風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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プロローグ

「ふふふふふ、あはは、あははは、あはははははは!!!!!!!」

 

その男は狂ったかのように乾いた笑い声を上げる。

彼はたった今、目的を成し遂げた。

唯一にして、絶対の目的。

復讐と言う、たった一つの目的を。

 

彼には恋人がいた。愛しい、愛しい、何に変えても守りたい人が。

一族に蔑まれ、両親に愛されず、最後には無能者と言う烙印を押され、半ば追放される形で放り出された。

何もかもが嫌になり、命を絶つことまで考えた。

 

そんな彼を救ってくれたのが、翠鈴と言う一人の少女だった。

自分を自分としてみてくれた初めての人。

自分を必要としてくれた初めての人。

自分が絶対に何においても守ろうと決意した人。

 

でもその人はもういない。この世のどこにも、あの世にさえ・・・・・・・・。

彼女は悪魔の生贄にされた。その魂は決して救われる事が無いものとなった。

輪廻転生の輪からはずれ、成仏する事も、この世に迷い出る事も無くなった。

どんな形でさえ、もう二度と会うことができない女性。

彼は守れなかった。何よりも守りたかった一人の女性を。

 

その結果、彼は手に入れた。

風の頂点に君臨する力を。

皮肉なものである。彼が力に目覚めたのは、自分の命が消えかけようとした時。

彼女が殺されそうな時も、彼女が殺された瞬間でもない。

自分の命が失われかけた時・・・・・・・・・。

 

何の意味もなかった。

何の価値も無かった。

口先だけで何もできなかった。

彼は嘆いた。彼は自分の馬鹿さ加減に心底嫌気が指した。

自分の命よりも彼女の方が大切ではなかったのかと。

彼女を守りたいのではなかったのではないのかと。

 

だがすべては後の祭り。

彼には何も残されていなかった。

いや、一つだけ残されたものがあったというべきか。

それは恋人を殺した相手への恨み、憎しみ、殺意。負の感情の渦。

 

彼は復讐を決意する。

誰も彼を止める事はできない。誰も邪魔をさせない。

その決意は確かなものだった。

彼は翠鈴を生贄に捧げた首謀者を殺す事だけを目的として力を磨いた。

邪魔をする者は老若男女誰であろうと殺した。

戦う力を失くした者であろうが、戦意を喪失したものであろうが容赦しなかった。

 

そして彼はついに復讐を成し遂げた。

 

彼―――八神和麻―――は笑う。

 

狂ったように笑い続ける。

けれども心は満たされない。達成感など沸きはしない。

ただただ空虚な思いだけが、彼の心を埋め尽くす。

不倶戴天の相手を八つ裂きにして、百グラム以下まで粉々にし、その魂は契約していた悪魔に食われたか地獄の底にでも落としたのに、和麻の心は満たされない。

 

復讐の果てには何も無い。

最初からわかっていた事だ。奴を殺しても翠鈴は帰ってこない。

けれども彼にはこれしかなかった。これだけが和麻を突き動かす原動力だったのだから。

主のいなくなった玉座を眺めつつ、和麻は最後の力を解放する。

こんな場所要らない。こんな墓標、あいつには必要ない。

跡形もなく、すべてを消し飛ばす。

 

和麻は大型の台風にも匹敵する力を収束させ、一気に解き放つ。

全てを切り裂き、吹き飛ばし、粉々にする暴風。

和麻の意思を汲み取り、風は主を失った城を文字通り消滅させた。

 

そこには建物があったはずだが、すべて消し飛んだ。

周囲には小さな破片が空から落ちてくる。

消し飛ばし損ねた残骸のようだが、今の和麻にとってはどうでもいい。

 

彼は無傷だし、残骸が彼に向かって落ちてくることは無い。

風ですべての軌道を変えているのだから。

和麻にしてみれば、忌々しいあの男の城を消し飛ばせれば、それでよかったのだから。

 

「・・・・・・・・・・・終わった。終わっちまったな」

 

ポツリと呟く。復讐以外に何も目的を持たない男は、道しるべを見失った。

目の前に広がるのは闇。何も見えない深い闇。

復讐を糧に生きていた際は、彼には確かに道が見えていた。

血で塗り固められた道が。

 

けれども今はそれすら見えない。

残党狩りでもしてもいいが、そんな気にもなれない。

どの道、何をしようにも気力がわかない。

 

カタリ・・・・・・。

 

そんな折、和麻の耳に何か硬いものが落ちるような音がした。

粉々になった破片の一つだろうと思ったが、何故かその音が気になった。

和麻は音のした方を見る。そこにはこの場には不釣合いな物体が転がっていた。

 

「ノート、パソコン?」

 

それ自体は何の変哲も無い、珍しくも無いノートパソコン。

しかしそれがある場所が問題だった。

ここは和麻の恋人を奪った男――アーウィン・レスザール―――の居城にして、魔術結社アルマゲストの総本山。

 

現代社会において、魔術結社にもパソコンの一台くらい置いてあるかもしれないが、何となく不釣合いに思えた。

 

それに和麻が『視た』限りでは、パソコン自体にも何かしらの力があるように見えた。

 

気にならないといえば嘘になる。

 

復讐を終えて、何もする事がなくなった和麻は、とりあえずどうでもいいかと考えパソコンを手に取ろうとして・・・・・・・・やめた。

 

「なんか、嫌な感じがするな。やめとくか・・・・・・・」

『って! なんでやめるですかー!?』

 

手を伸ばそうとして、途中でやめるとどこからともなく声が聞こえた。

声はパソコンからしたようだ。

ポワンと光り輝くと、中から一人の少女が浮かび上がる。

和麻は少しパソコンから距離を取り、即座に風による攻撃を開始した。

 

「って、ええぇぇぇっ!?」

 

驚愕の表情を浮かべる少女だが、彼女は何とかパソコンを抱えて一撃目を回避した。

 

「い、いきなり攻撃って!?」

「ちっ、外したか」

「しかも舌打ち!? ちょ、ちょっと待ってください! せ、せめて話を・・・・・」

「とっとと消えろ」

「ストップ! ストップです!」

 

少女はどこからともなく取り出した白旗を振り、何とか相手からの攻撃を止めようとする。

和麻はその様子を見て、攻撃を止めようと・・・・・・・。

 

「だが、断る」

 

しなかった。

風の刃が一刀、少女に向かい振り下ろされる。

 

「げ、外道ですよ!」

 

涙目になりながら、少女は両手を前に突き出す。

少女の眼前に生まれるのは魔力の障壁。

自らの命がかかった場面において、少女は自分自身からありったけの力をかき集める。

死にたくない、消えたくない、と言う思いで一心に風の刃を防いだ。

 

その様子に和麻は少し驚く。少し手を抜きすぎたか。

違う。これは単純に自分が消耗しているだけだ。

アーウィンとの死闘やこの建物を粉砕するのにかなりの力を使いすぎた。

まさかあんな小娘に防がれるとは。些かプライドを傷つけられた。

 

「し、死ぬ・・・・・・・・」

 

へなへなと少女は地面に倒れこむと、そのまま姿を消した。

 

『な、なんてことするですかー! 死ぬかと思ったのですよー!』

 

と抗議の声が聞こえてくる。それはパソコンから聞こえてきた。

 

「パソコンに取り憑いてんのか・・・・・・・・。ここにあるってことはあいつの所有物・・・・・・・。とりあえずぶっ壊しておくか」

 

和麻のパソコンを見る目が厳しくなる。まるで親の敵を見るような目。

実際、和麻は恋人を殺されているのだからその表現は決して間違ってはいない。

 

『わーわー! ストップです! お願いですからせめて話を聞いてください! ウィル子は何もしません! て言うか、本当に怖いです! 目が怖いです! まるで何十人も殺した人殺しのような目なのです!』

 

がくがくぶるぶると震える少女――ウィル子。

彼女の感想も決して間違ってはいない。

和麻はここに来るまでに大勢の相手を殺している。

アーウィンやその取り巻きやら末端まで含めると三桁にも及ぶ。

いや、間接的に考えればもっと殺しているのだ。

 

人斬りや快楽殺人者など目では無いくらいの圧倒的人数を、和麻はその手で殺しているのだ。

その中には女や見た目子供や、実際年齢も子供や含まれている。中々に外道である。

和麻は何の反応も見せない。いや、逆に周囲に風を集めて

 

『ううっ・・・・・・・。ウィル子はこんなところで死ぬのですね。へんてこな男に捕まって、外にも出れずにずっといて、やっと開放されたかと思ったら、話も聞いてくれない人に殺されるなんて・・・・・・・・』

 

ううぅっと涙を流す。ちなみにパソコンから声が聞こえるだけで、和麻にはその姿は見えていないが。

 

「・・・・・・・・鬱陶しい」

『ひどっ! あなたはそれでも人ですか!? 良心のある人間ですか!? とウィル子は切実に訴えてみます!』

 

和麻がポツリと呟いた言葉に、ウィル子は憤慨した。

 

「ああっ? お前、自分の立場がわかってんのか?」

 

『ひぃぃっ!』

 

眼を飛ばされ、ドスの利いた声を送られ、ウィル子は震え上がり縮こまる。

 

「まあいい。お前に質問する。簡潔に答えろ。俺の望む答えが返ってこなかったらぶっ壊す。俺の気に食わない答えが返ってきてもぶっ壊す。俺がむかついてもぶっ壊す。わかったな?」

『あ、あのー、それは全部同じ意味なのでは?』

「・・・・・・・・・なんか言ったか?」

『いえ、何も言って無いです!』

 

ツッコミを入れいれたのだが、逆に恐ろしい目で睨まれた。

ウィル子は戦々恐々しながら、和麻の質問に答える事にした。

 

「お前は何者だ?」

 

『ウィル子はPCの精霊なのです。超愉快型極悪感染ウィルス・ウィル子21。ちなみに正式名称はWill.CO21なのです』

 

PC、突き詰めれば電子の精霊らしい。

精霊と言う言葉はよく耳にするが、電子の精霊など初めて聞いた。

 

「なんでお前はここにいた? アーウィンの関係者か?」

『アーウィンってあのいけ好かない奴ですか? 違うですよ! ウィル子は被害者なのです!』

 

ぷんぷんと怒ったように言う。どうやらアーウィンの仲間と言うわけでは無いらしい。

 

『聞くも涙、語るも涙のウィル子の・・・・・・・』

 

ザシュっと風の刃がパソコンの横の地面を切り裂いた。

汗がこぼれ、ウィル子はサーと血の気が引いたような気がした。

 

「話は簡潔に手短にしろと言ったはずだが?」

『は、はいなのです!』

 

有無を言わさぬ言葉にウィル子は簡潔に答える。

ウィル子はウィルスであちこちのパソコンに侵入してはデータを食い漁っていた。

しかし丁度半年ほど前、たまたま侵入したパソコンがアルマゲストのアーウィンの使っていたものだったらしい。

アーウィンはウィル子の存在に気づくと、そのまま魔術で彼女を捕獲し、自らのパソコンに封じ込めていたらしい。

 

曰く、長く生きてきたがお前のような存在を見るのは初めてだ。

と言い、探究心や色々なものが刺激されウィル子を研究しようとしたらしい。

こちらから契約を取り付けて利用してやろうと考えたが、そんな甘い考えが通用する相手ではなく、逆にいいようにやり込められ自由を奪われていた。

 

いくら電子の世界にいようとも、精霊と言うカテゴリーにあったウィル子はアーウィンの術から逃れる事ができず、ネットからも隔絶され、電源も必要最低限のものしか与えられなかった。

そのためにウィル子は何もできずに半年間、このパソコン内で生活していたらしい。

ウィル子の話を聞いて、和麻はほうっと小さな声を漏らした。

 

『ちなみに実体化とさっきの攻撃を防いだせいで、もうウィル子には力が残っていないのです・・・・・・・・。このパソコンの電池も残り僅か』

 

つまりはもうまもなく消滅すると言う事だろう。和麻にとってはどうでもいい話だが。

 

『あっ! 今どうでもいいって思いましたね! そうですね!? そうなのですね!?』

 

ぎゃあぎゃあと喚くウィル子だが、消滅間際なのによくもまあ元気なものだと和麻は感心する。

 

『ふぎゃぁ!』

 

和麻は思わず足でパソコンを踏みつけてやった。

しかしそれが災いした。和麻にしてみれば致命的なミスとも言えよう。

 

「!?」

 

自分の体から、何かが吸い出される感覚がした。バッと和麻は後ろに飛びのく。

 

『にひひひ・・・・・・失敗しましたね』

 

ブンッと再びウィル子がパソコンから実体化した。

 

「マスターの霊力を頂きました。って物凄い霊力ですね。ちょっとだけもらったはずなのに充電がMAXの電池よりも多いなんて」

 

「・・・・・・・・・・」

 

和麻は無言でウィル子を見る。その様子でウィル子は背筋が物凄く冷たくなった。

 

「ちょっ! 待つですよ! べ、別に今のはウィル子が意図してやったのではなく不可抗力なのです! ウィル子はマスターに害を及ぼす事をしないです!」

 

本来は人間にも感染して、感染したものを電気とネット回線を貢ぐだけの奴隷にするのだが、そんな事を目の前の男に言えばどうなるのか、先ほどのやり取りで十分理解している。

間違いなく消滅させられる。跡形もなく、それこそ一瞬で。

なぜかウィル子にはそれが理解できた。

未来予知能力など無いが、絶対運命のように決定した物事のように思えてしまった。

土下座しながら平謝り。何とか平に平にと相手をなだめる。

 

「おい。今、俺のことをマスターと言ったな?」

「えっ? あっ、はい。いいましたけど・・・・・・・・」

「つまりあの一瞬で俺とお前に契約が結ばれたと?」

「いえ、まだ仮契約の段階です。本契約をする場合はこのパソコンを起動させてWill.CO21を起動させてもらわなければ・・・・・・・」

「ほう。つまりお前の本体であるパソコンを潰せばいいと」

「って、やっぱりそんな流れに!?」

 

涙を流すウィル子。やっぱり消滅させられるんだと嘆く。

しかし相手に泣き落としが通用しないのは今までのやり取りを見ていれば十分にわかる。

自分の利点を語っても軽く一蹴されてしまうだろう。

と言うよりもウィル子はウィルスであり、様々な犯罪行為に手を染めてきている。

消滅させられてもいたし方が無いのかもしれないが・・・・・・・・。

 

「それにしても、それにしたって、こんなのはあんまりなのですー!」

 

うわーんと思いっきり泣き叫ぶ。あまりにも理不尽。あまりにも不条理。

変な男に捕まったと思ったら、変な男に殺されかける。

別の世界の自分は情け無く、何の力も無い男のパートナーになっていると言う電波を受信したが、この世界で自分がであった相手は力はあるのにまったく誠実ではなく最悪の連中ばかりである。

どうしてこんなにもマスター運が無いのだろうか。

 

「せめて、せめてお腹いっぱいHDのデータを食べたかったですー!」

 

泣きじゃくるウィル子に対して和麻は。

 

「うるさい、黙れ」

 

と踵落としをかましてやった。

 

「はぐっ! ひ、酷すぎるですよ! もっとここは優しく頭を撫でるとか、抱きしめるとか慰めるとか、ウィル子のマスターになってくれるとかそんな選択肢があるはずでは!?」

「知るか、アホ。なんで俺が見ず知らずの相手を気遣わなきゃならない? お前、この俺に何を期待してんだ、ああっ?」

「か、完全にチンピラです・・・・・・・」

 

ウィル子から見れば、和麻はどうみてもチンピラであった。

ただし性質が悪いのは、ただのチンピラではなく力を持ったチンピラであると言う点であろう。

 

「それにマスターになってくれだぁっ? お前のマスターになって、俺にどんな利点がある? 何か俺に利益があるのか? ウィルスを手元において、俺にどんな得がある?」

「ええとですね。ウィル子はウィルスなので電子上ならどんなところにでも侵入できるですよ」

「ほう。ちなみにアンチウィルスソフトが相手だと?」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

 

嫌な沈黙が両者の間で流れる。緊張しているのはウィル子だけであるが。

 

「・・・・・・・・・・よし。潰すか」

「ひぃぃっ! 待って、待ってくださいですー!」

 

悶着を繰り返す二人。

風の契約者と電子の精霊が織り成す物語。

神と契約を結んだ男と、後に神になる神の雛形たる少女のお話。

彼らの出会いがどんな物語を引き起こすのか。

後にこの二人が色々な騒動を引き起こし、世界や一部の人々を混乱に陥れるのは別の話である。

 

 


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