剣が振るわれるごとに鮮血が舞います。
アーツが放たれるごとに悲鳴が上がります。
風を切る音が聞こえるごとに、声が一つ消えてゆきます。
結論から言えばすでに戦線は崩壊しました。
ミーシャさんを連れた本隊の撤退はまだでしょう。しかし我々殿部隊はもはや壊滅状態。これ以上の足止めも見込めないほどに。
初めは、スカルシュレッダーと、フェイスレスという旗頭が存在することで士気は高かったのです。しかし気合だけでは物量を押し返すことなどできません。
地面は血に濡れ一人一人の命が染み込んでゆきます。
たった一人の少女を守るため。
自分達の希望を守るため。
生きた証を作るため。
人々は無謀な特攻を繰り返し、死んで行きます。
しかし、どれほど愚かな人でも、その末路を繰り返し目にすれば、疑問を持ちます。我々の死に意味はあるのかと。
どんなに愚かな人でも、食を共にし言葉を交わした友人の死を何度も目にすれば、“死”という事象の恐ろしさを知り、恐怖します。そんな死に方は嫌だと。
その結果がこれです。
「いやだ!助けて!死にたくない!」
「だれか!誰か助けてくれ!スカルシュレッダー!!」
もはやそれは部隊と呼べるものではありませんでした。
死を恐れ逃げまとい戦わずして死んでゆく。
彼らの結末は既に確定したようなものでした。
そして、私たちの行く末も。
「左腕を失い、武器も折れ、体の至る所に切り傷を作り、右手はろくに物も握れない」
ええ、はっきり言って満身創痍です。
「部隊も散り散り。この戦いの決着は既についたようなものだろう」
死者は捨て駒部隊の半数を超えているでしょう。
戦う意識のあるものといえばもうほんの数人でしょう。
「だというのに───────
────なぜお前は抗うんだ!アルマ!!!」
チェンさんが満身創痍の私以上に苦しそうな顔でそう叫びます。
戦う理由。
正直にいえば私にもわかりません。
彼らが似ていたから?果たして私はその程度の理由で考えを変えるような、救いようのある人間だったのでしょうか。
わからない。
ですが、理屈だけなら、言えます。
口先だけの言葉ならいくらでも思いつく。
本当に簡単なこと。
誰にでもわかることです。
「大人が、子供のために戦うのはおかしいことでしょうか?」
「っ......」
これは平和な日本という国で育った経験を微かにながら持つ私だけの感性でしょうか。いえ、そんなわけないでしょう。
人間として、人という生き物として子と大切にするのは当然のことでしょう。
種の繁栄を目的として。そして猫やハムスターなど小さなものを可愛いと思うように、子を可愛いと思う心から。
「貴方は彼女....ミーシャさんの幸せを考えたことはありますか?」
「.........」
その言葉に彼女は沈黙で返します。
つまり、そういうことでしょう。
「知っていますか?ミーシャさんと、あの少年、スカルシュレッダーの関係を」
「.......いや」
「彼ら、姉弟なんですよ」
「.......」
「姉弟が再会を望むのは悪いことなのでしょうか」
私はチェンさんの性格を知っています。
ただ単に厳しいだけでなく、人一倍部下思いで、近衛局として感染者やその他の脅威から龍門を守る立場にあるにもかかわらず、感染者の子供達をこっそり隠れて世話してあげていたりと、彼女が正真正銘、私などとは違う”優しい人“であることを知っている。
だからこそ、この任務に疑問を抱いているはずです。
そこを狙います。
どんなに優秀な剣士であろうと心の乱れには勝てないのですから。
それで刀を下げてくれるのが一番なのですがね。
「ミーシャさんには昔、鉱石病に感染したたった一人の弟と、それを助けようと抵抗し、殺された母親がいました。たった一人残った父親の存在は彼女の心の拠り所とはなり得ず、彼女はたった一人寂しい思いをしていたようですよ」
「......」
「スカルシュレッダー君は幼い頃に鉱石病を発症し、母を亡くし、家族と離れ離れにさせられたそうです。そして彼は道具のようにこき使われ、大人でもやらないような厳しい仕事をさせられていたようです。しかし彼は非感染者達の隙をついて多くの仲間たちと共に施設から逃げ出し、レユニオンに加入したそうです。その後彼は母を殺したもの達に復讐を果たし、ついにこうして姉との再会を果たしたのです」
「...........」
「まさに悲劇のような人生を送ってきた彼らが、ようやくハッピーエンドを見つけたのですよ」
鉱石病と、ウルサスという国家が生み出した悲劇。
彼らは何も悪くなかった。
私のように自ら進んで壊したのでもなく、かつて犯した罪の報いを受けたのでもない。
彼らはただの被害者だった。
何の罪もない。理不尽にも悲劇に飲まれてしまった哀れ被害者だ。
彼らには権利がある。
罪を犯し過ぎた私とは違って、彼らには幸せになる権利がある。
だというのに───
「その物語が!悲劇で終わっていいと!貴方はそう思うのですか!?」
チェンさんの顔が悲痛に歪みます。
ええ、そうです。あなたは優しいお方だ。
感染者だろうと分け隔てなく接することのできる“普通”の人間だ。
だからこそ、苦しいでしょう。
辛いでしょう。
なら、もうやめてしまいましょう?
「.....思わない」
「なら」
「だが、それとこれとは話が別だ」
ダメか。
「私は貴様らを打ち倒し、目標を奪取する」
チェンさんが刀に手をかけます。
「そこに、私の感情は関係ない」
抜刀──────────────
ああ.....
「交渉は決裂ですね」
瞬間、私は体を仰け反らせ、目前を刃が通り過ぎます。
実に、残念です。
続くように振り切った刀は向きを変え、再び私に襲い掛かります。
それを半ば折れかけた源石剣でいなします。
源石で極限まで強化しているにもかかわらず、手が痺れるほどの威力。そして近くすることすら難しいほどの速度。しかしそれも心の乱れからか、動きを予想することは容易。流石にアーツなしでは無理でしょうが、かつて行い、瞬殺された模擬戦の時よりも明らかに太刀筋が鈍っています。
無論、正統法で勝てるとは思っていません。
目潰し、人質、騙し討ち。
持ちうる手札を全て使いましょう。
でなければ私は彼女に勝てない。
「くっ!!!」
ちょうど首の皮一枚。
それをバックステップでかわし、距離をとる。
同時に源石剣にアーツを込め、力技で刀身を形成します。おそらくコレはもうダメでしょうね。せっかくテキサスから頂いた物だというのに勿体無いことをしてしまった。
「っ!来るか!」
そしてそのまま足に力を込め、地面スレスレを跳躍。
源石剣片手にチェンさんに突撃します。
刀を構えたチェンさんを視界に入れ、源石剣をその勢いのままふるいます。
「閃っ!!!」
「っ!!」
ああ、まあ、無理でしょうね。
砕かれた源石剣が宙を舞います。
肩から胸にかけて熱を感じます。
斬られた。
でも───
それだけで終わるわけがないでしょう?
「なっ!?」
踏み込み。
砕かれた源石剣を躊躇いなく捨て、体を前に踏み込みながらチェンさんの顔に手を押し付けるように動かします。
目眩し。
源石による人体破壊。
単なる格闘技。
チェンさんの頭にはさまざまな予想がよぎったでしょう。
そして彼女がとった行動は落ち着いて一歩下がること。
一瞬は驚いたが、回避の取れない必中の距離でもなく、たったそれだけの動作で避けることのできる距離だったのですから。それにかわした後、すぐに私を拘束しようという狙いもあったのでしょう。
そう、彼女はコレが私の最後の足掻きだと思ったのでしょうね。
嗚呼、でもそれは間違いでした。
「なにっ!?」
瞬間、チェンの視界が真っ赤に染まる。
そして何かが高速で眼前に迫る気配に彼女は体制を崩しながらも回避します。
しかし、視界は塞がった。
私は文字通り肉の抉れる痛みを堪えながらもう一本踏み込みます。
源石パイルバンカー
体内に存在する源石をアーツを使用し急成長。
強烈な痛みと共に体内で急成長した源石を骨を削り肉を抉り皮を突き破り、血肉を撒き散らしながら標的に向けて射出する。
ただそれだけの単純な技。
しかし一般的な感性では予想できない故に不意打にはうっけつけの大技。
まさかコレをかわされるとは思いませんでした。
しかしそれだけで終わるはずがない。
格ゲーにコンボ技は必須。当たり前でしょう?
「お お お お!!!」
振り抜いた右腕の遠心力を利用し、そのまま体を一回転。
斬り飛ばされた左腕の切り口を上に向け、そのままアーツを発動。
止血に使用した源石を急成長させ作り出すは巨大な大剣。
勢いそのままそれを振り下ろします。
遠心力と源石製の手刀の重量がかかった必死の一撃。
体制の崩れたままではさすがのチェンさんでも避けられない。
ああ、貴方は私のことを殺さないと、慈悲をかけてくれるつもりだったのでしょう。
でもダメです。
私は、たとえ貴方だろうと、目的を達成するためならその命を奪いましょう。
.....貴方達と過ごす日々は楽しかった。
ですが、“それとこれとは話は別”ですよ。
「ごめんなさい」
私の、勝ち───────────
「剣雨」
「なに、がっ!?」
体が痺れ、硬直する。
動きが止まる。
痛み、痛み、痛み、そしてデジャブ。
これは
「久しぶり」
空には黒髪をはためかせる天使がいた。
「邪魔だ」
「ぐっ!」
隙を見て追撃をかけようとするチェンを蹴り飛ばし、舞い降りた。夜空のような美しい黒髪と、引き込まれるような真っ黒な瞳。
私の妹が───
私の鎖が───
私の罪の証が────
「兄さん」
そこにいた。
「.......テキサス」
なぜここにいる。そのようなことは問わない。
ここは“彼女たち”の本拠地。テキサスが。そして向こうで呆然と私を見つめているエクシアさんがいるのは当然でしょう。
それに、私のいるところには彼女のいる。彼女の瞳がさも当然のように、そう語りかけてくるのです。
しかし、
「本当にタイミングが良いのか悪いのか」
いっそ笑いが出てくる。
「兄さん」
「....なんですか」
「一緒に帰ろう。みんなが待っている」
「..........ふふ」
ふふ.......あははは。
貴方は、貴方はまだ私を許してくれるというのですか?
私をペンギン急便の一員と認めてくれるのですか?
私を、家族だと認めてくれるのですか?
ああ、でもダメだ。
「断ります」
私は貴方達の元には戻れない。
「なんで」
「私に、貴方達の元に戻る権利はありません。それにまだやるべきことがありますからね」
「権利なんて必要ない」
「私は、フェイスレス。家族を裏切り、感染者に希望を与えた感染者の英雄。顔なき先導者。私には、背負うものがまだあるのです。負うべき責任があるのです」
「帰ろう」
「それに救いたい物も見つけましてね。少し、本物の救世主のふりでもしてみようかと」
「.........」
────そんなの関係ない。
オレンジ色の刀身が輝きます。
「絶対に連れて帰る」
彼女は不変の覚悟を持って、その言葉を放ったのでした。
自然と震えてくる。
絶対に連れて帰るという確かな覚悟。
かつての私にはなかった物。
そして今の私には存在する物。
「お断りしましょう」
ごめんなさい。
私にはまだやるべきことがあるのです。
やらなければならないことがある。
「おおおおお!!」
遠くで歓声が上がる。
悲鳴ではない。命乞いでもない。明らかに絶望に染まった感染者達のものではない.....
ああ、終わったのか。
スカルシュレッダーは......みんなは.....
でも、それでも私は....
「なら、無理やり連れて帰るだけだ!」
「.....できる物ならやってみなさい」
もはや力の入らない手を前に出し、掌から突き出た、今にも崩壊を始めそうな源石の杭を彼女に向けます。
申し訳程度の抵抗にしかならないことはわかっています。
でも、まだダメだ。
ダメなんです。
ここでは終われない。終わっていいはずがない。
私はまだ償えていない。
沈みゆく泥舟から救いきれていない。
スカルシュレッダー君を、ミーシャさんを、リュドミラを、レティシアを。
だから私はまだ終わるわけにはいかないのです。
「ああああああああ!!!」
咆哮。
最後の悪あがき。
しかし源石剣の光は止まらず、私の目前に迫ります。
何もできない。
何もできなかった。
私は、何もできずに終わるのか───────
「お お お お お お!!!!」
視界が黒光りする壁に塞がれました。
「フェイスレスを守れ!!」
誰が叫んだのか。
「うおおおおおお!!!」
叫び声と足音と共に私の前に多くの背中が現れます。
なぜ、なぜ、なぜーーーー!
「何をしているのですか!!」
叫びます。
私の前に立っているのは数多くの感染者達。
立派な重装甲を着込むものからジャージにヘルメットというろくな装備も着ていないものまで。全員が全員、至る所に傷を作りながら私を守るように立ち塞がりました。
さっきまで死を恐れて震え、怯えていた彼らが。
「フェイスレス!右腕は動くか!スカルシュレッダーを頼む!」
「一体何のつもりですか!?」
彼らのうち一人、イワンさんが傷だらけで気を失っているスカルシュレッダー君を私に押し付けます。
なぜ、なぜ貴方達がこんなことをしている?
私やスカルシュレッダーの後ろに隠れ震えていた貴方たちが。
なぜ逃げずにここにいる?
少なくとも怯えたまま逃げ出せば彼らは助かったかもしれない。
死を恐れて近衛局やロドスに命乞いをすれば助かったかもしれない。
なのになぜ、貴方たちのことを捨て駒としてしかみていなかった私の前に立っているのですか!?
「お前、さっき言っただろ?」
「何を...」
「”大人が、子供のために戦うのはおかしいことか“ってさ」
「.....は?」
「あれ聞いてよ。恥ずかしくなったんだ。スカルシュレッダーって言うヒーローを頼って、あいつがいれば全てうまくいくって勝手に思い込んで.....あいつはただの子供だってのにな」
違う....違うんだ。違うのです。
そんなことを考えていったんじゃない。
ただ、口先だけ。薄っぺらい理由付けのつもりだった。
友に剣を向け家族を裏切る。そんな自分の行為を正当化するだけの言葉だった。
そんなつもりじゃ....
「わかってるさ。お前が俺たちのことを駒だとしか見てないってことくらい。普段そんな目で見てくる奴がいるからな」
「....」
「でも、あの言葉は本物に聞こえた。あれは間違いなくお前の本心だ」
「ちがっ....
「自分の本心ってのは案外気づけないものだぜ?」
違う.........
「だからよ。ここは俺らに任せてくれ。捨て駒として使ってくれ」
「待ってください!私も....」
「俺らからみればお前も十分子供なんだよ若造!」
そう言ってその人は仮面を外し、私の髪を乱暴に撫でながらくしゃっと笑います。
「女子供を守るのは大人の男の仕事だ。ここは俺らに花を持たせてくれ」
「.......う、ぅあ........」
「いくぞテメェら!!非感染者どもに感染者の底力を見せてやれ!」
「「おおおおおおお!!」」
死んでゆく。
私に希望を預けて。
私の言葉で死んでゆく。
逃げられる。
彼らの犠牲のおかげで。
彼らの命の上に私たちの命が立っている。
立ち上がれ。
痛みなど無視しろ。
動かないのならアーツで動かせ。
アーツも使えないなら気合いで動かせ。
何としてでも逃げ切れ。生き残れ。
私の責任だ。
「兄さん!待って!!」
壁の奥から聞こえてくる叫びを無視して、私は走り出した。
アルマちゃんと化したアル君の感性は前世主人公君ではなく今世アル君のある程度常識的な感性に近いものを持ってるので口先では駒とか言って冷たそうに見えるけど罪悪感はバリバリ存在します。テキサスの手柄だね。