『フェイスレス様!!レティが、レティシアが!!』
無線越しに聞こえる声には確かな焦りと不安が伺えます。
まあ姉弟分の彼女が敵の手に落ちたと聞けば取り乱してしまうのも仕方のないことでしょう。それも自らの人生の大半を共に過ごした半身とも言える姉が敵の手に落ちてしまったとあれば正気ではいられない。
「ええ、落ち着いてください。話はレティシアの部隊員から聞いています」
なにせ相手は残虐非道な非感染者。
大切な姉があーんなことやこーんなことをされているかもしれない。そう……小さな少女相手に、エロ同人誌の様なあーんなことや、こーんなことを……きゃー!!
まあ、家族愛なんて私にはわかりませんけど、まあ不安にはなるんじゃないですかね。
でもまさかあの娘が捕まるなんて予想外でした。
彼女の性格からしてすでに多くの命を奪っているはずです。それもたった一人で多くの人間を焼き殺しているはず。以前から部隊内で祭り上げられていた彼女です。味方からの尊敬を集めると同時に敵からの憎しみをその小さな体一つに集めていてもおかしくはない。
惨殺されても文句は言えない。と、いうよりもエロ同人誌みたいにーとはならなくても彼女がろくな結末を迎えることがないのは必然と言える。
そもそもの話、彼女は非感染者である彼らにとって家畜にも値しない感染者。それが生捕りにされて、捕虜にされるなんて。
「……ふむ」
おそらく今も無事ではあるのでしょう。
殺してしまっているなら士気を下げるなど目的で、生首でも投げて寄越すでしょうし。
それに、私が
これは敵さんによっぽど理性的でお人好しな方がいる様に……あー……いましたね。
そういえばあの人は昔から感染者差別をあまり良く思っていなかった印象があります。私が部隊にいた頃も一度、感染した部下を庇っていましたし。
まあ無駄でしたが。
とはいえ彼が彼女を庇っているのだとしたら、取引や人質目的ではなく、保護が目的か……。
相変わらず愚かで甘い人だ。無駄だとわかっているくせに。
『……フェイスレス様、僕は、どうすれば……』
ふむ。
落ち着いた様ではありますが不安は抜けきっていない様子。仕方ないですね。彼はレティシアにべっとりなシスコンでしたので。
「あなたはどうしたいのですか?アイン」
『僕は……感染者に、解放を…』
「違うでしょう?幹部としての貴方ではなく、レティシアの弟、アインとしての思いを。本心を聞かせてください」
『ッ……僕は……僕は姉さんを、レティを助けたい……です』
「よくできました」
やっぱいつだって自分の思いに正直でないといけませんよね。まあ彼をこんな立場に立たせたのは私ですが。
「では、どうすれば助けられると思いますか?」
『……レティシアの部隊が、数人の貴族を、捕縛したはずです。それを取引材料に……』
「それだけでは足りないでしょう。エルド区を見逃すことも交渉材料として使いましょうか」
「な!?ふざけているのかフェイスレス!」
『っ……』
「クラウンスレイヤー」
当然の疑問ですよね。彼女が怒鳴るのも当然です。
なにせこの作戦の要はエルド区を守るかの英雄。ジャスパー・ランフォードを人質に、ウルサスという国へ移動都市の明け渡しを要求することでしたから。
英雄の価値は非常に高い。
他国にまで知れ渡るほどの偉業を成し遂げた彼をウルサスが見捨てたとなれば多方面からの批判は免れない。
いや、まあこのクソ国家のことですから例え人質がジャスパーでもどっかの貴族であったとしても、要求が通る可能性は低かったでしょうけどね。それでも、この作戦が彼女たちの希望となっていたのは事実でしょう。
それを一幹部と引き換えに手放すなんて馬鹿もいいところと思われても仕方ないでしょう。
「何を考えているんだアルベルト!!私たちの努力を無に返す気か!?」
「クラウンスレイヤー」
「あと少しなんだ!あと少しで!あの
「クラウンスレイヤー!!」
「っ……」
しかし、私がこの提案を下げることはありません。なぜならそれでは
「クラウンスレイヤー、思い出してください。私たちの目的を。非感染者への復讐ですか?ウルサスへの復讐ですか?感染者の解放ですか?移動都市の獲得ですか?違うでしょう。それらは手段であって目的ではありません」
「私たちの目的は
「………わかった」
ああ、よかった。
『ありがとう……ございます』
面白くなりそうです。
◆
「おう、終わったか。なんか聞き出せたか?」
「……いや、すまない」
扉の先ではエンペラーとジャスパー、そして副官であるヴェスタと呼ばれた兵士と数名が何やら机を囲んで話し合っていた。作戦会議だろうか。
兄についての話題ですっかり意気投合してしまった敵幹部レティシアとの会話でアルベルト以外のことを聞くことはできなかった。というか聞くことがなかった。
例え私が彼女たちのリーダーの妹だろうと彼女が口を開くことはないだろう。
あれはそういう人間だ。兄さんに絶対の忠誠を誓っている。昔の家でもそういう人間は見たことがある。
それに、せっかく見つけた兄との接点のあった人間だ。嫌われたくはない。
そんな理由で、と思うかもしれないが私にとっては兄が第一だ。兄さんとまた会えれば、それ以外はどうなっても良い。
「何を話しているんだ?」
「ああ、感染者どものことについてと……この都市についてだな」
「都市?」
「そうだ。感染者どもは幹部であるあいつを取り戻しにやってくる可能性がある。それに、そもそも……」
この都市はどこに向かってんだ?
「?私たちが逃げられない様に走り続けているだけじゃないのか?」
「いや、違うな。こいつは確実にどこかへ向かっている」
エンペラーが机に広げられた地図を指す。そこに書かれたのは周辺の大まかな地形。そして他の移動都市の移動ルート。
それらの情報が地図にはびっしりと書かれていた。
地図の上に置かれた石ころはおそらくクレアスノダールだろう。
「こいつは乗っている俺らも気づかないくらい僅かにだが、本来決まったルートからは外れて走り始めていることが地下の機関室の整備班からの情報で分かった。つまり、奴らがあらかじめ制御区画の設定を解除しわざわざルート外したのには何か理由があるはずだ」
移動都市はコンピュータに設定されたルートを自動で走行している……らしい。詳しくは知らないが、確かに私たちを逃さない様にするためには走り続けるだけで十分。設定を解除する必要はない。
「そして……こいつの移動先を予想して地図に書いて調べていたんだが……」
よく見れば地図には新しい赤い線が1本引かれていた。それはクレアスノダールの現在位置から真っ直ぐに伸びている。
そしてその先には────
「隊長!!敵襲です!!」
「なに!?」
急に開け放たれた扉から1人の兵士が入ってきた。彼が言ったことが正しいのであれば、幹部を取り戻しに突撃してきたのか。
ジャスパーが剣を取り、兵士に状況の確認を開始した。
「くそ!考える暇さえ与えてくれないとはな!襲撃場所と敵の数は?」
「場所は地下、数は確認した限り10!」
「地下ぁ!?」
この区画に通じる地下通路は工兵の手によって全て封鎖が完了したはずだ。故にセーフゾーンとして要人や一般人、負傷兵などの避難所として利用していたのだが裏目に出たか。
「早急に非戦闘員を地上に避難させろ!残りの奴らはついてこい!殲滅するぞ!!」
「待ってください!!」
「なんだまだあるのか!!」
「先鋒からの情報では、敵は非武装状態で、話し合いを望んでいる様です!」
「ああ!?なんだそりゃ!!」
思わず彼は報告中の部下を二度見してしまう。血に酔った獣の様に人々を殺して回った感染者どもが話し合いを望む?
ありえない。十中八九罠だ。
「……なんとなく予想できるが敵の要求は」
「幹部レティシアの解放。見返りとして貴族数名の受け渡し、及びエルド区を見逃すと言っています」
「はぁ!?」
信じられるかそんな事。敵さんは何を考えているんだ、とジャスパーは頭を抑える。
これで罠以外の何があるのか。
怪しすぎてむしろ罠ではないのではと思ってしまう。
だが交渉材料として貴族の命を出された以上、無視するわけにもいかない。彼らの私兵のおかげでこの前線は成り立っているといえる。しかもあの口だけは達者な連中は助けなければ後々面倒なことになる。
「───っ!くそ!行くしかねーか!」
「俺らは!?」
「本来ならば客人であるあんたらは俺たちが守るべきなんだろうがいまはいかんせん人が足りん!ついて来て欲しい!」
「了解!テキサス!レティシアを連れてこい!」
「わかった」
この殺戮は終わるのか。
それは誰にも分からない。
ただもう誰にも死んでほしくないと願うだけだ。