10/24/04:32 クレアスノダール中枢区地下施設
こつりこつりと、暗闇の中、足音だけが嫌にこだまする。
外の光が差し込まない地下は驚くほど暗く、通常時であればこの暗闇を照らすべく、光が灯されているはずの電灯は配線が断絶しているのか一向につく気配はない。周囲を照らすカンテラ、そしてもう一つの明かりがなければ1メートル先も見えなかっただろう。
防護服に身を包んだ黒尽くめの集団の中、一人の頭上にほのかに明かりを放つ黒みがかった輪っかが浮かんでいた。
伝説上の天使やその類に描かれることの多いそれは、この世界では“サンクタ”という種族の特徴に成り下がっている。
「しかし珍しいな。ウルサスの移動都市にサンクタがいるなんてな」
エンペラーの言うように、宗教国家ラテラーノを母国とする種族サンクタは、他国ではあまり見かけない種族だ。
その理由の一つに、彼らサンクタは“銃”を扱うことができる、というものが挙げられる。
フェリーンやループスでも、練習次第では扱えるようになる拳銃のような“おもちゃ”ではなく、ライフルやマシンガンなど、大型、そして複雑な銃を扱うことができるのだ。
この世界の銃は火薬の代わりに源石を使用する。
故に、その源石を起動するためのアーツ操作が必要となる。
しかし多くの銃は遺跡からの発掘品。その模造品であり、現在のアーツユニットとは異なる構造をもっているため、サルカズの巫術のように、特殊な血統や複雑な操作ができなければ扱うことができないと言われている。
よって、アルベルトの前世で戦場の主役となっていた銃は、使用者のいない骨董品となってしまった。
しかし、多くの発掘品の産地であるラテラーノに生きるサンクタは、その囲いに当てはまることはなかった。
彼らの放つ特殊なアーツがその機構に当てはまったのだろう。
故に彼らはこの世界で唯一銃火器をまともに操ることのできる種族として名を上げることとなった。
当然、その強力な力を欲した他国はその技術、人員、現物を欲したが、その結果ラテラーノは宗教と法によってそれらの流出を防ぐこととなった。
そんな種族が軍人としてウルサスに所属している理由。
それは正式に許可を取ってやってきたのか。
もしくは罪を犯し本国に居られなくなったからか。
「....サンクタは戦場だと引っ張りだこだからな」
おそらく後者だろう。
「心配しなくていい。彼はジャスパー中隊の元部隊員だ。信用できる」
「いや、別に怪しんではいねえよ」
信用していようがしていなかろうがやることは変わらない。
やれることも変わらない。
今この現状、どんな仲間だろうと、信用し協力し合わなければ生き残れない。
この都市を訪れて実に数時間しか経っていないエンペラー達だろうと。
裏切り者が出てしまった元リスタ小隊員のフィッツだろうと。
この場にいる多くの人間の恨みの対象であるCiRF幹部レティシアだろうと。
協力し合わなければ作戦は成功しない。
「我々はこのまま手筈どうり機関室へ向かい、都市機能の停止を試みる」
「わかった。じゃあ俺らは艦橋にいってアルベルトの馬鹿をぶん殴るっつーわけか」
「.....繰り返し聞くが本当に三人で行く気か」
「ああ、あいつには俺たちだけで十分だ」
彼に続く2人もそれぞれの方法で自分の意思を示す。
1人は自分達のリーダーの真意を。そして仲間達の死に何か意味があったのか確かめるため。
もう1人は幼き頃に生き別れになった兄と再会するため。
ジャスパー並の火力に荒事慣れした司令塔。そしてこの中で一番彼のアーツや個人情報などについて知っている身内。
火力は十分。知識も十分。
これほどまでに対アルベルト戦に向いたパーティーはないだろう。
人数は少しばかり心配であるが。
都市の
術者を殺害すれば発生している
しかしそのどちらかが失敗すればこの都市からの脱出も、その後に起こる悲劇を止めることも困難になるだろう。
「絶対に成功させなければならない」
死んでいった仲間のためにも。
今全てをかけて抗っている仲間のためにも。
「武運を祈る」
「そっちもな」
カンテラの炎が二つに分かれる。
俺たちが目指すは艦橋。
我々が目指すは都市の中枢。
この都市を停止させ退路を切り開くこと一点のみ。
「さあ行くぞ!」
「作戦開始」
演劇は終幕に向け動き出す。
夜明けは近い。
◆
同時刻 クレアスノダール中枢
クレアスノダールしかり、ノヴゴルドしかり。
龍門だろうと、チェルノボーグだろうと。
移動都市において心臓...最重要とされるものは、中枢ブロックに位置する中央機関部だ。
車だって電車だって
都市の水道や電気、ガスなどのインフラや天災から逃れるための移動機構。
様々な機能の中枢がそこには集中している。
故にそこの防御は厳重に、決して不備のおこらないよう、頑丈に作られている。
「お客さんはまだか?俺はもう退屈で死にそうだ。ゲーム機の一つくらいあってもいいんじゃねーの?」
機関室に通じる出入り口は2つ。
男たちの立つ門、そして艦橋からの階段。
それ以外に内部に侵入することは不可能だ。
換気用のダクトも人が通れるようなものではないし、壁も容易に破壊できるようなものではない。
敵はこの暗闇に包まれた廊下を、この門目指して走り抜けるしかなく、遮蔽物の少なく、幅も小さいこの場所なら撃退も容易だ。
「はぁ...もうそろそろでしょ。緊張感を持ちなさいよ」
男たちは置かれていた机を遮蔽物がわりに置き、懐から取り出した粉を口にする。
非合法の源石パウダー。
一時的に感覚やアーツなどを覚醒させる“薬”の類だ。
無論、一般的には禁止されているものである。
しかしそれは“一般”の話。
彼らが元々生きていた戦場では普通に使用されていたものだ。
彼らはそれを“一般”に身を置くことになった今でも当たり前のように服用していた。
中毒性を持つ違法薬物の使用。
それ以外にも殺人欲求などの一般の範疇には収まらない趣味嗜好。
彼らがわざわざ感染者に身を落とし、アルベルトの“遊び”に手を貸すなど。戦場から抜け出したにも関わらず、“普通”に混ざれなかった理由の一つだろう。
「しかしあいつも良くこんなものを作ったよな。軽く切ってみても傷ひとつ付きやしねえ。逆にこっちの刃がかけちまう」
「そうね。まったく、悪趣味極まりないわ」
「はは、そう言うなよ“ホークアイ”。こいつらはこれから一緒に戦うターイセツなお仲間さんなんだからよ。いや?もとお仲間さんだったか?」
「ふん...」
総員3名。
アルベルト小隊の分隊長を務める元ジャスパー中隊逃亡兵で構成された精鋭部隊。
一般的なCiRF構成員とは違い統一された軍用の装備を身につけ、互いをコードネームで呼び合う彼らは、その数が少ないながらも元軍人にして元傭兵の経験を活かし、他の小隊に引けを劣らない戦力を誇る。
そして、その戦力に追加して12体の
アルベルト小隊の雑兵で作られた傀儡の中でも、出来のいいものが選ばれ、配備されていた。
前方に傀儡。後方に彼らといった構成だ。
もとジャスパー中隊の彼らは英雄の使用するアーツの恐ろしさを知っている。そして、その限界も。
故にこの陣形。
流石にこの肉壁ならぬ源石壁なら防げると踏んでの作戦だった。
「“イージス”、火ぃ!」
「“アサルト”、火ならあのジジイにつけてもらえ」
「ハハ、雷でか。黒焦げになっちまうぜ」
煙草を咥えながらの他愛もない小話。
男達の話し声と時計が秒針を刻む音だけが鳴り響く。
それだけのはずだった。
カツン──────
「「!」」
「“イージス”!」
「リョーカイ!」
ひとりのアーツに応じた傀儡が即座に防御陣形を形成し、同時に男がスコープのつけられたボウガンを構えその姿を確認しようとする。
「やっと来たか英雄ジャスパー・ランフォード!随分とおせえじゃねえか!道に迷ったか!?それとも歳のせいで腰でもやったか────
───────────あ?」
鮮血が舞う。