風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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第三十三話

魔力と気がぶつかり合う。

片や三千年以上を生きた吸血鬼。

片や高いレベルで仙術を習得し、神に近いとされる仙人。

共に最上級の強さを誇る存在である。

そんな化け物がぶつかり合えばどうなるのか、それは周囲の状況が物語っている。

並みの術者がこの場にいれば、すでに肉片も残らないほどの激しい戦いだった。

 

「ちっ、相変わらずバカみたいな魔力だな」

「その我とここまで戦える貴様もさすがだよ、霞雷汎。だが貴様の方が有利であろう? 何せ貴様には宝貝があるのだから」

 

まるで挑発するかのように言うノスフェラトゥに、霞雷汎は舌打ちする。

 

「……一体何狙ってやがるんだ、お前? ロソ・ノアレにしろ、今回の雷公鞭の一件にしろ、俺を引っ張り出そうとした意図がわからねぇな」

「なに。世界の終焉を知り合いと共に見ようと思っただけのこと」

「んな席に俺を呼ぶな。迷惑極まりないだろうが。お前といいアーウィンといいな」

「アーウィンか。奴は人間にしてはやる男だった。しかし一年ほど前に何者かに殺された。惜しい男を亡くしたものだ」

 

やれやれとノスフェラトゥは首を横に振る。

旧知の者としては、彼の死はこの世界の損失だとも思えて仕方がない。

アーウィン・レスザール。アルマゲストの創設者にして、その首領。

この五百年、並ぶ者がないとさえ言われる、天才にして至高の魔術師。

彼が発見、あるいは復活された術は数知れず。

その名を知らぬ者は裏の世界には居ないと言われるほどだ。

 

「あいつも迷惑極まりない奴だったからな」

「奴もロソ・ノアレを求めていた。星と叡智の名の下に、な。この世界そのものとも言え、数多の平行世界にさえも存在するという全ての闇の象徴であり、そのものでもある存在。この儀式も四年前にその原型を作り出したようだがな」

 

霞雷汎は四年前のあの時を思い出し、一瞬だけ目を閉じる。もちろん警戒は怠らない。隙など一切見せない。

思い出すのはあの時、和麻と初めて出会ったあの場所。

俗世へのかかわりを持たないといわれる仙人である霞雷汎が、何故アーウィンの行動を阻止しようとしたのか。何故全てが終わった後に訪れたのか。

それには理由が存在した。

 

「あの時もあいつはロソ・ノアレを召喚しようとしていた。いや、その前の実験段階だったがな」

「ああ。一人の娘の命と心臓と魂と肉体を使っての検証実験。呼び出した悪魔はロソ・アノレへとつながるための布石となった。この法陣を組み上げるためにな」

 

神凪和麻と言う人間を八神和麻へと変えるきっかけとなった忌まわしき事件。

和麻が全てに絶望した事件。和麻が翠鈴を失った事件。

その一件は、アーウィンにしてみれば一つの通過点に過ぎなかった。

アーウィンの目的もまた、ロソ・ノアレと言う存在へと至るためだったのだ。

 

「全てを探求する事を目的とする魔術師の奴が、ロソ・ノアレを求めても仕方が無いな。あれは全にして一、一にして全の究極の存在にも等しい」

 

ロソ・ノアレ。

すべての邪神・厄神の祖」と謂れ、「暗黒神」「億千万の闇」「ロソ・マウソ」「アンリ・マンユ」「アーリマン」などの様々な呼び方を持つ。

物理的・概念的な闇、そのものであり、その存在は神を、超越者さえも凌駕する存在である。

 

霞雷汎はアーウィンの行動が魔術師として当然であると思っていた。しかしアーウィンはまだロソ・ノアレの存在を甘く見ていたのではないだろうか。

 

「そう。全ての知的生命体の中にも奴は存在する。心の闇の中に。アーウィンの中にも我の中にも。いや、この身近のどこにでもいると言っていい」

「ああ。だがどこにでもいて、どこにもいない存在。そして決して目覚めさせてはいけない存在。眠り続ける者、ロソ・ノアレ」

「四年前。お前はアーウィンを止めようと動いた。だが間に合わなかった。アーウィンはそれを見越して、足止めをいくつも仕掛けていたからな」

「まっ、間に合わなかったって言うのは間違いだな。あいつがあの時点で完全にロソ・ノアレを召喚しようとしてなかったから、すぐに向かう必要が無いって判断しただけだ。焦って向かったところで、いい事なんて無いからな」

「物は言いようだな」

「言ってろ」

 

実際のところ、あの時は霞雷汎も少しだけ焦った。何せロソ・ノアレが召喚されれば、如何に彼とて敗北は確定していた。それほどの相手なのだ。

 

いや、あれは何人たりとも勝つことができない。

そもそも勝つとか負けるとか、そんな概念すらロソ・ノアレの前では意味を無くしてしまう、それほどの存在だ。

 

召喚の儀式の気配を掴んでいた事で、どんな事をアーウィンがしているかも理解していた。千里眼と呼ばれる能力も、この男は持っていた。

そしてこの男は和麻のことも前もって知っていたのだ。と言っても、儀式を止めようと一人で殴りこんでいったこと所を見ていただけだが。

 

あの時、霞雷汎が和麻と出会ったのは偶然ではあったが、彼を助け弟子にしたのは気まぐれでもなんでもなかった。

そう、アーウィンを抹殺するために、霞雷汎は和麻を育て上げたのだ。

ロソ・ノアレと言う存在を召喚しようとしたアーウィンを、霞雷汎は放置しておく事はできないと判断したのだ。

 

和麻が失敗すれば自分が動くつもりだった。しかし和麻の力が予想以上であったため、彼が動く必要は無かった。

もっとも和麻を弟子にした理由はそういった打算的なもの以外にもあったりもするが、これを彼が和麻に語ることは決してないだろう。

 

何故彼がかつての己の名であった八神と言う姓を和麻に与えたのか。それを彼が語ることは永久にないかもしれない。

 

「アーウィンが死んで、あいつのやろうとしていたことも終わったって思ってたんだが、あいつ以外にこんなバカをやらかす奴がいたとは。地獄の悪魔を呼ぶのとはわけが違うぞ?」

 

地獄の悪魔をも呼び出そうものなら、一つの都市どころか国が消滅する規模ではある。どの道はた迷惑な事には変わりは無い。

 

「知っている。爵位持ちの悪魔でさえも赤子扱いの存在だからな。良いではないか。このくだらぬ世界の幕引きには、これ以上ないほどにふさわしい」

「世界がくだらないって言うのはお前の主観だな。俺はまだこの世界にそこまで絶望しちゃいない。だからお前をここで潰す」

 

スッと霞雷汎は虚空より巨大なはさみの様な道具を取り出した。

 

「ふん。金蛟剪か」

 

金蛟剪とは仙人である趙公明が愛用したとされる宝貝である。破壊力と言う点では雷公鞭には劣る物の宝貝の中でも最高クラスである。

 

「そうだ。破壊力は抜群だぜ?」

 

宣言と同時に二匹の蛟竜がノスフェラトゥに襲いかかった。

 

 

 

 

なんだ、これは!?

石蕗紅羽は目の前で起こる光景に信じられなかった。

彼女は力を得たと思っていた。事実、今の彼女の力は一族よりも尚強く、とても地術に目覚めたばかりとは思えないほどに精密に力を操っていた。

また彼女が本来元々扱えていた重力による攻撃と相まって、大半の敵に対しては苦戦を強いる事など無いはずだった。

 

だが……

 

「……だるっ」

 

気だるげに槍を振るう男―――八神和麻。それだけで紅羽の繰り出す攻撃は悉く切り裂かれ、吹き飛ばされてしまった。

どれだけの密度を誇る岩も、超重力の球体も、ただ槍を振るうだけで、もしくは突き出すだけで簡単に消滅させられた。

 

「そんな、そんな、そんな……!?」

 

紅羽は次々に攻撃を続ける。誰にも負けるはずが無い。今の自分がただの人間に負けるはずなど無いのだ。

願って止まなかった地術師としての力も手に入れた。その力は才能に溢れた妹よりも、あるいは父よりも上であると確信していた。

 

重力にしても、今まで以上に強力な重力を操れるようになった。球体だけではなく、周辺の重力操作も出来るまでになった。

今の自分はこの力を与えてくれたノスフェラトゥ以外には負けない。そう思っていた。なのに!

 

「こんな、こんな事がありえるわけが無い!」

 

ムキになりながら、紅羽はさらに重力場を強める。今の周辺の重力は通常の五倍。それを一気に十倍にまで高める。

さらに巨大な土で出来た竜を三匹作り出し、一斉に和麻に差し向ける。

並みの術者なら、重力場に押しつぶされて身動きすら取れないだろう。

その後に迫る高密度の土の竜に飲み込まれ、即座に体を押しつぶされていただろう。

 

しかし相手が悪かった。彼女の相手は世界最高の風術師であり、神器を所有する契約者なのだ。

さらに彼の風は事象としての風ではなく、風の精霊を媒体に己の意思をこの世界に具象化することが出来る。

つまり重力場であろうとも、切り裂く事が可能なのである。

 

さらには彼の力を何倍にも増幅する虚空閃と言う神器があることで、今の紅羽であってしても和麻を苦戦させる事は出来ない。

もし和麻が虚空閃を持っていなければ、あるいはもう少しいい勝負をしたかもしれない。

 

「もういい加減に面倒になった。そろそろ終われ」

「っ!?」

 

風が咆哮を上げる。質量を持たない、エネルギーも炎に比べれば少ないただの風なのに、紅羽は今までに感じた事も無い程の威圧感をその身に受けた。

 

(風!? これが風術師の扱う風だというの!?)

 

風なんてものではない。これはもうそんなレベルではない!

嵐、台風。いや、それすらも凌駕する、自然災害にも匹敵するような風の渦が、流れが、紅羽に向かい襲い掛かる。

 

「ば、化け物!」

 

そう叫ぶしか出来ない。自分を叩き潰したノスフェラトゥにもこのような感情を抱いたが、あれは三千年を生きた吸血鬼だった。

人が抗う事が出来ない、強大な力と知性を秘めた存在。だからこそ、紅羽はまだ納得できた。

しかし目の前の男はただの人間にしか見えない。人間のはずだ。なのにこの力は何だ!?

 

「化け物か。最近はあんまり言われないな。まっ、変わりにチートだとかバクキャラだとか言われるが」

 

パートナーたる電子の精霊の言葉を思い出しながら、和麻は答える。そう言えばアーウィンを殺してから日本に戻るまでの一年間は、ほとんど人前に出なかったので化け物と呼ばれる事も無かったな~、なんて場違いな事も考える。

どこまでも余裕の男だった。

 

「このぉっ!」

 

恐怖を振り払い、紅羽は膨大な土を召喚する。それを土石流のごとく和麻に向けて襲いかからせた。

 

津波のように和麻に向かい押し迫る巨大な質量の暴力。

しかし和麻はそんな土の流れを、質量を持たぬ風で完全に押しとどめた。

それだけではない。風で押し戻し、あまつさえ正面から風の刃で土を切り裂き、紅羽へと逆に襲い掛からせたのだ。

 

「っ! そんなバカな!?」

 

驚愕する紅羽をしり目に、和麻は追撃の手を緩めることは決してしない。

風の刃が、槍が、塊が、紅羽目掛けて襲い掛かる。防御に全力を費やす。周囲に巨大な岩の壁を作り出し、重力の壁まで展開する。気を抜けばすぐにでも突破される。

 

「残念。その程度じゃ防げないぞ」

 

緊張感の欠ける声で男が発する。同時にそれが事実であると紅羽は知る事になる。

彼女の作り出した岩と重力の壁は瞬く間に切り裂かれ、破壊され、紅羽の身を蹂躙する。

 

「がっ!」

 

切り裂かれ、貫かれ、叩きつけられる。

地術師としての能力を得たからこそ、超回復能力も備わっているが、この風の攻撃はそんな回復以上のダメージを自分に与えた。地面に倒れる紅羽。回復が追いつかない。

 

如何に高位の地術師といえども、瀕死の傷を負わされて一瞬で回復するなんて事はありえない。深い裂傷や切り傷、骨折や筋肉の断裂を修復しようとすれば、それこそ数時間以かかる。それもそれだけに集中してだ。

 

(……勝てない)

 

紅羽の正直な感想だった。レベルが違いすぎる。まったく歯が立たない。段違いなんてものではない。それこそ桁が違う。

力の入らない身体に無理やり力を込めて何とかうつ伏せになり、相手に顔だけを向ける。

和麻はと言うと、ぽりぽりと頭をかいている。そこに疲労の色は無い。まるで何事も無かったかのように、そこにただ立っている。

 

「いやー。わかりきっていたことですが、容赦ない上に圧倒的ですね、マスター」

 

いつの間にか和麻の横に現われたウィル子が言う。彼女は今まで巻き込まれないように和麻の携帯に避難していたのだ。

それがほとんど決着がついたと判断し、こうして出てきた。

相手は虫の息だ。和麻も気が抜けているが、これでも油断はしていない。

ウィル子に被害が及ぶ可能性はほとんどなかった。

 

「いやいや。それなりに強かったぞ。槍使ってなかったら苦戦してただろうし」

 

何をぬけぬけと、この化け物が。紅羽は目でそう和麻に向かい語る。

 

「お前も中々強かったな。殺すつもりさっきは攻撃したんだが生きてるし。でも俺に楯突いたんだ。死ぬ以外の選択肢はないわ」

 

槍を紅羽に向けて構える。この男に良心や慈悲、情けなどと言うものはない。

老若男女、歯向かう者は皆殺しが基本スタイルであり、正面切って敵対した相手はほとんど問答無用で抹殺している。まあたまに気分で見逃したりする事もあるが、今回はそのつもりは無い。

 

「お前のボスも今頃うちの老師がきっちり潰してるだろうからな。ご主人様の後をきっちり追わしてやるから心配するな」

 

笑顔で語る和麻に紅羽は身体が震える。この男は間違いなく自分を殺す。殺す事に躊躇いはない。目を見ればわかる。まるで殺しが日常の一部になっているかのようだった。

自分の周囲を飛び回る鬱陶しい羽虫を殺す程度の気持ちで、この男は人を殺す。

目の前の男と少女が死神と悪魔に見える。極悪な笑みを浮かべるこの二人に情けを期待するだけ無意味なのだろう。

 

カタカタと歯が恐怖でこすれあう。瞳からは涙が流れる。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。

誰か、誰か助けて……。

心の中で必死に助けを求める。しかし誰も彼女を助けてくれる事はなかった。

次第に彼女は諦めていく。

 

ああ、そうだった。自分は結局のところ一人だった。

父をはじめ、一族の誰も自分を疎ましく思っていた。孤独。虚無。心に空いた穴を埋めてくれるものは何も無かった。

妹が羨ましかった。大好きな妹。自分を慕ってくれる唯一の存在。

でも大好きであったからこそ、憎かった。何故妹は何もかもあるのだろう。自分にはない、多くの物を持っているのだろう。

 

最初はそれも仕方が無いと思った。妹は二十歳にならない内に、一族のしきたりに従いその身を捧げる。生贄として、その人生を終える。

どれだけ生きたいと願おうとも、どれだけ多くの物を持っていようとも、最後にはその身を、命を捧げなければならない。

 

だから紅羽は憎くてもそれを心の奥底に仕舞い続けた。可哀想な妹。哀れな妹。そう自分自身に言い聞かせれる事で、彼女は自分を慰めてきた。

だがそれが変化したのはいつだっただろう。

 

父である巌が、妹である真由美を死なせないために奔走しだしてからだろう。計画では、妹である真由美を生贄にせず別の方法で儀式を乗り切る事になった。

それを聞いた時、知った時、紅羽の心の奥底の感情がわきあがった。

 

なんだ、それは。何故妹ばかりがこんなに愛されるのだ。

何もかも持っているくせに、何でも欲しいものが手に入るくせに、自分にとっての一番の人でさえ手に入れたくせに。そのくせ、生贄としての運命さえも逃れようとしている。

 

紅羽は思う。なら自分はなんだ。誰からも愛されず、誰からも距離を置かれ、父親にさえも愛されず、ただ妹が幸せになる光景を見ているだけしか出来ない。

今まで自分自身を慰めてきたことさえ、滑稽にしか思えなくなった。

 

紅羽の心はボロボロになった。そして今まで以上に力を求めるようになった。

自分ひとりで生きていくために。誰にも頼らずに生きていくために。

けれども結局はそれすら叶わずここで命尽きる。

 

そう考えているうちにいつの間にか怖くなくなっていた。むしろ逆に笑いが出てきた。

本当にどうでも良くなった時、人は笑うことしか出来なくなる。

紅羽も笑った。自棄になって笑い声を上げた。

 

「あは、あははは、あはははははは!!!」

 

もういい。もう何もかもどうでもいい。父の事も、妹の事も、一族の事も、自分自身の事でさえも……。

だからこそ紅羽は笑い続ける。死を受け入れ、死を享受しよう。

乾いた叫びが木霊する。そんな様子を和麻はどこか覚めた様な目で見ていた。

 

「マスター? どうかしたのですか? どうにもこの人は壊れちゃったみたいですが」

「……ああ、そうだな」

 

和麻も殺す事に躊躇いはないが、何故だろう。何故かかつての自分に重なったような気がした。翠鈴を失ったあの時のように、どうでも良くなって笑い続けたあの時のように。

 

(そう言えば、あの時に老師に会ったんだったな)

 

感慨深く、四年前を思い出す。

何もかも失い、全身をボロボロにされ、心を折られ、命さえも失いかけていた時。

神凪和麻と言う、無力で情けない存在だった自分自身を。

 

「……っても殺す事には変わりないか。放置してたら余計に面倒な事になりそうだからな」

 

和麻は躊躇わずに虚空閃を振りぬこうとした。

だが次の瞬間、轟音と爆音が響き渡り、激しい光が周囲にあふれ出した。それはまるで雷のようだった。

 

「!?」

「な、なんなのですか!?」

 

和麻とウィル子が音のした方を見る。そこは霞雷汎が敵と戦っているであろう場所だった。

 

「おいおい。何があったんだよ……」

 

炎と黒い煙が轟々と立ち上っている。和麻が呆然と呟いていると、その中からこちらに向かって一人の男が空を飛んでやってきた。

それは和麻の師匠である霞雷汎であったが、服は所々破れ、手傷まで負っているようだった。和麻はまさかと驚きの表情を浮かべる。

 

「老師。まさかと思いますが、ピンチなんですか?」

 

あり得ないことだと思いながらも、霞雷汎の姿を見れば、そうとしか思えなかった。出来れば違って欲しいなと願いながらも、和麻は聞いた。

 

「あー、少しな。厄介な儀式は潰したんだが、失敗した。あいつ、雷公鞭を使いこなしやがった」

「……はっ?」

 

和麻は一瞬、老師が何を言っているのか理解できなかった。

 

「雷公鞭って、老師でも使いこなせなかったんですよね?」

「おう。使いこなせずに封印してたって言っただろ。どうも俺とは相性が良くなかったみたいでな」

「相手は仙人だったんですか?」

「いや、三千年生きた吸血鬼。別に仙人じゃなくても宝貝が使えなくは無い。素質さえあればな」

「……相手にはそれがあったと」

「ああ」

 

まさかあいつが雷公鞭に認められるとは。はっはっはっ、と笑いながら事も無げに言う老師に、和麻は今すぐにでもこの場から逃げ出したくなった。

カッと雷光が天に向かい伸びる。膨大なエネルギーを放出する光が天を染め上げる。

伝説では国を覆ったというよりも、大陸全土に広がったとされる雷。和麻はあんなものと正面からやりあいたくなかった。

 

「で、老師。あれをどうにかできるんですよね?」

「あっ、たぶん無理」

「ちょっと待て」

 

老師の言葉に和麻はまたしても同じ台詞を吐いた。

「多分無理とか、どういうことですか? あんた最高の仙人でしょ? 色々宝貝持ってきてるんでしょ? つうか何とかしてください」

 

最後のほうは八つ当たり気味に和麻は言うが、老師はと言うと苦笑しながら言う。

 

「いや~、あるにはあるんだが、雷公鞭はそう言った宝貝を力押しで潰せるんだよ。雷公鞭用にいくつも持ってきたんだが、全部壊された。オリジナルの太極図でもあれば話は別だが、金蛟剪でも勝てなかったからな~」

 

わはははと笑う老師に思わず和麻は、こめかみに血管を浮かび上がらせる。

 

「……逃げます」

「そりゃ無理だ。あいつが逃がしてくれるはずも無い」

 

霞雷汎が指を向けた先に、空より蝙蝠のような巨大な漆黒の翼を広げて舞い降りる吸血鬼の姿が見えた。手には雷を纏う棒状の宝貝・雷公鞭が握られていた。

 

「よもや儀式を止められるとは思っていなかった。やってくれるな、霞雷汎」

「俺もまさかお前が雷公鞭を使いこなせるとは思わなかった。つうかそれは俺のだから返せ」

「無理な相談だな。儀式を邪魔してくれた礼もある。次善の策でこの雷公鞭を持って世界を破壊しつくそう」

「いや、お前死ぬ事が目的じゃなかったのか?」

「無論、最後には自ら命を絶とう。しかしこの世界を我が物顔で支配する人間を一掃してからだ」

 

バチバチと雷をほとばしらせながら、ノスフェラトゥは言う。その矛先はいつこちらを向いてもおかしくは無い。

 

「死にたくなかったら協力しろ、和麻」

「……そう言うのは俺の台詞のはずなんですが。はぁ、何でこんな事に巻き込まれちまったんだ」

 

肩を落とし、和麻はもうやだと呟く。そんな和麻にウィル子も苦笑している。

 

「とにかく、雷公鞭は俺が止めますから、老師はその間にあいつを仕留めて下さい」

「ほう。出来るのか?」

 

言葉とは裏腹に、霞雷汎は和麻の言葉が偽り無いことを理解している。

 

「あれからどれだけ経ったと思ってるんですか。今の俺はあの時とは違いますよ」

「みたいだな。ったく、しばらく見ない間にいい顔するようになったじゃねぇか」

「当然でしょ。今の俺は“神凪”和麻じゃない。“八神”和麻なんですから」

 

和麻は自分の名を誇るように言う。自分の隣に立つ男に貰った名前。今の自分の出発点となってくれた男に感謝するかのように。

和麻自身も、師であるこの男に、今の自分自身を見て欲しいと言う感情が存在することを理解していた。

だからこそ、こんな無理難題も嫌々ながらにも引き受ける事にしたのだ。

 

 

「んじゃ、ちょっとだけ頑張ってきますよ。つうわけだ、ウィル子。協力しろ」

「マスター。協力って言っても、ウィル子ではあんな雷は受け止めきれないのですよ。イージスでは確実に貫かれます」

 

和麻が一歩前に出ると、それに付き従うように彼の横にウィル子も立つ。

 

「いや、ちょっとばかり血を吸われてくるだけでいいから。ほら、前にも一回あっただろう。あの時みたいにされろ。つうかされて来い」

 

そうすれば簡単にあいつを片づけられる。

和麻はそう言って、ノスフェラトゥを指さしながら、GoGoと軽いノリで言ってくる。

 

 

「今回は無理じゃないですか? その前に雷公鞭で消し飛ばされますよ」

「無理じゃない。むしろやれ。つうかやられて来い」

「相変わらず理不尽な……。それがパートナーに言う台詞ですか!?」

「お前なら大丈夫だ。前も大丈夫だったし」

 

どこまでも緊張感の無い会話を続ける和麻とウィル子。そんな様子をノスフェラトゥは面白いものを見るように眺めていた。

 

「ほう、人間。お前が我とこの雷公鞭を受け止めると?」

「ああ。老師に約束したからな」

「愚かな。確かに貴様も強いのは認めよう。だが金蛟剪を持った霞雷汎でさえ、この雷公鞭の前には屈服したのだ」

「おい、誰が屈服した。誰が。俺は屈服してないぞ」

 

後ろで文句を霞雷汎が言うが、ノスフェラトゥは華麗にスルーする。

 

「まあいい。そうまで言うならば受けてみろ。最強の宝貝の一撃を…」

 

だがノスフェラトゥが言葉を最後まで続ける事は出来なかった。なぜならすでに和麻が奇襲をかけていたのだ。

 

「なっ!?」

「死ね!」

 

雷が発生するよりも遥か上空より降り注ぐ和麻の切り札の一つである黄金色の風。老師が来た直後から嫌な予感がしたので準備していた。

厳馬戦やゲホウとの戦いを経て、今の和麻は虚空閃を持った状態なら生成時間を短縮する事に成功した。厳馬との戦いは和麻を更なる高みへと押し上げていたのだ。

 

和麻は卑怯な事が大好きな男であり、奇襲攻撃も普通に行う。

相手が待っている隙に攻撃をする。相手が話をしていようが関係ない。隙を見せる方が悪いのだ。

それに何が悲しくてこんな化け物相手に正々堂々戦う必要があるのだ。

勝てば官軍である。

卑怯上等。卑怯万歳。

 

頭上から迫り来る、黄金色の風の回避は間に合わない。気が付いた時にはすでに手遅れなのだ。

ならばと厳馬と同じように、とっさの判断でノスフェラトゥは雷公鞭を上空に向けて構える。雷公鞭より放たれる強力な雷は黄金の風を飲み込む。

 

和麻の切り札をあっさりと消滅させた。しかし和麻もそんなことは織り込み済みだ。今のはけん制に過ぎない。

 

和麻の攻撃は終わらない。雷公鞭の雷はほとんど溜めを必要としないで強力な攻撃を放てる。攻勢に回られればアウト。

だからこそ和麻とウィル子は怒涛の攻撃を繰り出す。

ミサイルと光線。風のチャクラムと刃。さらには虚空閃から放つ強力な風の一撃。紅羽の時とは違う全力の攻撃である。

 

怒涛の攻撃に霞雷汎も和麻の成長振りには舌を巻くばかりだ。確かに才能はあったし努力もしていた。復讐のためにと言うたった一つの目的のために腕を上げていった。

その執念は凄まじいの一言だったが、あれからさらに力を上げたようだ。なるほど。アーウィンを殺すだけの事はある。

 

しかし相手は三千年を生きた吸血鬼であり、雷公鞭を使いこなす存在である。和麻の攻撃も全力の魔力放出で防ぎきった。

それどころか、雷公鞭を和麻に向けて構える。

 

「げっ!」

「人間ごと気が調子に乗るな!」

 

雷公鞭から放たれる強大な雷が、和麻達を含めた周囲を飲み込むのだった。

 


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