赤、赤、赤。
両手が、両足が、視界が全て赤に染まる。
一度染み付いた汚れは、いくら洗おうとも、たとえ手の皮を削ぎ落とそうとも消えることはない。
一度背負った罪禍からは決して逃れることはできない。
『信じていたのに』
罪は重なり、恨みは連なる。
視線を下に向ければすぐにわかる。
私がこの手で死に導いた人々が、皆が皆、光を失った暗い目で私を見つめている。血に濡れ肉が爛れ骨が見え腐り果てた多くの手が私に掴みかかる。
なぜお前がまだ生きている?
早く来い、と。
罪を償いに来い、と。
永遠に苦しみ続けろ、と。
『生きろ』
しかしその一方で私に生きてつぐなえという声も聞こえる。
生き続け、苦しみ続けろ、と。
その全てが組み合わさり、私を呪いのように苦しめ、束縛する。
きつく、きつく、楽には死なせないぞ、と。
有刺鉄線のように肉を抉り、徐々に徐々に締め殺してゆく。
できるだけ時間をかけ、最大限苦しめるように。
「あ゛....が.....やめ.........」
ならばお望み通り生きてやろう。
罪悪感?そんなものはドブに捨ててしまえ。
正しい倫理観?もとよりなかったものを求められても困る。
愛情友情恩情色情純情真情哀情悪感情。
いかなる思いを向けられようと私が止まる理由にはならない。
さあ、苦しみながらもこの罰を満喫しよう。
ただひたすらに悦楽を求め続けよう。
さあ。
もっと。
楽しもう。
悦楽を求めよう。
好きなことをして、好きなように生きる。
いいじゃないか。
もっと自分自身に素直になろう。
「だず.....げ.........」
少しずつ、少しずつ生気が失われてゆくのがわかる。
この男は言った。
家族がいる。
子供がいる。
まだ死ねないと。
だから殺す。
だから苦しめる。
こうしてじわりじわりとゆっくりと。
この男に残った数少ない幸福をゆっくりと奪ってゆくように。
この男の命を、自ら進んで私の娯楽に身を捧げてくれた哀れな子羊の命を堪能するように。
ゆっくりと
ゆっくりと
かつての私を取り戻すように
そう。私は、私の名前は─────────
「アルマ」
「ーーーーっ!!!」
そこまでだよ。
その声と、肩に触れられた感覚が私を現実に引き戻す。
「はっ...はっ...........っ!
肉の生々しい感触が、その温度が張り付いて離れない。
冷や汗が滴り落ちる。
次いで出てくるのは涙と吐き気。
「おええええええええ!!」
びちゃりびちゃりと吐瀉物がこぼれ落ちる。
自分が自分でなくなるような感覚....
否。自分が自分として完成してしまう感覚が恐ろしくてたまらない。
もう2度と過ちを繰り返さないと誓ったはずにも関わらず、私はまた裏切ろうとしていた。最低最低最低最悪だ。
大切な人との約束を破ろうとしてしまった。
到底許されることではない。
私は、私は、私は.......
「やあ、久しぶりだね。アルマ」
罪人だ。
「.......モス.....ティマ........いつからいた?」
「うーーん.....そうだね。君が彼らに剣を向けた時から?」
「....ほとんど最初からじゃないか。いい趣味してる」
「褒めてもアーツくらいしか出ないよ?」
「勘弁してくれ。まだその時じゃない」
吐き気の残る口元を拭って自分の後ろに笑みを浮かべながら立つ女性に視線を向ける。
彼女の名前はモスティマ。
サンクタのくせにサルカズのような角を持つ青髪の堕天使。
まるでおとぎ話の中から出てきたかのような謎の多い存在と私の関係は...正直どのような言葉で表していいのかわからない。
「...そっか。まだ、大丈夫そうだね」
彼女は私が“私”だった頃からの悪友であり、
「大丈夫.....いや、本当にそうなのかは.......わからない」
「大丈夫。君はまだ“君”のままだよ。私が保証しよう」
─じゃなきゃもう殺してるからね。
私を殺す者でもある。
「そう....か.....」
「そう、大丈夫なんだ。ほら甘えてもいいんだよ?私は
私に死を与える者。
そう、私にとってテキサスが生きるという罰を与える存在であるのに対し、彼女は私にとって終わりを与えてくれる救世主だ。
戦闘狂の逃亡兵、ウルサスの雷鳴、赤髪の不死鳥、無口な弓兵、王殺し、愛国者、片角の刀剣士、Wの名を持つ男、白い賞金稼ぎ、土塊の傭兵.....コレまでの人生、さまざまな人間に出会ってきたが、妹と、彼女だけが“私”の中の私を見つけ出してくれた。
そして彼女はその言葉をかけ続けてくれていた。
“私が君を殺してあげる”と。
そんな彼女だからだろうか。
私も自然と口が軽くなる。
「.....モスティマ、私はどうしようもない人間だ。人を殺す時....他人の幸せを壊す時、私の心の奥底からいつもきまって湧き出てくるんだ。どうしようもない.....快楽が」
「さっきは、まだその時じゃないといったが..............いつだってそうだ。表面上では後悔と懺悔に包まれたふりをしながらも.......心のどこかでは今だって、殺しを楽しんでいる。壊すという行為を楽しんでしまっている.....そして、私にはそれでしか得られないものがある」
「大穴だ。心にポッカリと開いた大きな穴。純粋無垢な子供達と触れ合っても、罪のない善良な人々を救っても、大切な仲間を作っても....最も大切な存在とともに過ごしていても。それは埋まらなかった」
「穴を埋められるのは、コレしかなかったんだ。壊し続けるしか、愉しみ続けるしか......人の幸福を食べ続けるしかっ!!私は満たされない!.........ああわかっている。そんなこと、あってはいけない。あってはいけないんだ」
「モスティマ........なあ、殺してくれ。殺してくれよ!!!ダメだ!ダメなんだ私じゃ!乾きが治らない!満たされない!ああモスティマ!どうか私を!私を
「ダメだよ」
手袋をとった白い両手で、私の血に濡れた手をにぎりしめた。
「約束したじゃないか。約束したはずだ。君は、生きてその罪を償うって。あの時、その口で、確かにはっきりとそう言ったはずだ。一度決めた約束は最後まで守らなきゃダメだよ?」
「うっ!?」
胸ぐらを強く引き寄せられ、その勢いのまま強く抱き寄せられた。
.....胸に押しつけられるような形で。
「大丈夫。君が道を間違えそうになったら私が止めるよ。次に、もし君が本当に間違いを犯そうとしたらその時は私が、救ってあげるから。大丈夫さ」
彼女は、心の奥底を見通すような。いや、ポッカリと開いた大穴ごと私を飲み込んでしまうような暗い瞳で私を見つめてそう言った。
「....そう....か......」
私はただ、そう返すことしかできなかった。
「惚れた?」
「...........は?」
「あれ?おかしーな?これならどんな女の子も一発って聞いたんだけど....」
「.............」
一瞬でも感動した私が馬鹿だった。
◆
私と彼の付き合いは数年前にも遡る。
まだラテラーノから旅に出たばかりの頃。
監視役兼護衛の少女の目を盗み、1人旅をはじめた時のことだ。
「おやおや、迷子ですか?こんなところで...危ないですよ?」
地平線まで広がる荒野で、夕焼けの下、彼と出会い、そして彼ら傭兵団と共に行動する道を選んだ。
柔和な笑みとは対照的に黒く澱んだ瞳。
楽しげに語るがどこか空虚な言葉の数々。
その奥底に隠されたどす黒い本性と、もう一つ。
複雑に絡まり合った矛盾の中から私はそれを見つけ出した。
罪悪感に押しつぶされかけた、彼の心を。
「っ...!?あ、あれ?おかしいですね?どこも痛くないのに....」
赤く燃える焚き火以外に灯りのない暗闇の中。
彼は泣いていた。暗くてよく見えなかったけど、くっきりと確かな一本の線が彼の頬を流れていた。
もっとも、彼自身はその理由に気づいていないようだったけど。
「....おや?モスティマ?もう遅いですよ。見張りは私がしますから。貴方はまだ子供なんですから寝てていいんですよ?」
「ん〜...歳はあまり変わらないはずなんだけどね」
「そうでしたっけ?貴方小柄ですから....」
「今成長している最中なのさ」
「これは失礼」
彼はいつもそうだった。
歳は聞いた限りそう大して変わらないはずなのに、身長だけで私を子供扱いした。それも、今では抜いてしまったけれど。
あとは彼が他の人よりも大人びていたことも原因の一つだと思う。
....ん?なんで彼のことを“彼”って呼ぶのかって?
ああ、私がまだ彼女のことを男の子と思ってた頃の癖が出ちゃったね。
まったく、彼はもう少し自分が女性だってことに自覚したほうがいいと思うんだ。あまりにも隙が多すぎる。自分がいかに魅力的な女性か理解していないんだ。
いや、それだけならまだよかった。
彼女は自分の体を大切にしなさすぎる。
魅力を理解していない以前の問題だよ。
“犯す?ああ、お好きにどうぞ”的な雰囲気なんだ。
無防備にも程があるんじゃないかな。
その姿に私が感情を抱いているかも知ら──────
閑話休題
とにかく、私は彼に興味...というか好意を持っていたみたいだ。
「見つけた!フェイスレスだ!」
「ほかの奴らもいねぇ!今ならやれる!」
「へっへっへ、そこにいるガキもろともブチ─────
「はぁ.....うるさいですね」
「ぎ、ぎゃぁぁぁっっ!?」
「手、手がぁぁ!?なんで源石が!?」
とまあ、襲ってきた賞金稼ぎを片手間に処理できるほど彼は強い。
でも私は、私だけは彼の弱さを知っている。罪を知っている。
だから私が守護らないといけない。
『あ、ああ......モスティマ........私は.....私を......殺してくれ.....』
そして私が、彼に救いを与えてあげないといけない。
彼の一番は私ではないことを知っている。
彼がいざという時に優先するのが私ではないことを知っている。
彼が私のことを友人としてしか見ていないことを知っている。
それでもいい。
彼に罰を与えるのは私の役目ではないから。
彼が最期に戻ってくるのは、私のところなんだから。
「大丈夫。私が、君を救ってあげるから」
モスティマ姉貴
昔なんかあった謎の多いミステリアスなネキ。しょーじきよくわかんない。
アルベルトくんちゃんと昔なんかあった。しょーじきよくわかんない。
身長は抜かした。
死んで欲しいわけじゃない。むしろ生きて欲しい。
でも殺すのは自分。
アルくんちゃん
余裕で約束を違えようとするクズ。
フェイスレスの名前で普通に指名手配されてたりする。