個人戦ブース前のラウンジへと足を運ぶ。
子犬系の後輩と仲良くしている、サングラスをかけた実力派エリートがいた。彼は最近ここによく顔を出すらしい。何かがあったに違いない。ボーダー内で噂になっている。
「ごめんね、緑川君。少しだけ迅さんとお話させてくれないかな」
「うん。いいよー」
いつも、オナモミみたいにくっついているから、二つ返事で快諾したのは意外だった。
「ねぇ迅くん。今日の夕方空いている?」
「おっ、ルレーネさん。久しぶり。どうしたの」
いつもより、彼の瞳の奥の色が明るい。
「ご飯食べに行かないかな、東さん行きつけのところ。私がおごるよ」
「じゃ、ありがたく、ごちそうさまになります」
玄界の呼び名でサイドエフェクト。副作用とは上手い言い回しだ。恐ろしいほどにその性質を表現している。彼の瞳はどんな可能性を移しているのか。
最近にS級からA級になった彼はブースに頻繁に出没してる。そして、今日も太刀川君に付きまとわれている、たまに緑川君にも。
なんだかんだで楽しそうだから、見てるこっちも安心する。
そういえばこの前、太刀川君が風間さんに引っ張り出されてたのを見かけた。いつものことながら呆れてしまう。大学に通っているみたいだけど、あんなに個人戦をして大丈夫なのだろうか。まぁ、頼りになる友人がいるからこそ、頼りにしているのか。そうはいっても、感謝忘れるべからず。さよならは必ずしも言えるとは限らないから。
そんなことをつらつらと考えていた。
断られなくて、ほっとした。
私はそのまま開発室の方へ急いで踵を返す。改造ラッドの件でかなり時間を取られてしまった。だから日常業務が山のように積み重なってる。あまり油を売っていると、鬼怒田さんの隈がさらにひどいことになってしまう。
こちらの世界はトリオンに頼らなくても十分に暮らしていける。それどころか、下手するとあっちよりも生活水準が高いかもしれない。あそこでは軍事の方にしか目が向けられていなかったから。
だから、私ばまだこの国のほんの少ししか知らないけど思わず嫉妬してしまうほど、ここは
美しい。嗚呼、こんな国に生まれたかったな。
あそこでは食事は楽しむものではなく、生きるための行為だった。効率的な栄養摂取のためのレーションを噛りながら、上司のミーティングの話を聞いていた。でも、今にして思うと結構失礼なことしてるな、私。でも、あの風船は明らかにクズ、それは断言できる。自分の感情をコントロールできない愚か者は戦場にいるべきではない。
肉が焼ける音がする。金網からしたたれ落ちた肉汁が火種にあたり炎が大きく揺らめく。焼肉の芳ばしい香り膨れ上がりが食欲を刺激する。口の中で涎が出る。
肌寒い季節、温かい食べ物は体を中から暖めてくれる。
甘辛いタレにつけて食べる。
噛みしめるごとに肉汁が溢れ、口の中で肉の旨みが広がる。タレがアクセントになって肉の旨みを下から支えてる。
美味しい。
部位によって、食感や、香り、味がかわる。この国の食に対する探究心は、心底尊敬する。ありがたや、ありがたや。
同じく注文したジンジャーエールで口の中の油を胃へ落とす。ここのジンジャーエールは特に美味しい。しっかりとした辛味と芳醇な甘み。口の中を一回リセットするのに最適だ。
「ほんとに。ルレーネさんはおいしそうに食べるね」
「こんなにも、ご飯が美味しすぎるのがいけない」
本題に入らなきゃ。気持ちを入れ替える。
終ぞ慣れることが出来なかった戦争の香り。
「このあと大きな侵攻があるんでしょ。空気がピリついているのが分かる」
「そうだね、結構厳しい戦いになるかもしれない」
肉の焼ける音が響く。
彼を見つめる。そこから感情を読み取ることができない。だからこそ、自分が立てた仮説はあっているような気がしてならない。
偵察の段階で、数千匹もの改造ラッド、さらには、イルガー、コストが高いトリオン兵を使用してる。おそらく強い国だ。今のボーダーではまともに戦ったら勝てないだろう。だから、彼は今様々なフラグを建てているのだろう。
最善の未来を掴み取るために。
例えば、雨取千佳さん、玉狛支部所属の隊員。つい先日ボーダーの壁を撃ち抜いたことで噂に上がってる。彼女のトリオン能力は近界民からしたら垂涎もの、彼女を囮にすることで意図的に敵の戦力を集めるとか。そんなふうな予想をしてしまう。
いけない、いけない。ついそちらの方向へ考えが偏ってしまう。
焦げそうになっている肉をすくい、今度は溶き卵をつけて食べる。卵のほんわかした甘みが肉のガツンとした旨みを包み込む。
美味しい。
「私は昔は、サイドエフェクトは単なる便利な道具だと思っていた。むしろ、羨ましいとも思っていたんだ。選ばれし戦士みたいな、主人公みたいなね。でも、主人公って、良いものでもないよね」
「あぁ、ごめん。意味分かんないよね。少し、感傷的になっちゃってね。つまり、こういうこと」
焼肉の焼ける音が響く。
「最善の未来に向けて、私を上手く使ってくれ、暗躍系エリート。君が望む世界は今よりももっと美しい世界なんだろう」
そう言って語尾を私は弾ませた。気負う必要はないさ。
未来をみるとはどんな感覚なのか。サイドエフェクトを持たない私に、その苦しみを理解できはしない。それでも、共に歩むことを諦めることは彼に対して目を背けること。許されざるべきことだ。
「あ、あと、玉狛の新入りの噂話聞いたよ。ずいぶん、派手にやっているね」
「うちの支部の隊員はすごいからね」
「そうだね。本部でも噂になってる」
狙いを定めて、トングでお肉を掴み取る。
「頂き」
ここは、サイドメニューも豊富にある。特にここのアイスは、焼肉で重たくなったお腹に、適度な甘さで落ち着かせてくれる。
私の専門はトリオン兵の開発、運用、研究である。しかし、ボーダーではトリオン兵を運用していない。であるからして、私は普段こちらにやってきたトリオン兵の分析を行っている。つまり、何が言いたいのか。
今が絶賛繁忙期です。さらに、大変なことに私よりもトリオン兵に詳しい人がほとんどいないのです。いちおう例外アリ。カナダ人とか。
「この前出現したモールモッドの動きを伝えて欲しい、だって。そんなん。えっと、今ランク戦やってないでしょ。手が空いているオペレーターいるよね、それ、使って分析すればいいじゃない」
「それが、動画が豊富に残っているわけではなくて、内部からのデータから欲しいそうなんです」
「マジです?」
「マジです」
「できるかなぁ、少し時間を頂戴」
データ分析にかかりきりで時計の針は既に翌朝を示していた。
「すみません。あがります」
「お疲れさまです」
「お疲れさまです」
周囲のエンジニアたちに一言声をかけながら退出する。
アラームをセットして、本部内の小部屋で寝る。
「おやすみなさい」
強い振動で目が覚めた。
何か大きな物がぶつかったような衝撃。
慌てて部屋の外に出てみると、たくさんの人が忙しなさげにそこらを走っている。私は開発室に駆け込んだ。
「何があったんです」
「大規模侵攻です」
遂にその時が始まったのか。
私ポケットにしまってあるトリガーに軽く指を添えた。大丈夫だから。
新型トリオン兵の解析をしていたときのこと。映像と戦闘員からの好戦データ、そしてキューブ隊長を解析して、敵のトリオン兵の能力を分析していた時のこと。
基地内部に敵が侵入した。
だから、私は持ち場から離れて、敵の居場所へと向かった。迅さんからの助言を頭の片隅に残しておきながら。
私は軍人だった。だから、分かっている。人殺しを好む人がいることを。
私は学者だった。だから、気づいている。その瞳の色は手遅れなことを。
その瞳は黒に染まっている。特徴的な角、おそらくトリオン受容体だろう、たしかに私たちの国でも研究対象には入った。だけど、その被験者の死亡率が極めて高く、また寿命も長くはならないだろうこと。その非人道的さから、研究対象からすぐさま排除された、そんなシロモノだ。
敵トリガー使いに向けて、アステロイドを放つ。ブラックトリガーは動きをせずにこちらをニヤニヤと見つめている。
アステロイドは敵のトリオン体の中を通り抜けていった。
「やっと、ザコトリガーがやってきたか。少しは楽しませてくれるんだろうな」
少しだけ憐憫の感情を抱く。彼は人殺し以外の道を見たことはあるのだろうか。
相手は黒トリガー、油断したらこちらが殺られる。
「ごめんね。あなたを不快な気分にさせるのが、私の仕事かな」
とりあえず、口撃をしかける。
このフロアにはまだ逃げ遅れた人が残っている。そして、重傷を負った人が幾人も倒れてる。
「やっぱり、気に入らない」
人殺しを楽しむ人なんて。
前後左右から無数の刃が襲いかかってくる。私はグラスホッパーを使い避けながら、アステロイドを放つ。
「ごちゃごちゃうるせえなぁ、クソ猿がぁ、雑魚は黙ってろ」
縦横無尽に泥の刃がこちらに向かってくる。
じわりじわりとなぶり殺しをするように逃げ場がなくなっていく。時間を稼ぐどころかすぐに致命傷を負いそうだ。
「これは使いたくなかったんだけどな。トリガーオフ」
私は敵から距離をとる。ポケットの中に入れていたトリガーを手に握る。
「おいおい、怖気づいたのかよ」
「そして、トリガーオン」
あの頃のトリガーを起動する。
タグは付けた方が良いのだろうか?
というか、原作を変えてもいいのだろうか?
イルガーで出た民間の犠牲者って、大規模侵攻で出た犠牲者よりも多いんだよね。それって、つまりそういうことだよね。を上手く書きたい。