「そうか……やっぱり、忘れてなどいなかった。」
覚えていてくれた。
そうだ、やはり兄さんがたった一人の妹を忘れるはずがない。あんなにも私たちは仲がよかったんだ。それは数年で忘れるようなものではない確かな兄妹愛。
ならなぜ兄さんは覚えていないなどとあの時私に嘘をついた?いや、兄さんが私に嘘をつくはずがない。なら、だとしたら───
「…そうか。確かに大きくなったからな。」
「?」
視線を少し下に向け、一人頷く。
約10年ぶりの再会。確かに私の身長も伸びたし雰囲気も変わっただろうし、色々成長した。それをみた兄さんが驚き咄嗟に知らないなどとくだらない冗談を吐くのも仕方のないことだろう。
きっと、次会った時にはすぐ私が愛しの妹だって思い出してくれるはず。そうに違いない。
「だ、大丈夫か?」
「…ん、大丈夫だ。問題ない。続けてくれ。」
自分に言い聞かせるよう、私は話を促した。
『はい…その日は………少ないはずです。………ええ、決行は…………ふふ。お願いしますね。……悔?するわけないじゃないですか。………ス家は、私の手で終わらせます。…………族ごっこはもう飽き飽きですから』
静まり返った部屋の中。
壁越しに聞こえる兄の声。
それは幼いながらに耳にしてしまった、兄の声。
少女はソレを記憶の片隅に追いやり、未だ兄の愛を信じ続けていた。
◆
『平穏は永遠ではない』
それが彼の方の口癖だった。
何か達観したような、どこか俺たちに納得させるような口調だったのを覚えている。
『故に、私たちは力を持たなければなりません』
そう言いながら彼の方は俺たちに闘う術を教えてくれた。俺は大剣、アインはクロスボウを。彼の方や、彼の方といつも一緒にいる3人の傭兵から教わる訓練は厳しかったけど全部俺たちのためだってわかっていたから、俺たちはそれを進んで受けた。
多彩な戦闘技術にさまざまな戦略。
痛みに耐える方法や、逆に痛むを与える方法。
様々なことを知っている彼の方の過去はわからない。
それでもこんなことを知らなければならないほどに、俺たちの日々以上に苦しく辛い過去であったことだけは察せられた。
だからこそその言葉に重みを感じる。
平穏は永遠には続かない。
いつかは崩れ落ちるものである。
生まれ育ったその時から“平穏”というものを知らない俺には雰囲気しかわからなかったが、他の家族たちはその言葉に強く同意を覚えていた。
俺も、漠然にはだけれど、いつかきっとこのような幸せな日々が終わってしまうんだってことは理解することができた。
だからその“いつか”の時に大切なものを守ることができるよう、俺たちは力をつけるんだ。
「はい、終了。時間ですね」
「くっそーー!!!また負けた!!」
「はぁ…はぁ…くやしい」
俺とアインは二人揃って大の字に地面へと寝転がる。
他の家族との模擬戦では使ってはいけないアーツを使って、しかもアインと俺の二対一の状態だと言うのに俺たちはアルハイム様に一撃も有効打を与えることができなかった。
軍の連中や貴族たちが使う様な、まさに正道と言った剣術や戦闘スタイルのように見えて、しかし同時にどこか実践向きな傭兵的な戦い方をするアルハイム様との訓練はまた俺たちの負けで終わった。
「強くなりましたね二人とも。惜しかったですよ」
この人はいつも俺たちを褒めてくれる。一本どころか、かすり傷一つつけることすらできなかったと言うのに。
きっと君たちならいつか私を超えることができる、と。そう言いながら頭を撫でてくれるのだ。
でも、その『いつか』は一体いつのなるのだろうかと考えてしまう。そもそも、その『いつか』は果たして訪れるのか、とも。
感染者の寿命は非常に短い。
このウルサスの地で源石に蝕まれ、石に姿を変えるその時まで。その寿命を全うすることができるものがどれほどいるのだろうか。石に飲まれるのが先かはたまた別の要因で死ぬのが先か。
そのほとんどが飢餓や寒気、そして差別によって苦しみの中朽ちてゆく。
俺も、アインも、アルハイム様も。
感染者である以上、逃れられぬ運命だ。
「背中を見せてください……ああ、やはり。レティシア、貴方は源石の進行が他の人に比べ早い。でも大丈夫。今直します」
ましてや俺たちなんかを生き長えさせるためにアーツを使っているこの方は。
「……アーツを、教えてください」
「え?」
ずっと願っていた言葉が口から漏れ出る。
「強く…なりたいんです。剣だけじゃダメだ。アインも、貴方も……不本意だけどクラウンスレイヤーやみんなも守れるくらいの力が、欲しい……家族を守れる力が、ほしいんです!」
それにアーツの使い方を理解すれば、俺の中にいる随分とせっかちな
アルハイム様に負担をかけなくて良くなるかもしれない。
「……それは、今でなくてはいけませんか?」
「はい」
一切の澱みなく肯定の言葉が口からすらりと出てきた。
崩壊はいつも突然に訪れる。
砂上の楼閣同然のこの平穏は、いつ名も知れない誰かの悪意によって崩されるのかわからない。
だから力を。
全てを守れる、そんな力を。
外から襲いくるどんな悪意さえ打ち破れるだけの力を。
「……僕も……僕もお願い、します。守られるだけじゃ、嫌だ」
「アイン!?お前は良いんだ!これ以上鉱石病が悪化したらどうするんだ!」
ふざけるな。そう叫びたかった。
アインの左目は既に源石に侵され使い物にならなくなっている。アルハイム様でも治すことのできなかったほどに。
だからじっとしていて欲しかった。
守らせて欲しかった。
しかし彼の右目に抱いた決意は固く、真っ直ぐにアルハイム様へと向けられてしまった。
「……はぁ、わかりました」
「アルハイム様!?」
「レティシア。貴方がアインを守りたいと思う様に、彼も貴方のことを守りたいと考えているのですよ。それをダメだと一蹴するのはかわいそうだと思いませんか?」
「んぐ…」
生意気な。
俺よりも年下なくせに一丁前に俺を守ろうなんて。
でも……どうしてだろう。
なぜか頬から力が抜けてしまう。
「姉さん……」
「っ!……わかった」
「姉さん!」
「勘違いするなよ!アルハイム様がそう言ったからだ!」
アルハイム様の言うことは絶対だ。
俺はアルハイム様に従った。それだけだ。
それにアインが戦いを選ぼうが、その上で守れるほどの力をつければ良いだけのことだ。
「では早速教えましょう……と言いたいのですが、先に知っていてほしいことがあります。それは私のアーツが貴方たちの様に複雑で戦闘向きなものではないということです」
「え?でもアルハイム様、前アーツで戦ってましたよね?」
「ええ、ですので正確にいえば工夫すれば戦闘にも使える程度のものということです。そして理解してほしいのは貴方たちの使うアーツとは種類が違うため、参考にならないかもしれないということです」
そう言って彼女が空中に手をかざすと同時に真っ黒い結晶、源石が何もない空中から現れた。
これが彼女のアーツ。
俺はこれを使ってアルハイム様が闘う姿を以前見たことがあった。
踏み込みと同時に足元から現れた先の尖った源石が敵の盾を貫き、どこからともなく生み出された源石の膜が敵の斬撃や射撃を防ぐ。
まさに攻防一体。無敵のアーツ。
それが戦闘向きじゃない?
「私は貴方たちの様に源石を介して他の物質に影響を与えることはできません。私にできることは……そうですね、源石と仲良くすることです」
「仲良く?」
「そうです。この美しい結晶たちと、お友達になるのです」
「……僕たちを、苦しめて、来たコレと、仲良く?そもそも、コレは無機物。喋らない。友達には、なれない」
「いえ、なれますよ。なろうと思えば。彼らはただの無機物などではない。友達になればこのように、彼らは快く力を貸してくれるのです」
そう言ったアルハイム様はその掌に源石で小さな移動都市の模型を作り上げた。
信じられないことだけど、確かにできるのかもしれない。実際にこうしてアルハイム様はやって見せたんだから。彼女を守るのなら、彼女を超えなければならない。
だから、このくらいできる様にならなくちゃ.....!
「ふんぬーーー!!!」
「う、うおりゃー!!」
「あはは、力ずくじゃできませんよ。まずは、彼らと仲良くならなければなりません。歩み寄らなければならないのです。どんなものでも、いつまでも恨んでいたら始まりませんよ」
「うー」
「……できない」
「そう急にできる様にはなりません。諦めずに、努力することが大切です。そうすればいつかは使える様になりますよ」
「だからいつかじゃだめなんですってば!!」
「あはははは」
「頑張れば、いつかは、いつの日かは。源石と友達になれるだけじゃなく、私が彼らと仲良くなれた様に。感染者、非感染者、関係なく手と手を取り合える様になるかもしれませんよ」
……アルハイム様はたまにこうして、聞く人が聞いたら怒りを露わにしそうな言葉を口にすることがある。
実際、収容場から助け出されたアインはあまり良い顔をしていない。
でもたぶんみんな、心のどこかではアルベルト様と同じ様な思いを抱いているのだと俺は思う。
非感染者も感染者も同じ人間だ。
アイツらは俺たちのことをゴミクズだって呼ぶけど、アルハイム様は彼らも同じ人間で友達になれるのだと言うから、俺もそうなんだと思うことにした。
同じ人間ならいつかは分かりあうことができる。
俺らを初めに拒絶したのは非感染者どもだけれど、アルハイム様はそう言うから俺もそう思うことにした。
……でも。
いつかみんなで太陽の光が降る地上で、食べたいだけのお肉を食べて、歌いたいだけ好きな歌を歌って、みんなで好きな様に平和で幸せな暮らしを送りたい。
これは、俺の確かな願いだ。
しかし崩壊はいつだって突然訪れる。
終わりは呆気なく、積み上げてきたものは簡単に壊される。
「逃げろ!監査官の奴らが“掃除”にきやがった!!」
「なんでだよ!しばらくは来ないんじゃないのかよ?!」
平和の証は、私たちの暮らして来た地下街はあっという間に炎に包まれた。
いつも俺をからかっていた酒飲みのおっさんは火に包まれ、可愛らしいクマのぬいぐるみをプレゼントしてくれたおばさんは切り捨てられた。
崩れ去った。
崩れ去ってしまった。
「ガキが!こんなところに隠れやがって!」
「っ!?」
「姉さん、逃げて!」
「アイン!?」
「っ!?この、邪魔なんだよ汚ねぇ感染者が!」
飛び散る血飛沫。
崩れ落ちる
手についた液体は温かく、全てを真っ赤に染め上げる。
「あ、ああ…あああ…」
守れなかった。
嫌だ。
ダメだ。
零れ落ちる。
「これも仕事だからな。逃げるんじゃねーぞ?」
溢れ出る。
どす黒い何かが。
止まらない。
止められない。
無理だよ、アルベルト様。
仲良くなんて、無理だ。
源石も、
何もかも。
守るだけじゃダメだ。
だめなんだ。
壊さないと。
コイツら全員。
消し炭にしないと
「………よく、生き残ってくれましたね。」
今回の襲撃は、この都市を訪れた貴族の、“暇つぶし”によるものだったのだと言う。
俺たちを苦しめたのは、悪意でもなんでもなかった。
ただの“暇つぶし”。
お遊びだったんだ。
力を持つ者のお遊び。俺の母さんが父さんにされて俺が生まれた様に、ただの遊びによって生み出された悲劇。
「……ふざけるな」
こんなことがあって良いのか。
昨日まで、ついさっきまで楽しく話していた人がこんなにもくだらない理不尽に飲まれ死んでゆく。
「こんな、こんなことがあって良いのでしょうか」
言いわけがない。
「……非感染者たちとは分かり合えない。分かりきっていたことでした。私達がいくら平和を望もうと、彼らがそれを拒絶するのなら、もう仕方がないでしょう」
なぜなら、彼らは俺たちと同じ人間ではないのだから。
「地下暮らしはもうお終いです。我々には、地上に出る権利がある」
「自由と、そして幸せを得る権利がある。」
「なぜなら我々は家畜などではない。奴らのおもちゃでもない。私たちは人間なのですから」
「立ち上がる時が来たのです」
「「非感染者に復讐を」」
「「我々に自由と解放を」」
「もう、私たちが我慢するのは終わりです。」
火が灯された。