風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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第五話

 

時は少しさかのぼる。

流也が倒されたと言う情報は、風牙衆にすぐにもたらされた。

 

京都の合流地点で待っていた風牙衆の下に、流也が一向に現れなかったからだ。流也にはすでにほとんど自我が残っていない。ただ兵衛の命令を忠実に聞く操り人形のようなものであった。

その彼が姿を消した。同時に綾乃が警察に連行されたと言う情報が風牙衆に流れた。

 

緊急事態だった。動ける風牙衆を動員し、兵衛は情報収集に当たらせた。

反乱の計画を知る者には詳細を告げ、流也がどうなったのかを調べさせ、計画を知らないものには綾乃が警察に連行された経緯などを調べさせた。

そこから見えてきた兵衛にとって絶望的な情報。

 

すなわち流也の敗北と消滅。

 

ありえないと兵衛は情報を受け取った時に思った。今の流也の力は綾乃程度ではどうすることも出来ないはずだった。

仮に全力で綾乃が迎え撃とうが、勝てるはずなど無い相手。それが今の流也だった。

 

なのにこれはどうしたことだ?

 

詳細を調べているうちに、一人の男と中学生くらいの少女が綾乃に力を貸したことが判明した。

この二人は誰なのか。風牙衆は即座に調べを進めた。

 

だがその二人組みの情報を彼らは一切知ることができなかった。追跡も残滓を追う事も、潜伏先を見つける事も何もできなかった。

風を使っても、どのような情報ルートを探っても見つけられない。今までこんな事はありえなかった。

 

目撃情報を仕入れようにも現場はほとんど無人の工場区。綾乃が拉致された地点を中心に探しても、何の情報も出てこない。

風が何も教えてくれない。こんなことは初めてだった。

それは数日経っても同じだ。何の痕跡も見つけられないまま、無為に時間が過ぎていく。

 

「兵衛様・・・・・・」

「わかっておる」

 

だが今の兵衛には切実な問題がある。彼の計画には流也の存在が必要不可欠だった。

彼らの神を蘇らせる鍵とは別に、神を宿す寄り代が必要だった。

高位の存在である神をこの世界にとどめておくには、この世界に存在する寄り代が必要だった。

流也はただの戦力ではなく、復活した神を宿す存在でもあった。

だがその流也はもういない。これでは計画が破綻する。

 

(いや、まだ手駒はある・・・・・・)

 

万が一の時に予備として準備してきた器がある。それは現在、宗家の少年と分家最強の術者共に東北に退魔に出かけている。それが戻るにはあと数日かかる。

 

「大丈夫だ。まだ計画は費えてはおらん。計画は漏れてはおらぬし、器には予備もある。だから何の問題も無い」

 

兵衛は狼狽する部下に落ち着くように言う。実際、まだ終わってはいないのだ。

 

「とにかく綾乃に協力した術者を探し出すのじゃ。綾乃と協力したとは言え、流也を倒したほどの使い手。並の者ではない」

 

兵衛は誰よりも和麻とウィル子の力を評価し、恐れていた。兵衛自身が流也の力を知っていたからでもあるが、並の風術師で流也とやりあう事などできるはずが無いと確信していたから。

 

「報告書の経緯からすれば、その男が綾乃を巻き込んだらしいが、何故流也はそんな男を・・・・・」

 

まさか兵衛も和麻が偶然風で周囲を探っていたら流也を見つけ、流也も見られたと思い和麻を殺そうとしたとは思わないだろう。

真相は闇の中。考えていても仕方が無い。

 

「とにかく計画を練り直す必要がある。皆にも伝えよ、計画を練り直すゆえに集まれと。そしてまだ終わっていないと」

 

そうだ。まだ終わっていない。兵衛は部下に、そして自分自身に言い聞かせる。

だが彼はまだ気がついていない。すでに自分達の動きを監視する者がいると言う事を。

 

 

 

 

 

ドタドタドタと音を立てて神凪の屋敷を爆走する綾乃。手には煉から奪い取ったアルバムが握られ、鬼の形相を浮かべていた。

すれ違った侍女や分家の者がその姿を見て青ざめた顔をするが、本人はそんな事に気がついていない。

 

目的の場所は自分の父親がいるであろう部屋。散々怒られ、今はあまり近づきたくないと思っていたが、ふつふつと湧き上がる怒りの衝動に綾乃は支配されていた。

 

スパンといい音を立てて、目的の部屋の障子を開く。

 

「お父様!」

「何だ、騒々しい」

 

障子を開けた先には、綾乃の父である神凪重悟がいた。一線を退きはしたものの、未だにその力は衰えておらず、その体から発せられる気はかなりの者だ。

 

「って、あれ。厳馬おじ様」

 

見ればそこには和麻と煉の父親である神凪厳馬の姿もあった。どうやら二人で何かを話していたらしい。

 

「どうした、綾乃。そんなふうに慌てて」

「あっ、そうなのよ、お父様! 和麻、和麻だったのよ!」

 

和麻の名前を連呼する綾乃に重悟と厳馬は些か眉を吊り上げる。

 

「和麻とな。まさかお前からその名前が出てくるとは思わなかったが・・・・・・」

 

四年前に出奔した甥―――正確にはもう一親等離れているのだが、重悟は和麻をそう思っていた。

ちらりと厳馬の方を見る。四年前に追い出した自らの息子の名前を聞いたにも関わらず、表面上はあまり変化を見せていない。その胸中にどのような思いがあるのか、重悟には知る良しも無い。

 

「して、その和麻がどうした?」

「この間大阪であたしを巻き込んだ風術師! あいつが和麻だったのよ! ほら、この顔に間違いないわ!」

 

綾乃は物凄い剣幕でアルバムを開くと、和麻と煉が写っている写真を見せ、和麻の顔を指差す。

 

「こいつに間違いないわ!」

「いや、そのように力まずとも。と言うよりも、お前は先日の件では覚えが無い男と言っておらんかったか?」

 

うっと、綾乃は思わず言葉に詰まった。先日の報告の際では見覚えの無い風術を使う男と綾乃は重悟に報告をしたのだ。

その正体が身内だったのだから、重悟の指摘は尤もだ。

 

「よもや、お前は再従兄の顔を忘れておったのか?」

「いえ、それは、その・・・・・・・」

 

先ほどまでの剣幕はどこへ行ったのか。あはははと笑い声を出し、明後日の方向へ視線を向ける。そんな娘にハァと重悟は深いため息をついた。

 

「もうそれは良い。して、綾乃。お前が言っていた男は間違いなく和麻だったのだな?」

「はい! この憎たらしい顔は絶対に忘れないわ!」

 

とまるで親の敵を見るような目で、綾乃は写真の和麻を睨む。

そんな折、遅れて煉もやってきた。

 

「姉さま! って、父様も・・・・・・・」

「まったく。お前達は騒々しいな」

 

そんな二人に重悟は思わず笑みを浮かべる。

 

「まあ二人とも座りなさい。件の男が和麻なのだとしたら、もう少し話を聞きたい。厳馬も聞いていくな?」

「・・・・・・・はい」

 

憮然とした態度で厳馬は頷くと、そのまま重悟は煉と綾乃に座るように促し、話を聞き始めた。

 

「なるほど。しかしあの和麻がな」

 

綾乃から同じ報告をもう一度聞いた重悟だが、謎の男を和麻と置き換えて話を聞くとずいぶんと違うように思えてくる。

 

「海外に渡ったと言う話は聞いていたが、日本に戻ってきていたか。それも風術師になって」

 

重悟は和麻の事を心配し、それとなく彼の情報を集めていた。だが外国に渡った後の情報はほとんど手に入っていなかった。

風の噂で風術師になったと言う話しも聞かないではなかったが、それは眉唾物であり、ここ一年はそんな話は一切聞こえてこなかった。

 

もし風術師として大成していれば、少しくらい噂になってもいいものだが、それも無いと言うことは風術師と言っても大したものでは無いと言うことか。

しかし彼の考えは間違っている。和麻が風術師になったと言う噂は彼がアーウィンを殺すために活動していた時期によるものだ。

その後はウィル子との出会いで、彼が風術師として活動することは無くなった。

大成してはいたが、その情報はすべて秘匿され、彼自身が動き回らなかった事でさらに情報は立ち消えた。

 

「お恥ずかしい限りで」

 

厳馬は心底落胆したような声色で謝罪の言葉を述べた。

彼にしてみれば、情け無い話でしかない。

風術と言うものを厳馬は下術を評している。これは人々を守り、世界の歪みを正す精霊魔術師の中で、最も戦う力が無いゆえの評価である。

 

厳馬は良くも悪くも神凪の人間でしかなく、力こそすべてと言う神凪の古き悪しき妄執に囚われる、哀れな男であった。

彼自身、その事に何も感じないわけではなかったが、幼き頃よりそうあるべきと教育を受け、彼自身の不器用な性格も相まって、このような堅物に成り下がってしまった。

今更この生き方や考え方を矯正することはできそうにも無かった。

 

炎術の才能がなかっただけではなく、風術師になり、また中学生くらいの従者を連れていた。その少女が人間か人間ではないかなど問題ではない。

厳馬が話を聞く限りでは、和麻は自分の手に負えない妖魔に襲われ逃げている最中に綾乃を見つけ、無理やり巻き込み、何とか窮地を脱したようにしか聞こえない。

それが完全な間違いでないのだからこの話はややこしい。

 

「いえ、あの妖魔はかなり強くて、あたしだけでも勝てそうになかったんですが」

 

綾乃は正直に告白する。今までに見た事も感じたことも無い力を持つ妖魔。自分ひとりでは決して倒せなかった相手。

和麻とウィル子がいたからこそ、あそこまであっさりと倒せたのだ。

 

「だが話を聞く限りではお前が炎雷覇で止めを刺した。その上、無傷で勝利したのだろう?」

「ええ、それはそうなんですが、その前に和麻の連れていた女の子が凄い武器を出して・・・・・」

「ならば和麻自身の力ではない。話を聞いた限りでは奴は不意打ちを浴びせ、相手の動きを止めた程度ではないか」

「ええと、他にも何度かあたしを助けてはくれたんですけど・・・・・・」

 

と何故か怒り心頭だった綾乃が和麻をフォローするようになっていた。あれ、おかしいな。あたしはあいつが物凄くムカついていたはずなのにと、思いつつも何でフォローしてるんだろうと首をかしげている。

と言うかあまりにもおじである厳馬の言葉がきつく、雰囲気も重いのでそれについていけ無いと言うだけかもしれないが。

 

「不甲斐ない上に情け無い。誰かの手を借りなければ、満足に妖魔も討てぬのか」

 

苦虫をダース単位どころか桁単位で噛み潰す厳馬に綾乃はそれ以上何も言えなかった。

 

「まあそう言うな、厳馬よ。それでも和麻は綾乃と協力し、その妖魔を討った。綾乃の話しに誇張がなければ、その妖魔は炎雷覇を持った綾乃でさえ手に負えない相手だったのだ。それを討った事はそれだけで評価してやるべきであろう?」

「いえ、お父様。あたしは別に誇張してなんかは・・・・・・」

「和麻が討ったわけではありますまい。討ったのはあくまで綾乃です」

(うわぁっ、何でこんなに居心地が悪いんだろう・・・・・・)

 

内心冷や汗をかき続ける綾乃。おかしいな。ここはおじ様と一緒に和麻に対して文句を述べる所のような気がするが、何故かそれをしては逝けない気もするから不思議だ。

と言うよりも、どうしてこうなった?

 

「それでもだ。とにかく和麻が元気でやっているようで何よりだ。綾乃の扱いも以前のことがあり神凪とはあまり関わりたくはなかったのだろう」

 

重悟は綾乃を見捨ててとっとと姿を消した和麻に対して、別に大した不満は持っていない。確かに娘を巻き込んだのはいただけないが、無事に無傷で帰って来たし、綾乃もいい経験になっただろう。

 

娘の話が本当なら、格上の相手に一歩も退かずに戦えた。これは何よりも経験になる。炎雷覇を継承し、次期宗主の地位についてから、綾乃は退魔の仕事を何度もこなしているが、自分よりも強い相手と戦った経験は無かった。

そんな相手が早々にいないのと、できればもう少しだけ成長した後に自分よりも強い相手と戦ってもらいたいと言う重悟の親心だった。

だがこれで少しは綾乃も成長してくれるだろう。

 

それに警察のお世話になったのは綾乃が叫んでいたからで、和麻の責任ではないし、帰りのタクシー代も置いていっているのだ。無責任と言い切ることもできない。

できればもうちょっとだけアフターケアをして欲しかったが、和麻にそれを言うのは酷な話であると言うのは、重悟も良く理解している。

 

「思えば哀れな子だった」

 

和麻を哀れむように呟く。神凪一族にさえ生まれていなければ優秀な子として持てはやされたであろう。

頭脳明快、成績優秀、運動神経もよくスポーツ万能、術法の修得さえも優れた才を示した。

ただ唯一、炎を操る才能が無かった。たった一つの才能。それこそが神凪一族でもっと必要とされる才なのに。

 

「それにしても信じらんない。神凪一族の、それも分家じゃなくて宗家の人間が風術師になるなんて」

「・・・・・・・・そうだな。だが神凪の家にさえ生まれなければ、人としてなんら恥じることは無かっただろうに。神凪一族でさえなければ・・・・・・」

「・・・・・・・だが炎を操る才は無かった」

 

再び厳馬が口を開いた。

 

「神凪は炎の精霊の加護を受けし炎術師の一族。力無きものに居場所は無い」

 

力こそがすべて。その因習は今尚、厳馬だけではなく神凪一族の大半に蔓延している。

 

「和麻はすでに神凪とは縁無きもの。私の息子は煉だけにございます。もし次に神凪を巻き込むような事があれば、私の手で和麻にその事を思い知らせてやります」

本気だった。厳馬はもし次に和麻が神凪を巻き込むような事があれば、自らの手で倒すと公言した。

「父様・・・・・」

 

そんな厳馬を煉は悲しそうな目で見るが、厳馬の表情は変わらない。

 

「もう良いではないか。綾乃も無事であったのだ。それに和麻も風術者として大成したのであろう」

「兄様は・・・・・・神凪に戻ってくるでしょうか」

 

煉の呟きが三人の耳に入る。だが重悟と厳馬はそれはありえないと考えており、事実それは間違ってはいなかった。

悲しそうに沈む煉の表情を厳馬は少し見て、目を閉じる。その心の内にどんな思いがあったのだろうか。

 

「とにかくお前の話しはわかった。もう今日は休め。和麻の方はこちらもそれとなく調べておこう。風牙衆に頼めば、国内にいるのなら見つけるのは難しくはなかろう」

 

この話はこれで終わりだと重悟は言う。綾乃は釈然とはしなかったが、この場にい続けるのは少し辛かったので、早々に部屋を後にする事にした。

次にあったら絶対に和麻を一発殴ると拳を握り締めながら。

 

 

 

 

 

 

神凪邸で綾乃が騒いでいるのと同時刻。

東京から少しはなれた横浜の高級ホテルの一室に和麻はいた。

 

彼は現在、あちこちから集められた報告書を眺めている。

これは国内の情報屋やウィル子の集めた情報を紙面に印刷したものである。情報屋の情報もデータ上にしてネット上の一般向けのフォルダにアップしてもらい、それをウィル子がどこからかダウンロード。この方法ゆえに逆探知もできない。

 

和麻自身が調べた事は彼の頭の中に入っているし、それ以外の情報や自分が集めた情報の照合を現在行っている。

ちなみにウィル子は和麻や自分達の情報を消すためにネットで奔走している。

 

「つうか、マジで神凪がらみかよ」

 

和麻は不機嫌な顔を隠すことも無く、呟くとバッと報告書を室内に散らばらせ、そのままベッドに倒れこむ。

先日戦った相手の情報はウィル子と別れてから一時間も経たないうちから判明した。

風牙衆を調べていたウィル子が、あの男に似た男を見つけ出したのだ。

 

名前は風巻流也。風牙衆の長である風巻兵衛の息子。ただ間違いの可能性もあるゆえに、ウィル子はさらに詳細に調べを進めた。

居場所やそれまでの足取りなど様々な面で、彼女は洗い出しを行った。

 

彼女の調査は電子世界での情報収集だけではなく、電子精霊と言う特性を生かした侵入にもあった。

ウィル子は電子の精霊と言う存在上、電子機器を縦横無尽に、自由自在に移動できる。

インターネットを含む電話回線や電波、電気、様々な回線を使い、彼女は行動できる。

 

その中の一つ、電話機に彼女は移動した。電話の中にすら入り込める。と言うよりも最近の電話は高機能で容量も一つ昔前に比べてかなり大きい。少し紛れ込み、仕掛けを施す程度わけは無いのだ。

盗聴や自動録音機能を悪用し、彼女は目星を付けた風牙衆の情報を片っ端から手に入れた。

電子精霊とは未だにウィル子以外に存在を確認されていない。ゆえに未知の存在である。

 

アーウィンも彼女の事は幹部連中にも漏らしていなかったらしく、その存在は知れ渡ってはいなかった。

さらにそのアーウィン自体はすでに和麻に殺されているし、その取り巻き連中も彼に近しい者はたった一人を残して和麻に殲滅されている。

 

知らないゆえに対策の仕様が無いのだ。それに彼女の場合、霊としても新しい存在であり、妖魔や悪霊とは違いこの世の歪みではないために、よほどの探知系の術者でも無い限りその姿を確認し、気配を掴まなければ探し出す事は不可能。

また電子機器の中を移動するので実態が無く、超一流の精霊魔術師の扱う物理現象を超越する力を用いなければ、その存在を消し去る事はできない。

 

それをいい事に、ウィル子は好き勝手パソコンを飛び回り、何と神凪や風牙衆の本拠地のパソコンまで侵入したのだ。

いくら古い一族でも、最新の電子戦などしたこともなく、する必要も無い一族のパソコンに存在することなど難しくもなんとも無かった。

 

そこにはそこまで重要な情報が無くとも仕掛けはできる。PCの自動録音機能を好き勝手使い、その場にいた人間の声を集音。

さらには現代人なら必ず持つであろう携帯電話にも侵入し、録音機能をいじくり情報を集めた。さらには01分解能で通話状態でなくとも盗聴ができる機能のおまけをつけて。

 

はっきり言って反則である。

 

かつて文明がこれほどまで進歩していなかった百年ほど前ならば、ウィル子の能力などたいしたことがなかったが、この電子機器の発達した現代では反則を通り越してチートである。

和麻とウィル子が一度攻勢に出れば、単純戦闘以外では誰も勝つことなどできないのだ。

 

「何で俺が神凪がらみで巻き込まれるんだ? 俺もう、神凪と何の関係も無いだろうが。風牙衆はあれか? 神凪一族なら力も無い無能者でも許さないってか?」

「いや~、ただマスターが狙われたのは偶然のようですよ。あいつはどうも綾乃を狙っていたようですし」

 

ウィル子がいつの間にかパソコンから実体化して、ふよふよと和麻の傍まで浮いて移動してきた。

 

「何か他の動きでもわかったのか?」

「はいなのですよ。あの男、風巻流也の素性がわかってから、神凪一族の屋敷や風牙衆の屋敷に諜報活動を行っていたのですが、そこでいくつか面白いものを見つけたのですよ」

 

和麻に新しく手に入れた情報を紙に印刷して渡す。さらにはパソコンを通じて、ウィル子が盗聴した音声を流していく。

 

「風牙衆もついに耐えられなくなって暴走か。まああれだと反乱もしたくなるわな。で、こっちは逃亡用の資金と」

 

幾つかの口座に振り分けられた少なくない金額の数字を眺めながら、和麻は誰とも無く呟く。

 

「兵衛たちの話しを聞いてると、俺が巻き込まれたのは偶然っぽいな。そんなんで俺を巻き込むなよ。最初っから綾乃だけを狙っとけよ」

 

ため息をつく。何で自分がこんな面倒ごとに巻き込まれないといけないのだ。実際は和麻が風で周囲を調べなければ、こんな面倒ごとにはならなかったのだが。

これは和麻、風牙衆共に不幸な偶然であった。

 

「他にもわかっている事をウィル子なりにまとめた資料がこっちになります」

 

バサッと書類の束をおくと和麻はげんなりとした顔をする。

 

「多いな、おい」

「はいなのですよ。面白半分で調べていると結構面白い資料も出てきましたので」

「お前、まさか神凪の資料室にまで侵入したのか?」

「いえいえ。神凪の資料室には侵入していませんが、神凪一族の事は調べましたよ。にひひ、ウィル子も殺し以外の悪事には手を染めましたが、神凪一族もやる事はやっているのですね~」

 

楽しそうに笑いながら言うウィル子の言葉に和麻もどこか感じるものがあったのか、今読んでいる資料を置くと、新しい資料に手を伸ばした。

 

「おおっ、中々に面白いな、これ」

 

そこには神凪一族の一部ではあるが、分家や長老、先代宗主である頼道の悪行が記されていた。

と言っても、よくある金の問題で談合やら癒着やら、他の一族とのトラブルやらで、どこかでよく聞くような話ではある。

俗に言う殺しや強姦と言ったどうしようもないものではなく、あくまで縄張り争いやら、企業からの献金とかそう言ったものである。

 

多くの会社社長や芸能界のお偉いさんなどがやる、まあ権力を持ったり上に行った連中がやってしまう悪行である。

 

和麻自身、あまり人の事をとやかく言えるほど綺麗ではなく、確実に真っ黒なのだが、それは棚に上げていた。

 

「確かに神凪の性質上、不動産関係だと土地の除霊とかで談合とかあるよな。おおっ、さすがは先代。やる事がえげつない上に卒が無いな」

 

分家の一部の連中は金には汚いと言うのがよく分かったが、先代の頼道はさすがだ。

先代は歴代宗主の中でも最も弱かったと目されるくらいに、術者としては脆弱だった。

 

しかし彼はその類稀なる策略と謀略を持ってライバルを蹴落とし、その座についた。

和麻はそれが悪いとは思わない。それで負けるライバルが弱いのだ。そんな計略を力ずくでねじ伏せられなかった時点で、そいつは負け犬だ。

八神和麻と言う男は非常識な力を持っているにも関わらず、小細工とか姑息な手段が大好きだった。相手が嵌めるのも嵌るのも見ていて楽しいと思う性格破綻者だ。

 

仮にも神凪一族宗家の宗主になろうとも人間が、策略程度で敗れてどうする。神凪の宗家の力とはそう言った物をねじ伏せるだけの力があってこそだ。

もし他の術者の一族ならそうは思わないが、最強の炎術師の一族の最強の術者を名乗ろうと思うのなら、それくらいはしないとだめだろうと和麻はしみじみ感じていた。

 

神凪一族宗主。それは一族最強の名。神凪を護る最強の存在。

かつては脳筋も多かっただろうが、次代が移り変わり、そう言った連中は淘汰されていくのは自然なことだ。

 

頼通は誰よりも早く、炎術至上主義で実力主義の神凪を知力と策略、謀略を持って支配した男だ。

 

そこだけは和麻は高く評価している。

 

「マスターは本当に性格が捻じ曲がってますね」

「何を今更。それに俺の親父・・・・・・いや、神凪厳馬は先代を嫌っていたみたいだけど、俺はある意味好きだね、このやり方。本人が地位と権力にしか執着しない小物だから、そっちは好きになれないが」

 

策略結構。これでもう少し頼道自身が人間として大物なら、和麻はより親近感を抱いただろうが、生憎と頼道は和麻の言うとおりの謀略こそ超一流なものの、人間的には小物であったため残念な奴だと言う認識だ。

 

「証拠も残さず、周りから攻めて気づいた時にはすでに手遅れ。さすがだな。先代の頃は神凪の力が最弱まで落ち込んだって話しだけど、その分、政財界とのつながりは大きくなってたらしいぞ」

「マスターの言うとおりなのですよ。それに一族の力が最弱なっていたに関わらず、他の一族は一切神凪に手を出せずに、政財界のパイプを強くする神凪を阻む事ができなかったようなのです」

 

神凪一族の力が至上最も弱くなった。それが外部に知られれば、これ幸いに今までの恨みや国内での最強の名を奪おうと襲い掛かってきたはずだ。

当時の戦後の混乱期を抜け、高度経済成長の時代だ。躍進を果たそうとする一族や新興勢力は多かったはずだ。

 

これは戦争の折、優秀な術者が多数死に、また戦争により多くの死者が出た事で国内の陰陽のバランスが崩れ、かつて無いほどに妖魔や悪霊が溢れかえったことにも起因する。

 

当時、現在の最強の使い手として名高い神凪重悟と神凪厳馬が生まれていない時代。そう言った外敵の存在があったにも関わらず、最弱となった神凪を頼道は見事に掌握し、自らの地位と権力を確固たるものにした上で、神凪を存続させ、現代までその威光を保ち続けている。

 

後年、神凪重悟と神凪厳馬が誕生したことがあったとしても、それまでの成果は確かに頼通の力だろう。

 

「これだけみりゃぁ凄く優秀なんだけどな。術者や人間的には最低なんだよな」

 

これでカリスマ性があり、小悪党みたいな性格でなければ和麻としては最高の評価を与えるのだが、残念ながら総合的には二流の小悪党程度の評価に落ち着いてしまう。

 

「マスターに人間的に最悪と言われたらおしまいですね。とにかくウィル子はそんな頼道の粗を捜し出したわけなのですよ!」

 

自信満々に言い放つウィル子。彼女が見つけてきたのは、頼道が神凪一族の誰にも知られないで保有している莫大な裏金の存在だった。

他には大手ゼネコンとの癒着や談合。証拠を残さないようにしていたのはさすがだが、電子を操るウィル子の前にはあまりにも迂闊。

 

会社との関係がわかればパソコンを経由して銀行口座に入金が無いかどうか、もしくは会社のほうで使途不明金が無いかどうかを調べる。

ほんの少しでも痕跡を見つければあとは簡単である。ウィル子の前には電子上のごまかしなど子供だましでしかないのだ。

 

「ほかにも頼道の子飼いの分家とか、風牙衆が反乱やら逃亡やらに使う資金の流れやら色々とゲットなのです!」

「ほんと、お前ってチートだよな」

「いや、マスターも十分人間やめてチートじゃないですか」

 

チートとチートが合わさるとろくでもない。それがお互いに人格的に大いに問題があるもの同士ならなおさらだ。

 

「で、ここまで調べ上げましたがどうするのですか? まさかこのまま終わりませんよね?」

 

ニヤリとウィル子は不敵に笑う。釣られるように、和麻も笑う。ただしウィル子よりもさらに極悪な笑みを浮かべて。

 

「それこそまさかだろ。俺がやられてやり返さないと思うか?」

「にひひひ。思わないのですよ♪」

「だろ? と言う事で、こいつらに見せてやろうか。俺達を敵に回すってのがどう言う事になるのかを」

 

にひひひ、くくくと不気味な笑い声がホテルの一室に響き渡る。

ここに彼らの反撃が始まる。誰も予想しない、予想しえない反撃。見えない反撃が。

 

「あっ、でも俺の正体がバレないようにしないとな。これ以上の厄介ごとは嫌だし」

 

とあくまで正体を隠したまま、彼は反撃に出るのだった。

 

 

 

 


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