恋人の上原ひまりの憩いの場である羽沢珈琲店は必然的に二人にとっての憩いの場、ひとまず二人で会いたい、短い時間だけどデートがしたいという時に利用する場所となっていた。
「じゃあつぐ、いつもの!」
「ダージリンとチーズケーキだね」
「それ二つで」
「はい、二人同じものですね……かしこまりました、それでは少々お待ちくださいませ!」
常連というべき手早い注文を確認してパタパタと足早に去っていく幼馴染の後ろ姿を見送っていたひまりだったが、ふとこっちを見つめて両手で頬杖を突きながらニマっという擬音が聴こえてきそうな笑みを向けてくる。
「んふふ」
「気持ち悪」
「ひどっ! 今のめっちゃひどいからね!」
「だって気持ち悪かったし」
「改めて言われるって、私どんだけだったの!?」
「どんだけってそりゃあ──ああ、ごめんやっぱなしで」
「気を遣われると余計に気持ち悪かったみたいになっちゃうじゃん!」
「店内では静かにね、ひまり」
「そうですね! ごめんなさい!」
そんなコントを続けて、閑話休題というところで改めてニヤニヤと気持ち悪かった理由を訊ねる。またツッコミを入れようとしたひまりも同じパターンはコントのテンポ的によくないと判断したのかぐっと堪えて問いに答えてくれた。
「いや、ほら春だなぁって思ってさ」
「ああ、新作スイーツ?」
「違うよ、外に桜が咲いてたから!」
「そうだね、満開はもうちょっと後らしいけど」
「ね、いいなぁ、やっぱり春は花見でデートだよね〜」
「花より団子を地で行きそうなひまりが言うと面白いね、ツッコミ待ち?」
「それはそっちでしょ!」
でもふと外を見ればひまりの言う通り春に向けて桜の花が咲き始めていて、幾分かこっちの心にも暖かさと華やかさを伝えてくれるようだった。
それにしても花見のデートか。本当にひまりは屋台とかの食べ物をあっちこっち食べるイメージしかないけど。
「……う、確かにそうだけどさ」
「そうなんじゃん」
「でも、デートだもん」
「デートでも食べ物優先じゃん?」
「そ、そんなこと──え、そんなことないよね?」
「ありますね、残念だけど」
「うそ」
そんなショックを受けられても事実としてそうなんだから仕方ないじゃんか。
というのもひまりはデート中もおいしそうなものがあると手を引いて、引きずってでもそっちに突撃するクセがある。さながら飼い主を舐め腐っている大型犬の如き所業である。首輪を着けられているものの主導権はひまりにあるのだ。
「じゃあもっと手綱を引いてよねご主人様?」
「慎ましやかさを身に着けて言ってくれると嬉しいよ」
「だって〜、ご主人様が何に対しても興味なさげなのが悪いんだよ?」
「なんてムカつく飼い犬なんだ」
「もっと言うこと聞いてほしいんだったら構って躾けてくれないとな〜?」
「どこまでも生意気だな」
「きゃ〜」
とまぁバカップルのじゃれあいをしていると、とんでもなく遠慮がちな声が聴こえてきて二人して通路側を向く。そこにはなにやらとんでもない不発弾を発見してしまったかのような、ひまりの幼馴染であり唯一無二の仲間、羽沢つぐみの真っ青な顔があった。
「つぐ?」
「ご主人様……飼い犬」
「あの、つぐみサン?」
この顔は間違いなくヤバい勘違いをしている気配だった。
だが言い訳をする間もなく、素早やく──こんな俊敏なのかと思うレベルで試作品のケーキまでプラスして置いて、これまた素早く立ち去っていく。
「わ、わたしは二人が主従プレイしてても、お、応援してるから──っ!」
「ちょ、つぐ? ダメだあれ、ツグってる」
「あれもツグってるうちに入るんだ」
ツグってるというものには「意気込む」や「空回りをする」の他にも「勘違いをする」という意味まであるらしい。羽沢つぐみ限定の万能動詞かな。そしてつぐみの口からさらりと主従プレイという単語が出てきたことについても議論すべきな気がする。
「いいんだよ、その内勘違いだったことに気づくし」
「テキトーだな」
「それより、デートだよデート! そこを一番に考えて、はむ──っ! こ、これおいしい!」
「そこを、なんだって?」
「この試作品が絶対当たるってことが大事!」
「はぁ……駄犬」
「それで喜ぶのはそっちでしょ〜」
「ヒトをドMとして扱うんじゃねぇ」
「はいはい、ほらこれおいしいって」
「んっ……確かにうまいなこれ」
「ふふーん、でしょ〜?」
結局、その時間は試作品ケーキの感想で時間が使われてしまい、花見デートの話は後から電話で決めることになってしまった。
まぁそれも、いつもの二人だと言えばその通りなのかもしれないけど。
「つぐにはちゃんとフォロー入れてなんとかしといたから」
「ありがとう、あのまま勘違いされてたらとんでもないところだった」
「まぁ……間違いじゃないけどね」
「ん? 今なんか言った?」
「なーんでもなーい」
「そっか」
「うん」
「──ひまりがドMなだけだからな」
「やっぱ聴こえてるじゃん!」
また春が来て、上原ひまりとこうしてコントのような時間を過ごせることが最高に幸せだ。そんなことを考えながら二人で同じ方向へと歩みを進めていくのだった。
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