉藻と出会ってしまったから、でしょうか」
「それで?」
「えっ……?」
次の瞬間、ぬいぐるみの一体が動き出して九重に飛び掛かる。間一髪のところで交わしたが、ぬいぐるみが壁に激突した瞬間に途轍もない衝撃が堂内に響く。
玉藻が牙を剥き出しにして応戦しようとしたが、五条が無言でその肩に手を触れ彼女を止めた。「これは必要なことだ」と目で訴え、玉藻も大人しく引き下がる。
「確かに、君が玉藻の前と出会い憑依されたことで、半ば無理やり呪術高専に引き込む形となった。それは事実だ。だがそれはきっかけでしかない、呪術高専に来ると決めたのは君自身の意志のはずだ」
「それは……」
「今一度問う。君は何をしに、呪術高専に来た」
九重はふと、過去を思い出していた。
幼い頃から、人ならざる存在が視える体質だった。友人にそれを何度も話したが、誰一人それを信じてくれず、いつしか彼女は孤立した存在となっていた。学校でも友達が居らず、教室の隅で本を読み、グループワークの班決めでは余り物になるのが当たり前。九重は周囲から浮いた存在となっており、誰一人友人と呼べる存在はいなかった。
だが、玉藻と出会って何かが変わった。初めて出来た、気軽に話せる同性の存在。これまで一人だった彼女にとって、既に玉藻は大きな存在となっていた。
「玉藻と、一緒に居たいから……」
「ほう?」
「玉藻は貴方達からすれば、祓うべき呪いなんですよね?でも、私にとってはそうじゃない。
やっと出来た、はじめての友達なんです!だから私は……玉藻とずっと一緒に居たい……!!」
決意と覚悟の決まった目で九重は宣った。その強い言葉は夜蛾の身体に芯まで響くものだった。
呪傀の臨戦態勢を解き、夜蛾は五条に2人を寮に案内するよう告げる。
「合格だ、ようこそ呪術高専へ」
差し出された手を、九重は両手で握りしめる。その背後で、玉藻は両目から大粒の涙を流して泣き崩れていた。
「こ゛ん゛な゛に゛も゛っ゛!私のこ゛と゛をおぼって下さ゛るなんでっっっ!嬉じくてなびだがとばりばぜんでずっっっ!!!」
そんな彼女に慌ててハンカチを差し出す九重。
「九重ざばっ!一生ついていぎまずっ!!」
「うん、うん。これからもよろしくね、玉藻」
ちょっと短めになりました、申し訳ない。