学校として使用されていたであろう建造物は、外壁が焼け焦げ、窓ガラスは叩き割られ、数日前までそこで生存していた人々が生き残るために作り上げたであろうバリケードも無惨に破られています。
よくよく観察してみると、勉学を学ぶべき学舎は机や椅子、挙句の果てには有刺鉄線で補強され、さながら砦のように改造されているようですね。
しかしそれは校門や昇降口にはさほど設置されておらず、そのほとんどが各教室間の移動を防ぐように設置されています。
まるで外敵から身を守るのではなく、学校内に存在する“敵”から身を守るように作られたかのような.....
「ふ、む.......」
一つの遺体の腕を持ち上げます。
黒髪のまだ幼さを残したウルサスの少年の遺体。
『あ...フェイスレス.....様、姉さんが、すみません』
『ぅ....俺は悪くない!あいつが先に殴ってきやがっ──いってぇ!?』
『.....姉さん』
『はい....』
.....少し、失礼します。
「っ!?」
目の淵から、何かが這い出てきているのが見えました。
「.....これは」
遺体はすでに冷たく、ところどころうじも湧き始めている。
目は腐り落ち、死臭も漂い始めている。
死後かなりの時間が経っているようです。
辺りを見渡しても誰か生存者がいる気配はない。
実行犯はすでにいないのか...又は.....
「.....アルベルト」
「....もうよろしいのですか?」
「うん....大丈夫」
少し大きめの汚れた制服を羽織った彼女は、一通り泣いたのか目が赤く腫れている。
ゾーヤさんには悪いですが、今は彼女の父の遺体を持ち帰ることも埋葬する時間もありません。いつ“敵”に襲撃されるか分からない状況です。あまりこのような開けた場所に留まるのはよろしくない。
...敵はレユニオンだけではありません。
この遺体を見る限りこの都市はすでに無法地帯と化している。
打撲痕、切り傷、刺し傷.....そして歯型。
おそらく彼らは同士討ちをしたのでしょうね。
レユニオン達によって制限された物資をめぐって。
遺体の中にも、肋骨が浮き出るほど痩せ細ったものがちらほら見受けられます。空腹のあまり他のグループの物資を狙って、又は“食料”を狙って抗争が起こった....と考えるのが妥当でしょう。
そのほかにも貴族と思われる他の方よりも豪華な服装を着た方が、より無残な殺され方をしていたり、見せしめなのか壁に貼り付けられた死体が見られたり......
ここで起こった出来事で、予想できるものは数多くありますが....
本当に、地獄という言葉以外にふさわしいものが思い浮かびませんよ。
「いきましょうか」
「....どこ、に?」
「この都市を脱出します。おそらくもうあまり時間はないでしょう」
「...........」
「さあ、いきましょう」
手を差し出す。
俯いた彼女は、しかし、それを取ろうとはせず。
「........いいよ」
「...はい?」
「おいてって......」
「.....なぜです?」
「足手まといになってるのは、わかってる。私がいない方が、貴方は逃げやすい」
「....そんなことはありません。貴方がいなければ───
「もういいよ!!!」
「っ!!」
「お父さんも、お母さんももういないの!友達も先生もみんな死んじゃった.....私一人だけ生き残ったって意味ないじゃない!」
「...」
「もう嫌なの!こんな地獄も!感染者達も!もう..........」
「........」
「嫌だよ....助けてお父さん、お母さん.......」
「行きましょう」
「........」
「確かに貴方の大切な人はすべて死んでしまったのかも知れません。この先、一人生き残ったとしてもただの子供である貴方を待つのは更なる地獄かも知れません。貴方がこれ以上生きる意味も、貴方にとってはないのかも知れません」
「......」
「ですが、生きてください。私のために。生きてもらわなければ困ります。貴方がここで死んでしまったら私はどうすればいいのですか?私はただのトランスポーター。この都市についてはあまり明るくありません。貴方がいなければ迷子何ってしまうかも知れません」
「......」
「だから生きてください。私のために」
「はは.......なにそれ.....不器用すぎるよ...」
「.....いいよ、わかった。行こう」
───私はどうしようもないクズだ。
◆
『道案内が必要です。貴方の力を貸してください』
アルベルト
彼...いや、彼女は慣れた手つきで、しかし慣れていないような表情で私を助けてくれた。荒い呼吸をして、とても辛そうな表情をして....昔読んだ白馬の王子様、って感じはしなかったけれど、私にとってはカッコいいヒーローだった。
母を失った私を励ますのでもなく、見捨てることもせず、ただなにも言わずそばにいてくれた。
それが嬉しかった。
彼女はその後もずっと私をレユニオン達から守りながら学校まで着いてきてくれた。”道案内が必要だ“という名目で、文句の一つ言わずに私を守り続けてくれた。いつの間にか先行して学校に向かっていた彼女は脱出経路なんてとっくに把握していたはずなのに。
『一つ、面白い話をしましょう』
聞けば彼女は様々な国に荷物を届けるトランスポーターらしく、いろんな話も聞かせてくれた。
大きなザラックのおじいさんに砂まみれにされたこと。
寒い雪山で吹雪に見舞われて危うく凍死しそうになったこと。
山さえも吹き飛ばす白髪のバウンティハンターに命を狙われたこと。
マフィア達と荷物を巡ってカーチェイスをすることになったこと。
仲間の料理の練習に付き合わされてアップルパイが夢に出るようになったこと.....
波瀾万丈な人生を面白おかしく話してくれた。
そんな彼女のおかげで私の心にも、彼女と他愛もない話をできる程度には余裕ができてきた。
ただ現実から目を背けていただけなのに。
「あ.......」
お父さんが死んでいた。
一気に地獄に引き摺り落とされた気分だった。
いや、違う。初めからここは地獄だった。
「あ、ああ.........」
一人になった。
一人になっちゃった。
お父さんもお母さんも、友達も先生も隣のおばちゃんもお店のおじちゃんもみんな死んでしまった。
私は、
私は、
私は、
私は、
一人だ。
....
泣いた。
子供のように、思いっきり泣いた。
その間にも彼女は遺体や辺りの様子を調べたりいろんなことをしていた。すごいよ、アルベルトさんは。
こんなことになっても諦めてない。
「もういいよ!」
でも私はダメだった。
お父さんもお母さんもみんな死んじゃって、住んでいた町も壊されて、私が生きている意味もわからなくなって....このまま一人寂しく苦しみ続けるくらいなら死んじゃったほうがいいんじゃないかって....
復讐だって考えた。
でも、誰がやったのか分からないんじゃ意味がない。
全然関係ない人を巻き込んでしまったら私はお父さんのような正義の味方じゃなくなっちゃう。
あの人達と同じ、“悪”になってしまう。
だったらもういっそこのままアルベルトさんの足手まといになる前に....
『行きましょう』
それでも彼女は許してくれなかった。
私のために生きろ。
言葉は冷たかったけど、それは確かに彼女なりの優しさだった。
“生きていればいいことがある“
”死んでしまったらそれまで“
多分、他の人だったらこういう時、こんな言葉をかけてくれたんだと思う。
でも、私にはそんなさりげない優しさが何よりも染み渡った。
”彼女のため“という理由を与えてくれた。
彼女は自分のことを悪人だって言うけど、そんなことはない。
少なくとも、私にとって彼は救世主であったし、他の人にとってもそうだったんだと思う。
ただ彼女の自己評価が低すぎるだけで....
彼女が私にとって“ヒーロー”であることには変わりはなかった。
そう、この時までは
「───フェイスレス....様......?」
◆
「おいおいおい、子供かよ。パトリオットの旦那にも言われてるし、個人的にも子供相手はやりにくいんだけどな〜」
ガタリ、という物音と共に一人の男が目の前に現れます。
フードを深く被り、東洋の刀と呼ばれる刃物を手に持っている。
他のレユニオン達とは違う服装。しかしその胸につけたマークがその一員だと示しています。
「っ!?レユニオン!!」
「私の後ろに!」
私に相手の戦闘力を測るような能力はありません。
ですが明らかにオーラ、圧が違う。
間違いなく実力者と言えるでしょう。
服の下に露出している源石を使用してアーツの起動準備をします。
これがリュドミラレベルなら、アーツを使わなければ勝てない。
ゾーヤさんを巻き込まないようにすることも難しいかもしれません。
「........?」
しかし相手は私をじっと見つめて動きません。
刀も抜かず唖然とした様子。
隙だらけです。いっそこのまま路地裏の大気中源石を掌握して体内から貫き殺しましょうか─────
「───フェイスレス....様......?」
「え?」
なんて、言った?
「やっぱりそうだ!間違いない!生きていたんですねフェイスレス様!!」
何を言っている?
「俺です!レック.....って言っても覚えてませんよね。でも、本当によかった!心配したんですよ!あの日に死んでしまったんじゃないかって!」
「それに、蜂起に失敗したあの日からクラウンスレイヤーさん達は貴方のことをなかったかのように振る舞うし、口数も減って目の下に隈もできて....」
「でも!フェイスレス様が生きてるって知ったらきっとみんな喜ぶっすよ!」
震えが止まらない。
目の前が真っ暗になるような感覚に襲われる。
「そうそう!見てくれましたかこの光景!素晴らしいでしょう!!俺たち感染者は貴方の教えに従って自由を手にしたんです!!俺たちはついに幸せを手にするんです!!!やっと!やっと俺たちの夜明けが訪れるんです!!!見ていてください!もう俺たちにかなう敵はいません!!非感染者どもも!ウルサスの軍人どもも!誰にも俺たちを止めることはできない!!!!」
吐き気がする。
違う、違うんだ。
私はアルマだ。フェイスレスでも、アルベルトでもない。
ただのトランスポーター。貴方達のいう救世主なんかじゃあ─────
「全ては貴方のおかげっすよフェイスレス様!!貴方のおかげで!今の俺たちがある!!」
.................あ.....あああ.......
「待っててください!すぐにクラウンスレイヤーさん達呼んでくるんで!きっと驚くっすよ!みんなめっちゃ成長して────────────え゛?」
鮮血が舞う。
手に伝わる確かな感触と、ぼとりと何かが落ちる音が、たった今起こったことをはっきりと表している。
ああ.....ああ......
私は、違う、また、違う、私じゃ、殺した。
生暖かい液体が、視界が真っ赤に、私じゃない、噴水、こんなことしたかったわけじゃない。
なんで、なんで、なんでいつも私は─────
「アル....ベルト....さん.......?」
あ