1087/10/23 晴れ/曇
クレアスノダール ミドル区中央通り
ウルサスの地を覆い尽くす銀世界を巨大な鉄の箱が踏み荒らす。
各地で多発する災害、“天災”から身を守るために人々が生み出した叡智の塊、移動都市。このウルサス国家所属中規模移動都市クレアスノダールもその名の通り移動都市の一つで有り、今日もその巨大な鉄の塊の中で人々はいつも通りの平穏な日常を送っている。
中央区画に通じる大通りでは数えきれないほどの人々が行き交い、この都市を訪れた商人の客を呼び込む声が辺りから聞こえてくる。
移動都市クレアスノダールは前皇帝の時代から存在した型の古い中規模移動都市であり、チェルノボーグを代表とするウルサスの移動都市に比べればその規模は小さいものの、様々な都市の中間地点にあり、さらに他国との境界線にも近いことから多くの商人が行き交う賑やかな都市だ。
その光景はまさに平和そのもの。
しかしどんな都市でも光があるところには同時に影も存在するものだ。
貧富の差や人口の多さからくる犯罪の多さ。その中でも代表とされる物が、感染者差別。
これはこの都市、そしてこの国だけに言えることではないが、不治の病鉱石病に侵された患者たちは人権を剥奪されて奴隷の様に扱われ、塵のように捨てられる。彼らは人間として扱われることはなく、同時に多くの人はそのことに疑問を持つことはない。
「嫌だ!離してくれ!誰か!助けてくれ!!!」
騒音に混じって聞こえてくる悲鳴。その声に人々は一瞬目を向けるが、すぐに興味を失ったように目を背けるか、嫌悪感抱いて、又は興味心を抱いて目を向け続けた。
なぜなら、衛兵に押さえつけられた男が必死に伸ばした腕にはびっしりと感染者の証である黒光りする結晶、源石が張り付いていたのだから。
『この平和なウルサスの街に潜り込んだ異物。それが皆に危害を加える前に衛兵に捕まえられた。』
これがその場所に広がる事実であり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
その光景に人々が浮かべる感情は、部屋に沸いた害虫を見た時に浮かべるものから、そもそもそれが当たり前になりすぎて何も感じていない物まで。彼らにとってこの光景はその程度のものでしかなかったのだ。
「お前らなんか、お前らなんかあの人が...!!!」
男は抵抗することもできないまま憎々しげに何かを呟き、そのまま衛兵たちに連れて行かれ行く。彼がこの後どのような目に遭うのかは想像もしたくない。
「けっ、ひでーことをしやがる」
それを異質な目で眺める一人のループスの女性と、サングラスをかけたもう一人……いや、1匹のペンギンがいた。
「行くぞテキサス。仕事は終わったんだ。いつもならぶらっと回った後に帰るんだが…さっさとこんなしけた街出ていくぞ」
「ああ」
ちなみに口悪く吐き捨てたのがペンギン…否、ペンギン急便というトランスポーター会社の社長であり、世界的なラッパーであるエンペラー。そしてそれに追従するチョコを口に咥えたループスの女性がテキサスだ。あまりにも異質でシュールな光景だが、これもまたこの世界では当たり前、又は少し珍しい程度の出来事だった。
そんな彼らは依頼人に荷物を届け、お金をもらうという───今回は少し量が多かったものの───いつも通りの仕事を終えたところだった。
いつも通り仕事を終え、お代を受け取って観光ついでに街を回る。それが普段のルーティン。しかしこの街は早々に去るつもりだった。
ただでさえ娯楽の少なく常に肌を突き刺すような寒気が支配するウルサスの移動都市で、賑やかな雰囲気の中にこんな陰鬱とした空気を感じ取り、さらにその何処かから真っ黒な粘り気をもった
“祭り”は嫌いではない。騒がしいのは好きだ。
だが、それとこれとでは話しが違った。
彼らはお祭りは好きだが、厄介ごとはごめんだったのだ。
故に彼らは美味しそうな食べ物や、彼のファンにでも鉢合わせない限り、そのまま真っ直ぐきた道を戻る予定だった。
「まあ、そんな都合よく暇つぶしが見つかるなんてあるわけ……」
「このキュートなモフっとしたフォルム…いかにも高そうなネックレス!あ、貴方はまさか!まさか!伝説のラッパー、エンペラー様ですか!?」
─────いた。
◆
目の前に座ってニコニコ笑う自分のファン───防寒具と熊耳のついたキャスケットを身につけた中性的な赤髪ロングの男性───に連れられるままエンペラーたちはこの都市でそこそこ有名だというパンケーキ屋にきていた。
事実、大人子供関係なしに多くの客が賑わっていて、パンケーキも絶品だ。エンペラーの隣にいるテキサスなどは男には目線もくれず静かに、しかし夢中で食べ進めていた。
目の前でエンペラーの食べる姿を微笑ましそうに…いや、ニヨニヨと笑う青年以外は満点と言ったところだ。だが怒らない。久しぶりのファンにエンペラーの機嫌が良くなっていたことが、青年の生死を分けたのだった。
「そういえば…えーと…」
「ライトです」
「そうだライト。最近この都市で何かあったのか?」
「え?」
もっちゃもっちゃとパンケーキを食べながらエンペラーはライトと呼ばれた青年に問う。エンペラー達はこれまでもウルサスの他の移動都市を訪れたことがあった。ウルサスは感染者差別が激しいことで有名な国家だ。故にこれまでも過度な感染者差別は見たこともあり、それに対する怒りや憎しみも見たことがあった。しかしこの都市は違う。エンペラーの勘が確かにそう言っていたのだ。
「わかってしまいますか……そうですね。話しましょう。事件は約4年前に起こったとある事件がきっかけでした」
ライトはポツリポツリとこの街の現状を語ってゆく。
四年前に起こった感染者集団による『ドルトン源石加工工場襲撃事件』。警備及び管理者は皆殺し。労働させられていた感染者の行方は一切掴めない。そんな大事件を皮切りにこの都市では様々な事件が多発しているらしい。それもロードレス源石採掘場、ミドル鉱山など、襲撃を受けたその全てが軍や自治団によって連行された感染者達が送られ、集められた強制労働施設であり多くの感染者が監禁されている場所でもあり、同時期に軍の倉庫なども襲撃にあっていたため感染者による暴動が発生する可能性が危惧されている……のだそうだ。
「そりゃ……物騒な話しだな」
「そうですね……私も友人を一人その事故で亡くしました」
「そいつは…」
「ああ、すみません。空気を悪くしてしまった」
「……おう」
数十年前に起こったウルサスの大叛乱からこの国は何かと物騒なことが多い。新たな皇帝に代替わりと同時に変化したウルサス感染者政策によってより悪化した感染者の扱いもその一つだろう。
そして風船が空気を入れ続ければいずれ割れてしまうようにそれに対する感染者達の不満が爆発するのも時間の問題だ。
そして、この都市の風船はもう限界まで膨らんでしまっている。
「…私個人としては正直感染者達に対する悪感情はないのですよ。感染者差別もどうでもいいと思っています。友人のことは残念でしたが、彼も感染者達に殺されても仕方がないことをしていましたし、仕方がないことだったのだと割り切っています。ただ一つ心配なのは感染者達がこの街を荒らさないかですね。この街を愛する者の一人として……あ、このことは内緒にしていてくださいね?感染者差別推進派に知られたらめんどくさいので」
力なく笑うライトにエンペラーはパンケーキを食べながら頷いた。
「ですので…貴方達は出来るだけ早くこの都市からは出た方が良さそうですね」
「…お前はどうするんだ?」
「私ですか?…まあ、そうですね。ここに残るしかないでしょう。たとえ何があろうと、大切なこの町を捨てるなんてことはできませんよ」
これまで無口だった彼の部下の質問に彼は笑いながら答える。またしても軽く笑う青年だったが、やはり彼もまたどこか不安そうだった。
しかし彼がここに残るという選択をした以上、エンペラー達にはどうすることもできない問題だ。そもそも出会って数十分という青年をどうこうできるわけもなく、する義理もないのだが。
「……ま、気をつけろよ」
こうやって声をかけることくらいしか出来ることはない。
だが、自分のファンであり、自分達をもてなし言葉を交わし合った彼との出会いがこれで最後というのは少し嫌だった。不思議とそう思わせる魅力が青年にはあったのだろうか。
はたまた……彼の容姿に何処か懐かしさを覚えたのが原因だろうか。
「はは、ありがとうございます」
彼がそう笑う。その時だった。
「ッ!伏せろ!!」
エンペラーの鋭い叫びにも似た声をかき消すように激しい爆発音と目を焼くような光が店内を覆い尽くす。そして、光が止んだ頃目に入り込んできた光景はまるで一変していた。
丁寧に整えられたテーブルクロスは黒焦げになり、美しいシャンデリアはその光を失い地に落ちた。食事を楽しんでいた夫婦も、デザートを欲しがっていた子供も、忙しそうに駆け回る店員も、皆等しく“物”へと変えられた。
もう笑うことも話すこともない、ただの肉塊へ。
しかしその一方で、店の外からは多くの悲鳴と爆音をかき消すほどの歓声が上がる。
「無事か!?」
「ああ」
「いたた...はい大丈夫ですが...一体何が……っ!!」
「おい立つな!」
ライトが息を呑む音が聞こえた。
店の外を逃げ回るように走るこの街の住民達。
そしてそれを追い回し、手に持った凶器を振り下ろす暴徒達。その皆が皆、顔を隠し共通した腕章を身につけていること以外は他の住民とはほとんど大差ない格好で、しかし体のどこかしらに黒光りする結晶を生やしていた。
その意味を知らない者はこの場にはいないだろう。
「…どうして……こんな…」
震える声が静かに漏れ出た。
それはまさしく人々の生活を支えるエネルギーにして、差別の対象たる鉱石病感染者を示す明確な目印。差別の象徴。感染者達の楔。
「なんで…こんな突然…」
震える足を抑えながら、青年が立ち上がる。
「そんな……いや、ありえない…」
「ライト!しっかりしろ!何が起こっている!?」
その顔は見えなかったが、震える体からは、彼が恐怖していることが容易く予想できた。
「……暴動が、始まってしまったのですね」
悲劇の始まりである。