炎に照らされ歓声の湧き上がる屋外とは対照的に、私たちの隠れている室内は恐ろしくなるほど静かで、薄暗く、しかしその恐怖を感じ取ることができぬほどに彼らの脳は思考を放棄していた。
永遠とも思われた静寂。
しかしそれは一人の兵士の、たった一言によって壊されることになった。
「クレアスノダールが…陥落…?」
呆然と、状況が飲み込めていないような、故に状況を理解しようと、拒む脳を押し退けて無理やりにでも飲み込もうとした言葉は、彼と同じように思考を放棄していた兵士たちにも驚くほど滑らかに滑り込み、拒む脳に理解させた。
移動都市クレアスノダールの陥落。感染者の勝利。それ即ち我々の敗北。その事実が皆の脳に届けられた頃には、もう遅い。
「いや、いや…いやァァァァァァ!!!!」
甲高い、しかし外の歓声にかき消されるような悲鳴は、彼女が抱く感情を素早く、正確にこの場にいる全員に伝える。恐怖は伝播する。混乱もまた、そうだ。
「は、はは、もう終わりだ」
「死にたくねぇ!死にたくねぇよ!」
「あああああ…やだぁ…おかさぁん…」
混乱に包まれる者。恐怖に飲まれた者。全て投げ出し諦めた者。それぞれがそれぞれ違った反応を見せたが彼らが共通した抱く感情は、絶望。それだけは変わらなかった。
「助けて、助けてくださいよ!ベール副隊長!」
「静まれ!テメェら鬱陶しい!おいリスタぁ!どうにかしやがれ!テメェの役目だろ!」
「……ありえない」
「ああ!?」
「有り得ない。暴動は、まだ始まって1日も経っていないのに、あまりにも早すぎる…どういうことだ…」
「──くそったれ…俺だってわかんねぇよ」
それは、他のものたちよりも多くの戦場を経験してきた隊長たちにも言えることであった。リスタ小隊長は頭を抱えて座り込み震え、ベール副隊長は縋り付いてきた部下を振りはらい、壁に拳を叩きつけた。
「……どうすんだこれ」
「うーん……ちょっと、不味いですね」
「お前は平気なのな」
「いえいえ、平気ではありませんよ。ただ、膝下で寝ている人がいると言うのに叫んで現実逃避するのは……と思いまして。いや……この状態こそが現実逃避だとも捉えられなくはないですね。正直今すぐにでも頭を抱えてうずくまりたいものですが」
阿鼻叫喚の現状に我関せずとスヤスヤとライトの膝で眠るテキサスに視線を向けながら彼は「ははは」っと乾いた笑いを零し、顔に手を当てた。表面上は真面を装っていても、彼も相当現状に参っているようだった。
事実。たとえ彼らが数多の戦場を生き残った歴戦の猛者だろうと、戦場経験のない「ド」のつく素人であろうと、この様な味方の生存は絶望的、我彼の圧倒的戦力差、どして逃げることも許されない。そんな絶望的な状況で正気を保てなど無理があるのだ。
錯乱し暴れ出さないだけで十分といえよう。
「…ですが、いつまでもこうしているわけにも行かないでしょう。こんなことをしていてもなんの解決にもならない。いつか敵に見つかり、もて遊ばれ、殺されるだけです」
「そりゃそうだが…」
「ですので、突撃しましょう」
「………は!?」
名案だ!とでもいうかの様にライトは自信満々に指を一本立ててそう言い放った。
「この近くに…ちょうど中央の艦橋へ向かう道に緊急の事態に備えて建てられた軍用の倉庫があるはずです。そこに行ければ今我々に不足している食料、武器、医療品。今の私たちに足りていない物資を補給することができる。ですがそれだけではダメです。武器はあっても、それを使うだけの人員が足りない。ですので人員はおそらくわたしたちのように逃げ隠れているであろう生き残りを…いや、だめです。それでは時間がない。やはりこの人数で、最小限の犠牲で───」
「ら、ライト!落ち着け!お前なんか変だぞ!」
「変?いえ、おかしくありません。私は何もおかしくありませんよ?私は何もおかしいことなど言っていない」
「エンペラーさん、私は、私たちはこの都市クレアスノダールの市民であり、守護者であり、誇り高きウルサス帝国民です。そんな私たちが、絶体絶命に陥った程度で諦めてはいけないのです。私たちには義務がある。この都市を守る義務が。この国を守る義務が。そして、愛すべき家族や友人、仲間を守るために戦う義務が」
「故に、諦めるわけにはいかないのですよ」
そこまで大きくない、普段と同じ声色、声の大きさだというのに彼の声はこの廃墟によく響いた。外の歓声や物音が聞こえないほどのよく。
これは彼の声に何か特別な秘密があるのではなかった。
ただ単に、静かなのだ。
誰も、彼も声を発さない。
先程まで叫んでいた兵士も、泣いて震えていた子供も、誰も彼もが彼の声に耳を傾けていた。
「私たちが諦めたらどうなると思いますか?あの恐ろしい暴徒達が力を持たない市民を、私たちの家族、知り合い、友人を殺さず放っておくとでも思っているのですか?ああ、そうです。そんな事はない。あるはずがない。きっと彼らは、そこの道端に転がっている死体の様に無惨な殺され方をされ、その死体を晒すことになる。そして都市は感染者達に支配され、汚される。この私たちが生まれ育った美しきクレアスノダールが、です」
「ん……ぅ…ライト?」
彼は徐々に言葉を強め、静かに、しかし荒々しく、そう言い放つ。そこに込められた感情を押し付ける様に。
「ああ、その様な蛮行が許されようか。答えは否。否だ。許されていいはずがない……故に立ち上がりましょう。もう一度、最後まで、この命が尽きるまで。この都市を、私たちの故郷を守りたいと思うのならば、武器を持ち、立ち上がって、戦い抜きましょう」
「私たちの美しきクレアスノダールを、再び取り戻すために」
小さな咳払いと「失礼しました」という言葉と共に締めくくられたその演説は静寂に終わり、そして徐々に、徐々に波が大きくなるが如く、人々に伝播する。
「…俺は、やるぞ」
「やってやる、やってやる!」
「はは…そうだ。こんなところでうずくまってる場合じゃねぇ」
「戦え、戦え」
「立ち上がれ」
反撃の時は今、来た。
兵士も、怯え震えるだけだった市民も皆が声をあげ、立ち上がり、歌い出す。
擦り減った精神に植え付けられた空虚な勇気。一見無謀にも思えるその試みに人々は希望を見出し始めていた。
これがカリスマというものなのだろか。
なるほど、一見ただの優男にしか見えなかった彼が一部隊の隊長を任されていた理由が垣間見得た気がした。先ほどまでの憂鬱とした、重苦しい雰囲気はもはやみる影もない。それをエンペラーは少し恐ろしく、しかし彼の気持ちもまた彼ら同様に昂っていた。
「お、おい、ライト。お前すげー……な……」
「私のおかげででは有りませんよ。これは、皆さんのこの都市への想いが成し得た事…それに、ここからが本番なのですから」
エンペラーの見た彼は笑っていた。
自身の演説で心が折れかけていた皆を立ち上がらせたのだ。上手くことが進んだに喜んでいるのかもしれない。自身の声に皆が答えてくれたことが嬉しかったのかもしれない。
────なんだ…?
理由なんていくらでもある。
それでも、そのどれにも当てはまらない様な、そんな違和感をエンペラーは感じ取ったのだ。
何かが違う。それでいて、そんなことがあるはずがないのに、どこかで見たことがあるという。
『やぁ、エンペラー』
そんな既視感を。
「ライト、お前……」
「よし。各員準備を始めろ。ベール副隊長、そしてライトは私と共に来い。作戦の概要を詰める」
しかし時間はそれについて考えることを許してはくれなかった。
「さて、いい加減退いてくれませんかテキサスさん?これでは動けませんし、足も痺れてきました」
「…仕方がない」
「仕方がないってなんですか仕方がないって……っと、作戦会議に行く前に、これだけは聞かせてください。貴方達はこれからどうするつもりですか?」
よっこらせと言いながらテキサスを膝の上からどかしたライトは立ち上がる。
「はっ、この状況で俺たちは隠れてます〜なんて情けねぇこと言うわけねぇだろ?」
「……貴方達はそもそもこの都市の人間ではない。この戦いに参加する理由もないのです。ですのでそれもまた選択肢の一つ。いえ、一番妥当な選択と言えるでしょう。私たちの作戦が成功するにせよしないにせよ、2人だけなら隠れて政府の救援を待つほうが賢い選択と言え───
「ああもう!ぐだぐだぐだぐだうっせーな!」
「んぬぁ…!?」
妙にもちもちとしたライトの頬をエンペラーの手がペチンと挟む。
「じゃあなんだ?テメェらが自爆特攻すんのを黙って見てろってか?」
「い、いえ、必ずしも失敗すると決まったわけじゃ…」
「逆に成功すると思ってんのか?」
「……」
「だったら尚のこと俺らを連れてけ。人数は必要だろ?」
「し、しかし……」
「だぁぁぁ!埒が開かねぇ!!」
うがーっと両手をあげ、頭を掻きむしるエンペラー。別の部屋からベール副隊長の急かす声が聞こえてきた。
エンペラーとテキサス。彼らは本来この都市の外からやってきたトランスポーター。つまりライトにとっては“部外者”であり、そんな彼らを、都市が抱え、ついには爆発してしまったこの大きな問題に巻き込みたくはないのだろう。
だがエンペラーもエンペラーで、ここで引くことは彼のプライドに反していた。たとえ彼らがいなくとも問題なかったかもしれないが、結果的に軍に助けられ、ここまで保護してきてもらった大きな“借り”。それを返さないなんてことを、彼は許すことができないのだ。
「…よーし、わかった。ならライト、お前俺たちを雇え。」
「………はい?」
「俺はテメェらにできた借りを返したい。だがテメェはこの都市の部外者である俺らを巻き込みたくない。違うか?」
「…まあ、はい」
「なら、部外者じゃなけりゃいいんだろ。だったら俺らを雇え。普段は荷物の配達しか受け付けねぇが今回は特別だ!テメェらに傭兵として雇われてやる!」
「は、はぁ!?んな無茶苦茶な…」
「どーする?俺らは引かねぇぞ。雇わねぇなら…そうだな、リスタあたりに雇ってもらおう。報酬はお前のツケだがな。」
無茶苦茶だ、とライトは顔を押さえて大きなため息をつき、エンペラーに問いかける。
「………まったく、詐欺にあった気分です。それで?お値段は?」
疲れと呆れをふんだんに含んだ彼の問いかけにエンペラーはその両翼をあげ─────
「とびっきりうまいワインを2本。」
取引は成立した。
メモ
リスタ小隊長→少し優柔不断。感染者差別意識軽度。実は女性
ベール副隊長→殺意MAX。ウルサス脳。男性
ライト自治隊長→敬語キャラ。ニコニコ。感染者差別意識軽度。
mob×9→モブ。壊れかけ。
クレアスノダール→リターニア付近で炎上中。
主人公くんちゃん→....どこ?敬語キャラ。ニコニコ。
原作キャラ→キャラ崩壊注意