脇役になりたくないTS転生者   作:有機栽培茶

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DC-5【快楽主義者】

 

「放て」

 

 

 掲げられた右手は、無慈悲にも罪人を捌く断頭台が如く振り下ろされる───────

 

 

「……な、なんだ?」

 

 

 ────ことはなかった。

 いつまで経っても痛みを感じることはない。

 痛みを感じる暇もないまま死んでしまったわけではない。

 足から伝わるひんやりとしたコンクリートの冷たさと、未だ稼働する この思考がその証明だ。

 

 では何故。

 

 

「……なんのつもりだ」

 

 

 振り下ろすはずの右腕は、後ろから押さえられ、彼らに向けられていたはずの冷徹は瞳は、懐疑心を含んで後ろの人物を見つめていた。

 

 

「フェイスレス」

 

「んー……」

 

 

 彼女を止めたフェイスレスこと、アルハイムのその顔には笑みはなく、何かを考えるように首をコテンと傾けていた。その顔に緊張感は見られない。まるでここが戦場ではないような。

 

 

「やーめた」

 

「……は?」

「いやぁ……なんと言えばいいんですかね。うーん……」

 

 

 ──気に入らない──

 

 

「……どう言うことだ?気に入らないって。全ては計画通りに……」

「あーそれ。ソレです。ソレが気に入らない。あまりにもつまらない。刺激が足りない。貴方は頭が硬すぎる。エンタメが足りない。」

「何を……」

 

「もう用済みって話ですよ。」

 

「っ!」

 

 

 その時、コツンと靴裏が地面を叩く音と共に彼女の足元が赤黒く光り輝いた。

 

 アーツ反応。リスタが戦場で何度も見た源石の幻想的な、そして容易く人の命を奪い去る悪魔の光。

 

 

「総員!目標変更っ!打て!!」

「遅い」

 

 

 瞬間、世界が変わった。

 

 

「…は?」

 

 

 ソレは誰が漏らした言葉なのか。今この場において何の意味もなさない無意味な言葉がこだまする。

 

 一面に広がる結晶世界。

 圧倒的な戦力差を作り出していたリスタの部下たちは全員、突然現れた結晶に囚われた。飲み込まれたの方が正しいか。

 

 何が起こった。何をされた。

 正に天災クラスの被害。

 しかし、この場で天災が発生したのかと問われたら否だ。

 こんな都市の、それも屋内で突然発生するようなものではないし、私が生きていることの説明がつかない。この源石の結晶群は、私と、そこの非感染者どもを巻き込まないように発生しているのだから。

 

 これは明らかに自然なものでは無い。

 偶然などではない。人為的なものだ。

 

 本当にこんなものがアーツ……人のなし得る技だと……

 

 

「まあ、別に暇つぶし程度だったから期待はしてなかったんですけどね」

 

 

 ──とても残念です──

 

 

 振り向くと、そこには貼り付けた様な笑顔。

 細められた瞼からわずかに覗く異様に熱を感じない瞳に、背筋が凍りついた。

 

 

「あり、えない」

 

 

 怒りも疑問も何もかもが吹き飛んでしまうような恐怖、そして絶望が彼女を襲う。足から力が抜け、崩れ落ちる。窓から差し込む月光が、彼女の前に佇む()()()の影を黒く、黒く強調していた。

 

 

「何故?何が気に入らないんだ!私たちは計画通りに動いた!」

「計画通り?おや、おかしいですね。私の計画では革命の開始が十月二十ニ日の二十一時。おかしいですね?今頃はもう終わっているはずだったのに。」

「なっ!ふざけるな!貴方は確かにあの時──っ!」

 

「まさか…初めから私たちを……」

 

 

 気づいてしまった。

 その事実に、目の前の悪魔は口元の弧を深めた。

 そして見下すような、嘲笑うような笑みでこう言った。

 

 

「非感染者である貴方たちが、今まで私たち感染者を散々嬲り殺してきた貴方たちが。本気で私たちの同志になれるとでも?」

 

 

 ───と。

 

 

「とまあ、そんなことは別にどうでも良いのです。」

「────は?」

 

 

 あっけらかんと。先程と同じ、しかし威圧感を感じさせない笑顔でそう言った。どうでもいい。取るに足らないことであると。

 彼女にとって、リスタを切り捨てるそれ以上の理由はあるのだと。

 

 

「なら、なぜ……?」

「おや?理由なんてもう話したじゃないですか。話聞いていませんでした?」

「……」

 

 

 仕方ありませんね。

 そう言った彼女は、まるで愚かな幼子を諭すように。

 そして見下すように語り出す。

 

 

「ああ……貴方は自らこの国、いや世界の歪みに気付きました。それはとても素晴らしいことです。多くの思想にとらわれず、惑わされず、自分の信じる正義を見つけ、貫き通すと言うのは非常に難しいことですから。」

 

「そして貴方はそれだけに留まらず、部下たちまで自身の正義で飲み込み、仇であるベールの胸に軍刀を突き刺した。ええ、そうです。ここまでは素晴らしい。芸に欠けることを除けば、実に素晴らしい復讐劇です。」

 

 

 拍手でも叩きそうなほど破顔し、一転。

 

 

「ああ、でも。それでも貴方が…ただの暇つぶしに過ぎない貴方が!貴方以上に素晴らしいエンターテイナーを!この物語の主演足り得る彼らを排除する資格があるのだろうか!否!あるはずが無い……!」

 

 

 怒りに満ちた声色で、両手をワナワナと震えさせ、顔を抑え。

 さらに一転。

 

 

「到底許される行為では無いでしょう」 

 

 

 目を見開き熱を感じさせない声色で彼女はそう言った。

 

 

 意味がわからない。

 それがリスタが彼女に対して抱いた感想だった。

 そして次に抱いたのは恐怖。わからないものに対する恐怖。

 

 何を言っているのか。

 芸?エンターテイメント?主演?どういうことだ、と。理解ができない。理解したくない。ソレはまさしく、彼女の理解の、常識の外の存在かのようにさえも思われた。

 

 

「訳が、わからない……」

「……はぁ。貴方つまらないんですよ」

「つま、らない?」

「そうですよ。つまらない。別にシナリオ自体に文句はありません。息子さんの仇でしたっけ?いいじゃないですか。実にシンプルでわかりやすい。()()()()()()()()()()()()()を褒めてあげたいくらいです。」

 

 

 ───────は?

 

 

「でもねぇ?その敵討ちの方法が闇討ち……何とまあつまらないことか」

「まて……」

「これじゃあベール君も浮かばれませんよ、っと、なんですか?」

「お前……お前今なんて言った?」

 

 

 リスタは震えながら、顔を青を通り越して白くしてそう問うた。

 

 

「おや?聞こえませんでした?」

 

 

 それに彼女は答える。

 あっけらかんと、そしてハッキリと。

 

 

「貴方の復讐劇は───

 

  ()()()()()()()()()()()

 

 ───そう言ったんですよ。」

 

 

 答えたのだった。

 

 

「ははは、いい顔ですね。本当に気づきませんでした?貴方の息子が死んでしまったあの事件。連行中だった他の感染者と共に逃走を試みたため已む無く殺害。その担当がベール副隊長とその部下だった……その報告を受けたのはベール本人からだったのですか?本人に事実確認はしたのですか?その報告をした人物は、本当にベールさんの隊の人間だったのですか?」

 

「あ…ああ…」

 

「それに、貴方の息子さんが感染した件。源石との長期接触が原因でしたっけ?んー?おかしいなぁ?貴方の家は源石を扱う工場群とは離れたミドル区の住宅街。そして感染に対して敏感な貴方が、家に鉱石病を引き起こすような源石製品を置くはずがない……」

 

 

 ──本当に、おかしいですねぇ?

 

 

「あ、ああああああああ!!!!」

 

 

 リスタは腰のホルダーから拳銃を引き抜き、口元に弧を描き嘲笑う彼女に向かって発泡する。

 

 一発二発、三発の弾丸が放たれ、ガチリガチリと弾の詰まった音が響く。マズルフラッシュと、銃口から噴き上がる硝煙が晴れた先には、しかし。

 

 アルハイムは無傷で変わらぬ笑みを浮かべていた。

 

 

「なん…で…」

「ははは、ざーんねんでした。無念ですねー。策略も見抜けず、無罪の仲間を殺し、挙句の果てには仇もうてない。ま、その程度の人間だったってことですね」

「……あ、ああ…」

 

 

 膝から崩れ落ち、数滴の涙がコンクリートの灰色の地面を濡らす。

 

 

「そーんな貴方に朗報!これ、なんだと思います?」

 

 

 そんな彼女に向かって、アルハイムは変わらず明るい声で話しかける。その手に持っていたのは黒い、いわゆる無線機と呼ばれるものだった。

 

 

「……もう、何も聴きたくない」

「えー、それは勿体無いですよ?だって何も何も聞かなかったら、()()()()()()()()()も聞こえないじゃないですか。」

 

 

 その言葉に、彼女はガバッと顔を上げる。

 それを見てさらに深まる笑み。

 

 

「息子が…いきて…いるのか?」

「ええ、ええ!生きていますよ?生きていますとも!」

「あ、アイン!そこにいるのか!返事をっ!」

「あーはいはい、急かさないで。どーせ最後の土産です。ちゃーんと聞かせてあげますよ?だーいすきな息子さんの声を。」

 

 

 ──まあ彼が思っているかは知りませんけどね。

 

 その言葉と共にボタンを押された無線機はライトを点滅させ、ガガっと雑音を吐き出したあと、小さく、一言。しかし彼女が聞き逃すバズのない、聞き覚えのある、ずっと聴きたかった声でこう言った。

 

 

『死ね』

 

 

 たった一言。その言葉と共にガチャンとガラスの割れるような音がして、目の前の無線に穴が開き、自分の体に強い衝撃が走った。

 

 

「……え?」

 

 

 途端にこぼれ落ちる真っ赤な液体と、口内を満たす鉄の味。

 後ろから小さな悲鳴と、目の前から狂ったような笑い声が聞こえてきた。

 

 

「くくく…あはは、あっははははははははは!!!あーーーおかしい!愉快愉快!実に愉快!その顔最高!予想だにしない一言って感じですか!?勝手に死んだと思ってほったらかしにしてた“感染者”の息子に“この都市の兵士”である貴方が恨まれてないとでも!?あっはぁ!おかしいったらありゃしない!」

 

 

 彼女は腹を抱え笑う狂人を睨みつける…ことはしなかった。ただ、力の抜ける体で重力に従うままに倒れ、視線は彼女ではないどこかを向いている。

 

 

「ぷははは!あれー?どーしたんですかー?いつもみたいに威勢良く噛み付いてくださいよ!ほらー『騙したなー』とか『息子に何をしたー』だとか。ほらほら!もっと何かいうことあるんじゃないですか?」

「……」

「……え?もしかしてこのまま何も言わずに死んでしまう感じですか?ええ?いや流石にそんなことはしないでしょう?流石に。ねぇ?恨み言の一つでも、もしくは自責の念でもいいですから。ほら、ちゃんと聞いてあげますよー?」

「……かった」

「んー?ほらもっと大きな声で!聞こえませんよ!」

 

 

「生きてて……よかった」

 

 

 彼女はそう言って、瞼を閉じた。

 

 

「……」

 

「………」

 

「…………は?」

 

 

 彼女の肩を強くゆする。しかし動かない。

 彼女は満足げな表情で、冷たいウルサスの地に残った限りある体温を奪われてゆくのみだった。

 

 

「…いや、いやいやいやいや!あり得ないでしょう!?これで終わり?最後の言葉が『よかった』!?いやいや、もっと何かあったでしょう?」

 

 

 すでに冷たくなった“死体”を蹴り上げる。

 反応はない。

 

 

「……はーーぁ。本当最期までつまらない」

 

 

 そういって、彼女はリスタの手から拳銃を抜き取り、一度スライドを動かし排莢。それをリスタの頭に向けた。

 

 二度の銃声が響く。

 

 

「……死体撃ちたぁ、感心しねぇな」

「ちゃんと死んでるかの確認ですよ。私だって、こんなつまらない人間の不意打ちで死ぬなんてつまらない結末はごめんです。」

 

 

 おちゃらけたように彼女は振り返る。

 手に持った拳銃をふらふらと振り回し、そしてすでに銃を構えていたエンペラーに向け。

 

 

「さぁて…では、メインディッシュといきましょうか?」

 

 

 再び口元に弧を絵描いた。

 それに対してエンペラーは構えていた銃の引き金に手をかけ、彼女もまた引き金を─────

 

 

「なーんてね。」

 

 

 銃口を上に向け、両手を掲げた。

 

 

「今貴方達とやり合う気がありませんよ。貴重なエンターテイナーをいっときの憂さ晴らしに利用するのはあまりにも勿体無いがすぎる」

 

「……見逃すってのか?」

「ええ、そう聞こえませんでした?」

「聞こえたさ。だがな、理由がわからない。」

「……」

「お前は今この都市で起きてる暴動の首謀者で、お前らの目的は感染者の解放とこの都市の占領。違うか?」

「いいえ?あっていますよ。」

「ならなぜ俺らを見逃す?ここで殺した方がテメェのためになるんじゃないのか?」

 

 

 それを聞いて彼女は豆鉄砲をくらわされたようにきょとんとなり、笑い出す。

 

 

「あははは!本当に聞いてなかったんですか?私はね、楽しめればそれでいいんですよ。それで。」

「はっ、これのどこが楽しいんだ?」

「楽しいじゃないですか!辺りに満ち溢れる悲鳴と怒号!崩れ落ちる平穏に溢れ出る絶望!まさに楽園!素晴らしいの極み!ああ、まさにエデン!痛みこそが、絶望こそが生きていることの証明……貴方もそう思うでしょう!?あくびが出るような平穏なんてつまらない!」

 

 

 両手をいっぱいに広げ、喜びをあらわにするアルハイム。

 

 

「……テメーの悪趣味さはわかった。だが、じゃあ何で俺らを見逃す?絶望ってならここで殺せばいい」

「……はぁ、貴方わかってない。私がそんな単一の、単純な味に満足するとでも?」

「はぁ?」

「だーかーらー。一方的な虐殺だけじゃぁ、つまらないんですよ。ワンサイドゲームほど退屈なものはない」

「…だからここで俺たちを逃す、と?」

「ええ、きっと貴方達なら私がこの数年をかけて作り上げた舞台を素晴らしく飾りつけてくれる。そう確信しています。それに────今の貴方達じゃぁ私に指一本触れることすらできないでしょう?」

「あ゛?舐めてんじゃねーぞメスガキが」

 

 

 その言葉を皮切りに、エンペラーの指が引き金を引いた。

 

 銃弾は放たれ、しかし空中で火花をあげ軌道は逸れる。彼女に当たることはなかった。

 

 

「ほら、ね?」

「くそがっ!」

 

 

 エンペラーは拳銃を叩きつけ、地団駄を踏む。それを彼女は愉快そうに眺めていた。

 

 

「さて、と。そろそろお別れといきましょうか。私だって暇じゃあない」

 

 

 そう言うと彼女は足元の死体を拾い上げ、彼らに背を向ける。まるでもう用はないとばかりに。

 

 

「また次に会う時を楽しみにしていますよ。」

「ま、まって!」

 

 

 だがそれに待ったをかけるものが1人。

 

 

「おや、貴方は──」

 

 

 今まで沈黙を保っていたエンペラーの部下。テキサスだった。

 

 

「何のようです?貴方も役者の1人。聞くには聞いてはあげますがお早めに。私には時間がないのですよ」

「お、お前、いや、貴方は…」

 

 

 声をつっかえながら彼女は背を向けたままのアルハイムに問う。

 

 

「兄さん…なの、か?」

 

 

 その言葉に彼女の肩が少し揺れた気がした。

 

 

「……よかった。私は、てっきりあの時死んだのかと思って……」

「……」

「ずっと会いたかった、また話したかった。一緒にご飯を食べたかった。また、一緒に……」

「……」

「に、兄さん?」

「……」

「何で話してくれな───

 

()()()()()()()()

 

「────え?」

 

 

 その時になって、初めて彼女は振り返った。顔に人形のような笑みを浮かべて。家族だと言う彼女の事を苗字で、さん付けで呼んで。

 

 

「テキサスさん」

「…い、いやだ」

「テキサスさん」

「やめて」

「テキサスさん」

 

 

 

 

「私に貴方のような家族はいませんでしたよ」

 

 

 

 

 彼女は重い音を立てて閉じられる扉を呆然と見つめることしか出来なかった。

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