10/24/01:34 エルド区地下機関室
「我々の要求は1つ。レティシアの解放だ」
クロスボウやアーツユニットを構えた数十人の兵士を前に、ほぼ非武装状態の10名の同志と共にアインは声をあげる。
目的は交渉。戦うことではない。
故にこちらの手にあるのは無線機と交渉が決裂した場合の逃走用にスモークとクロスボウが一本。
他の兵士たちの手にはあってもせいぜいナイフが一本程度。
とても戦える装備ではない。
もしもの時のため、すこし離れた地点に無線のつながった仲間達が待機しているが、もし要求が飲まれず、問答無用で攻撃をされたらレティシアを救出するどころではなく、自分の命すら危ういだろう。
だが全ては姉のため。
そのためにフェイスレス様もあんな決断をしてくださったのだから。
失敗はできない。
「信じられるかそんなこと!!」
「っ.....信じてくれ」
しかし依然彼らの警戒が解かれることはない。
ふとしたきっかけで崩壊する様な緊張が辺りには漂っている。
指をかけられたトリガーは、後一ミリでも弾かれたらその凶弾を相手の脳天に打ち込むだろう。
「....アイン、やはり奴らと話し合いなんて無理だ。奴らは1人残らず殺すべきだ」
「...........頼む。もう少し、時間をくれ」
それは同士たちにも言えることだ。
武装はほとんど持ち込んでいないこちら側だが、我々は感染者。
非感染者への怒りを抑えながらもためられたアーツは少し力を込められただけでも実体化し相手の命を奪うだろう。
一触即発の状態だ。
「頼む。信じてくれ。これは、罠じゃない」
「黙れ!貴様らが何をして来たか忘れたわけじゃないだろうな虐殺者どもが!」
「テメェらが言えたことじゃねぇだろうが非感染者!俺らが受けて来た仕打ちを考えれば当然の仕打ちだ!」
「こいつら!やはり感染者は話の通じない獣の様だ!総員構えろ!」
「ッ!!!」
まずい。この流れは不味い。
隊長格と思われる男の挙げた手と共に構えられたクロスボウは、鈍い光を放ちながら込められた殺意をあらわにする。
同時に同胞たちのアーツも対抗する様に熱量が集中し出す。
交渉は、決裂か。
「まてっ!!総員武器を下ろせ!」
そんな中、鋭い声が複数の足音と共に地下に響き渡る。
そこにいたのは書類で確認した白髪の老人、ジャスパーとその部下たちと1匹のペンギン....?
そしてなによりも....
「姉さん!!」
「アイン!?」
縄で拘束された義姉レティシアがそこにはいた。
目視できる限り外傷はない。
綺麗な金髪もそのままだ。
まだ安心するには早い。だが、良かった。
「我々は貴様らの要求を呑むことにした!」
「!本当か!」
「ただし、条件がある」
「....これ以上、何を望む。我々としては、十分譲歩した、はずだ」
貴族たちの解放。
そしてエルド区を見逃す。十分すぎるくらいだ。
これ以上何を望む。
敵討ちか?
更なる物資の要求か?
流石にこれ以上の条件を呑むわけにはいかない。
飲めるはずがない。
僕らとしても余裕はない。
それに、非感染者相手に譲歩するこの状況でさえ屈辱的なのだ。
自分が我慢できたとしても、これ以上は同胞たちが黙ってはいない。
「ああ、貴様らの言った様に十分すぎるほどの条件だ。だが、それを貴様らが必ず守るという保証がどこにある。このガキをそちらに引き渡した途端この取引を無かったことにされたら叶わないからな」
!....確かに言われてみればその通りだ。
レティシアを保護した後律儀に奴らとの取引を守り続ける必要は僕らにはなくなる。彼らが疑うのも当然と言えるだろう。
だが、それなら話は簡単だ。
彼女の代わりとなる人質がいれば良い。
「....僕が人質になる。同じ幹部。人質としての価値はある」
「隊長!?」
姉さんが解放されればそれで良い。
たとえフェイスレス様が僕を見捨て攻撃を開始しようと、この様な選択しかできなかった僕が悪いのだから。
「....いいだろう。武装を解除して両手を上に上げろ。貴様と交換でこいつは解放してやる」
「アインふざけんなよテメェ!これで助けたきか!?お前が捕まっちゃ元もこもねーだろうが!!」
「姉さん.....これでいい」
そう、これでいいんだ。
僕のアーツは出力が弱いため感染者になっても外部のアーツユニットなしでは発生させることはできなかった。
だから、アーツユニットでもあったこのクロスボウを放棄したことで、僕は完全に抵抗する手段を失うこととなる。
だが、これでいい。
姉さんは僕なんかよりずっと強い。
ずっとあの方の役に立つ。
それに、なによりも僕が姉さんを助けたかったから。
「.......交渉は成立ーーーーーー
『敵襲です!!!!!!!』
え?
◆
「まま、こわいよ」
「大丈夫よ。お父さんたちがすぐに悪い人たちをやっつけてくれるわ」
日の沈み切った深夜。
地下とは打って変わり、都市部は明るかった。
こんな絶望的な状況にも関わらず、美しく雪は降り頻る。
人気のない広場にて女性は自らの子を抱き、あやしていた。
既に子供は寝ている時間帯だというのにこうして起きているのはこの子の聡明さ故だろう。
聡明故に、この状況を感覚的に理解し、怯えてしまう。
母親である女性もまた、表面上は落ち着きを保ちながらも不安を心の底に抱いていた。
本当にこの都市はこのエルド区を除いて感染者の手に堕ちたのか。
生存者は自分達以外にいないのか。
隣に住んでいた夫婦は、近所のパン屋のおじさんは、職場の先輩は無事だろうか。
不安や疑問が溢れ出してやまない。
業火に包まれた都市は未だ明るい。
狂気に満ちた声が止むことはない。
狂気と混乱の渦めく都市の中、雪だけが静かに降り頻る。
「?ままー、あれなーに?」
「んー?.........人?」
白く染まった道路に一つの人影。
真っ白いパーカーに軍人の着るような防弾ベストを身につけ、腕に血のような真っ赤な布をはためかせる。これだけならこの都市を守るために戦う兵隊さんの誰かだと思うだろう。
しかし、異様なのは肌を一切晒さないような服装に、その顔につけた、2つの覗き穴以外に何もない真っ白いお面。
まるで亡霊のようだった。
そんな人物が1人、ぽつんと立ってこちらをじっと見つめている。
あれは一体───────
「イッツ、ショー、タ、イム」
◆
「ぁぐっ!?」
叩きつけられるような衝撃に目の前が一瞬真っ白になる。
「ヴェスタ!何をしている!?」
「罠だったんですよ!見て分からないんですか!感染者どもと話し合うなんてもとより無理な話だったんだ!」
「まだそうと決まったわけじゃ....」
「───ッ!老いたな英雄!平和に毒されすぎたか!」
「なに!?」
「もとより軍人じゃないあんたに指揮権はない!これよりこの隊の指揮は私が取る!総員!感染者どもを取り押さえろ!!」
「ヴェスタ!!」
「了解!!」
「隊長!!」
「アイン!!」
よく聞こえない。
何も見えない。
ろくに頭も回らない。
何が起こった?
そもそも僕は何をしていたんだ?
あたまが妙に生暖かい。
ぼやけた視界が赤く染まる。
なんだろう。
綺麗。
違う。血?僕の?なんで?
痛み?
体が、動かない。押さえつけられたように。
「アイン!!」
「起きろよ!おい!」
「アイン!!!」
「ッ!!」
そうだ。僕は、姉さんを助けるための交渉中だ。
何が起こった?
状況確認。
軽度の脳震盪か、視界は少しブレ、頭も痛い。
体は、動かない。押さえつけられている。
かろうじて自由なのは右手一本。
抜け出せるか?
否。不可能。
とてもじゃないが僕の力じゃ無理だ。
「くそ!離せ!!」
「ッ!暴れるな!」
「アインが!義弟なんだよ!あんたならわかるだろ!離せよ!」
「......っ!」
姉さん。
「総員構え!!」
「やめろ!やめてくれ!!」
「クソが!!こうなったら1人でも道連れにしてやる!!」
みんな。
手が、下ろされる。
みんな死んでしまう。
動けない。何もできない。
僕は、こんな時にも、役に立てないのか。
みんなを守るために、姉さんを守るために力をつけたはずなのに。
そんなのは、嫌だ。
なにか、何かないのか.....
“........これは....飴?”
“そうです。この飴には私のアーツが込めてあります。使うことで、あのウルサス軍人を一人で複数人圧倒できるほどの凄い力をあなたに与えてくれるでしょう。ですが、強力な力には代償はつきもの。よく言うでしょう?ですので、あなたに使うタイミングは任せます。あなたが“今”と思った時に使ってください”
直感的に理解した。
ああ、それが、“今”なのかと。
カリッ
誰かが笑った気がした。