銃声が校舎内の教室にいても聞こえてくる。昼休憩の時間に不審者は学園内部へと侵入したらしい。始めは避難訓練なのかなと考えていた。しかし、そんなおフザケめいたものではなかった。大きな爆発音と共に学園を覆っていた結界が崩れ落ちた。目に見えないはずの結界の欠片が太陽光に反射して小さく輝いた気がした。
その時私は教室で、一人静かにお昼ごはんを食べていた。ごま油の香り漂う卵焼きを口の中に入れようとした、その時のこと。爆発音は教室まで響き、慌てふためいた私は誤って箸を噛んでしまった。思いがけない衝撃に呆然としていると、生徒のひとグループが教室の外に駆け出していった。私はその時、判断早すぎとツッコミを入れたくなるくらいダッシュしていた。まぁ、とりあえず口の中にある卵焼きを嚥下した。美味い。ごちそうさまです。
教室は蜂の巣をつついたように騒々しい。何人かはパニックになっていた。教室の窓ガラスの大部分が固定された強化ガラスでできているのは、こんな時のことを想定していたのか。
爆発音と銃声が散発的に続いている。その度に前の子の肩が震えている。蜘蛛の巣状にヒビが入っている窓ガラス越しに外を覗くと、黒ずくめの集団が教師、警備員たちと交戦している。久しく見ていなかったその光景に古傷がうずく。まぁ、あの時は銃なんて便利なものはなかったけど。
そんな光景を見ているとどこか違和感を覚える。
そもそもこの学園はいちおう軍事施設などではない。将来の術師を育てるための学び舎だ。テロリスト対策など積極的に行う場所ではないはずだ。なのに、なんでこんなにも不審者たちに上手く対応できているのだろう。まるで…。
その時、教室に教師が入ってきた。
「皆、落ち着いた。とりあえず、この教室から離れないで。安全確認後に、第2会議室に移動してもらうから」
教師の到着でパニックはおさまったけど、未だに地に足がついていない様子だ。
遠くで学友が、命賭けた争いをしているのに気がついた。今まさに、密かに身に着けさせていた護身用の札が一枚燃え尽き、塵へと変わっていく。敵の術式のダメージを少し肩代わりする術が込められていた札だ。
襲撃にいち早く反応していたグループに仕込んだもの、彼らのもとで何かが起きたに違いない。様子を確認しなければ。
けれども今は学園に不審者が侵入している非常事態。幸い教師はこの場にいない。ここからの避難経路を確認している。誰にも気づかれないよう、隠形をして件のグループのもとへ向かう。友達のポケットに探さないで下さいという、書き置きを入れておく。彼女なら口裏合わせができるだろうから。まぁ、昼食休憩中、皆が皆教室にいるわけしゃないし、たぶんバレないだろう。おそらく。きっと。
そこは学園内の地下室だった。黒ローブ姿の不審者たちは、鎖でがんじがらめ縛られた木箱の前で高笑いしている。
通気孔から様子を覗く。この通気孔に入るのに凄く苦労した。通気孔を探すのにも一苦労したし、鍵を開けるのにも手間がかかった。定期的に掃除がされているのか、通気孔内は存外きれいだった。よかった。
容姿端麗な男の子とその御一行は不審者たちを止めることが出来なかったみたいだ。ちなみに、ラノベ主人公とその仲間たちというあだ名も候補に含まれている。男の拳は硬く握りしめられている。
「狗鬼さま、万歳」
黒ローブは手に持った刀で鎖を破壊した。鎖の破片が地面へとばらけて落ちる。
これはまずいかな。ただでさえ、黒ローブは厄介な術師であるだろうし。木箱の中の怪物がどんな化け物がわからない。相性が悪いと私でもやられてしまうかも。
封印が破壊されて、木箱から感じられる霊力はどんどん大きくなっていく。おそらく、搦め手タイプではないだろう。だって、私なら気配を消して、奇襲をしかけるから。相性は悪くない。完封できる自信がある。
けど、主人公たちにとっては乗り越えるべき試練なのかもしれない。安易な手助けは彼らの成長の機会奪ってしまうかもしれない。強い相手と戦う機会は貴重だ。悩ましい。
大きな木箱は表面に文字がびっしりと書きつづられていて、中心部には札が貼られていた。札はおもむろに千切れて、散り散りになっていく。
木箱から赤い腕が飛び出した。
こいつを外に出してはまずい。そんな共通認識のもと、彼らはなけなしの力を使い、木箱へ向けて、符術で攻撃を仕掛ける。
現状は非情だ。鬼が手を振るった。一陣の風が吹いた。そんな馬鹿な、と誰かがこぼした。術は全てかき消された。
「おお、狗鬼さま、素晴らしい」
黒ローブの男は感極まった様子で鬼を尊んでいた。出待ちのファンが駆け寄るみたいに近づいている。
「騒がしいな」
鬼の腕は黒ローブの男を弾きとばした。男は壁にぶつかり、うめき声をあげながら苦しんだ。
わお、味方のはずなのに容赦なくぶっ飛ばした。気が立っているとはいえ、それは悪手だろ。戦力減らしてどうする。
「嗚呼、脆いな、脆い」
木箱の中からゆっくりと出てくる。大きな鬼だ。身長は2メートルをゆうに越えていて、重苦しい威圧感を放っている。
「小僧ども、いかほどの時が経った」
彼らは鬼の威圧感に圧倒されているのか、声を出すこともままならない。
「黙っていても変わらんぞ……。そうか。一つやれば口も柔らかくなるか」
容姿端麗な男の子の背後に、鬼が移動した。彼は鬼の動きを捉えることができず、見失ってしまったようだ。
ちなみに主人公くんはワイルド系だ。シュッとしている。
「どこに行った」
と叫んでいる。
鈍い音がした。まるでサンドバッグを金属バットで殴ったような音だ。
私は彼を助けようとしようか迷い、自制した。彼がこのまま終わるとはどうにも思えない。
「ほほう、存外硬い。玩具にはなりうるか」
鬼は彼の腹を蹴飛ばした。
彼の身体は宙をうき、直後彼を鬼は地面へと叩きつけた。
誰かがその光景から目を背けた。それほどまでに見るに耐えない光景だった。
でも彼は、それで終わる男ではなかった。終われる人ではなかった。
彼の雰囲気が変わった。
覚醒したな。私は彼の様子を見て、良かったと息をついた。火事場の馬鹿力というゆつだ。
鬼も彼の異変に気がついたのだろう。鬼は無言で腕を回しながら近づいていく。大きく拳を振りかぶった。
しかし、鬼の拳は空を切り、少年の足蹴りが鬼の腹部に入った。くの字のように鬼の身体は折れ曲がる。息を入れる間もなく、少年の攻撃は鬼の身体を削っていく。
鬼の身体が吹っ飛び壁に激突した。
このままならば、少年が勝つことかもしれない。このままならば。
「眠りから覚めたら、我ながら呆けていたのか、見誤った。子供相手に本気が出すことになるとは、ハハハ」
土煙の中から無傷の鬼が口角を上げる。
鬼の霊力が1段と上がった。
「マジかよ、あれが本気ではなかったのか」
「子供に手加減をしたまで。貴方のその蛮勇、称賛に値する」
「ではな」
鬼の攻撃が彼の腹部を貫く。
ことはなかった。
狐の仮面をつけて、通気孔から飛び降り鬼の攻撃を間一髪いや、ニ髪くらいで防ぐ。狐の仮面にはまどわしの術がかけられている。顔バレを防ぐためだ。
「狐仮面遅れて参上」
彼らの実力ではこの鬼とはもう戦えないだろう。もはや、鬼の一方的な嬲り殺しになってしまうのは目に見えている。
「この位の鬼と戦えないとこの先の高い波を乗り越えられないかもね」
「キサマ、何者だ」
鬼は乱入者に対しての戸惑いを隠せない。ポーカーフェイスくらいしろよとツッコミたくなった。
「いやはや、時の流れは冷酷だね」
学友しかり鬼しかり。
私の発言に対して怒ったのか、鬼は愚直に真っ直ぐに殴りかかってきた。
「あぁ、遅い」
封印あけで本調子ではない様子。私は印を結ぶ。憎き五芒星。これが使い心地が良い。嫌いだけど。透明な障壁が鬼の拳とぶつかる。障壁はびくともしない。
「ふざけやがって」
鬼は身体を震えさせる。身体からは湯気がでて、かなりの高温になっているのが、推察される。
鬼が縦横無尽に室内を駆け巡る。とはいえ、そこまで速くない。
「障壁を展開するよりも早く、殴り潰してやる」
「工夫がないなぁ」
言霊。
「止まれ」
鬼の動きが封じられた。
「起きてすぐ霊力がすっからかんだと、言霊だけでも結構縛れるものだね。楽で助かるわ、さてとどうしようか」
空間が歪む、つまりは、転移術式。
とっさに体を傾ける。
虚空から向かってきた黒い刃をさける。
「うふふ、こわい、こわい、虚をついたはずなのに、外れてしまった。さりとて、あなたは荷物が多そうだ。ではでは、私たちは引き上げましょう。狗鬼撤退しましょう」
「だが、ここまで虚仮にされて、鬼の矜持がゆるさない」
「狗鬼、頭に血が上っていますね。三途の川にて頭でも冷やしますか」
見た目はそこらにいるスーツ姿のサラリーマンのように見える。だが、男から発している霊力は底が知れない。それでいて、殺気もない。力の方向性が存在していない。まるで凪のようで薄気味悪い。
「狐仮面的には、ただ見逃すわけにはいけないけど」
仮面にかかった髪をよける。仮面のせいで視界が制限されて煩わしい。得体が知れない相手、集中力を途切れさせないようにしなければ。
「えぇ、そうでしょう。ではでは。命式神顕見」
二匹の鬼が現れた。
「牛頭鬼、馬頭鬼。地獄の番人か」
「時間稼ぎくらいは、できるでしょう。頑丈さだけは本物に引けをとらないですから。それにあなたには、守るべきものがありますから」
「なるほど、強かだな」
「ありがとうございます。それでは、では、さようなら」
スーツ姿の彼は丁寧なお辞儀をして去って行った。彼が放った目くらましの白い煙が地下室に充満する。転移術を使い彼らは逃げたようだ。
「転移術ってそんな簡単に使える術じゃないはずなのになあ」
白い煙の中から二匹の鬼の式神が襲いかかってくる。
「嗚呼、上手く撒かれたか。まぁ、君たちには憂さ晴らしには付き合ってもらおうか」
私は一連の事件が終わった後、校長室へとしのびこんだ。同じみの通気孔から飛び降りる。すると誰もいないはずの部屋の中には人が一人いて、机上には白い湯気がたっているお茶が置かれていた。茶柱がたっている。
彼女はうっすらと微笑みを浮かべて、手招きをしていた。