風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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第十五話

 

「まずは神凪と風牙衆の成り立ちだが、そもそもこの両者は祖を同じとするものではない」

 

重悟は綾乃達に神凪と風牙衆の成り立ちを説明する。

 

「三百年前の事だ。風牙衆は強大な風を操る一族として栄えていた。いや、暗躍していたと言うべきか。暗殺、誘拐、破壊工作と金さえ積めば何でも請け負う闇のだったらしい。だがあまりにも残虐な行為が多すぎたため、時の幕府から神凪に討伐命令が下った。激しい戦いの末、ついに我々の祖先は風牙衆の力の源を封じ、力の大半を失った風牙衆を下部組織として吸収した」

「力の源? 何かの宝具とか?」

「違う。妖魔だ」

「妖魔っ!?」

 

綾乃が驚きの声を上げる。

 

「ああ。それもただの妖魔ではない。神に近い力を持っていたとされる大妖魔だ。いや、違うか。大妖魔ではなくかつては神であり、そして人により堕とされた神と言うやつだ」

 

それは一神教における造物主とも言えなくも無い。

この世界、この業界における純粋な神と言う存在は超越存在と言う意味であり、人間には決して倒す事の出来ない、封じる事が出来ない存在の事である。

人が倒した、封じた時点で、それはすでに神ではない。かつてそれが超越存在としての神であったとしても。それを封じる際に例え精霊王の力を借りたとしても。

倒された時点で、封じられた時点で、その存在は貶められる。神としての存在価値を失った。信仰自体も弱まる。人の概念が、意思が、想いが形骸化し、神は力を失う。

 

神話にもよくある話しだ。

同一の存在でもある国では神でも、ある国では悪魔として扱われる。かつては神でも、何らかの理由で悪魔に貶められる。

風牙衆の神もそれと同じだった。神でありながら、神の座から引きずり落とされ、様々な要素が絡まりあい、神は妖魔へと堕ちた。

それが今の風牙衆の神の正体である。

 

「この話は代々時の宗主にのみ口伝される話だ。三百年前、一体どのようにして神を倒したのか、また封印したのか。そのあたりの伝承は失われておるが、おそらくは精霊王のお力を借りたのでないかと思う」

 

精霊王とはこの惑星の全ての精霊を統べる存在であり、四つの属性にそれぞれに存在するとされる。

神凪の始祖が契約し、炎雷覇を賜ったとされる炎の精霊王。和麻が契約を結んだ風の精霊王。他にも水と地の精霊王がいるとされるが、すべての精霊王を確認したものなど存在しない。

 

「話が少し逸れたか。とにかく風牙衆はそう言った経緯で力を失い、神凪の下部組織になった」

「そうだったんだ。でもじゃあ、仮に風牙衆が反乱を起こそうって考えてるんだったら、その大妖魔を蘇らせようって事?」

「おそらくはな。だがまだ確定情報ではないゆえに口外はするでないぞ。ただでさえ混乱している今の神凪をさらに混乱させるだけだ。それに封印に関する全ては代々の宗主のみに伝えられる秘伝であり、封印の地や解法を風牙衆が知りえているかどうかもわからぬ」

 

疑惑の段階であり、表立って騒ぎ立てるのは問題だと重悟は三人を言い含める。

 

「それに封印には何重もの安全弁を設けている。そう容易く封印を解く事はできぬ」

 

重悟は封印の解除の仕方を知っている。封印を解除するには神凪の直系が必要なのだ。

だがこの場に神凪の直系はほとんどそろっており、封印を解除できる可能性があるのはこの場にいない厳馬を含めて五人のみだ。

煉の母親である深雪や燎の両親も直系だが、彼らの耐火能力は何故かあまり高くなかった。能力的には分家を超えているのは間違いないが、宗家として考えるとあまり高くは無い。

 

燎の両親も以前の退魔の事故で能力自体が低下しており、風牙衆の神を解き放つのに必要な能力が失われている。

つまり風牙衆が反乱のため京都に向かおうとも、封印を解除する事が出来ないのだ。

 

もしこれが宗家の煉や燎、もしくは綾乃が誘拐されていたのならば、重悟はここまで落ち着いていられなかっただろうが、現状はまだそこまで深刻化していない。

問題があるとすれば、この三人が誘拐されないかどうかだろう。厳馬に関しては心配していない。あいつはあの状態でも、おそらくは自分の身を守るくらいはするだろうし、衰えたとは言え重悟自身も簡単に遅れを取るつもりなど無い。

 

(念のため、煉や燎達に護衛をつけるべきだな。分家の手だれを数人ずつつければ、簡単に遅れは取るまい)

 

周防の報告待ちだが、もし仮に風牙衆……兵衛が神復活に向けて動いていた場合、何としても阻止しなければならない。

 

(だが兵衛が反乱を企てていた場合、神凪の直系を確保していない状態で何故京都に向かう? 反乱とは何の関係も無く、本当にただの調査だったのか。それとも……)

 

重悟は頭の片隅で、言いようの無い漠然とした不安を広がらせながらも、周防の報告を待つことにした。

そして、周防からの報告が上がったのは、次の日のことだった。

 

 

 

 

「……あー、だるい」

 

和麻はホテルのベッドの上で、ゆっくりとまぶたを開けながら、気だるげに呟く。

厳馬との死闘から約三日。予想通りの時間に和麻は目を覚ました。

 

「あっ、マスター。目が覚めましたか」

 

声の方を見ると、変わらずにウィル子の姿がそこにはあった。

 

「……何日寝てた?」

「三日と半日ですね。今はもうお昼の二時ですが」

 

パソコンで日時と時間を表示した画面を見せながら、ウィル子は和麻に言う。

 

「身体の方はどうですか?」

「……あんまりよくないな。身体がだるい上に腹も減った。ったく、聖痕使った上に全力戦闘の殴り合いなんてするもんじゃねぇな」

 

もう二度とするかと、和麻は心に誓う。

次に戦う時は小細工や小技など、せこい手を存分に使って厳馬を倒すつもりだ。

そんな和麻の様子を見ながらウィル子が苦笑する。

 

「やっぱりマスターは裏で暗躍しておいしいところで出て行って、あっさりと勝ちを奪う方が似合ってるのですよ」

「俺もそう思う。だいたいなんだ、厳馬と戦った時の俺は? 明らかに俺じゃなかったぞ。脳内麻薬でも分泌してたか?」

「もしくはカズマ、あるいはローマ字でkazumaにでもなってましたか?」

「どこの痛い主人公だよ、俺は」

「いえいえ、十分に厨二病の要素はありますよ、マスターは」

 

ファンタジー能力に最強設定に邪気眼ならぬ聖痕と、見る人が見れば厨二病だと言うだろう。

 

「アホ。誰がそんな痛い台詞を振り回す奴になるか。つうか腹減った」

「そりゃ三日も食べてないのですから。しかし人間と言うのは不便ですね」

「お前だってデータを食うだろうが。とにかく飯だ、飯。飯と酒を寄越せ。出来なかった祝杯を挙げるぞ」

「にひひひ。了解なのですよ。あっ、でも急に重いものを食べると身体に悪いのでおかゆなどの身体にいい物を頼んで、祝杯は夜からにした方がいいのですよ。ネットで適当にメニューを見つけてホテルのほうで出すように言いますので」

「あー、そうだな。いきなり食って腹壊すのも馬鹿らしいからな」

 

ウィル子の言葉に和麻も同意する。

 

「じゃあ注文を頼む。ああ、あと俺が寝てた間に何かなかったの報告。神凪・風牙衆、両方のな」

「はいなのですよ。ここ数日で色々とウィル子も動いたのと神凪・風牙衆にも動きがあったので」

 

ウィル子は料理を注文すると同時に、その間に和麻にこの数日にウィル子がどんな行動を起こしたのか。

また神凪と風牙衆がどう動いたのかを報告した。

 

「なるほど。神凪に接触したのか。結構危ない橋渡ったな」

 

用意されたおかゆなど、身体や胃の負担になりにくいものを食べながら、和麻はウィル子の話しに耳を傾ける。

 

「はいなのですよ。他にも風牙衆には足止め工作をしましたので。それとこれがその際の会話と後の神凪重悟の話です」

 

ウィル子は音声を流し、風牙衆の成り立ちを和麻に聞かせる。

 

「まあそうだろうな。神凪と風牙衆じゃ力の質も強さも違いすぎてる。むしろ同じだと言う方がおかしい。しかし神か。本当に神だったら、精霊王の直接召喚でもやらないとまずどうにもなら無いだろうな」

「マスターなら直接召喚できますか?」

「どうだろうな。やったこと無いし、やれるとも思えない。聖痕使う以上にリスクしか無いだろ、それ」

 

そもそも今のこの時代に、そんな存在がいるはずも無い。神などの超越存在はこの世界とはまた別の世界に消え去っているはずだ。

 

「風牙衆の目的が神の復活って言うのなら、京都に向かってるのもそれ関係だな。だが宗主が慌てて無いって事は、封印が解かれる事は無いと思ってるってことだ」

「じゃあ何で風牙衆は京都に向かってるんですかね? 他に何か目的が?」

「考えられるのは、神が堕ちて妖魔になったって言う点だ。妖魔ってことは妖気を操る。流也に憑いてたあの妖気は尋常じゃなかった。あんな妖魔、どこで手に入れたんだって話しだろ? だがそれが風牙衆の神の力を借りてたって言うのなら、話はわかる」

「つまり神の封印が解けかかっていると言うことですか?」

「可能性はあるだろ。封印なんて長期間何もしなけりゃ劣化するなんて当たり前だ。封じてる奴が強ければ強いほど、封印は強固にかけ続けないと意味が無い。もし三百年間放置していた場合、解けて無くても封印が弱まっていることはある」

 

和麻は少々味気なかったが、満腹になったのに満足しながら、冷たいお茶で喉を潤す。プハッと息を吐く。これがビールや酒なら言う事がなかったのだが。

 

「じゃああの流也はその神の力を得ていたんですね」

「多分な。だが封印されててその一部だけでアレだけの力を発揮するってのは驚異的だ。もし憑依してすぐにアレだけの力を発揮できたんなら、本体はかなり強い事になる」

 

身体になじみ合う時間があったにしろ、それを完全に制御しきった流也。その力は和麻に匹敵するどころか超えていたのだ。

もし神が復活したなら、どれだけの力を持った存在なのか……。

 

「今から京都に向かって風牙衆の神を封印ごと消しますか?」

「そうだな。けど正直まだ俺の身体が万全で無いからあまり動きたくない。今でようやく本調子の半分程度だ。もう無茶って言うかあんな真正面から戦うような真似はしないが、もし封印が解けた場合の事を考えたら、ガチンコもありえる。流也で懲りてるからな」

「あの時は正直焦りましたからね」

「ああ。だから出来る限り、体調を戻しておきたい。栄養のあるうまい晩飯食って、もう一回眠れば、八割前後まで回復するとは思うから、行動はその後だな。他にもアルマゲストの連中から奪った回復薬とか金に物言わせて手に入れた回復薬とか使えば、明日には万全の体調には戻るだろうよ。ちなみに厳馬はどうだ?」

「えっとですね、今の所、退院の目処はたってませんね。しばらくは入院生活ですね」

「くくく。聖痕使って限界超えた俺の方が回復は早いか。やっぱりあいつも耄碌したな。俺とじゃ若さが違う」

 

と、実に気分良さそうに極悪そうに言う和麻。起きて落ち着いて、ようやく厳馬を倒した実感と歓喜をわきあがらせることが出来た。

倒した直後は和麻も限界であり、ここまで余裕が無かったから致し方ない。

 

「けど万が一のために“アレ”を用意しておくか」

「あれって、エリクサーですか? でもあれは一つしか無い上に、もう二度と手に入らないかもしれないですよ」

「違うぞ。エリクサーなんて代わりの無いモノを使うかよ。まあ用意しておいても損はないが、前に一回使ったアレだよ、アレ」

「……ああ、アレですか。珍しいですね、マスターがウィル子にアレを要求するなんて」

 

和麻の言葉に得心が言ったように頷くウィル子だったが、逆に彼がアレを要求してくるのが珍しく聞き返した。

アレは現在手元にない。もしあれが手元にあれば流也との戦いは綾乃を巻き込まずに、和麻とウィル子との二人だけで勝てただろう。

 

和麻の切り札の一つ。それを準備すると和麻は言うのだ。

 

「大妖魔相手に下手な小細工は効かないからな。人間相手だったら、いくらでも手があるのにめんどくさい」

 

めんどくさいのだったら、もう風牙衆に関わらなければいいだろうと思われがちだが、風牙衆はこっちの情報を握っているかもしれないし、このまま済ませるわけにはいかなかった。風牙衆自体は放置でも、兵衛だけは見逃すわけには行かなかったのだ。

 

「と言うわけで、明日の朝には京都に向かうぞ。兵衛達はまだ着いて無いんだ。仮についてても、いきなり神の復活は無いだろ。そもそもそれが簡単にできるんだったら、もう連中はそれを真っ先にやってるだろうからな」

 

和麻は現時点で最悪の展開を予想しながらも、まだ余裕があった。と言うよりも万全の体勢に無いゆえに、慎重を期そうとしたのだ。

 

「了解なのですよ。ではどのような手段で向かいますか? 新幹線か飛行機ですか?」

「ヘリでもいいな。ジェット機があればそれに越したことは無いが」

「ヘリですか。ちょっとチャーターできるか調べてみますね。まあ出来なくても、運転はウィル子でも出来ますし、マスターも出来ましたよね」

「一応はな。けど運転する場合はお前がしろよ」

「にひひひ。わかっているのですよ。ほかにもヘリを探しておきます。最悪は買えばいいだけですし、移動もマスターが光学迷彩をかけて、ウィル子が管制システムを掌握すれば誰にも見つけられませんからね」

 

この二人にかかれば、レーダー的にも視覚的にも完全にステルスを行う事が出来る。ヘリ一機が東京から京都に向かうのを完璧に秘匿するくらい簡単なのだ。

さらには仮に攻撃され撃墜されても、彼らならば何の問題も無く生き残れるというおまけつき。

新幹線で向かうよりも、よほど安全で早く面倒が少ない方法と言えなくも無い。

そして彼らも運命の地、京都へと出陣する。

 

 

 

 

「……そうか。風巻流也はいなかったか」

「はっ。他にも幾つか調べた結果、風牙衆に不穏な動きがありました」

 

周防の報告を聞きながら、報告書を眺める重悟。

結論として調査していた風巻流也はいなかった。兵衛が届け出ていた住所にもおらず、その後の足取りも追う事が出来なかった。

 

さらには調べを進めるうちに、情報屋から気になる情報が回ってきた。風牙衆は神凪に秘密裏に資金を用意していたと言うもの。そしてその資金が何者かに奪われたと言う物だった。

神凪の下部組織として風牙衆はある程度の資金は自由に使えるが、それでも億単位の金を動かしたり、ましてやそれだけの金を神凪に秘密裏に貯蓄していたのが問題だ。

 

「他にも幾つか気になる情報が……」

「報告書には目を通す。だが風牙衆を今のままにしておく事はできんな。周防、こちらに残る風牙衆を一時的に全員拘束しろ。反乱に加担している可能性のあるもの、無い者問わずにだ」

 

重悟も全員が反乱に加担しているとは思ってはいないが、現状では誰が兵衛に積極的に加担しているのかわからない。

それにあの謎の人物の言が正しければ、すでに流也は妖魔へと変貌を遂げて綾乃と敵対した。それはつまり神凪すべてと敵対するも同じ。

下手をすれば神凪に犠牲者が出かねない。ならばまずは全員拘束した方が無難だ。

 

「はっ」

 

周防は重悟に言われるまま姿を消し、風牙衆拘束に向かう。

 

「兵衛の方は相変わらず出ぬか」

 

兵衛の携帯を含め、京都に向かった全員の携帯に連絡を入れてはいるが、どの携帯も電源が入っていないか電波が届かない状態にあるとの音声が流れる。

これは意図的に連絡を絶っていると考えざるを得なかった。これが風牙衆が反乱を画策していると言う情報が無ければ、単純に兵衛達の身に何かあったと思うところだが、今の状況ではそう思えない。

 

「だが京都に向かおうとも、封印には神凪の直系がおらねば解く事は出来ぬ。宗家は全員東京にいる……。一体兵衛は何を考えておるのだ」

 

腕を組み、重悟は考えをめぐらせる。封印の解除が目的で無いならば、一体京都に何がある。神凪と戦うために、京都で戦力でも募ろうと考えているのか。

いや、それは無い。確かに厳馬が倒れ、今の神凪の力はずいぶんと落ち込んでいるが、まだ分家にも戦力は残り、綾乃もいる。

 

正直、厳馬を除いても、神凪一族と真正面から遣り合おうと言う考えを持つ組織は国内にはいない。彼らも重悟や神凪の一族の力を知っているからだ。

古い一族になればなるほど、神凪の力を知っている。

頼通や長老など、多くの一族が逮捕され、政財界とのつながりが薄れたとしても、厳馬が入院したとしても。

 

それとも神凪の情報を手土産に、京都の退魔組織に自分達を売り込もうとしているのか。

可能性としてはこちらが高い。

 

「何か引っかかる……」

 

だがその時、不意に思った。妖魔を憑依させた流也。だがその妖魔はどこから連れてきた?

厳馬に匹敵するほどの力を有した和麻が、綾乃を巻き込まなければ勝てなかった相手。それほどの妖魔を力の無い風牙衆がどうやって手に入れた?

厳馬の実力を良く知るだけに重悟は疑問をわきあがらせた。上級妖魔の力は重悟も十分理解しているし、幾度も戦ったことがある。

あれを人間が簡単にどうこうすることなどできるはずが無い。妖魔などは単純に力が無くば相手に出来ない。純粋で単純な力。暴力とでも言うべき力。

 

風牙衆にはそれが無い。魔術師ならばその叡智と集大成たる術を用いれば、上級妖魔さえ使役する事は可能だろうが、それはどれだけのレベルが必要なのだ。

上級妖魔を使役することなど、または捕らえ、人間に憑依させ、思うままに操る事など普通ならできるはずが無い。

しかし話が本当なら、兵衛はそれをやってのけた事になる。一体どうやって……。

 

「まさか……」

 

重悟は思う。上級妖魔など世界でも限られている。そんな存在がぽんぽん頻繁に出現するのなら、この人間社会は成り立たない。

神凪一族でも重悟や厳馬クラスでしか対処できない相手に対処できる存在が、この世界中にどれだけいるのだろうか。数十人から百人前後いればいい方だろう。

遭遇する事も中々無い妖魔を手に入れるにはどうすればいいのか。どこかの誰かを利用して手に入れる。もしくは傷つき、消滅しかけたものを手に入れて、操れるようにしてかえら憑依させ、力を取り戻させる。

 

だが後者の場合、上級妖魔ならばそんな束縛など簡単に敗れるかもしれない。

しかしあるのだ。彼らの身近に強大な力を誇る妖魔が。

封じられている風牙衆の神。妖魔へと堕ちた存在。その力を流也に取り込ませたとしたら。

もしそれが本当なのだとしたら、封印が解けかけている事になる。

神凪一族も秘密を守るために、三百年の間京都の封印を調べもしなかった。そもそも宗主しか知らないのだ。宗主自身が確認するしかない。

だが重悟はそれをしていない。頼通もするはずが無いだろう。

調査はなされず、今まで放置されてきた。

 

そして人間が施した封印と言うのは、どんなものであっても絶対などありえない。

神々の施した封印でさえ、人間は暴き、解き放つ。歴史や神話がそれを証明している。

どれだけ強固な封印も、どれだけ厳重に秘匿しようとも、どれだけの時が経とうとも、絶対に破られないなんてことはありえない。

ただの何も知らない人間が不意に誤って解き放つ事もある。悪しき意思を持つ者が、欲望によって解き放つ事もある。力を求め、縋るように、祈るように解き放つ事もある。

 

精霊王の力を使った封印であろうとも、精霊王自身が施した封印であろうとも、解き放つ事が出来る可能性があるのならば、他の方法も決して無いとは言い切れない。

そして封印であるのならば、時間が経てば経つほどその効力が薄れるのではないか?

 

この国には石蕗一族と言う地術師の一族が存在する。彼らは霊峰富士を守護する一族である。

彼らにはある使命が存在する。それは三百年前に富士より生まれたとされる魔獣の封印である。強大な力を宿した魔獣を封じる事は出来たが、それは永遠に続く封印ではなかった。大きすぎる力が、封印を内側から破壊しようとしたのだ。

ゆえに石蕗一族は何十年かに一度、封印を再度かけ直し、魔獣を封印し続けている。

 

しかし神凪が封じた風牙衆の神は?

三百年前に封じたきり、それ以降に誰かが封印をかけただろうか? それだけの時間があれば封印が劣化する可能性は十分にある。もしくは封印の力を内部に封じられた神が削っていくことも可能かもしれない。

 

そう考えれば、流也が厳馬に匹敵する力を有した妖魔に変貌するのも理解できる。

神の一部や写し身、あるいはその妖気を取り込ませれば。もともと風牙衆はその神の力を借り受けていた。直系である風巻の血を引くものならば、その力と馴染み易いはずだ。

 

もっとも、流也の場合、その力に馴染み易いようにさらにその身体を改造されていたのだが、それを重悟が知るよしも無い。

もし今兵衛達が京都に向かっている理由が戦力の増強のために、自身を、あるいは娘である美琴に妖魔の力を宿す事だったとすれば・・・・・・・・。

 

「これは、由々しき事態だぞ」

 

厳馬が動けない今、神凪には彼に匹敵する妖魔を相手取る戦力は無い。仮に襲われれば、ひとたまりも無く神凪は壊滅する。

 

「兵衛が京都に向かってすでに三日。ことが起こっているとすれば、そろそろ行動に移っていてもおかしくは無い」

 

すでに封印の地で、自身か娘かを強化していれば大変な事になる。救いがあるとすれば、どれだけの力でも人間の身体になじむのには時間がかかると言う事だ。

人間の身体には異物である妖気を完全に身体になじませるには、少なくとも数日はかかる。完全に使いこなそうと思えば、一週間は必要だろう。

今ならばまだ、兵衛達が妖魔の力を手に入れていても炎雷覇を持った綾乃や分家の戦力でも何とかなるかもしれない。

 

「……いや、私が出向くべきか」

 

戦える体では無いとは言え、炎術だけならば厳馬と同等かそれを上回る。綾乃や分家最強の雅人達だけを向かわせるのは心許ない。

今自分が動くには色々と問題があるが、直面している事態は深刻である。これが杞憂であるならば、または勘違いであるのならば何の問題も無い。

 

しかし事実ならば、神凪は滅亡を迎える可能性がある。

他の退魔組織への牽制や事務仕事が滞るが、一日、二日ならば周防に任せておける。京都に出向けば、京都の重鎮との要らぬ摩擦を生みかねないが、背に腹は変えられない。

 

「誰かおるか。至急、綾乃と燎、煉を呼び出せ。他にも大神雅人、大神武哉、結城慎吾の三名を呼べ!」

 

重悟は命令を飛ばし、即座に京都へと向かう準備をするのであった。

 

 

 

 

東京でそんなやり取りが行われている中、当の兵衛達は重悟が京都へ出向こうとしている時になってようやく京都へと到着した。

足止めを喰らった一日を加算しても、三日と半日もかかってしまった。その間、東京の風牙衆とは連絡が取れず、状況も把握しきれていなかった。

彼もまさか、すでに自分達の行動がばれて、風牙衆が拘束され始め、彼ら自身にも追っ手が放たれようとしているとは夢にも思わないだろう。

 

「はぁ、はぁ、皆、大丈夫か」

 

全速力で睡眠時間や食事時間もギリギリで何とか京都に到着したため、兵衛も限界が近かった。息も荒く、全身から汗を噴出させている。

 

「は、はい。お父様。私は大丈夫です」

 

美琴も、他の三人の風牙衆も兵衛の言葉に頷く。

 

「よし。少し休憩して、目的の場所へと向かう。お前達はどこからか東京の神凪と風牙衆に連絡を入れよ。ここまで連絡が出来ぬかった。不審に思われても困るし、何かあったと思われておるかもしれんからな」

「わかりました」

 

一人の男が近くの公衆電話を探して駆け出す。

 

「お父様、これから向かう先はどこなのでしょうか?」

 

美琴が今まで聞いていなかった目的地を聞く。

 

「……我ら風牙衆の聖地と言える場所じゃ」

「聖地ですか?」

 

と言っても、そこは本来は神凪の聖地であり、炎神・火之迦具土を祀る山である。地上でありながら、天界の炎が燃える契約の地。

だがここには風牙衆の神が封じられている。解き放たれれば、そこが彼らの聖地へと変貌を遂げる。

 

「そうだ、我らの聖地じゃ」

 

感慨深そうに呟く兵衛に美琴は若干だけ首をかしげた。そんな娘を兵衛は一瞬だけチラリと見ると、少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。

だがそれもすぐに打ち消す。彼にはすでに、戻るべき道も謝罪する言葉も無かったのだ。

 

「兵衛様!」

 

そんな折、連絡に向かっていた部下の一人が戻ってきた。

 

「どうした? やはり連絡は付かぬか」

「はい。神凪本家、風牙衆の屋敷、いずれも連絡が付きません」

「……一体、何がどうなっておるのじゃ」

「わかりません。しかしこの状況はあまりにもおかしすぎます」

「お前に言われんでもわかっておるわ。だがこれは一刻の猶予も無い……」

 

兵衛は即座に判断すると、そのまま全員を連れ、聖地へと向かう。

 

そして……。

聖地には薄っすらと闇が漂っていた。封じられた神より発せられる妖気。かつて流也はここでこの妖気をその体内に宿し、大いなる力を得た。いや、違う。彼はすべてを失った。

 

「お父様?」

 

不安そうに聞く美琴に背を向けながら、兵衛は何も語らない。沈黙の時間が続き、不意に彼は小さくこう述べた。

 

「……許せ、美琴」

「えっ……きゃぁっっっっ!!!??」

 

次の瞬間、周囲に漂っていた妖気が一斉に美琴へと取り憑き、彼女の悲鳴が周囲に木霊した。

 

 


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