風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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第六話

「おっ、尻尾破壊」

 

反撃を決めた和麻とウィル子だったが、彼らは相変わらず横浜の高級ホテルの最上階のロイヤルスイートに滞在したまま、携帯ゲームに興じていた。

ゲーム内容は有名なモンハン。最近和麻とウィル子は二人でこのゲームの攻略にいそしんでいた。

 

先日の調査報告終了から、十日程が経過した。

今の所、風牙衆に動きは無い。まだ様子見や情報収集などを行っているようだ。

ちなみに和麻はあの一件で正体がバレないだろうと思っていたが、普通にバレていて風牙衆が自分を探していると知った時には激しく凹んだのは言うまでも無い。

 

「何であっさりバレるんだ? つうかマジで写真があったのか?」

「やっぱりウィル子の言うとおりフラグでしたね」

「嬉しくねぇよ、そんなフラグ」

 

と、テンションが駄々下がりして、一日中不貞寝してしまったのは仕方が無い。

あれから彼らは横浜のホテルで静かに、風牙衆に見つからないようにゲームに興じていた。

 

「にひひ。ウィル子がデータをいじれば簡単に、何の面倒も無く最強装備が作れるのに、マスターは地道に素材を集めますね~」

「ゲームってのは面倒を楽しむためにあるって、どっかのマダオが言ってただろ。だから俺も面倒を楽しんでるんだよ」

「よっと。確かにマスターも今の所マダオ一直線ですね。って、ああっ! マスターに吹っ飛ばされた!?」

 

画面の向こうではウィル子が操作するキャラクターが、和麻の操作するキャラクターに攻撃され空を待っている。

 

「俺はマダオじゃねぇ」

「って、こんな突っ込みは・・・・・・しかもモンスターに轢かれたのですよ! って、ライフが一気に!?」

「頑張れ~」

「外道なのですよ!」

 

画面に向かいながら、和麻は声援を送るがウィル子はそれどころではない。必死にモンスターから距離を取って回復にいそしむ。

二人は変わらぬ日常を過ごしている。彼らの周囲に変化は無い。

部屋の大型テレビはゲーム中でも相変わらず電源が入れられ、今日のニュースが流れている。

 

政治経済、様々なニュースが流れ続けている。

そんな中、何人もの大物政治家や警察の幹部が逮捕されると言うニュースが流れているが、二人の耳には大して届いていない。

これはこれで大問題なのだが、それ以上に混乱し、慌てふためいている者達がいた。

 

それも政治家や警察などではなく、古くよりその力を世界の安定に使い平和を守ってきたであろう一族と、その内部に・・・・・・・。

 

 

 

 

 

「どういうことだ、これは!?」

 

兵衛は風牙衆の屋敷の一室で部下からの報告を聞き、大きな声を上げた。

 

「我らが神凪に秘密裏に蓄えていた軍資金が無くなったなどと!」

「そ、それが、本日になり複数の銀行に秘密裏に用意していた隠し口座の資金が、何者かに奪われたようで・・・・・・」

「そんな馬鹿な話があるか!?」

 

憤慨する兵衛に部下はただただ顔を青ざめるしかない。逃亡資金の総額は数億にも達する。それが根こそぎ奪われたのだから、目も当てられない。

さらに不味いのは、兵衛はこの件を表ざたにできない事であろう。

 

この金は風牙衆の逃亡資金として、神凪に気づかれないように長い時間をかけて秘密裏に用意した。つまり隠し財産であり、発覚すれば様々な憶測や神凪の長老、分家の当主からの追及を免れない。

 

一応神凪の下部組織である風牙衆の資金はある程度の自由は宗主より与えられてはいるが、数億もの金が運営資金以外に存在すればどう言う事だと追求を受けるのは必死。

警察沙汰にもできず、まして神凪一族や宗主に報告できるはずも無い。風牙衆が秘密裏に探り出すしかない。

 

「・・・・・・・・・調査の方はどうなっておる?」

「も、目下、計画を知る風牙衆を総動員して調査に当たらせております」

 

しかし報告をする部下は気が気では無い。今の所、何の情報も出てきていない。一応銀行は秘密裏に調べてもらっているが、ハッキングやクラッキングの兆候は発見されていないらしい。何らかの人為的ミスがあったのではと至極当然な疑問もぶつけたが、そのような事実も無いらしい。

 

しかし風牙衆の誰も引き出した覚えがなく、また口座を移動させた覚えも無い。

ならば原因は何だ。

良く映画や小説である、犯罪組織や天才的なハッカーによるサイバーテロ以外に考えられない。

 

それでも銀行は数億もの金を保証してくれはしない。自分達で犯人を見つけるしかない。

だが電子上でのやり取りなど、卓越した情報収集能力を有する風牙衆とて畑違いだ。

今の所、打つ手がほとんど無い・・・・・・・・。

 

「こんな、こんな事が・・・・・・」

 

兵衛はワナワナと震える。逃亡資金が奪われてしまったのでは、仮に反乱に失敗した場合、他の風牙衆を逃がす事が困難になる。

それにその反乱自体も、流也と言う切り札を失って暗礁に乗り上げかけているのだ。

泣きっ面に蜂どころの話ではない。

 

「ひょ、兵衛様!」

 

と、今度は別の風牙衆の男が慌てた様子でやってきた。

 

「どうしたのじゃ、どんなに慌てて?」

「は、はい! 大変なのです。神凪一族の先代宗主や長老、他一部の分家の当主が・・・・・・」

 

先代宗主や長老、他一部の分家の当主と言う言葉で、兵衛は冷や汗が浮かんだ。まさか計画がばれたのか?

それで風牙衆の制裁に乗り出したのかと言う最悪の未来が脳裏に浮かぶ。

だが彼の予想は大きく外れる。

 

「一部の分家の当主が、警察に逮捕されました!」

「・・・・・・・はぁっ!?」

 

報告を聞いた兵衛は思わずおかしな声を上げてしまった。

 

 

 

 

 

神凪頼通は自室の一室で頭を抱えていた。彼と深い関係にあった大物議員が次々に逮捕されると言う事態が起こったのだ。

彼は長年にわたり、政財界と深いパイプを作り上げていた。

若い頃より、炎の才が無いと周囲に散々言われてきた。一族の宗家の中で最も弱い落ちこぼれ。

 

だが彼には執着欲があった。他の宗家の人間には無い、強さよりも地位や権力に対する執着欲が。

だからこそ、彼は策略をめぐらせた。神凪と深いつながりがある名家や政財界に顔を売り込んだ。

 

頼通にとって幸いだったのは、周囲は力こそがすべてと言う妄執に囚われる、よく言えば真っ直ぐ、悪く言えば単純馬鹿な奴が多かったことだろう。

確かに昔ならばそれは間違いではない。力があれば、何でも思うままにできた。力があれば、己の意思を願いを簡単に通す事ができた。

 

しかし時代が移り変わり、力だけがすべては無い時代が徐々に始まった。それが頼通には追い風となった。

 

自らの力を、技を鍛える事に喜びを見出し、力があれば一族の宗主になれると勘違いした宗家の大半を、頼通は策謀で葬り去った。

ある者は妖魔との戦いで偽情報に踊らされ、妖魔と相打ちさせた。ある者は別の家の者と結婚させ、神凪の宗主の地位になれないようにさせた。

穏便な手段や過激な手段を用いて、彼は宗主の地位に上り詰めた。無論反対意見も出たが、そこは金とコネがモノを言った。

 

世の中お金がすべてではないが、金が無ければ生きてはいけない。借金を重ねれば首が回らず、一銭も無ければ今日を生きていくこともできない。

高利貸しやら何やらを抱き込み、分家、宗家限らずに頼通は反対派を金とコネの力で抑え込んだ。

 

ただ彼自身が宗主の器ではなく、人としての器も小さかったため、うまく他者を頼ることができなかった。利用する事はできても、信頼し、信用する事もできない男には限界があった。

彼は神凪の力を史上最低にまで貶めた。だがそれにも関わらず、金とコネは神凪至上最高にまで上りあがらせたのだから、プラスマイナスゼロではある。

まあそれはともかく、そんな頼通は過去最大の危機に面していた。

 

彼の最大の武器にして切り札であるコネが軒並み消えうせたのだ。さらに政財界との深いつながりがあった大物までもが、脱税や違法献金、収賄やらインサイダー取引などの罪で次々に逮捕されていく。

まるで誰かが彼らの秘密をバラしたかのごとく、一斉に。

 

「いや、これは誰かが裏で動いているに違いない。そうでなければ説明が付かぬ」

 

事態が明るみに出たのはここ数日。それまでは何の落ち度も無かった。とすれば考えられるのは、誰かが故意に自分達の悪事を警察やマスコミにリークしているしか考えられない。

 

「だが一体誰が。それにマスコミや警察には元々圧力をかけていたはずだ・・・・・・」

 

そう。万が一の事を考慮して、頼通や大物議員、政財界の顔役はそれぞれの地位や権力、金などを利用して、自分達に逮捕の手が伸びないようにしていた。

悪事を握りつぶす程度は今までにしているし、ある程度の地位にいる人間なら一度位はする事だ。

 

なのにこの事態は一体・・・・・・・・。

だが頼通には更なる悲劇が襲い掛かる。

 

プルルル

 

彼の携帯電話が鳴り響く。ディスプレイに浮かぶ相手を見れば、それは彼とつながりの深い会社の重役からだった。

 

「もしもし、ワシだ」

『頼通か!? 大変なのだ! 私の、私達の口座が!』

「口座?」

 

頼通は電話の相手の興奮した声に首をかしげながらも話を聞き進め、顔を青ざめた。

 

「ま、まさか・・・・・・」

『本当だ! 今朝になって連絡が来た。以前から運用していた隠し口座の金が一夜にして消えうせた!』

 

馬鹿なと言う。一夜にして金が消えうせるなどありえるのか。何かの間違いではないかと頼通は思ったが、話を聞けばそれは嘘でも夢でもなく現実だった。

 

『調べさせたが、間違いない。全額、どこかに移され追う事もできん! それにこの口座は公にもできない』

 

頼通は苦虫を噛み砕く。裏金とは誰も知らないものであり、知られては不味いもの。ゆえに公にできず、こんな手法を取られれば、頼通達ではどうすることも出来ない。

 

頼通はどうするかと考えをまとめようとした。その矢先、彼にとってさらに不幸な事が訪れる。

 

ドタドタドタと複数の足音が聞こえる。何事かと思い、私室の入り口の方に視線を向ける。

襖が開かれ、スーツを着た幾人かの男達がそこにはいた。

 

「何者だ!? それにここをどこだと思っておる!?」

「神凪頼通氏ですね。あなたには脱税など幾つかの容疑で逮捕状が出されております」

 

ばさりと一枚の紙を頼通に提示する。それは逮捕状であった。

男の言葉に頼通の顔が青ざめる。

 

「署までご同行願います」

 

無常な言葉が頼通に放たれた。

 

 

 

 

「はぁ……。まったく。この私がまさか神凪一族の人間を逮捕するなんてね」

 

神凪一族の屋敷の周辺を取り囲むようにして止まっている複数のパトカー。その中の一台に、彼女はいた。

 

彼女の名前は橘霧香。

警視庁特殊資料室と言う、国内では唯一の国営退魔機関に所属するエリートであり階級は警視。

女性でありながら、この若さで組織を運営する手腕と陰陽道の名門橘家の分家の出ながら、優れた陰陽術を使う才色兼備な人物だった。

 

彼女の手には分厚い資料が握られている。そこには神凪一族の一部の分家、長老、先代宗主である頼通などが不正に行っていた取引や談合、脱税を始めとした犯罪の数々が明記されていた。

 

神凪一族は政府とも深いパイプを持ち、多少ならば警察に圧力をかけることも可能だった。

しかしその大物議員がここ数日で一斉に逮捕されると言う、前代未聞の事件が発生した。

 

公職選挙法違反、脱税、収賄などなど、様々な容疑で議員が逮捕された。

証拠も十分で記載報告されていない資料や、銀行や企業からの違法な献金などが記載されていた。

 

どこからこれだけの資料を集めたのか、霧香とて不思議に思った。

さらにこれらの議員の不正の資料は、匿名で送られてきていたらしい。

普通ならこんなものは証拠として十分でも、組織のしがらみや政府や警察上層部の癒着などもあり、握りつぶされる可能性もあった。

 

だが警察上層部はそれをしなかった。否、できなかったと言うべきだろう。

なぜなら警察上層部の弱みも一緒に送られてきており、もしリストに記載された議員を逮捕しなければこれを公表すると言う脅しまでかけられていたそうだ。

そして見せしめとして、一人の警察上層部の人間の悪事がマスコミ関係に暴露された。

 

人間誰でも保身に走る。それが権力者ならなおさらだ。

警察上層部は焦った。しかし背に腹は変えられない。彼らは必死で行動を起こし議員連中を強制逮捕したのだ。

 

霧香としてはそれはそこまで重要ではなかった。彼女としては新設された資料室を大きくするために奔走しなければならなかったからだ。

 

数日前のそんな折、彼女の下へと一本の電話がかかってきた。

警視庁の地下。彼女達に割り当てられた部屋。そのデスクの上で彼女はパソコンで資料整理を行っていた。

電話の番号は見知らぬ相手。霧香は訝しげに思いながらも、電話を手に取り耳に当てた。

 

「はい、もしもし」

『橘霧香だな』

 

機械で声色を変えた、男とも女ともわからない声が電話から流れる。霧香は警戒を一気に高める。

 

「……そうですが、あなたは」

『こちらの事をお前が知る必要は無い。それよりもお前に有益な情報を渡そうと思ってね』

「有益な情報?」

『……警察上層部の件は知っているな?』

 

その言葉に霧香はハッとなる。

 

「あれはあなたが・・・・・・」

『イエスと言っておく。お前に頼むのは別の件だ。神凪一族、当然知っているな?』

 

霧香は問われてええと呟く。この業界で神凪一族を知らない人間はいない。と言うよりもいればそれはド素人かもぐりだろう。

さらに推測されるのは、向こうはこちらの情報をほとんど知りえていると言う事か。

 

『こちらはその神凪一族の弱みを握っている。と言っても、法律上の弱み。脱税や不正と言ったものの証拠だが……』

「それを使って神凪を脅せと? まさか逮捕しろって言うんじゃないでしょうね?」

『その通りだ』

 

霧香は頭が真っ白になりそうだった。神凪一族を逮捕? それは何の冗談だろうか。

 

『警察は犯罪者を逮捕する組織だろう。こちらは何も間違えた事を言っていない』

 

いや、それは確かにそうなんだが、神凪一族を逮捕させてこの電話の主に何の得があるのだろう。それに神凪一族が犯罪者?

 

『神凪と言っても所詮は人だ。一部は大物政治家と癒着して甘い汁を吸っている。脱税や横領、調べれば色々出てくるぞ』

「それはまた偉く俗っぽいわね」

 

だが証拠があるのなら、いくら神凪一族でも法律違反で逮捕はできるだろう。法律に違反すればそれが誰であろうと、平等に法の裁きを受けなければならない。

それにしてもこの相手は一体何者だろうか。霧香は会話を続けながら頭をフル回転させる。

 

(考えられるのは神凪の敵対組織で、神凪が不祥事を起こせば自動的に自分達が得をする組織って所だけど、こんな大掛かりな事をやってのける組織なんて……)

 

霧香はこれだけの膨大な量の情報を、個人で入手したとは考えられなかった。

この相手の言葉が正しければ、警視庁から政財界、また神凪一族の情報すらも握っていると言うことだ。

 

(よほどの優秀な諜報員やハッカーを抱えた集団。もしくは諜報能力に優れた術者の集団と言うところかしら)

 

国内において、特殊資料室は見者系の術者は多いが、これほどまでの情報収集を行う事は難しい。

とすればそれ以上の能力を有する諜報組織……。

アメリカCIAやロシアのKGB、英国のMI6。そんな世界の超一流のプロ組織でも動かない限りは。

 

(国内でも優秀な諜報能力を持つ術者の集団はいるけど、神凪一族の情報を得ようなんてそれこそ難しいわ。神凪一族には下部組織として諜報に優れた風牙衆がいるんだから)

 

風牙衆が優秀な組織であると言う事は霧香も良く知っている。

戦闘能力こそ無いものの、彼らの情報収集能力は民間ではトップであり、特殊資料室も警察と言う国家組織の後ろ盾が無ければ、彼らと伍して行くことすらかなわない。

 

だがその時、ハッと霧香はある事を思い立った。

個人でこれだけの情報を集める事は困難。組織であっても神凪一族の情報を得ようとすれば必ず風牙衆に見つかるだろう。

 

だが逆に内部が情報源ならば?

そうなればつじつまが合う。

 

霧香は手元にあった最近逮捕された大物議員のリストを見る。全員ではないが半数近くは神凪一族と深いかかわりがあるとされていた。

風牙衆が神凪一族の下部組織として、半ば奴隷に近い立場にあるという噂は幾度か耳にしている。

ならその風牙衆が反乱を起こしたと考えれば?

 

「あなたはもしかして風牙衆の……」

『お前が、こちらの正体を知る必要は無い。教えるつもりも無い。そっちがどう考えようと勝手だが、この話にはそっちにもメリットがある』

 

電話の相手はこれ以上の詮索はするなと言うと、霧香にメリットについて話し始めた。

 

『政府と蜜月の関係にある神凪一族がいる限り資料室が大きな顔をする事はできない。だが民間に不祥事があれば、政府としても公的機関である資料室に重きを置く可能性は高い』

「取引をしようと言うのね。そちらの狙いは神凪一族からの独立、もしくはこちらへのアピールかしら?」

『どう取ってもらっても構わない。詳細資料はそっちのパソコンに送っておく。どう使うかは自由だが……、くれぐれもわかっているな?』

 

念を押すように言うと、電話はそのまま切れた。

 

「あっ、ちょっと……」

 

霧香は話し足りなかったが、ツーツーと言う音が鳴り響く電話機から耳を話すと一度大きく深呼吸した。

 

「まったく。何なのよ、本当に……」

 

そう呟いていると、今度は自分のパソコンにメールが届いたと言う通知が現れる。

まさかと思い彼女はメールを開く。

そこにはミスターXと言う、ふざけた名前で送られたメールが何件も届いていた。

どうやってこちらのアドレスを入手したのか。いや、これだけの事をしでかす相手だ。それぐらい簡単かもしれない。

 

メールにはそれぞれに添付ファイルが添えられていた。

念のため、ファイルを開く前にUSBメモリーに保存。別の今は使用していない旧式のパソコンで解凍し、ウィルススキャンをする。何かを仕掛けられていた場合笑い話にもなら無い。

スキャンの結果、何も反応がなかったので解凍。そこにはやはりと言うか予想通り、神凪一族の一部の者の不正が綴られていた。

 

さらに後日、証拠資料を郵送するとも書かれていた。

 

「……よくもまあ、これだけ詳細に調べたわね。でも仮にこの相手が風牙衆ならこれも難しくは無いかもしれないわね」

 

霧香の頭の中ではすでに、風牙衆が首謀者と言う考えが疑惑ではなく、確信の域に達していた。

もちろん、裏づけをしなければならないだろうが、これだけの事ができる諜報組織が尻尾を掴ませるとは思えない。

 

(一応、国内の他の組織や海外の諜報員の可能性も調べないといけないけど、もしそれらに何の行動の証拠も無ければ、風牙衆で確定ね)

 

霧香はすぐに部下に指示を出す。他にも知り合いの諜報関係に詳しい部署に連絡を入れて確認を取る。日本にもあまり公にされていないが諜報を主だった仕事にする部署は存在する。

 

もし海外から何らかのアクションがあれば、そこに必ず引っかかるはずだ。証拠を残さなくても、国内に入り込めば外国人である限り否応無しに目立つ。

他の国内の場合はその線では掴みづらいが、国内の風牙衆以外の優秀な組織は霧香や諜報課でもある程度の動きは追っている。

 

(確定に数日はかかるでしょけど、これで相手が何者か、大体わかるでしょう)

 

それが数日前の話。その後霧香は言われたとおりに神凪の逮捕に乗り出した。

 

「それにしても連中の目的は何だったのでしょうね?」

 

霧香の横に立つ資料室に所属する倉橋和泉が彼女に尋ねる。

 

「さあ。わからないわね。自分達の優秀さを内外にアピールすることが目的なのか、それとも神凪からの独立を目指しているのか……」

 

霧香自身、未だに風牙衆の目的を図り損ねていた。あの後、調べたがやはり彼女の予想通り、どこの組織や一族にも目立った動きは無かった。

それに風牙衆が何らかの組織と争ったと言う報告も無い。

ただ先日、大阪で次期宗主である神凪綾乃が突発的に妖魔と戦い、そこに神凪一族を出奔した神凪和麻が手助けをしたと言う情報は掴んだ。

 

(あの男が生きていて、それも日本に戻ってきているなんて……)

 

その話を霧香が聞いた際、彼女は今までに無いほど最悪な顔をしたと言う。

神凪和麻。今では八神和麻と名を変えている男。

彼女は一度和麻に会ったことがある。二年ほど前にロンドンで。

その際、彼女はロンドンに研修に赴いていた。日本とは違い心霊捜査の本場であるロンドンへ、様々な事を学ぶために留学していたのだ。

 

そこで和麻と出会った。最悪と言うべき出会いだった。

霧香はある事件を追っていたのだが、和麻とはそこで鉢合わせした。その当時の和麻はまだ復讐の途中で今のような余裕などなく、まさに死神と形容しても差し支えない状態だった。

 

詳しい話は省くが、霧香としては和麻のおかげで事件が解決した。

これには霧香は歓喜し、安堵した。理由は事件が解決し、自分の功績が認められたからではない。

もう和麻と一緒にいなくて済むからであった。

それからの和麻については、霧香は詳しくは知らない。

 

それでも強烈な印象を与えられた霧香は、その後も彼の情報だけは集め続けた。

その約一年後『契約者がアルマゲストの首領であるアーウィン・レスザールと相打ちになった』と言う話を聞いた。

 

さらに同時期に八神和麻が死んだと言う話も、霧香の耳に届いた。

 

正直、その話事態も信じられないファンタジーな内容ではあったが、それ以上にあの男が死んだと言う話が信じられなかった。

ただその後は凄腕の風術師の噂は、ばたりと消えうせたのは事実であり、八神和麻の名前も一切聞かなくなった。

 

その代わりアルマゲストに所属する人間が次々に殺され、アルマゲストの評議会の議長を務める男一人を除いて全員殺されたと言う話が届いた。

 

それも本当かと疑いたくなったが、こちらは情報があり真実のようだった。

その犯人が和麻だと言う証拠は何一つ無い。それどころか生きていると言う証拠も無いのだ。

彼に似た人間を見たと言う話しは聞かないでもないが、風術師として活動していると言う情報は一切無いのだ。

 

彼ほどの存在が何の動きも見せない。そもそも術者であるなら、生きるためには仕事をしなければならず、何らかの組織に所属すれば必ず話し位は出てくるはずなのに。

 

(今までどこで何をやっていたのかしら。と言うか、本当に会いたくないわね……)

 

神様仏様、お願いしますからあの男だけは絶対私の前に姿を現さないようにお願いしますと、柄にも無い事を祈る霧香。それほどまでに、彼女は和麻に出会いたくなかった。

 

「それにしても一度風牙衆とは個人的に話をしないといけないわね。簡単には尻尾を出してはくれないでしょうけど」

 

嫌なことは忘れようと頭を切り替える。あの男の事を考えるのはやめだ。今の問題はこんな大きな事件を起こした風牙衆。

その彼らの目的や今後どうするのか、またどうしたいのかを知らなければならない。

自分に個人的に連絡をしてくるくらいだ。交渉の可能性は十分にある。

 

「とにかく、落ち着いたら風巻兵衛氏と神凪重悟氏に面会を求めましょうか」

 

霧香は今後資料室を大きくしていくためにも、今回の件を最大限に利用しようと心に誓う。

 

だが彼女も知らない。彼女自身も、風牙衆も神凪も、たった一人の男、否、男とその従者の掌で躍らされていると言う事を……。

彼女が再会したくないと思っている男が、この瞬間にもほくそ笑んでいる事を彼女は知る由もなかった。

 

 

 

 

そんな感じで混乱の極みにある三者に対して、すでに高みの見物に入っている和麻とウィル子。

言うまでも無く、この流れを作ったのは風牙衆ではなく彼らだ。

 

霧香に電話したのもウィル子が作り出したプログラムで和麻が喋っていただけ。彼女を選んだのは以前に一度会った事があったからと特殊資料室の室長をしていたからである。

 

「それにしても何で神凪とか警察を巻き込んだのですか?」

「ん? いや、ほら。風牙衆だけ痛い思いをするのは可哀想だろ? だったら最初の思惑通り神凪への復讐も手助けしてやら無いと悪いだろ。せっかく慰謝料を大量に貰ったんだから。ついでに迷惑料も神凪からもらえるし。警察はついで。霧香が日本にいたからな。あいつにもメリットはあるし、丁度いい機会だろ」

 

すでに風牙衆、神凪の隠し財産は綺麗さっぱり和麻とウィル子が横取りしている。口座もスイス銀行の隠し口座に移しているので誰も手を出せない。

十億円以上の金があっさりと手に入った。

 

ただまあ、風牙衆からの金は命を狙われた事に対する報復で、神凪の金は神凪の滅亡を助けてやったお助け料と言うことなので、和麻とウィル子は別に悪いとは思っていない。

風牙衆も皆殺しの目に合うよりはマシだろうし、神凪も一族滅亡に比べれば安いものだろう。

 

「なるほど。で、その本音は?」

「俺が目立たないで済むのとその方が面白いから」

「にひひひ。そうですね。ここからどうなるか、ウィル子も興味津々です」

「くくく、そうだろ? まったくどうなるか楽しみだよな」

 

実に極悪な二人であった。

 

「連中も思い知るだろうよ。俺達を敵に回すのがどう言う事か」

「そうですね。まあウィル子達の事を彼らが知ることは絶対にないですけどね」

 

そう言ってまた笑いあう。

彼らは自分達の能力に絶対の自信を持っていた。またその能力を最大限活用する頭脳も保有していた。

 

世界最高の風術師と電子の精霊にして神の雛形たる少女。

彼らの力は武力に非ず。

武力も非常識ではあるが、それ以上に強大なのが情報収集能力。

そしてそれを最大限運用、活用する能力。

 

神凪と風牙衆の地獄は、ここから始まった。

 

 


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