子供の頃、ボクは孤独だった。
恵まれた家庭。今とは比べ物にならないほどのご馳走。溢れるほどのお金。両親に頼めばいくらでも買ってもらえるおもちゃ。
それでも、ボクに“友達”と呼べる存在はいなかった。
“外は危ないから”
父と母はそう言ってボクを外に出してくれなかった。
寂しかった。
いつも、鍵のかけられた部屋で一人。ぬいぐるみを片手に窓から近所の子供たちが遊ぶ様をみていた。
“いいなぁ”
その光景を見るたび、無意識のうちに口から吐き出される言葉。
私は、友達が欲しかった。
自分の気持ちを、想いを共有し合うことのできる、友達が欲しかった。
「こんにちは」
そんな時だった。
「貴方がラップランドですか?」
鍵のついた扉を開け、外の明るい光が部屋にさし込んできた。
それが、ボクと彼との初めての出会いだった。
彼はいろんなことを教えてくれた。
この国のこと。
他のファミリーのこと。
この世界のこと。
源石のこと。
そして彼自身のこと。
私は、私の世界に色をつけてくれた彼に段々と惹かれていった。
そして、いつのまにか好きだと気づいていた。
毎日、彼と過ごす時間が楽しみで仕方なくなっていた。
「ふふふ、アル、驚くかな」
今日は彼と出会って2年目の記念日。
ちょっとしたサプライズとしてケーキを自分のお小遣いで買ってみた。
少し高かったけど、その分美味しいはずだ。
だから、彼も喜んでくれるだろうと.........
「当主様!テキサス家が!テキサス家が⚪︎⚪︎⚪︎家に打ち滅ぼされました!!」
「な!?馬鹿な!アルベルト君は!?」
「それどころじゃありません!このままでは彼らと協力関係であった我々まで!」
「し、しかし彼を見捨てるわけには....!」
「ボス!!」
....彼は、来なかった。
◆
トランスポーターの朝は早い。
未だ太陽が登り切らない時間に眠りから目を覚まし、冷たい水で顔を洗う。ハンガーラックにかけられた黒いワイシャツに袖を通し、その上から会社から支給されたジャージとバッチ、そして社員証を身につける。
強度は問題ないのだが、ボスの趣味か今の流行りか、社員用のズボンが短パンしかないのが欠点だ。タイツを履いていても少し恥ずかしい。
次にテレビの天気予報と天災予報に目を通し、1日の予定をシュミレーションする。今日はどこに荷物を運ぶか。どのルートを通れば最短かつ安全か、それを調べなければならない。
「今日は一日中晴れ...予定は..............ああそうか、今日は休みか...」
サンドイッチを口にしながらテレビに映る日付を見て初めて思い出す。
今日は、仕事の一切ない休日だと。
久しぶりの、休日だ、と。
だとしたら今日一日どう過ごそうか考えねばならない。
ペンギン急便に顔を出す?却下。
ジェイ坊の店に行く?顔見知りがいそうだから却下。
スラム街?掘り出し物が見つかるかもしれないがまたの機会にしよう。
近衛局は論外だ。
ならどうしよう。やることが全くと言っていいほど思いつかない。
「うーん....」
...たまには街をぶらついてみるのもいいかもしれない。
地図でこの移動都市の構造は暗記しているものの、実際に見たことのない場所は両手で数えきれないほどあるだろう。何か新しい発見があるかもしれない。
「そうと決まったらいってみようか」
迷子、なんてことはこの私に限ってあり得ないでしょう....が、一応。念のため。地図くらいは持っていきましょうか。
「迷った」
そう、迷った。
うん、迷子というやつだ。
「..........」
.........
「.....困った」
実に困った。
何が困ったって帰る方法がない。
地図も念のため、そう偶然。たまたま持ってきていたが、入れておいた財布ごと気づかないうちにスられていた。
エンペラーに電話しようにも携帯の充電をしていなかったせいで真っ黒い画面が映し出されるだけ。
私のことを陰からチラリチラリと覗き見る方々も親切に帰り道を教えてくれる、なんてことはないだろう。
困った。
だが、この状況を楽しむにもまた一興。
「ふっ...」
向けられる多くの視線の中に一つ、明らかに異様なものが混ざっている。
警戒心を含んだ多くの視線とは違い、それは明らかな殺意と執着、さまざまな感情が混ざるあったものが向けられているのがわかる。
「ふむ....そうですね...もう少し先に進んでみましょうか」
角を右に、散らかった木箱や生ごみを乗り越え今度は左。
複雑に張り巡らされた路地を右左右左と、条件の当てはまる場所を探しながら歩く。
そして辿り着いたのは人気の感じさせない、薄暗く、そしてこれ以上逃げ道のない袋小路。
まさに“追い詰められた”という言葉が似合う場所だ。
コツリ、コツリと足音が鳴り響く。
「あははは!...もう、逃げられないよ?テキサス」
背後からかけられた女性の声に思わず肩が震える。
ああ、声をかけられたこと自体はいい。それ自体は想定していたことだ。
だが、彼女は今なんて言った?
「久しぶりだねテキサス!あえて嬉しいよ!」
そう、“テキサス”。
アルベルト、ではなく、テキサス。
私の、私たちの家名....既に滅んだ家の名前だ。
何故彼女は私のことを苗字で読んだ?
私の苗字を知るものは少ない。
髪色で判断した?いや、それはないだろう。
確かに私たちのテキサス家はループスには珍しい髪色をしている。
だがそれは染めることでいくらでも変えることができる。
それに、私の髪色は両親や妹の様に、夜空の様な紺色ではなく、完全に黒....月も星の無い暗闇といった方が良い、そんな色。
妹の美しい髪色とは似ても似つかない。.少しは似ているだろうが私の髪色は妹の夜空の様に美しいそれとは比べるのも烏滸がましい。
「僕はずっと君のことを探していたんだ!ずっと、ずっと、ずーーーーっと!!」
ポーチに入った源石剣を握りしめる。
最大限の警戒を持って、いざというとき即座に相手を無力化できるように。いつでも殺せるように。
振り返る。
「おやおや、可愛らしいお嬢さん。私に何か御用で?」
白い髪を持った同族の女性。
可愛らしい、しかし私にはわかる。アレは私と同類だ。
匂いでわかる。気配でわかる。目でわかる。
アレは戦いを愛し、破壊を好み、常に血に飢えている救いようのない獣。
アレは、私だ。
ああ....血が騒ぐ。
体が闘争を求めて震える。
やはり私もまた、救いようのない獣なのだと再認識する。
「テキ....サ...........ス.........?」
だが、しかし。
私の予想に反して彼女の反応は意外なものだった。
瞳孔を見開き、手に持った獲物をカランと落とす。
まるで驚いているような、死人を見ているような。
「?何を驚いているのですか?あなたが話しかけてきたのでしょう?」
もしかして人違い...なんてオチだろうか?
それだったら拍子抜けがすぎる....
というか生殺しです。
はっきり言いましょう。私は今闘争に飢えている。
意外と戦闘狂の素質もあったんですね私。
つまり────
移動都市でテロを起こす。
↓
テキサスにボコられる。
↓
最高に可愛い妹に癒される。
↓
しかし身体は闘争を求める。
↓
血生臭さが欲しくなる。
↓
アーマードコ─────
「........アルベルト?」
「はいアルベルトですがなにか?」
.....
いやダメだろ素直に答えちゃ。
いや勢いだけで解してしまったがそもそも何故私の本名を?
あまりにも個人情報が知られすぎている。
アレですか?私の命を狙う賞金稼ぎですか?
いやだとしたら武装を解除した理由がわからない。
さっきまでめちゃくちゃ出ていた殺気も全く感じられない。
まさかビビった?いやそんな雰囲気ではない。
...わからない。
「夢.....?違う?......なんで........嘘.....」
なんで?は私が言いたい言葉だ。
いや待て?何か、そう、非常にデジャブを感じる。
これは、あの時、テキサスとの再会時のような...
「ぁ...................」
「あ」
ポロポロと彼女の瞳から液体がこぼれ落ちた。
「え?ちょ!?」
「よかった、生きてた、生きてたんだね.....アルベルト....!」
一歩。
踏み込みと同時にその姿がかき消えた。
否、私に見えないほどの高速で飛びついてきたのだ。
次の瞬間に生じた腹部への強烈な負荷がそれを証明していた。
「──ガッ!?」
押し込まれる内臓。
それに連動するように押し出される朝食べたサンドイッチを含む胃の内容物。
かろうじて口から吐き出されることは阻止するが、強烈な吐き気を無理やり抑え込んだせいで目尻に涙が浮かぶ。
しかしそれだけでは留まらず、体は衝撃を吸収し切ることができず、踏みとどまることも許されず、そのまま奥に積まれた木箱に向かって勢いよく衝突することとなった。
無論、その際にも木箱と腹部に飛び込んできた少女に圧迫され、再び地獄に見舞われることとなるが気合いで抑え込む。
完全なる不意打ち。
まさかこの私が防ぐことができなかったとは。まさか凄腕の暗殺者か?
右腕は動かない。次なる攻撃に備え動く左腕を盾にする。
アーツも起動。左腕の源石を利用してガントレット状に生成及び硬化。
「アル.....!アルゥ....!!」
しかし目の前の少女はまるで鳴き声の様に私の名前を連呼し続けていた。何気に私の匂いを嗅ぐ様に深呼吸するのはやめてほしい。この前テキサスにもやられたが、毎回汗臭く無いか怖くなってしまう。
妹に『兄さん......汗臭い....』などと言われた日には、私はウルサスのどこかの都市を堕とす可能性がある。
「ああ!暖かい!アルの匂いがする!やっぱり生きてたんだね!テキサスは君が死んだと思ってたみたいだけど!ボクは信じていた!君が生きてるって!ボクをおいて死んだりしないって!.......でも良かった.....良かった......!」
「..........いや、あの................一つ教えてください」
「!なんでもいってよ!それでアルの役に立てるのならボクはなんでもするよ!」
「うぅ....」
キラキラとした期待の眼差しが痛い。
だが聞かねばなるまい。
非常に聞きにくいが......
聞かなければ話が進まない。
そう、息を吸って、吐いて、落ち着いて。
「........貴方は、誰ですか?」
「.......................ぇ」
あ、キラキラと輝いていた目から光がストンと抜け落ちた。
こんな時、罪悪感よりも先に興奮がくる私はどうしようもない程の屑だと再確認する。が、今はそんな時ではなかった。
「...................なにを、言っているんだい?」
本能が全力で危険信号を発していたのだ。
「面白くない冗談はやめてよ。ぜんっぜん笑えないんだけど」
「いえ、冗談じゃありません。私は本気で貴方の顔に見覚えが─────
しかしその時の私は正常じゃなかった。
木箱に頭を打ちつけられていたせいで正確な判断を下すことができなかったのだ。
故に間違った選択をする。
相手の地雷を踏む......いや、思いっきり踏み抜いてしまった。
「カハッ!?」
「........信じてた!ボクは君が生きてるって信じてたのに!.....アルベルトが悪いんだよ?ボクのことを忘れるから!」
「ッッッ!!!!」
首が閉まる。気管が圧迫されて呼吸ができない。
今度こそ、彼女は確実に殺意を持って私を殺そうとしてきたのだ。
くそ、まずい。このままでは本当に死ぬ。流石の私でもこれは嫌だ。こんな、痴情のもつれみたいな死に方だけは絶対に!!
「将来を約束しあった仲なのに!!」
普通に痴情のもつれだった。
「ボクのことを忘れるアルベルトなんて!いらない!!」
瞬間、本当にぎりぎりで、彼女の顔と、一人の少女の顔が被った。
「ラップ....ラン.......ド.......?」
掠れた声で、しかしそれでも確かにその声は彼女に届いた様だった。
「え.....」
力が緩んだ。
「大きく、なりましたね.....」
「覚えて....」
「ええ、私が、貴方を忘れるわけないじゃないですか」
「あ....ああ.......うわああああああああああん!!」
「ぐへっ!?」
また大泣きして私の胸に顔を押し付ける彼女....いや、ラップランド。
ええ、思い出しました。確かこの子はテキサス家と協力関係にあったファミリーの一つ。そこのリーダーの娘。
かつて相手のファミリーが関係の強化のため、彼女を嫁がせてきて以来、彼女のあそびによく付き合わせられてましたからよく覚えています。え?結婚?するわけないじゃないですか。同性同士でしたし、それのその時の彼女の年齢は小学生くらい。対する私も中学生くらいでしたが、さすがに精神年齢的に小学生と結婚するのはどうか、ということできっちり断らせていただきました。ロリコンじゃないので。
「うぅ....ぐすっ......ひどいよ、そんな酷い嘘つくなんて....」
「....すみません。少し困惑していまして」
「そっか、そうだよね。ボクもこんなところで会えるなんて思っていなかったんだから!」
「いえ、そうじゃなくて.....」
「?」
「私たち別に将来を約束しあったりなんてしてませんよね?」
「...........は?」
不味い。まだ不発弾が残っていたようだ。
「いえ別に?忘れたとかじゃないんですよ?ただ私の記憶では婚約の件はすでに断ったという記憶がありまして....」
「そんなの無効に決まってるじゃん」
「......へ?」
「君とボクのお父さんが決めたことだよ?ボクは認めてない」
「え、いや貴方が認めていなくても....」
「アルもボクを否定するの?」
背筋が凍った。
ああ、これはダメだと。
今度ははっきりと知覚できた。
これ以上は危険だ。そして何より、既に壊れてしまっている私だからわかる。これ以上は彼女自身が壊れてしまう。取り返しのつかないほどに。
「......いえ、私は貴方を受け入れます。否定など、するものですか」
だから受け入れよう。
君がそんなに狂ってしまっていても。
テキサスが私を受け入れてくれたように。
「!!!......良かった.....怖かったんだ、君にまで捨てられるんじゃないかって.......」
「しかし!結婚は別です」
「なんでさ!!」
「私が女性ということが....」
「関係ない!」
「..........それに、私たちはもう十数年も会っていなかったわけです。まずは互いを知り合うことが大切でしょう?」
「う.......」
「付き合うにしても、もっと互いを知り合ったほうがいいと思うのですよ」
「.....そうだね」
「だから今は─────
「わかった。君の好み、君の下着、君の体温、君の性癖、君の生活習慣、君の仕事、君の視力、君の指紋、君の血の味まで.....全てを知ることができるように頑張るよ」
「あ、はい」
多分選択間違えた。
キャラ崩壊注意!!!(遅すぎる忠告)
一話の長さは、作者の気分によって変動します。(今回は多め)