風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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第十話

 

「和麻の野郎。待ってやがれ。これから生まれてきた事を後悔させてやるからな」

 

ぎらついた目で危ない言葉を口にするのは、久我透であった。

彼は風牙衆に命令して、和麻の居場所を秘密裏に探らせていた。

風牙衆の長である兵衛は透に一応、形だけは重悟の命でそれをするのはと多少言葉を濁しながら言ったが、当然透は聞き入れなかった。

 

「うるせぇんだよ、風牙衆ごときが! てめぇらは俺の言う事を聞いてりゃいいんだよ。先代宗主や宗主代行にはバレないようにしろ。こそこそするのは得意だろうが!」

 

と、予想通りの返事が返って来た。兵衛としてもこんな馬鹿にはさっさと退場してもらいたかったので、言われるままに和麻の情報を集め渡すと約束した。

そして二日ほど経ち、ようやく風牙衆が和麻を発見した。その知らせを聞いてすぐ、透は手下を五人ほど引き連れて和麻の下へと向かった。

 

「和麻の野郎。すぐには殺さねぇ。まずは手足を燃やしてから、その後たっぷりと

後悔させて、一週間くらいかけてじわじわと殺してやる」

 

言っていることは完全に狂人の物であり、千年もの長きに渡り、この日本と言う国を守護してきた集団の一員が述べていいセリフでは断じてなかった。

 

「お前らはあいつが逃げ出さないように気をつけてろ。燃やすのは俺がやる」

 

和麻の宿泊しているビジネスホテルに向かう車。そこに同乗している五人の手下に透は告げる。彼らは三人が久我の血縁で残りが四条の者だった。

四条としてはあまり協力はしたくは無いが、透の頼みと言うよりも半ば強制だった。

 

寄らば大樹の陰のように、四条は残念な事に透の言葉に乗ってしまった。彼らとしても当主を逮捕される要因を作った和麻を逆恨みしていたからだ。

後のことなど考えていない。と言うよりも透が大丈夫と言うだけで彼らは安心していた。考えないようにしていた。

 

ちなみにここに風牙衆は同行していない。周囲で一応見張りをしているが、透達はそれを知らない。風牙衆も自分達へのとばっちりを恐れたからだ。

今は一応三人ほどが監視を行い、万が一の際に和麻への連絡を行い彼に逃げるよう促す予定だ。

 

「……ダメです。携帯電話につながりません。電源を切っているようで」

 

風牙衆の一人がリーダーの男に報告を行う。

 

「不味いな。呼霊法での呼びかけはこちらの正体を知られかねないからできないし……」

 

最悪の展開が思い浮かぶ。いや、それも予想される一つの結果であるゆえに驚きもしない。

 

「仕方があるまい。こちらも下手な事をするわけにはいかない。監視を続け、もしもの場合は……」

 

だが彼らはそれ以降、言葉を続けられなかった。不意に甘い香りがしたかと思えば、彼らは意識を手放した。

ドサリと監視を続けていたビルの屋上に倒れる彼らの背後には、焚いたお香のようなものを持つ、八神和麻が立っていた。

 

「監視ご苦労さん。しばらくはいい夢でも見てろよ。次に起きたら、適当な記憶をでっち上げておいてやるから」

 

以前に手に入れたマジックアイテム。裏の業界を知る和麻はこういったアイテムをかなり保有している。

と言うよりもこういったアイテムを売る商人の場合、よほど昔からある老舗の何百年も生きているような奴以外は、積極的にインターネットを活用している。

 

尤も最近の爺さんは現代社会にかぶれて、結構若い連中よりもハイテクを使いこなすパワフルな奴も増えているのだが、それもごく一部だ。

また代が変わればそれはより顕著だ。彼らも物品や情報の収集を常にしなければならない。インターネットは何よりも有効な情報源だ。

 

和麻はウィル子経由でこう言った商店からアイテムを購入し、手元においている。万が一の事態や何かに使えると判断したものを、今まで手に入れた金を使い集めた。またはアルマゲストの連中からもかなりの数を奪い去った。

彼らは西洋ではかなりの規模を誇る集団。その上位の者達が昔から収集しているアイテムの数は半端ではない。

 

和麻とウィル子は片っ端からそれらを奪い去り、いらないものやあまり貴重で無い物は早々に売り払い大金を手にした。

このお香もそう言った過程で手に入れた一つだ。

 

これは密閉空間でしか効果が無いのだが、風術師である和麻なら野外でも風の結界を形成して、擬似的な密閉空間を作り出せる。

さらに風術師の頂点に君臨する男であるため、同じ風術師ではその風を感知する事さえも出来ないのだ。

 

「さてと。ギャラリーはいても良かったんだが、風牙衆にこっちの情報を与えてやるつもりは無いからな」

 

和麻は監視がついている事に気がついて、どうしたものかと考えた。流也クラスがいたのなら、正直ヤバイ。下手に手を出さないほうがいいか、それとも積極的に攻めるのがいいか。

 

考えた末に、罠にかけることを決めた。相手のタネは理解した。今も周囲一キロを完全に浄化の風を用いて支配化においている。もし妖気を纏った存在がここに侵入すれば、たちどころに感知できる。

 

風牙衆に流也のような存在がいなければそれで良し。いるようならばここで潰す。

しかし和麻はおそらくいないだろうと考えている。理由は風牙衆に動きが一切無いからだ。

現状、神凪は混乱している。未だに厳馬は健在とは言え、そんな存在がいれば即座に行動に出るはずだ。

 

いや、逆にこちらの動きを気にして行動に出れないでいるのだろうか。

とにかく、このままずるずる主導権を握られるのは我慢なら無い。ならばこちらから攻めるまで。

 

「それはともかく、手間をかけてやったんだ。せいぜい楽しませてくれよ?」

 

和麻は自分達が泊まっていると思い込んでいるビジネスホテルに向かう透達を見ながら、実にいい顔で笑うのだった。

 

 

 

 

車はビジネスホテルの前に止まった。都内の寂れた古い建物が並ぶ一角。そこには今にもつぶれそうなホテルが立っていた。

看板は傾き、建物のあちこちにはひびが入っていたり、外装が剥がれ落ちていたりと本当にボロい。人が泊まれるのかどうかも疑わしいと言うか、本当に営業しているのかと思うくらい寂れている。

 

「ここか。けっ、あいつらしい所に泊まってやがる」

 

透は鼻息を荒くして車から降りると、仲間を引き連れぞろぞろとホテルの中へと入っていく。

 

「いらっしゃいませなのですよ♪」

 

受付もぼろく、従業員は一人しかいないようだった。見た目、中学生くらいの女の子だろうか。白い制服と帽子をかぶった少女。満面の笑みで彼女は透達を出迎える。

 

「お客様、ご宿泊ですか?」

「違げぇよ。ここに神凪和麻って奴が泊まってるだろ? あいつの部屋を教えろ」

 

普通ならこんな口調で聞かれたら、怪しく思ってプライバシーやら何やらで教えないものだが、少女は笑顔で和麻が泊まっている部屋を教えた。

 

「そちらでしたら、四階の四号室なのですよ。あちらのエレベーターから行けますので」

「そうか。おい、行くぞ。あと、お前ら二人は表と裏を見張っとけ。あいつが逃げないようにな」

 

礼も述べずに、透は仲間に命令を出す。和麻を逃がさず捕まえるために、見張りを立たせる。

そして透自身は残る三人を連れてエレベーターで上へと昇っていく。

 

「にひひひ。ごゆっくりどうぞ」

 

受付嬢―――ウィル子は笑う。彼らもよく聞けばわかっただろう。ホテルなどで四号室や九号室などは不吉であるため、欠番になっていることが多い。

四階四号室など不吉でしかない。そう、不吉な部屋なのだ。

誰にとってかなど決まっている。

しばらく後、悲鳴がホテル内に木霊し、炎がホテルを包んだ。

 

 

 

 

「………」

「………」

 

重悟と厳馬は頭を抱えていた。いや、彼だけではない。神凪の分家と残った当主が集まり、新聞を開き、さらには報告書に目を通し顔面蒼白になっていた。

新聞のテレビ欄の裏にデカデカと載る白昼のホテル火災の記事。火の気はなく、放火の可能性もあるとの見出しだ。

 

「もう一度、お前の口から聞かせてくれるか、兵衛」

「はっ、ご報告させていただきます」

 

重悟に促され、兵衛は風牙衆が調べた今回の事件の内容を報告する。

久我透含め、六人の術者は重悟の厳命に背き、和麻に接触しようとした。さらにあろうことかホテル内で炎を使用し、運悪くガスか何かに引火。大爆発を起こしホテルを炎上させた。

 

その原因を作った久我透達は爆発と炎に巻き込まれ外に放り出されたらしい。久我透と他三名は、四階から落ちて、全身を激しく叩きつけられ足を複雑骨折。爆発の衝撃で身体もボロボロ。

 

普通なら死ぬのだが、彼らは死ななかった。曲がりなりにも神凪の炎術師でそれなりに気も扱えて一般人よりもかなり身体を鍛えていたからだろう。他にも炎の精霊の加護により、ある程度の炎は彼らを害する事が出来ないので、焼死することはなかった。ただし爆発や落下の衝撃は別である。

 

彼らは死ななかったが、ある意味死んだ方がマシだったかもしれない。

さらには爆発の衝撃で衣服が破れたのか、下半身を露出させ道端に倒れていたらしい。

 

そこを通行人―――不幸な事に警察関係者で特殊資料室に目を付けられていた刑事課志望の不幸な警官の青年―――に見つかり、連行された。ほかにも何人もの野次馬にその格好を見られてしまった。

 

その様子に噂では男数人で連れ立って、アレな行為に及ぼうとしていたのではないかと言う噂まで立っている。一応同性愛と言うものは広まりつつあるが、それでも世間の目は厳しい。

外で見張りをしていた二人も、爆発で飛んできた瓦礫で大怪我を負ったらしい。

 

一応は全員、入院しなければならないほどの重傷なので病院に搬送されたが、放火などの容疑もかけられ回復した後は警察の事情聴取を受け、その後は裁判ののち、刑務所行きだろう。。

さらに回復したとしても、久我透達四人の足はもう二度と元には戻らず、普通に歩くことすら困難であると言う診断が出ていた。

 

また一流の治癒魔術をかけ続けたとしても、何とか日常生活を送る程度しか回復しないという。

だが久我家にはそんな治療費を出す事は出来ない。なぜなら、久我の資金はもうすでに無いのだから。

 

「しかし久我が代々貯めていた資金をまさか、透が株で大損させていたとは……」

 

久我は当主である透のために優秀な治癒魔術の使える術者と連絡を取り、依頼を行おうとしたのだが、久我が代々貯めていた資産はほとんど残っていなかった。

これは透名義で大量の株が購入されていたのだ。しかもそのほとんどの会社が倒産していたり、民事再生法を申請したりとほとんど全部の株券が紙くずに変わってしまったのだ。

 

これを聞いた透はそんなもの知らないと言っていたが、彼のパソコンにはその証拠が残っており、銀行のほうにもきちんと契約がなされていた。

彼の話など誰も信じない。

 

「すでに久我には資金は残っておりません。それどころか久我の一党が普通に生活をしていくのも下手をすれば困難かと」

 

兵衛の重悟は表情を険しくする。

 

「治療費はこちらで出そう。ただし、通常の医療行為以上の支援はせん」

 

重悟はきっぱりと言い放つ。今回の件はさすがに温厚な重悟を激怒させるには十分だった。

 

「はい。また久我透を含め残る四人には厳しい処分を。特に久我透は神凪一族から除名し、追放処分を行うのが適切でしょう」

 

厳馬も重い口を開き、処分の内容を提案する。さすがにこれは収まりつかない。神凪に名を連ねる人間がこんな事件を起こしたなど、不正など問題にならないほどの大事件だ。

 

「いたし方あるまい。だがこれでまた神凪の名は地に落ちるどころか、地に潜るほどになってしまった」

 

重悟は腕を組み、目を閉じる。

新しいかまど出を迎えようと思っていた矢先にこの事件である。まだ救いは新聞やニュースで透達の名前が出ていない事だろう。

どこかの誰かが手を回したらしく、彼らの名前は放送されていない。だが裏社会では神凪一族の人間がこの事件を起こしたともっぱらの噂であった。

 

「とにかくもう一度一族全員を集める。お前達もこれ以上神凪の名を貶める真似をせぬよう、またさせぬように心がけよ」

 

全員を見渡し、重悟は言う。この事態は、さすがに分家の当主達や長老達は予想もしていなかったと言うか出来なかった。

透が和麻に復讐をしようと動いていた事は知っていたし、それを放置していた。それを重悟にはもちろん言っていないし、言えるはずも無い。

 

だがどう転んでも、和麻が透に殺されて終わりだと思った。仮に和麻が逃げ出して、また醜聞を広げても、自分達がそれを糾弾して終わりだと安易に考えていた。

しかしこうもあからさまに事件が明るみに出て、透達が逮捕されたのでは話しも変わってくる。

 

「それに和麻だ。ここまでのことをした手前、私が一度謝罪に出向くべきだろう。兵衛、和麻の居場所はわかるか?」

 

和麻の遺体が発見されなかったことから、彼が生きていると言うことはわかっていた。

 

「いえ。あのホテルから姿をくらまし、そのまま足取りは掴めておりません。おそらくはこちらに対してかなりの敵対心を抱いているゆえかと」

「……当然と言うべきか。ここまでされれば、和麻もこちらを敵と認識しても仕方が無いか。これ以上、下手に刺激するのもよくは無いか・・・・・・」

 

一度直接会って謝罪したかったが、それも出来ないとは。

 

「兵衛。これ以上、和麻に関わる事を禁じる。分家もわかったな。次に命を破れば、私も容赦はせぬ」

 

ごくりと息を飲む分家の当主達。神凪はより一層の窮地に立たされる。

だがこれはまだほんの始まりに過ぎなかった。

 

 

 

 

「いやー、中々に笑わせてもらえましたね、マスター」

「そうだな。金と手間かけた甲斐があったわ」

 

拠点である都内の高級ホテルに戻ったウィル子と和麻は祝杯を挙げていた。

パソコンから流れる透達の醜態を肴に、彼らは笑い声を上げる。

和麻とウィル子はかけなくていい手間をかけて、彼らを嵌めた。金、物、時間をかけただけあって、中々に面白い結果に終わってくれた。

 

「オンボロホテルを破格値で買い取って、色々と設置しましたからね。それにものの見事に引っかかってくれましたね」

「基本、あいつら頭で考えるより、身体が先だからな。考えるな感じろって名言を悪い意味で体現している奴らだからあんなのにも引っかかる」

 

透達に何があったのか。簡単に言えば、ウィル子の電子技術と和麻の風術による罠に嵌り、自爆しただけである。

エレベーターに乗った時点で、彼らの不幸は始まっていた。

エレベーターは途中で停止。電気は消え、中の温度は上昇。一応炎を操る炎術師だが、温度を高めるだけならともかく、空調温度を下げることは出来ない。それはどちらかと言うと風術師の領分である。

 

さらにはエレベーターがありえない速度で上昇、そして落下。遊園地のアトラクションかと思われるくらいである。

中に乗っている人間にとっては恐怖であろう。ただ身体が浮き上がる速度まで出なかったのは幸いだろう。

 

そしてそこから開放されてたどり着いた四階。そこでも突然の奇襲があった。

目の前に突然現れる巨大な化け物。エレベーターでパニックになりかけていたところにこれである。

 

思わず彼らは炎を放ってしまった。それはホテル内のあちこちに仕掛けた映像投影機で映し出されたもの。

連中も制御が出来ているだろうが、突然、目の前に妖魔が姿を見せれば咄嗟の反応で反撃してしまう。そこに妖気があるか、無いかなど関係ない。

 

人間とは視覚情報に惑わされやすい。風術師などならともかく、炎術師には視覚情報が自らの情報源の大半を占める。

命の危険がある退魔の現場では、突発的な出現も多く、無意識に彼らは炎を喚んでしまう。

 

そして反撃。しかし相手は映像であり、そこに存在するはずが無い。

炎は化け物を通り抜け、向こう側の壁に激突。壁が燃え上がり、轟々と炎が吹き上がる。

ヤバイと彼らは思い、何とか炎を散らそうとする。炎を操る炎術師なら、それも可能である。

 

しかしそれを許さない者がいた。映像装置から流される妖魔や化け物姿。さらには和麻の姿も一緒になって映し出される。しかも彼らを嘲り笑うような笑顔を浮かべ、周囲から笑い声の音声を流すというおまけつきで。

彼らは平静な状態ではなかった。そこにこの和麻の挑発である。またしても周囲に炎を放ってしまう。

 

それが致命傷。四階の物置に“何故”か置かれていた大量のプロパンガスの大型タンクに炎が直撃。そこからは語るまでも無い。

大爆発である。

一応、和麻が風で死なないようにはしてやったが、再起不能にはなった。いっそ殺してやったほうが、彼らのためであっただろう。

 

「そしてたまたま通りかかった警察が半裸の透達を発見と。いや、術者としても社会的にも死んだな」

「そうですね。電子カルテを見ますと、日常生活を送るのも困難なほどだとか。しかも久我の資金は透が株で大損させてますから、治癒系の術者を雇う余裕も無いと」

「神凪もそんな馬鹿のために、治癒系の術者を自分の懐から大金を出して雇うはずも無いからな」

 

にひひ、くくくと笑う二人。言うまでもなく、株で大損させたのはこの二人だ。

この場合、奪うよりもたちが悪い。

 

「そしてビルには多額の保険もかけておりましたし、神凪にも損害賠償を求める用意もしてあります。こちらは弁護士が勝手にやってくれるから問題ありませんね」

「しかも雇ったのは優秀な弁護士だからな。つぎ込んだ資金も回収できるどころか、それ以上になって返って来るし、あの土地も売り払えばそれなりの金になるからな」

「本当に笑いが止まりませんね~」

 

うはははは、にほほほと彼らは笑う。本当に笑いが止まらない。

 

「ああ、あと。マスター。久我透が半裸で道端に転がっていた映像なのですが、ウィル子の手違いでネットに流出してしまったのですよ」

 

ニッコリと笑いながら、ウィル子は和麻に言った。

 

「おいおい。手違いってお前。なんかあいつに恨みがあったのか?」

「いえいえ。ウィル子が個人的に腹が立ったので。何でも以前マスターを半殺しにしたらしいじゃないですか。ですので、マスターが許してもウィル子が許さないというノリでばら撒きました」

 

その言葉に和麻は呆れながらも、心の中では少しウィル子の言葉を嬉しく思っていた。

自分を気にかけてくれる、心配してくれる誰かがいるのがこんなにも嬉しいとは。

和麻は表情を和らげながら、コーヒーを飲む。

 

「そうか。まあ手違いじゃ仕方が無いな。ご苦労さん」

「にひひひ」

「さて、これで分家の連中も大人しくなるだろうな。で、風牙衆の動きは?」

「今の所動きは無いですね。ただ兵衛が娘の美琴を連れて京都に行こうとしているようですが」

「京都だぁ?」

 

ウィル子の言葉に和麻が聞き返す。この時期に京都に行って何があるのだ。

 

「ウィル子に聞かれてもわからないのですよ。一応調べてはいるのですが、まだ情報が少なすぎて……」

「適当に事情知ってそうな奴を拉致るか? つうか兵衛を拉致っちまえば楽か」

「物騒な物言いですね、マスター。まあでもマスターなら簡単にできると言うところが恐ろしい」

「そりゃ風術師が相手なら、よっぽどの例外が無い限りは俺の敵じゃねぇよ。あの流也にはビビッたが。ところで兵衛が京都に向かうのはいつだ?」

「ええと、色々と忙しいみたいなので五日後の日曜日ですね。娘の休みもそこしかないみたいで」

 

ウィル子は飛行機やら電車やらの予約情報を調べながら答える。

 

「なるほど。よし、それまでに厳馬との方をつけるか。あいつを呼び出してボコる」

「了解です。神凪の分家もしばらくは大人しいでしょうし、風牙衆も今のこの状況だとこっちを調べる必要も無いでしょうからね。しかしあの神凪厳馬が挑発に乗るでしょうか? 堅物の上に、今の状況だと下手に動けないのでこちらの話しに乗ってくるとは思えないのですが」

「……いや、あいつは絶対に乗ってくる。つうか乗せる。挑発なら得意だからな。あいつに電話して、一発でこっちに来るように仕向けてやる」

 

敵愾心を顕にし、和麻は携帯電話に手を伸ばす。彼はすでに神凪一族の全員の携帯番号を入手していた。

だだし、かけるのは使い捨ての携帯である。

自分の物とここの場所が特定される固定電話で厳馬と電話するつもりはなかった。

 

「じゃあ少し挑発してくる」

 

ピッピッピッと厳馬の携帯電話の番号を押して、彼は電話を耳につける。

しばらくのコールの後、相手は電話を取った。

 

『……誰だ』

「俺だ」

 

ここに四年ぶりになる親子の会話が始まった。

 

 

 

 

厳馬は一人、自室で瞑想を行っていた。神凪の不祥事が立て続けに起こり、軒並み逮捕やら入院やらで消えうせた。

彼が信じる神凪と言う存在はその根本から崩れ去ろうとしていた。

 

だがそれでも自分は強くあらねばならない。誰よりも、何よりも。もう神凪を守れるのは自分しか無い。また選ぶ道などこれしかない。他の生き方など出来ないし、するつもりもない。

強固で頑なな意思。

それが厳馬の強さでもあり、弱点でもあった。

 

不意に携帯が震える。マナーモードにしていたため、音は流れていないが着信のようだ。

長い時間、携帯が震える。

留守番電話にも設定しておらず、コールされ続ければ向こうが切るまで止まらない。

 

厳馬は瞑想を一時中断し、携帯電話を手に取る。非通知からの着信。

訝しげに思いながらも、厳馬は電話を取った。

なぜかこの電話には出なければならない。そう思ってしまったから。

厳馬は通話ボタンを押し、耳に当てた。

 

「……誰だ」

『俺だ』

 

聞こえてきたのは、四年ぶりに聞く声。厳馬は相手を知っている。忘れるはずも無い。

 

「……和麻か」

 

自らが四年前に一族より追放した実の息子。それが電話の向こうにいる。

 

『正解だ。なんだよ、つまらねぇな。俺だよ、俺って言ってやるつもりだったんだがな』

「……何の用だ」

 

厳馬はどこまでも憮然と言い放った。彼としては和麻と関わる気は無かった。

 

『つれねぇな。いやいや、神凪から大量の逮捕者が出たんで、あんたも大変だなって思ってな』

「……それだけか? 私も暇ではない。くだらない話だけならば切るぞ」

『おっと。待てよ。まだ用件は終わっちゃいない。本題はこれからだ』

 

和麻は一呼吸置くと、自らの言いたいことを述べる。

 

『ちょっと俺とサシでやりあってもらいたいと思ってな』

「なに?」

 

厳馬は息子の言葉に若干、驚きを隠せなかった。

 

『俺が風術師になったってことは知ってるだろ。で、結構強くなったんだよ。そう……あんた以上にな』

 

自信満々に言い放つ和麻に、厳馬は顔をしかめさせる。

 

『神凪はもうボロボロだ。今なら俺一人でも十分潰せる。それに久我の馬鹿が暴走したからな。この業界じゃ正当防衛も成り立つ』

「神凪と正面からことを構えるつもりか?」

『正義は我にありってな。でもそうされるとあんたも困るだろ? だからさ、相手をしてくれよ、神凪厳馬さんよ』

 

挑発。それは理解している。この話しに簡単に乗るようではダメだ。今の自分は宗主代行。迂闊な行動は出来ない。

それにこれこそ、和麻の罠かも知れない。おめおめと出向いて、罠に嵌り更なる醜聞を広めかねない。

 

『なんだよ、警戒してるのか? まあ仕方が無いか。でもいいのか? あんたが出向かないんだったら、こう言う情報を流すぜ。神凪厳馬は敵との直接対決を恐れて尻尾を巻いたって。神凪最強の術者が逃げちゃお話にもならないだろ?』

 

ピキリと厳馬もこめかみに青筋を浮かべる。

二人は良く似ていた。無論、すべてが似ているのではなく、その一部だが。お互いに頑固なのだ。しかも唯一といっていいほど、双方共に挑発に耐えられない相手。

厳馬も和麻に挑発されれば逃げるわけには行かないし、和麻も厳馬相手だと逃げるわけには行かない。

だからこそ、この勝負は成り立つのだ。

 

『はらわたが煮えくり返ってるんじゃないか。こんな事をしでかした俺を殺したいと思ってるんだろ? 俺に対して失望したんだろ?』

 

失望、と言う言葉が耳に残った。何故それを知っていると言う疑問が頭をよぎる。

しかし今重要な事はそんなことでは無い。

 

『乗ってこいよ、神凪厳馬。俺はな、あんたをこの手でぶちのめしたいんだよ』

「……いいだろう。身の程と言うものを教えてやる。貴様の天狗になった鼻先をへし折るには丁度いい」

『くくく。期待してるぜ。時間は今夜十二時。場所は港の見える丘公園。フランス山で待っている。ああ、ついでに仲間を大勢連れてきてもらっても俺は一向に構わないぜ』

「愚か者が。お前など私一人で十分だ」

『じゃあまた後で』

 

プッと電話が切れる。厳馬はそれを置きなおすと、一度息を大きく吸う。

 

「私に勝てると思っているのか、馬鹿者が」

 

そう呟いた厳馬の顔は若干、嬉しそうであった。

 

 

 

 

「じゃあまた後で」

 

携帯を切った和麻は、そのまま携帯を放り投げ近くにあったコーヒーカップに手を伸ばす。

その時、和麻は自分の手が小刻みに震えているのに気がついた。

 

「武者震いですか、マスター?」

「ああ。たぶん怖いんだろうな。これから神凪最強……いや、世界でも多分十本の指に入るであろう戦闘者と真正面から戦おうって言うんだ。武者震いくらいするさ」

 

和麻は自分が強いとは思っていても、最強とは当然思っていないし、戦いにおいて状況次第では格下にも負けるということを理解している。

勝負に絶対など無いのだ。それこそ真の強者は雫ほどの可能性から勝利を掴むのだ。

 

「だけど逃げない。負けない。俺は勝って弱かった神凪和麻と神凪と言う呪縛から決別する」

 

震える拳を握り締める。恐怖を、過去を。様々なものを乗り越えるために、和麻は厳馬と戦うのだ。

 

「悪いが夜まで一眠りする。適当な時間に起こしてくれ」

「了解なのですよ、マスター」

 

和麻はベッドに倒れこむと、そのまま寝息を立てる。

 

 

 

夜が来る。

風と炎が激突する、壮絶な戦いの夜が。

 

 


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