風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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第四話

 

綾乃の炎雷覇による一撃は流也の身体を切り裂き、切り口を燃やしていく。

 

(やった!)

 

綾乃は内心で勝利を確信した。今の一撃は、今までに無いほどに手ごたえを感じた。炎雷覇に全力を乗せた、人生でも最高の一撃と言えるほどの出来栄えだ。

相手の身体はかろうじてつながっているが、もうほとんど、右肩から左の腰付近まで切り裂かれている。

 

和麻による風の援護もその威力を上げる後押しをしていた。

 

さらに炎雷覇での攻撃だけに、その切り口には膨大な炎が纏わり付き、一変の破片さえも残さないまでに焼き尽くす。

これで勝利を掴める筈だった。

 

しかし・・・・・・・・。

 

「っ!」

 

異変に真っ先に気がついたのは和麻だった。

綾乃の攻撃は和麻から見ても文句が無いほどの一撃だった。躊躇いも迷いも恐れも無い、ただ純粋な攻撃の意思を、相手を焼き尽くす意思を込めた全力の一撃。

一流の術者たる条件は呪力でも知識でも技術でもない。何者にも負けぬ、屈せぬ、強靭な意志である。今の綾乃は超一流の術者にも引けを取らない。

 

その綾乃の攻撃の直撃を受けたにも関わらず、相手の妖気はあまり衰えていない。

むしろ、どこか強大になっている。

 

「離れろ、綾乃!」

 

思わず叫ぶと同時に和麻は動く。風を纏い、全速力で綾乃の服の襟首を掴み相手との距離を取る。

 

「ちょっと! あんたまた!」

 

綾乃は抗議の声を上げるが、その際に和麻の顔に一筋の汗がこぼれているのを見た。

 

「おいおい。あれ喰らってもまだ消滅しないのかよ」

「嘘・・・・・・・」

 

ボコボコと黒い塊が傷口から湧き上がっていく。さらにそれにあわせるかのように妖気が煙のように噴出していく。漆黒の霧のように、周囲を黒く染め上げていく。

 

くくくくく・・・・・・・。

 

不気味な声が木霊する。数万度の炎に身体を焼かれていても、相手は不気味に笑い続ける。

炎が妖気に喰われていく。浄化の炎をものともせず、流也は身体を変貌させていく。

 

黒く、黒く染まっていく。闇が流也に取り付き、さらに姿を変えていく。

膨張していく流也の体。それは黒いどろどろした液体のような何かが纏わりついた、五メートルを超える泥人形のような姿に変貌した。

 

「巨大化って言うのはテンプレだけど、あれはどうよ?」

「ウィル子に聞かれても困るのですよ。で、マスター、どうしますか?」

「あんたら、落ち着きすぎでしょ!? それにあれ喰らって死なないなんて・・・・・・」

 

のほほんと会話を続ける和麻とウィル子に、綾乃は思わず声を上げた。

 

「いや、俺としても驚きだけどな。正直、予想外だ」

 

和麻としても本当に予想外だった。綾乃の一撃が決まった時点で、和麻としては倒せないまでもそれなりのダメージを与えられるだろうと踏んでいた。

 

実際、綾乃の攻撃は和麻が想像していた通りの威力を発揮してくれた。

あとは通常攻撃、もしくはあまり使いたくは無かったが、切り札の一つである浄化の風を使って余裕を持って殲滅するつもりだった。

 

しかし実際は対してダメージを与えるどころか、相手を暴走させる結果になってしまった。

 

オオオオオオォォォォォォォォ!!!!!

 

怨嗟の声が木霊する。聞く者を震え上がらせ、飲み込み、支配するような悪魔の呼び声。

ビリビリと空気を振るわせる、流也の叫び声。

 

「怒ってる?」

「まああれだけやられたら怒るだろう。けどそれにしてもこれは無いわ」

 

巨大な泥の塊がのそのそと動き出す。

 

「もう一回炎雷覇を叩き込むわ。あれだけの大きさだから動きは鈍いはず・・・・・」

 

綾乃が敵の動きが鈍いと感じ、もう一度炎雷覇を構えなおす。

直後、風が吹く。同時に泥の塊が動いた。それはその巨体からは想像もできないくらいに早かった。流也は真っ直ぐに和麻達に迫り、その巨大な拳を振り下ろす。

 

「早い!?」

 

綾乃が驚きの声を上げるが、その前に和麻はまた綾乃の襟首を掴んで高速で移動。ドンと地面に叩きつけられる流也の拳をじっと見ている。

地面は直径数メートルの範囲でひびが走り、地面が陥没する。

 

「おいおい。いつの間にパワーキャラになったんだ?」

「あんな巨体なのになんて速さなのよ」

「速さ自体は前に比べて落ちてるから問題じゃないが、まあ脅威だよな」

「あんたなんでそんなに落ち着いてるのよ」

 

綾乃はこんな状況なのに、嫌に落ち着いていた。普通なら、こんな今までに無かった状況に直面したなら、パニックになりそうなのに横の男がどこまでも落ち着いているためか、自分ひとりだけ喚き散らすのが馬鹿みたいに思えてしまった。

 

「喚いたところで状況は良くならないからな。で、ウィル子、準備はできたか?」

「はいなのですよ♪」

 

返事と共に彼女の周辺にいくつものノイズが走る。

ウィル子の周囲に突如としていくつもの筒が出現する。それはウィル子が作り上げた武器。

百五十ミリタングステン砲弾を初速七キロ毎秒で打ち出すレールガン。その砲身と発射システム。さらに弾丸はオリハルコン製。数は十三!

 

それはウィル子の能力。

 

01分解能。電子と霊子を司る精霊のウィル子。彼女のみに許された能力。

コンピュータの世界では使われている二進数で現実世界も素粒子が有か無の演算処理で理解し、あらゆる物質を分解、再構築できる。

無から有を生み出す能力であるが、もちろんそれに伴いエネルギーも必要となってくる。

 

そこは自然界に存在する霊子や和麻の霊力をはじめとする力、または和麻と契約している膨大な風の精霊達から少しずつ力をもらっている。

 

風の精霊は和麻に力を貸す。そして和麻と契約しているウィル子にも、彼らは少しずつ、その力を貸し与える。

 

これは本来なら、ありえない奇跡なのだ。

 

もしウィル子が精霊達から強制的に力を奪うような真似をしたのなら、精霊達は彼女を敵とみなしただろう。

また精霊を友とする精霊魔術師たる和麻も、彼らを守るべくその存在の抹消を行っただろう。

 

しかしウィル子は和麻達、精霊魔術師と同じように彼らに助力を請い、その力を分け与えてもらう。

 

個々の精霊から借り受ける力は微々足るものだが、和麻に力を貸し与える精霊の数は人類史上でも類を見ないほどに多い。

 

ウィル子は和麻と言う最高の契約者の下、その能力を進化させ、そして力を得た。

風の精霊と言う世界を司る四大の一つの分類に、彼女はその存在を認められたのだ。

 

彼女は精霊の力ではなく、精霊の存在の力を少しずつ借り受け、その能力を行使する。

和麻からも力を借り受け、精霊達からもその力を借り受ける。

行使できる能力も跳ね上がり、作り出せる物も劇的に広がった。今はこれ程の物を作り上げられる。

 

「って、何なの、それ!? それにどこから!?」

「にひひひ、企業秘密なのですよ。ではマスター、足止めをお願いします」

「んー」

 

気の無い返事をすると、和麻が流也に手を向ける。同時に膨大な量の風の精霊が集い、風が流也を拘束する。風の束縛。

 

流也の身体が巨体になりパワーが増しているため、これも数秒も持たないだろう。

それでも多少の足止めはできる。和麻一人なら決定打に欠けていたが、今は綾乃とウィル子がいるので、和麻も決定打を与える余力をあまり考えずにいられるから、このような足止めにも力を使いやすい。

速度は先ほどよりは遅くはなったが、それでもまだ早い。

しかし巨体になった分、的が大きくなった。これはこちらにとって圧倒的有利。

 

「撃つのですよ。ファイエル!」

 

一斉掃射! さらに弾丸には和麻が力を込めている。

神凪にのみ許された力。彼が手に入れた力。浄化の力。弾丸に浄化の力を付加した一撃。

威力、能力共に申し分ない。

その巨体に十三の穴が出現する。

 

オオオオオオオォォォォォォォ!!!!

 

咆哮がさらに高まる。しかしそう何度も浄化の力を受けて無事でいられるはずが無い。

それに和麻の風の浄化の能力は綾乃よりもさらに高く、完成されている。つまり無駄が無い。弾丸が貫通した周辺は浄化の力で再生する事もできない。

 

「な、何て威力なの・・・・・・」

 

あまりの威力に綾乃も思わず驚く。ただ綾乃には威力の高い攻撃にしか見えていない。浄化の力が和麻にあるなど知る良しも無いし、周囲に渦巻く風が浄化の力を纏って、蒼く染まっているわけでも無い。

ゆえに綾乃はただ純粋に、ウィル子のレールガンの威力に驚愕したのだ。

 

「炎のような圧倒的攻撃力はなくとも、ただの炎には無い貫通力とそれに伴う破壊力があります。ウィル子とマスターがそろえば、このくらいお茶の子さいさいなのですよ。にひひひ、にほほほほほ、にほははははは!!!!」

 

勝ち誇ったような笑い声を上げるウィル子に綾乃はげんなりした顔をする。

 

「おい。まだ終わって無いぞ。あいつを見ろ」

 

言われて綾乃とウィル子は、うめき負声を上がる流也を見る。

 

「あれでまだ死なないですか・・・・・・」

「あれで倒せるなら、あたしがとっくに燃やしてるわよ」

 

と、お互いににらみ合いながらムムムと言っている。

 

「とにかく最後の仕上げと行くか。つうわけで行け」

「はぁっ!?」

 

綾乃は和麻に指を指され、すっとんきょな声を上げる。

 

「『はぁっ!?』 じゃねぇよ。炎雷覇なんて便利なもん持ってるんだ。お前の役目だ」

「あんたは・・・・・・」

「ほれ、とっとといけ。今決めないと、また面倒な事になるぞ」

 

殺気を多分に含んだ視線を和麻に向ける綾乃。だが和麻はその視線に何も感じないのか、未だに表情を崩さない。

一般人や神凪の分家が今の彼女を見たら、ジャンピング土下座でもしそうなのだが。

しかし彼女も今やるべき事はきちんと理解している。

 

「本当にあとで覚えてなさい!」

 

炎雷覇に炎を集めて、綾乃は思いっきり動きが鈍くなった流也へと突撃する。刀身から黄金の炎が吹き上がり、周囲を染めていく。

 

「やぁぁぁっ!」

 

気合一閃。炎が流也を一刀両断にし、切断面から彼を燃やし尽くす。通常攻撃と和麻の浄化の風により多大なダメージを受けていた流也には、今の綾乃の攻撃を防ぐ術はなかった。

燃え上がる流也。浄化の炎に焼かれ、その身体を消滅させていく。

 

断末魔の声が闇に響く。

 

あとには何も残らない。肉片も、妖気も、一変たりとも。

ここにかつて風巻流也と呼ばれ、妖魔と成り下がった人間は消え去った。

正史とは違い、和麻と綾乃とウィル子により、その力を十分に発揮せぬままに・・・・・・・・。

 

残滓が消えうせた事を確認した綾乃は、よしとガッツポーズをする。

思った以上に今日は力を使う事ができた。明らかに自分より格上の相手に、あの男の協力があったとは言え勝つことができた。

 

(それにしてもあいつは・・・・・・・・)

 

綾乃は自分を巻き込んだ男の事を考える。

風を扱い、周囲に風の精霊を集めていた事からも風術師であると言う事は解かる。

 

しかし彼女の知る風術師よりも何倍も強い。

 

綾乃の知る身近な風術師は神凪の下部組織の風牙衆の術者である。彼らは情報収集能力こそ高いものの単純な戦闘力はほとんど無い。

戦いは神凪の仕事であり、彼らが手伝うと言っても牽制や、炎を煽りその攻撃力を高める程度である。

 

だがあの男は独力で相手を拘束し、敵の鋭い攻撃を防いでいた。この事からも高い能力を持っていると思われる。

しかし綾乃は和麻が自分よりも強いとは思ってはいなかった。凄まじい破壊力の攻撃も所詮はウィル子が生み出した武器によるもの。

和麻自身の力は炎雷覇を持った自分には届かない。そう誤認しても仕方が無い。

 

尤も、炎雷覇と言う反則級の神器を持っている時点で、綾乃は十分に卑怯と言われても仕方が無い。

ただ、実際のところ和麻は炎雷覇を持った綾乃の十倍は強いのだが。

 

(とにかくあいつをぶん殴る!)

 

今までの借りと怒りを上乗せして一発殴る。否、セクハラまでされたのだ。一発では済まさない。絶対にボコボコにしてやる! と決意を決めて振り返る。

 

「あれ?」

 

だが振り返った先には誰もいなかった。和麻も、ウィル子もあの武器も。

 

「って、あれ? あいつどこに?」

 

その時、ヒラヒラと一枚の紙が綾乃の前に落ちてきた。薄暗くはっきりとは見えないが、何か書いてあるようだった。

綾乃はそれを手に取り、炎を生み出して明かり代わりにして書かれている文字を読み・・・・ぐしゃりと読み終わった後、手紙を怒りのまま潰した。

ワナワナと振るえ、綾乃は感情のままに叫んだ。

 

「ふざけんなぁぁぁぁっっっ!」

 

紙にはこう書かれていた。

 

『お疲れ様。じゃあそう言う事で』

 

感謝も何も無いシンプルな文面。ご丁寧に一万円札が貼り付けられていたところを見ると、これで帰れと言う事だろうか。

だがそんなもので綾乃の怒りが収まるはずが無い。

 

「覚えてなさい! 今度会ったら、絶対に燃やしてやるんだからぁぁぁぁっっ!」

 

夜の闇に叫び声を上げる綾乃。和麻への罵詈雑言はしばらく続き、その不審な行動から、見回りの警備員が彼女を発見して、警察に連絡され、綾乃がそのお世話になるのは、もう少し後の話である。

それにより、綾乃が和麻にさらに怒りを覚えるのはいたし方が無いことであった。

 

 

 

「はぁ・・・・・・・。酷い目に会ったな」

 

和麻とウィル子は綾乃を置き去りにして、とっとと自分達だけで姿をくらましていた。

これ以上の面倒ごとは嫌だったのと、下手に綾乃に追及され自分達の事が神凪に伝わるのを避けたかったのだ。

綾乃も忘れているようだし、自分の事が神凪に伝わる事は無いと思う。と言うか思いたい。

 

「いや、それは無理なんじゃ。そもそも綾乃を巻き込んだ時点で、マスターの事が神凪に伝わるフラグだとウィル子は思うのですよ」

「やめろよ、そんな嫌な未来像。あいつは忘れてるみたいだったし、四年前に出奔した男が風術師になって戻ってきたとは思わないだろ」

「いえいえ。仮に神凪の写真とかが残ってたら可能性はあるのでは?」

「写真。写真か・・・・・・・。ヤバイ、あるような気がしないでもない」

 

あまり写真を撮った記憶は無いが、一枚や二枚は残ってそうな気がする。

 

「けど普通の一般家庭よりは少ないんだよな」

 

はっきり言って、小学生くらいまでは学校でそれなりに遠足とか運動会の行事で取った気がする。ただし両親がではなく、先生とか付き添いのカメラマンとかがである。

おそらく実の親はどちらも自分の写真を一枚も持っていないだろう。

中学から高校にかけてからは一日のオフすらありえない状況であり、遠足や修学旅行も満足に行けなかった。

 

あの親は本当に子供の成長教育をどう考えていたのだろうか。不意に自分を鍛え上げようとした男の顔が思い浮かんだ。

厳つい、愛想の欠片も無い、鉄仮面のような男の顔が。

なんか思い出しただけでも腹が立つ。

 

「ああ、なんかだんだん腹立ってきた」

「ま、マスターからどす黒いオーラが」

 

アルマゲストを殺しまわっていた時ほどではないが、それに近いどす黒いオーラが和麻から放たれ、ウィル子は思わず恐怖した。

 

「つうか、俺が高校入ってから神凪で写真なんて撮ったことあったかな。無いような気がしてきた」

「いや、どんな学生生活を送ってのですか、マスター」

「聞きたいか? あんまり面白くも無い、単調でつまらない、今にして思えばほとんど無駄だったような生活だが」

「いえ、止めておくのですよ。話を聞いてると気がめいりそうなので」

「そうしろ。たぶん話してたら俺もムカついてくるだろうから」

 

和麻の言葉にウィル子はマスターの不憫さに些かの同情を行う。和麻も和麻であまりにも面白くない話しなので、言いたくないらしい。

 

「とにかく写真が残ってる可能性は少ないし、あったとしてもそんなにすぐ目につくところには無いぞ」

 

一応、宗主が一族や風牙衆の人間のある程度の個人情報を記載した物はあるし、そこには確か顔写真も載っているが、そうそう綾乃が見る事も無い。

それにどんな顔だったと外見的特長を言っても、即座にそれが神凪和麻に結びつく事はないだろうし、どこかの流れの風術師と思う程度だ。

ここ一年、和麻の顔はどこにも出回っていないのだから。

 

「それにまさか俺の親が後生大事に、部屋の片隅に飾ってるなんてのは、天地がひっくり返ってもありえない。断言できる」

 

思い出すのは四年前の別れ際。

 

父には勘当を言い渡され、何とか和麻が手を伸ばし、すがり付こうとしてもその手を払いのけ、あまつさえ和麻を振り払い壁に叩きつけられたほどだった。

どれだけ叫んでも、その声が聞き入れられる事はなかった。どれだけ手を伸ばそうとも、その手を取ってくれる事はなかった。

 

母には永遠の拒絶を言い渡された。手切れ金として一千万円の入ったクレジットカードを渡され、炎術師の才能さえあれば愛する事ができ、誇りに思っただろうと言い放たれた。

何を言っているのか、最初は理解できなかったが母は和麻が無能として勘当された事を当然のごとく受け入れ、そんな息子は要らないと躊躇いもせずあっさりと切り捨てたのだ。

 

「ああ、実に酷い親だったな。いや、もう勘当されてるんだから親じゃないか」

 

きっぱりと言い放つ和麻にウィル子は、マスターの親は物凄く酷い親だったのだなと思った。まあマスターがここまで言うのならそうなのだろうと納得しつつ、この話を続けると精神衛生上悪いと判断し、ウィル子はさっさと次の話題に切り替える。

 

「ところで、これからどうするのですか? ホテルに戻って一休みして、日本を発ちますか?」

「・・・・・・・・そうしようかと思ってたんだけどな。さっきのあいつがどうにも気になる」

 

さっきのあいつとは言うまでも無く流也の事である。和麻はあの顔にどこか見覚えが合った気がした。

 

「どこで見たのか。たぶん日本でだと思うから神凪時代か。とすると、これは神凪がらみか?」

 

顎に手を当てて和麻は考える。まさか本当に神凪がらみだった場合、どうしてくれようか。

 

「お前のほうはどうだ? お前の事だ、もう調べ始めてるんだろ?」

「はいなのですよ。Will.Co21は検索中です。ウィル子が見た人相を色々と加工処理して、人間のものに置き換えて、現在日本国内を中心に探ってます」

 

ウィル子の答えに満足する和麻。ウィル子の能力を使えば、短時間に索敵が可能だ。ある程度の目星が付けば、そこからはさらに早い。

それに和麻の風術師としての索敵能力も優秀を通り越して異常だ。この二人なら驚くほど短時間にあの男の身元を割り出せる。

 

「一応現在は広範囲で調べていますし、国内の情報屋の方にも資料と金をばら撒いて調べさせてはいますけど」

「・・・・・・・・・ウィル子。お前は検索範囲を神凪一族の風牙衆に絞れ。他はその辺の情報屋に任せておけ」

「神凪一族の風牙衆ですか? えらくまたピンポイントな」

「頭に浮かんだ身近な神凪に恨みを持っていて、風を扱う奴がそれしかなかった。違ったならそれでいいけどな。それに風牙衆も数が多いって言ったって総数じゃ百にも満たない。そこからあの年代の奴と照合すれば早い。合ってても間違っていても結果はすぐわかるだろ」

「ですね。了解なのですよ。ではマスター。ウィル子はしばらくそっちの方を探りますので」

「ああ。俺も俺で少し調べてみる」

「にひひひ。サボらないでくださいね、マスター。では少し本気で調べてくるのですよ」

 

そして二人は本領を発揮する。

彼らの強さとは単純な戦闘力にあらず。彼らの真の恐ろしさは、その情報収集能力。

 

彼らに喧嘩を売った、間違えて売ってしまった風牙衆―――風巻兵衛―――は後に後悔する。何故この二人を敵に回したのか。否、巻き込んでしまったのかと。

もしこの二人を巻き込まなければ、彼の野望は成就されていたはずなのに。

だが彼らにもたらされたのは、風の契約者と電子の精霊にして神の雛形による報復だった。

 

 

 

 

 

「あー、腹が立つ!」

 

あの事件から数日が経過した。綾乃は現在、東京の神凪本邸に戻っていた。

あの後は大変だった。消えうせたあの男に向かって罵詈雑言を海に向かって叫んでいたら、突然警察がやって来て職務質問され、連行されてしまった。

事情を説明しようにも基本的には神凪が関わる仕事は一般には秘匿されている。一応神凪の名前を出し、父である重悟に連絡を取らせてももらい事情を説明し何とか解放されたのだが、あとで父に酷く怒られた。

 

さすがにそれは理不尽に思えたが、事件に巻き込まれた経緯は仕方がなくとも、叫んでいたのは言い逃れができなく彼女の責任だったので、綾乃は向こう三ヶ月の小遣い減を言い渡された。

 

「何であたしがこんな目に・・・・・・。そもそもあの男が悪いのよ!」

 

げしげしと思いっきり地面を踏みつける綾乃。思い出しても腹が立つ。あの結局名前もわからず仕舞いだった男の顔。

巻き込んだ挙句感謝の言葉もなく、そのまま姿を消した最低な男。

冗談抜きで、最低最悪で馬鹿でアホで無神経で変態でセクハラな男だと綾乃は思っている。

 

まあこれは仕方が無い。和麻は正史と違って、ここでは綾乃が最初に勘違いで手を出したのではなく、逆に彼女を巻き込んだのだから彼女の怒りも尤もである。

 

「今度あったら絶対に一発殴ってやる」

 

ゴゴゴゴゴゴと髪を逆立たせかねないオーラを発しながら、手を握る綾乃。

 

「姉さま!」

 

と、突然甲高い声が綾乃の耳に届いた。

 

「綾乃姉さま!」

 

トコトコとやって来たまだ幼さの残る顔立ちの少女―――ではなく少年。いや、少女といっても差し支えないのだが、あくまで彼は男として生を受けているので悪しからず。

綾乃の傍まで嬉しそうにやってきた彼らの名は神凪煉。綾乃の従姉弟にして何と和麻の実弟なのだから驚きだろう。

 

「お帰りなさい、姉さま」

「・・・・・・・・ただいま、煉」

「どうかされましたか?」

 

物凄く綾乃の機嫌が悪い事に気がついた煉が彼女に聞き返す。

 

「もう、聞いてよ、煉! 最悪なのよ!」

 

四つも年下の少年に愚痴を言うのはどうかと思うが、綾乃も人の子。誰かに愚痴を聞いてもらいたかった。

本当なら思いのたけを父である重悟に聞いてもらいたかったが、どうにも怒られた事もありあまり言えなかった。

 

他にも以前自分の付き人をしていた、一つ年下の風牙衆の少女がいるのだが、彼女は現在自分や煉と同じ一つ年下の宗家の男と共に退魔に出かけていていないゆえに除外した。

だからこそ、煉はある意味犠牲になったのだ。

 

「って、ことがあったのよ」

「はぁ。それは・・・・・・その、災難でしたね」

 

としか煉としては言えない。綾乃の剣幕にたじたじと言ってもいい。

 

「本当よ。だから絶対に次にあったら借りを返してやるわ」

 

あはははと煉は乾いた声を出す。この従姉弟の姉は結構過激なところがあると煉も知っている。もし次にその人が会ったなら、間違いなくひどい目に合いそうな気がした。

だから煉は思わずその人――和麻――の冥福を祈った。

と言っても、綾乃程度ではどうあがいても和麻をどうこうする事はできないのだが。

 

「あれ? ところで煉。何持ってるの?」

綾乃はふと、煉が手に何か大きなものを持っているのに気がついた。

 

「あっ、これですか? これはアルバムなんです。さっき宗主にお願いして借りてきたんです」

「アルバムねぇ。そんなもの何に使うの?」

「今度学校の課題で家族について作文を書かないといけないんですよ。それで写真とかもあるといいから」

「そうなの。あれ? でも写真なら普通にあるんじゃないの?」

「いえ。父様や母様との写真ならあるんですが、兄様との写真が一枚も無くて」

「兄様?」

 

訝しげに綾乃は煉に聞き返す。煉に兄なんていたっけと呟いている。

 

「酷いですよ、姉さま。忘れちゃうなんて」

 

非難の声を上げる煉に綾乃はあはははと笑う。実際、和麻の事はほとんど覚えていないのだから仕方が無い。

だが煉は和麻の事を綾乃よりも覚えている。

煉と和麻もあまり頻繁に会ってはいなかった。半年に一度とかその程度の出会い。それは本当に兄弟かと疑いたくなるが、実際にそんなものだった。

 

煉は和麻とは違い溢れんばかりの炎術の才能に満ちていた。ゆえに厳馬がかけた期待は尋常ではなかった。

二人が会えば煉に無能が感染するとでも思ったのか、厳馬は二人を中々に合わせようとしなかった。

これには別の事情もあるのだが、ここでは割合する。

 

とにかくそんな状況でも煉は兄を純真に慕った。和麻を捨てた両親に育てられたにも関わらず、真っ直ぐで心優しい少年に育った。

そんな煉に和麻は複雑な感情を抱かずにはいられなかったが、それに気づきもせず懐いてくる弟の可愛らしい笑顔と純粋な心を憎む事も嫌うこともできず、二人は和麻が出奔するまで実に仲の良い兄弟として過ごした。

ゆえに四年経った今でも、煉は和麻の事を覚えていたのだ。

 

「ごめんごめん。でも何でそのお兄さんの写真をお父様に貰いに行ってたの? おじ様かおば様に言えばあったんじゃないの?」

「それが二人に聞いたら、そんな物は無いって言われて」

 

しょぼんと落ち込む煉。和麻の言うとおり、彼の生みの親達は彼の写真を一切持っていなかった。

 

「だからお父様のところにね。それであったの、写真は?」

「はい! 僕と兄様が一緒に写ってる写真がありました」

 

嬉しそうに言うと、煉は綾乃にアルバムを開いてその写真を見せた。

 

「ほら、この人が兄様です。姉さまも見覚えが・・・・・・」

 

ありますよねと言おうとしたが、煉はその言葉を続けられなかった。

 

「ああぁぁぁぁっっっ!!! この男ぉぉぉぉっっっ!!」

 

直後に綾乃の叫び声が神凪の屋敷に響き渡った。

写真に写っている煉の兄の顔。それは言うまでも無く和麻。

哀れ、和麻の願いとは裏腹に綾乃は彼の存在をしっかりと知る事になった。

 


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