ご飯好きなお隣さん   作:のへてみこそ

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第2話

 空が青い。雲ひとつない快晴で、太陽が俺が主人公だぞとばかりに光っている。

 そんな空の下、川の上に作られた建物に私は案内された。

 よくよく周りの風景を見てみると、四角い特異な建物が目に入り込む。

 辺りには多くの瓦礫の山が道なりに点在し、トリオン兵の破壊の跡が刻みつけられている。だから、私は外の空気を吸うことができるとは思わなかった。彼らにとって私は、良くて不審人物、侵略者と考えられてもおかしくはない。閉じ込められて、尋問を受ける。そんな可能性も考えていた。

 屋上に風は吹いていた。髪が風にのって揺れる。

 後ろの扉が開いた。

 「どう、気分は落ち着いたかな」

 おいしい袋菓子をくれた少年だ。太陽は私にも彼にも等しく影をつくる。同じ方向に影は作られる。

 外見から判断するに、私と同年代かそれよりも下の年齢だろう。けど、飄々としていて、重みがある、そうな雰囲気を漂わせている。大人びた少年だ。

 

 「はい、落ち着きました。今朝は取り乱してしまってすみませんでした。それで、私はどうなるんですか」

 できれば、今朝のことは忘れてもらいたい。あんなに泣いてしまったのは久しぶりだ。少し、恥ずかしい。

 「しばらくはこっちで過ごしてもらうみたい」

 「ここで、ですか。正直、牢屋とかに収監されると思っていました」

 「牢屋って、ボーダーは何もしていない人にはそこまでしないよ。あぁ、そうそう」

 

 彼の手にはいつの間にかぼんち揚げが握られていて、ボリボリと美味しそうに食べていた。

 

  「あれが、ボーダー。最近作られた、この町を守るための組織だよ」

 彼の指差す方向には四角い、先ほど目にはいった建物があった。彼が、そのボーダーを紹介する声。その声には、どこか後悔の色がにじみ出ているような気がする。気のせいかもしれないけど。

 

 「そういえば、名前、何ていうの」

 「ルレーネです」

 「ルレーネさんかぁ。ちなみに俺は迅悠一ね。それで、どうしてここに来たの」

 

 「たぶん、見て見ぬ振りをしていたんです。だから、私はここに流されて来ました」

 過去のことを悔やんでも仕方がないけど、少し心が揺れる。

 「噂でした。トリガーの一つに、罪を裁くものがあるんです。だからあそこでは、殺人はできません。でも、直接的ではなくて、間接的ならトリガーの裁定をすり抜けらるんです。邪魔になった人は、そうした取り除かれます。それで、ここに流れついたのかと。まぁ、あくまで、予想ですけど」

 心の揺れは隠せただろうか。

 「ごめんね聞きにくいことを聞いて。答えてくれてありがとう。このあと、何か用事でもあるの」 

 「いえ、とくには」

 「なら、ボーダーに入ってみない」

 「どういうことですか」

 彼は私に今のこの町の状況について、軽く説明した。ボーダーは今人が足りていないらしい。出来てすぐの組織でなにかもが足りていないという。

 それは、この町の光景を見ればなんとなくだが、予想はできた。でもなぜ、他国の人間に説明をしているのだろうか。情報漏洩とか、気にしなくていいのだろうか。いや、するべきだ。

 「人材不足だからって、他国の軍人を雇うのはリスクが高すぎでは。それに、私のことなんて、信用するべきではないです」

 「いや、ルレーネさんが信用できるのは、わかってる」

 「何を根拠にそんなことを言えるのですか」

 

 「時間がたてば分かるよ」

 言葉に含みを持たせて彼は外に出ていった。

 「ボーダー、か」

 私にはまだ心を落ち着かせる時間が必要だった。

 

 監視の気配もなく、この建物の外に出れた。ホントにいったいどうなっているのだろう。私が前いた軍では、厳しく縛られていたのに。

 少し出かける、と置き手紙を残して、人がたくさんのいそうな場所へと向かう。手元には簡易的なトリガーがある。これがないと、どこか不安で落ち着かない。トリガーをしっかりと抱える。

 

 私は川沿いを歩いていた。

 

 様子がおかしい少女が、いた。壊れた手すりが彼女の目には映らない。彼女の目は映していた。空を。

 彼女はそのまま、身を投げ出した。

 ゆっくりと地面を蹴った。

 堤防から落下していった。

 ゆっくりと地面に近づていった。

 風が髪をたなびかせた。

 

 

 私はトリオン体になっていた。私は少女を腕に抱えている。

 少女は語る。

「おかしいんだ。電話を何回かけても繋がらないの。お母さんが出てきてくれないんだ。そしたら、お父さんが電話を取り上げてさ、私のことを抱きしめてるの」

 思いが溢れている。たぶん、心の器が壊れてしまったんだ。

 「ぎゅうっと、抱きしめてくれるの。うれしいのに、うれしいのに。なんでだろう。かなしいんだ」

 

 私は部屋からくすねてきた、ぼんち揚げを彼女に握らせた。

 「それ、食べて」

 彼女はボリボリと食べた。 

 「味がするでしょ。それが生きているってことなの」

 「うん」

 「思いが溢れたら、吐き出して。そしたら、一つ一つ集めていくんだ」

 耳をすますと川の流れが聞こえる。

 「お父さんがどこにいるか分かる」

 「うん」

 「一緒に歩いていこうか」

 手を繋いで歩く。

 「こうしてね、今歩いているのが、私たちなんだよ」

 

 

 私は長い間、戦場にいたせいで、何のために戦っているのかを見失っていた。それは、きっと、辛いことを思い出さないため、心を守るための、無意識の防衛反応だ。でも、それは現実から目を背けているのと、どんな違いがあるのだろうか。

 私はこの知らない町で生きている人の様子をじっと、建物の上から眺めていた。

 そして、ふと、先ほどの迅さんの言葉が、浮かんでくるのだ。

 日はそして沈んでいく。

 

 真新しいボーダーの司令室には男が一人座っていた。時刻は深夜をとうに過ぎているにもかかわらず、あちこちに人気を感じる。ボーダーには休んでいる暇がなかった。

 私たちが入ると空気がヒリヒリと緊張感が高まる。

目の前には黒スーツ姿の男がいた。顔に大きな傷跡が残っている。

 「かつての私たちのやり方は間違っていたわけではなかった。だか強くなければ、救えないものが多すぎたのだ」

 彼はおそらく碌な睡眠が取れていないのだろう。目の下にうっすらと隈がかかっている。

 「理屈は分かる。そうしなければならないことは理解している。君が、ボーダーに入隊してくれるのなら、多くの利益が見込まれるだろう」

 そこで彼は深く息を吸った。

 「この問いかけには意味はないだろう。それでも、言わなければならない。ネイバーはあの人を殺した。なぜ、ネイバーに頼らねばならないのか」

 

 気がついた。これは、私に対する問いかけでもあるし、自分自身に対する問いかけでもあるのだろう。この街で大切なのもの、二度と手に入らない宝物。失った人たちに対して、何が許す理由になるのか。

 けれど、私はかつて、何のために戦ったのかを覚えている。それは守るためだ。奪うためではない。いつから、変わってしまったのだろう。

 

 「友を失った人にかける言葉を、私は知りません。変わってしまったいつもの中で、思い出は風化していきました。時間は戻せない。憎しみが消えることはない。けど、それは今から目を逸らす理由にはならない。私たちは今を生きていてるんです。あなたは、今救える命を見捨てるんですか」

 

 私は感情が入りすぎた口元を硬く閉ざした。なかなか、上手い生き方を知らない自分にため息がでる。これではまるで、自分を過大評価しているみたいだ。

 彼は大きな、大きな、ため息をついた。

 「今のボーダーに、余力はない。使えるもの何でも使わなければならない。だが、私はネイバーのことを許すことはない」

 きっと、ある種の決意表明だ。彼は何かを奪われたのだろう。彼は、かつての戦場で出会った、老いた戦士ような、悲しい、哀しい、憎しみを知っていた。

 「よかろう、ボーダーへの入隊を認めよう。ただし、本部に所属してもらう。玉狛には行かせられない」

 確かに、あの川の上の建物が玉狛支部のはずだ。迅さんがいる所。

 「他の幹部には私から伝えておく。それと、もう一つ。迅、誰しもが未来を見ることができるわけではない、それを忘れるなよ」

 帰り際に、男は不思議なことを迅さんに話かけていた。

 その言葉反応して迅さんは、何かを呟いたような気がした。

 

 私たちは外へと出ていった。

 

 「ねぇ、迅さん。ぼんち揚げを一つください」

 

 この味と食感がたまらない。

 

 「ねぇ、迅さん。サイドエフェクトとか、持ってたりするの、もしかしてだけど」

 

 「お、よくわかったね。実は、俺、未来が見えるんだ」

 「なるぼど、ほんとに、ほんとうに、大変だったね。そういえば、お礼を言っていなかったね。ありがとう、迅さん」

 

 彼は少し困ったように苦笑いして、何かを言おうとして、口を閉じた。

 

 私と一緒に司令室に入った迅さんは、足取り軽くボーダーの通路を歩いている。私も、ぼんち揚げを食べながらその後をついていった。

 

 ここは防衛機構、ボーダーだ。

 




感想ありがとうございます。続きを書くとしたら、大規模侵攻まで飛びます。たぶん。
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