脇役になりたくないTS転生者   作:有機栽培茶

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DC-4【キルゾーン】戦闘前1

 見慣れたはずの街並みはまるで別物へと様変わりし、華やかなメインストリートは赤いカーペットによって模様替えされていた。

 

 燃え上がる行きつけのパン屋。

 崩れた見覚えのある家屋。

 そして、積み上げられた肉の山。

 

 地獄というものを表すのなら、このような光景のことを言うのだろう。

 

 しかし、我々にとって地獄でしかないこの光景は、一方で、彼らにとっては天国のように感じるらしかった。

 

 湧き上がる喝采。

 燃え上がる煙と肉の焼ける匂いと共に、あたりに充満する喜びの感情。狂ったような笑い声。

 

 彼らは心の底から喜んでいた。

 永遠の苦しみの鎖からの解放を。

 感染者という名の枷からの解放を。

 

 そして、初めてその手に握りしめた本物の自由を。

 

 

 たった今、彼らは被虐者という立場から、弱者という立場から強者へと成り代わったのだった。

 

 復讐を。

 

 ああ、それでもこの粘着質な黒い感情を拭い去ることは叶わない。どれだけ今の幸せを手にしようと、過去に負った傷跡が消えることはないのだ。

 

 復讐を。

 

 それは幸福の中だろうと痛みだし、不快感を与え続ける。

 

 復讐を。

 

 それを癒す方法はただ一つ。彼らはそれを知っていた。

 

 

「さぁ!心ゆくまで復讐を!」

 

 

 自分達を見下し縛ってきた者たちを1人残らず血に染める。

 女だろうと子供だろうと関係がない。

 

 差別からの解放。

 

 “我々には等しく自由と幸福を得る権利がある。”

 “それを邪魔するものは等しく悪である。”

 

 彼らを薄暗い暗闇から救い出した先導者の言葉は今や、彼らの“正義”となり、“大義”となり、彼らに力を分け与えていた。

 

 我々は“正義”であり、“悪”である非感染者は滅すべき罪人である。彼らの恨み辛みからくる虐殺行為は、その全てが正当な行いであると。

 

 人は“理由”さえあればどこまでも残酷になれるのだ。

 

 明確な善悪を作り出すことによって彼らは一つになり、団結し、悪を打倒することができた。

 

 そこでは躊躇も、躊躇いも不必要なものとして捨てられた。

 

 

 その結果どれほどの血溜まりの海と、屍の山が築かれようと。

 

 彼らが止まることはない。

 

 

 

 

 

 

「…て、敵影ありません」

 

 

 まるでキャンプファイヤーを囲むように、勝利に酔う暴徒たちから身を隠し、命からがら抜けだした住宅街のその先は、工場や倉庫群が立ち並ぶ工業地帯。

 

 この都市の発展に大きく貢献し、毎日のように多くの人々が集まるそこは、暴徒たちの蔓延る住宅街とは打って変わって静寂に包まれていた。

 

 

 不気味なほどに周囲からは物音ひとつしない。

 聞こえるのは自分達の呼吸音と歩く音だけ。生き物の気配すら感じ取ることができなかった。

 

 所々に積み上げられた肉の塊も、戦闘の跡さえ、先に進むにつれて少なくなってゆく。

 この区画を占領しているはずの暴徒たちは影も形も見当たらなかった。

 

 

「…不気味だな」

「そうですね……本来この時間ならそれなりの人が居たはずです。ですので言い方は悪いかも知れませんが、死体が少なすぎる」

「あァ、確か、ペイル共の班との連絡が途切れたのがこの辺りのはずだ。つまり、アイツらが全滅したか逃げたかにせよ、ある程度の戦闘はあったはず。にも関わらず戦闘痕が少なすぎる」

「それに、なぜかここだけ暴徒たちが見当たらない。ですよね」

「そうだ。ちくしょう、いやァな予感がするなぁ」

「戦場帰りの勘ってやつですか?」

「そんな大したもんじゃねぇよ」

 

 

 既に遠くに見える赤い炎に包まれた住宅街とは対照的に、この工業地帯はひたすら静かだ。故にちょっとした物音でもよく響いてしまう。

 

 

「ひ、ひぃ!?!?」

「っ!静かに!」

 

 

 先行していた一人の兵が何かに躓いたのか、小さな、しかしこの場ではよく響いてしまう悲鳴を上げて尻餅をついた。リスタ小隊長が慌てて彼女の口を塞いだが、もう遅い。声は辺りに響き渡った。

 

 

「総員周囲を警戒せよ!」

「了解」

 

 

 五秒。

 十秒。

 二十秒。

 三十秒。

 

 そして一分。

 しかし辺りから何かが動いたような音はしなかった。

 

 

「…バレて、ない?」

「そう、みたいですね」

 

「おい、何があった」

「ひっ、あ、ベールさん…これ…」

「あァ?……こいつは……っ!」

 

 

 静かに手招きするベールに従って覗き込む。

 そこには見慣れた軍服に身を包んだ肉塊が、うつ伏せになって倒れ込んでいた。

 

 

「リスタさん、彼らは」

「ああ、間違いない…通信の途絶えたペイル班の者だ。」

 

 

 立派なウルサス軍服は突き刺された何本もの剣と幾度となく振り下ろされたであろう殴打痕によって赤黒く変色していた。しかし、ソレの肩についたエンブレムと、近くに落ちていた千切れたドッグタグが、彼の所属を示していた。

 

 

「ケレス…くそっ!敵は必ず…っ」

 

 

 ベールは冷たくなったソレを握りしめ、噛み締めるように言った。

 

 

「え、け、ケレス…さん…?」

 

 

 先ほど悲鳴をあげた小柄な女兵士が1人。

 ぽつりとこぼしていた。

 

 

「そ、そんなはずはありません…だって…」

「お、おい。何をして」

 

 

 止めようとするリスタの手を振り払い、彼女は後頭部がグチャグチャになったソレをひっくり返した。

 

 

「だ、だって、彼は金髪で…」

「……は?」

 

「……誰だ、コイツは」

 

 

 ギャグのようなふざけたような言葉がベールの口から放たれた。

 

 

「……リスタ小隊長。ペイル班にこのような人物は?」

「い、いなかったはずだ。少なくとも……」

「俺はこんなやつ見たことがねぇ。俺は自分の部下の顔は全員覚えているが、こんな顔は一度も見たことがない」

 

 

 場を沈黙が支配する。

 

 

「皆さん、死体の顔を確認してください。」

「は、はいっ!」

 

 

 ライトの声に従って、各々で辺りに散乱している軍服を身につけた肉塊をひっくり返してゆく。結果────

 

 

「……どうでした?」

 

 

 見覚えのある顔は確認できなかった。

 それが隊員の1人から伝えられた事実だった。

 

 

「どう言うことだ?」

「……さあ?」

「いや、さあって…」

「はぁ……エンペラーさん、これだけの情報から私に何を予測せよと言うのですか?私だってなんでも知っているわけではないのですよ?まあ、強いて言うのであればこれが味方からの何かしらのメッセージか、全滅したと思われたペイル班の皆さんが実は皆生きて私たちのように機会を窺っているのかもしれない…とかですかね。」

「十分だろそれで。」

 

「じゃ、じゃあ俺ら以外にも生きてる奴らが…?」

 

 

 この地獄に自分達だけ取り残された。その事実が覆されただけでも舞台の空気は明確に、明るく変わった。

 

 通信の途絶した他班のメンバーが生きている。その情報は、ライトの鼓舞によって動いていた。言うなれば希望も勝ち筋も何もないままから元気、いや、から気合いで突き進んでいた彼らにとって、ソレは十分すぎる希望となり得るものだった。

 

 

「静粛に!目的の保管庫は近い!もし生き残りがいるのだとしたら彼らもそこに向かっているはずだ!行動開始!」

 

 

 リスタ小隊長の号令と共にそれぞれが再度隊列を整え行動を再開する。目的地はこの工業地帯に存在する保管庫のうち一つ。しかしそれは保管庫という名を持つ、いわば軍用武器庫のようなもの。

 

 各区に一つづつ設置され、軍の備品が収納されている施設だ。セキュリティも万全であり、外壁を破壊し侵入でもされていない限り安全の保証されたセーフティルームでもある。

 

 そして何よりそこには有線で各区をつなぐ通信設備が存在する。それさえあれば自分達以外の生存者を見つけることができるかもしれない。

 

 仲間の生存の可能性。

 保管庫へ近づいたという事実。

 その二つの希望を得た彼らの動きは目に見えて軽くなっていた。

 

 もしかしたら自分たち以外の生き残りがこの区画に残っているかもしれない。

 

 もしかしたら他の区画にだって自分たちのように動くものたちがいるかもしれない。

 

 もしかしたら、本当に感染者どもからこの都市を奪還できるかもしれない。

 

 そんな希望が彼らの中に芽生え始めていた。

 

 

 

 

 

「…周囲に敵影なし。」

「パスワードは?」

「安心しろ。ちゃんと覚えてる。」

 

 

 彼らの前に聳え立つ巨大な鉄製の大扉。まさにそれこそが彼らの目的地でもある保管庫の扉だ。なんでも、これだけ大きな戸持つ理由は様々な物資の他に大型のトラックや装甲車両が保管されているかららしい。

 

 なかなか大きな施設だ。

 数名の隊員が周囲を警戒する中、リスタ小隊長は小さな電子音を立てながら扉に敷設された機器を操作して扉のロックを解除する。

 

 十数桁打ち込んだのちに、人が押してもびくともしないような重量のある鉄扉は重鈍な音を立てながら横にスライドするように彼らの前へ暗闇への道を開いた。

 

 

「暗いな」

「少し待て、確か灯りがこの辺に…」

 

 

 カチリ、と小さな音と共に灯された電灯が人工の光で辺りを明るく照らし出す。

 

 生き残るための頼みの綱。

 彼らが求めていたものがそのまま。大量の物資がそこにはあった。

 大量の保存食に大量のボルト、大量の爆薬に大量の加工済みの源石。

 

 彼らの求めたあらゆるものがそこにはあった。

 

 今の彼らにとってそこはまさに財宝の山。

 希望の詰まった宝箱。 

 

 

「警戒を怠るな!各員必要な物資を早急に補充せよ。感染者どもが来る前にさっさと済ませるぞ!!」

 

 

 ベール副隊長の指示でそれぞれが補給にかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、メリットにはそれ相応のリスクがつくものです。なんの危険もなくこれほどの宝を得る?あり得ない。

 

 RPGなどのゲームを嗜まれている方はご存知かと思われますが、某ドラゴンでクエストなゲーム等では、こんなモンスターが登場します。

 

 様々なアイテムを手に入れることができる『宝箱』。

 それに擬態し、開けたプレイヤーに襲い掛かるモンスター。

 その名もミミック。

 

 厄介な敵ですよね。

 宝箱を見つけた喜びから一瞬で叩き落とされる。

 性格の悪い敵です。

 

 ですがその『餌を用意し、相手が油断した瞬間を叩く』戦略はとても合理的なものであり、自然界の動物や植物、そして人間すらも使用することのある戦略です。

 

 敵を自分に有利な戦場に引きずり出すことができ、バレなければ先手を打つことができる。

 

 皆さんもやったこと、もしくは見たたことがあるでしょう?

 FPSなどでアイテムを餌に敵プレイヤーを誘き寄せ、ホイホイ釣られた愚かな敵さんを周囲に隠れていた仲間たちと一斉に集団リンチするあの光景を。

 

 又は将棋などで金や銀などの強力な駒を餌に、相手プレイヤーの飛車や角を狙う。そんな光景を。

 

 え?ない?

 

 まあいいでしょう。

 こんな都合のいい状況が、あり得るはずがないのだということを、わかってもらえればそれでいいのですから。

 

 

 

 

 

 突然後方から鳴り響く重音と、バチンと音を立てて一瞬で暗闇に染まる室内。扉が閉められたようで、外部からの光も何もない暗闇が彼らを飲み込んだ。

 

 

 

「落ち着け!中央に集ま───

 

 

 

 続く言葉はなかった。

 代わりに聞こえるのは何かを貫く音と、ゴポリ、べチャリという粘着質な今や聴き慣れてしまった音だった。

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