芸能人である千聖さんと堂々とイチャイチャと恋人同士になれる空間はそれほど多くない。それ故なのか知らないけれど、その決められた空間内での千聖さんの糖度はそこそこ高めになる傾向がある。
──羽沢珈琲店の窓側に座って注文した紅茶やケーキのセットを待っている間、千聖さんは幾分か声を弾ませて話題を振ってくれる。
「桜の開花が始まったわね」
「みたいだね、すっかり春だ」
「ええ、すっかり」
少し慣れない感じがあるのは事実だけど、この千聖さんはとてもかわいらしい。普段なら間違いなくそんなかわいらしい話題を振ることなく淡々と過ごそうとするから。後で本人に訊ねると、あんまりしゃべると演技が剥がれるから、らしい。やっぱりそんなところもかわいいんだ、千聖さんって。
「……なによ」
「いや、千聖さんも桜に浮かれるんだなぁって」
「いいじゃない」
「いやいや、否定したいわけじゃないよ」
「知ってるわよ」
そのタイミングでつぐみちゃんが紅茶二つと季節のケーキと試作品のケーキを追加でくれる。いつもありがとうございますという気持ちを込めてのことらしい。
そんな二つに増えてしまったスイーツの前には千聖さんも苦笑いだ。
「もう、こんなに食べたら消費が大変だわ」
「でも顔は緩んでる」
「う、うるさいわね……ここのケーキはおいしいのだから」
それに堂々と白鷺千聖が素の状態でいられる場所、ということもあるため居心地はいいのだろう。ちょっとだけ顔を赤らめながらケーキにフォークを通す姿は、なんとなく春の日差しも相まってより画になりそうだ。それに試作品の方も一口運び、表情がまたやや緩むところを見るとかなり
「そもそも一次審査は通っているのだから、おいしいのはそうよ」
「一次審査?」
「ひまりちゃんよ、あの子がおいしいと言ったものをまず試作品として常連に食べてもらっているのよ」
「あー、そうなんだ」
あのピンクおさげのスイーツおばけはそんなことをしていたのか。幼馴染が看板娘をやってる店に朝一でいることもあるらしい彼女の意外なメリット、有用性なんだな。そう言うと千聖さんも肩を竦めながら、ちょっとだけ皮肉っぽく肯定されてしまった。聞かれたら怒られそうだ。
「そんなことより」
「ん?」
「桜の季節なのだから、少しくらいデートしたいと思わない?」
「え、思うけど」
思うけど、思うんだけどね。桜並木を二人で歩く、それだけできっとすごく幸せで楽しい時間になるだろうことはわかってる。
わかってるけど、お外デートで昼間はやっぱり目立つんですよ千聖さんって。いやまぁゴシップ大好き週刊誌さんですっぱ抜かれてる芸能人の熱愛発覚の写真とかって基本的に夜のイメージがある以上どっちも危険だけどさぁ。
「ここは以前なら少しは拗ねたところだけれど」
「そうですね、ケンカになったこともありますからね」
「それはそれ、これはこれよ──じゃなくて、今はそのあなたの心配性も愛おしくなってしまっているわ」
「……デレ期?」
「死になさい」
唐突ぅ! 言葉のチョイスが唐突すぎて風邪引くかと思ったんだけど。
それはさておき、デートはなんとかしたい。昼の桜を、春の暖かさを感じながら少し軽装になった千聖さんと一緒に歩くのも夜桜の下を手を繋ぎながら散歩、なんてのも風情だろう。
「いいわね」
そんな妄想を口に出して、先に頭の中に桜の花を満開にしていると、千聖さんは右手を差し出してくる。
疑問に思いながら左手を差し出すと、指を絡めてきて、なんだか安らいだような天使のような微笑みを浮かべてくる。今日の千聖さんは春の陽気にアテられてしまったのか、いつもの二割増しくらい甘々だ。やっぱり千聖さんはかわいいなぁ!
「叶わないとしても、考えてくれただけで満たされているのよ、私」
「叶えてあげたいと思うけど」
「そこまで贅沢じゃないわ。私がこうして、好きな人に好きって言えるだけでも、奇跡のような贅沢だもの」
「好きだよ、って言われるのは?」
「……ふふ、どうかしらね?」
それからしばらく雑談を交わして、飲み物も全て空になってから三十分後くらいで千聖さんは立ち上がり、カバンと上着と伝票を手に持った。後を追うように上着を着て、レジに向かう頃にはもう千聖さんはスマホの画面を操作して支払いを済ませてしまっていた。素早い行動力もまた、芸能界で生きる術なのかもしれない。
「──そうね」
「なに?」
店を出て、つぐみちゃんの明るい声を後ろで聞きながら、商店街の交差点を進んでいく。その方向には千聖さんの家がないことはよくわかっていた。
ブーツのヒールがカツカツとリズムを刻む。そして彼女は微笑み、歌うように魅惑の提案をしてくる。
「あなたの部屋から見えるわよね──桜」
「え、まぁ……うん」
「なら私、それで花見でもいいわ」
「い、いいのそんなんで?」
「ええ、もちろんよ……なんなら今からも、ね?」
「ズルくないその顔」
「女優はみんな、ズルいものよ♪」
──繋がれる手を意識しながら満開の頃には千聖さんの服装は、ボトムスはロングガウチョではなくなっていて、もしかしたらスカートかな、なんてことを考えていた。
きっとこれを知られれば、きっと千聖さんは呆れつつもスカートで部屋に来てくれそうだな、なんて妄想は押し留めておくとしよう。
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