10/24/04:01 クレアスノダール中枢区地上都市部
元ウルサス軍ジャスパー・ランフォードの英雄という称号は飾りではない。龍の如き雷電を操り、たった一個中隊で幾千もの敵兵を相手取り、陥落寸前の要塞都市シャドリアを守り抜くという偉業を成せるものは片手で数えるほどもいないだろう。
最高峰の術師にして圧倒的な戦闘センスを持ち合わせた武人。
そんな英雄と、幼くしてほぼ互角に剣を交えることのできた彼女もまた例外ではない。
「.....道を、開けろ」
鉄をも溶かす業火が立ち塞がる異形達に引導を渡す。
感染者は非感染者に比べ、アーツの精度や威力が強力なものとなると言われている。しかし命を削る対価としては軽すぎるこの恩恵を抜きにしても、彼女のアーツは異常。
これを天才と呼ばずしてなんと呼ぶのか。私にはわからない。
「.....っ」
「大丈夫か?」
「........ああ、俺は、まだいける」
しかし大いなる力にはそれ相応の対価が付き物だ。
例えそれが望まずして手に入った力だとしても。
「おい、お前血が....」
「ゴホッ....問題ねえ。俺に気安く触れるな」
彼女の身を守るアルベルトのアーツは、度重なるアーツの使用と異形化の原因である異常活性化源石との接触によって薄れつつある。
もとより人に比べ侵食速度の早かった彼女の体質も合わさり着々と源石は彼女の身を蝕んでいる。
現在は彼女のもう一つの回復アーツによって体組織が傷つき、重傷を負う、などということには至ってはいないが、それも時間の問題だろう。
その証拠に、吐き出される血は黒みがかり、赤黒く光る異常活性化源石が混ざり込んでいた。
「ゴホッ..........“ノア”....“ジノ”....」
そして、精神的疲労もまた彼女を蝕み続ける。
信じ続けたリーダーに裏切られたかもしれないという可能性。
自らの半身とも言える弟分を失った喪失感。
そして、長年共に過ごした同胞をこの手で焼き殺す罪悪感。
どれほど強がろうとも、彼女は子供。
光を失った虚な目で見つめてくる
その命をこの手で奪い去った事実が重くのしかかる。
アルベルトのようにこの状況に悦楽を見出すこともできなければ、テキサスやエンペラー達のように割り切ることも、フィッツ達非感染者のように怒りで人を殺したという事実をかき消すこともできない。
彼女の心は既に限界に達していた。
だが、やらなければならない。
アイン達の、同胞達の死に何か意味があったのか。
それを確かめるまでは終われない。
そんな思いが彼女を支えていた。
「......隊長達に惹きつけられているのか周囲に活動を続ける化物どもは確認できない。進むぞ」
「了解」
「先程高台から確認したが、このまま進めば後20分ほどで変異の起こっていないCiRF構成員と会敵する。異形化の影響か彼方の数も少ない。交戦に発展しても切り抜けられると思われるが、エンペラー、どうする?」
「そうだな......テキサス、今何時だ?」
「4時1分」
「時間がないな......フィッツ、交戦を避けた場合艦橋にはどのくらいで着く?」
「約2時間」
「ギリギリ....だな」
「何がだ?」
「制限時間だよ。ああ、お前には話していなかったか?」
「ああ、初耳だ」
テキサスは首をかしげる。
ジャスパー達の為にもできる限り迅速に事を抑える必要があるのは理解できる。だが明確な制限時間がある事は初耳だった。
「テキサス、よく聞け。この都市は、あと3時間でウルサスの移動都市、ノヴゴルドに衝突する」
「ッ!?本当か」
「ああ、ジャスパーとこの都市の移動経路を確認したときに.....」
「待て!そんな事俺たちの計画にはなかったぞ!?」
「...っつーことはこれもあいつの独断か。どこまで好き勝手すれば気が済むんだ」
「そんな......」
移動都市ノヴゴルド
クレアスノダール近辺を移動ルートとする大型移動都市だ。
人口はこの都市の倍に及び、流通も盛ん。
ウルサスが誇る大都市の一つ。
そんな大都市に、この動く陸の孤島にして大型の質量爆弾であるクレアスノダールが衝突したら。
この移動都市も、ノヴゴルドも、一体どうなるか想像もしたくもない。
さらに言えば移動都市の起動には数時間から数日の時間を要する。
この場から停泊中のノヴゴルドに警告を出すことは通信機器の妨害によって不可能。
彼方がこの都市の異変に気づいたとしても遅すぎる。
衝突は免れない。
その悲劇を防ぐ方法はただ一つ。
我々がクレアスノダールを緊急停止させるのみ。
「くそっ....アルベルト....なんでこんな......」
「レティシア...」
「きっと...何か....理由があるはず....なんだ....」
当然、この計画は“仲間たち”に話していなかったのだろう。
レティシアの反応からもそれが窺える。
当然といえば当然だ。
クレアスノダールがノヴゴルドに衝突すれば、この都市もタダでは済まない。感染者非感染者関係なく多くの人命が奪われるし、彼らの目的である移動都市は破壊される。
聴いた限りでは彼女達の目的は感染者の自由の獲得。
そのための都市の奪取だったはずだ。
よって彼女達の目的は、非感染者をこの都市から殲滅することで達成される。
こんなことはする必要もなければ、むしろ目的に反する“すべきではない”行為だ。
明らかな裏切り。
しかし、レティシアは頑なに何か理由があったはずだと信じ続ける。
それほどまでに彼女達がアルベルトを信じていた証拠だろう。
「....急ぐぞ。時間は迫ってきている」
「ああ、テキサス、そしてガキ。わかんねえ事をいつまでも考えていても仕方がねえ......直接聞きに行くぞ」
「....そうだな。聞けばいいんだ」
レティシアは拳を握りしめる。
ここで考えていても仕方がない。
わからなければ聞けばいい。
答えはすぐそこにまで迫ってきているのだから。
「ここからは我々が先導する。ついてきてくれ」
「わかった。行くぞ」
「わかった」
瓦礫を押しのけ現れたのは地下へつづく階段。
以前入った隠し通路とは違い、正真正銘の地下空間。
溢れ出るほどの戦力が地上へ回されていた今、感染者の根城とされていたであろう地下空間は逆に少ないと考えての行動だった。
そして、その予想は的中する。
地上の爆発や建物の崩壊が原因か、ところどころ崩壊し、瓦礫が積もっているが、それ以外に異変は見られない。
暴徒たちも、あの異形達も見つからなかった。
「こんなところで暮らしていたのか」
「こんな薄暗くて機械音の煩い場所でよく住めたもんだ」
移動都市が機能するための機械の稼働音。
そして地上部への振動を減らすための役割も担う地下空間には強い振動が不規則に響く。
とても人の住めたものではない。
しかし、事実、彼ら感染者は住んでいた。
正しくは住まざるをえなかった。
恨み忌み嫌われた彼らには、ここ以外に居場所などなかったのだ。
レティシアが一つの小さな熊の人形を拾い上げる。
縫い目が目立ち継ぎはぎのそれは、薄汚れながらも大切に扱われてきた証拠だ。
『レティシア。誕生日、おめでとうございます』
『姉さん、おめでとう』
『おめでとう。私からはナイフをやろう』
『おめでとさん!でかくなったな!酒飲むか!』
『ちょっと!まだ飲ませちゃダメよ!』
『なんだよ!ちょっとぐらいいいよな?リーダー?な?いいだろ?』
『ダメですよ?』
「........」
蘇る暖かい光景。
アルベルトが地上で買ってきた小さな蝋燭の灯されたホールケーキに、
いつもは仲の良くないリュドミラや、アヒルの雛のようにいつも後ろをついてくるアイン。自分の慕っているアルベルトや毎日のように酒を浴びている
みんなが私の誕生日を祝ってくれた。
そこに来るまで誰にも祝ってもらえなかった誕生日を。
あの頃は楽しかった。
非感染者への復讐なんて忘れて、家族で、みんなで幸せに暮らしていた。
ああ、あの日。
貴族の遊びで行われた“掃除”で多くの家族を失ったあの日。
アルベルトが感染者の解放と非感染者への復讐を宣言したあの日から。
私たちの幸せは壊れてしまっていたんだ。
自由なんて、いらなかった。
みんなで幸せに暮らせれば、それでよかったんだ。
でも、死んだみんなを忘れ、非感染者への復讐を忘れて暮らしていくことができたのだろうか。
無理だ。
初めから、無理だったんだ。
全てが順調に進んでも。
アルベルト様がみんなを化け物に変えなくても。
初めから。
私たちが感染者の時点で、きっとダメだったんだ。
レティシアちゃん主人公で書いた方が描きやすかった可能性が微レ存