起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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9.武力を背景にした為政者の発言は恣意的な情報改竄を疑うべきである

「んんー!埃っぽい!率直に言って最悪ですねえ!」

 

長身痩躯の男が車から降りるなりそう有り難いコメントをしてくれる。

 

「空調効きっぱなしのコロニーとは違うさ。慣れてくれたまえよ」

 

「研究をさせて頂けるなら文句なんて言いませんとも。あ、でも出来れば部屋は奥の方にして貰えますか?人体を扱う都合上やはり異物は宜しくありませんので」

 

「取敢えずは食料庫用だった部屋を使ってくれ。あそこなら温度管理も出来るしね。他に必要な物は?」

 

「取敢えず医療用のポッドがあるなら、後はそのうちで構いませんよ。あ、でも」

 

「ん?」

 

「弄って良い検体は何時都合してくれますか?」

 

朗らかに笑う青年に俺は溜息を吐いた。こいつ全然懲りてねえな。まあ懲りるような奴ならギャラルホルンに追われてこんな所までやって来ないか。

彼の名はフレデリック・ハーバー。元ギャラルホルンの科学者だ。タービンズとの取引の際にお願いしていた、阿頼耶識システムに精通した人材の派遣によって我が社へ送り込まれてきた人物である。ぶっちゃけすっごいMADっぽいので体のいい厄介払いをされたのではと俺は睨んでいる。

 

「大体ギャラルホルンもテイワズもひどいんですよ。僕の研究の意義が全く解ってない。やれ禁忌だ人道だって。人類の進歩を前にそんな些細な事を…?」

 

饒舌に語るフレデリックの首根っこを掴み、強引に体を寄せる。ホント学者って連中は世間体という常識をなくした奴ばっかだな。

 

「フレデリック。私は君の研究に理解を示しているつもりだし、有意義だとも認識している。だが阿頼耶識被術者を誰であれ二度と検体などと呼ぶな」

 

「……」

 

「君にとっては弄り甲斐のあるサンプル程度の存在かもしれない。けれどそのサンプルは誰かのかけがえのない人でもあるんだ、それを忘れるな。命の保障はしかねるぞ」

 

大体お前を呼んだのはその被術者の身体の安全を考えてなんだぞ?知識のために研究が必要である事は認めるが、目的と手段をはき違えて貰っては困る。

 

「喫緊で治療が必要な者は何名か既に運び込まれている。急ぐ必要は無い、代わりに絶対に死なせるな。いいな?」

 

「は、はい」

 

ホント大丈夫かな、こやつ。

 

 

 

 

フレデリック・ハーバーの家は地球でも上流階級に含まれる家だった。実家の異常さに気がついたのは、間抜けにもギャラルホルンの高等教育校に入学してからだった。初等部や中等部は一般的な教育機関とあまり差のないカリキュラムだったが、流石に高等部となると将来の進路に沿って内容が細分化してくる。この時多くの若者は、家を継ぐ為に家業としている学科を選択するのが一般的なのだが、フレデリックは自身の家の家業を知らなかった。漠然とギャラルホルンに所属しているのだから軍務についていると安易に考えていたのだが、父は毎日帰宅していたし、長期の遠征などに出かけたこともない。そもそも同じ家格の学生と話せば、自然と出てくるセブンスターズの中でどの家の傘下かという事すら彼は知らされていない事にその時漸く気がついたのだ。生来好奇心が強かった彼は、一度疑問を覚えてしまったら、それを解決せずにはいられなかった。そして彼は知ることになる。ハーバー家の最奥、誰も普段近寄らない父の書斎の更に奥に眠っていた旧世代のコンピューター。そこに記されていたのは膨大な量の阿頼耶識システムに関する資料だった。

何という事はない。ハーバー家はギャラルホルンに貢献した名家ではない。名家としての特権をエサに、永劫監視されることを選んだ学者の末裔だったのだ。不幸であったのは、長年の忘却により薄れていたはずの学術的好奇心をフレデリックが先祖返りのごとく持ち合わせて居たことだろう。元々実技は壊滅的だが、座学は優秀だった彼は、好奇心の赴くまま、貪るようにデータベースを読みあさった。そして阿頼耶識システムの真実を知る。

 

「なんて愚かなんだ!恐怖に負けて進歩を投げ捨てるとは!」

 

阿頼耶識システムは、元来宇宙空間における機体制御システムとして研究されていた技術だった。当時はナノマシン技術の発達により、ナノマシンによる視覚補正や神経系疾患の補助、事故による不随部の再生と広く普及した技術だった。事実大戦中のMSパイロットは例外なく阿頼耶識システムの施術を受けており、大きな混乱が起こっていなかった事からも、こうした処置が一般的であったと推察出来る。ならば今日の認識はどの様にして形成されたのか。それはギャラルホルンと言う組織と密接に関わっている。

人類の4分の1を死に至らしめた厄祭戦。この数は実のところ数字以上に深刻な意味を持っていた。当時の先進国同士の戦いは徹底した機械化、自動化が進められていた。これは人の死なないクリーンな戦争を目指した故の到着点であったのだが、同時に問題も生み出した。

戦争が終わらないのだ。

当時の先進国は国力が拮抗しており、技術面においても極端な差は無かった。故に人命を消耗しない戦争は、長期化による経済基盤への圧迫が勝敗を決める事になる。しかし、例え一時的に勝敗が決しても、即座に別の理由で戦争が勃発する。人的損害を出さないという事は、各国の経済的再建も短期間で完了することを意味し、更には相手も自分も傷つかないという心理的ハードルの低下は、戦争を安易な手段へと変貌させたのだ。そして長引く戦争の中で勝者と敗者が漸く明確になり始めると、人類はしてはいけない選択肢を採り始める。

 

「我が国の経済基盤では、敵国の経済に太刀打ちできない。ならば、敵国の経済基盤を破壊すれば良い」

 

こうして当時の先進国は、互いに敵国の経済基盤。即ち人口密集地を優先的に襲撃する自律兵器を建造し、互いの国へと差し向ける。それがどれ程愚かな行為であったか、当時の為政者達はその身がMAのビームに焼かれるまで自覚出来なかった。こうして当時先進国と呼ばれていた国家が軒並み文字通り壊滅し、残された人類はMSと言うMAに対抗する為だけの兵器をもって、辛うじて戦乱を終結させた。今日の技術レベルの衰退は、ここに大きく起因している。何しろ残った人類の多くは当時途上国と呼ばれていた、人口こそ多いが、経済・技術力では大きく遅れていた国家なのだ。先進国が独占していた技術の多くは失われる事となり、その中にはMAの製造技術も含まれていた。

一見すれば人類は消せない傷を受けたものの死んではおらず、また傷の原因となった脅威は文字通り失われたのだから平和を勝ち取ったように思える。しかしそうは考えない、否考えられない人々がいた。

ギャラルホルンである。

国家という枠組みを超えて集まった彼等はMAの討伐を終えた後、ある事に気付く。それはMSとそのパイロットと言う存在だ。当時の人類は追い込まれていたこともあり、早急な戦力の確保が求められた。阿頼耶識システムはこの問題を良く解決してくれたが、その優秀な機能が新たな脅威を生み出す可能性に、彼等は気付いてしまう。即ち、文字も読めない者ですらMAと交戦可能な兵器を運用可能とする技術が拡散すれば、第二第三の厄祭戦が勃発しかねないという懸念である。戦後直後の今は良い。多くの人が戦争の恐怖を刻みつけられているし、復興にリソースをつぎ込んでいるから誰もMSで戦争をしようなどとは考えない。だが10年後、100年後は?人類の愚かしさを十分に理解した彼等が選んだ選択は、阿頼耶識システムと言う技術そのものの封印だった。

彼等の努力は功を奏し阿頼耶識システムは忌避すべき技術という社会認識は醸成される。だが、堕落したギャラルホルンの中で生きてきたフレデリックにはMSという軍事力をギャラルホルンが独占するための方便にしか見えなかった。

 

「この技術があれば人はもっと発展できる。自らの権力維持のためにそれを妨げるなど、あってはならないことだ」

 

若さ故の狭窄した正義感と自らの学術的欲求を満たすために、彼は阿頼耶識システムについて貪欲に学ぶ。その行動が実物への実験に至るまでそう時間は掛からず。事が露見するのもまた同様であった。ギャラルホルンから追われる身となった彼はテイワズを頼り、歳星に身を寄せるが、そこでも待っていたのは異端者への冷ややかな視線だった。三百年という月日の重みは彼の想像を遥かに超えており、その現実に彼が打ちのめされているまさにその時、今回の依頼が舞い込んだのだ。そして止まっていた時は動き出す。それが人類の新たなる夜明けとなるか、黄昏を呼ぶかはまだ誰も知らない。

 

 

 

 

「そろそろ、頃合いかな」

 

資料を眺めていた相談役がそう呟くのをマルバは聞き逃さなかった。社長室があるにもかかわらず、最近のマルバは事務職が集まっているオフィスで仕事をしている。専らこの様な事態に対して迅速に対応するためだ。

 

「おい、何が頃合いなんだ?」

 

「大分ウチの所帯も大きくなったからね。そろそろ一度くらい本気で掃除をする頃合いかなと」

 

確かに現在のCGSは急速に拡大していた、主に軍事的な意味で。運用している艦艇は3隻に増えたし、MSも全て合わせれば10機にもなる。社で雇用しているヒューマンデブリの数は以前の実に10倍以上に膨れ上がっており、基地内の至る所にバラックが増設されている有様だ。儲けは出ているがそれと同じ速度で増大していく運営資金によって、今日もCGSは絶賛自転車操業中だ。

 

「もったいぶった言い回しなんかしてんじゃねぇよ。報連相は明確にしやがれ」

 

マルバが睨み付けると、相談役は肩を竦めて口を開く。

 

「ここ2ヶ月程海賊共の襲撃が減っている。連中の情報網に私達の事が知れ渡ったんだろう。と言う事は、そろそろ大物気取りがブチ切れる頃合いだ」

 

何しろCGSのサルベージ部門は海賊に襲われようが襲われまいが、定期的に船を出し自称本業であるデブリ帯での回収作業を行っている。

 

「暴力と面子だけで生きているような連中だ。目の前で挑発を繰り返せば、巣穴から出てこざるを得ないよ」

 

意外に思われるかもしれないが、海賊でも大所帯の連中というのは慎重だ。正確には冷静に獲物を見極め、彼我の戦力を勘案できる程度の臆病さと慎重さがなければ組織を大きく出来ないのだが。それだけに彼等は容易には姿を現わさない。普段は自ら作り上げた堅牢な巣に籠もりしっかりと身を守っているのだ。だが、身代が大きくなった連中はそんな理だけでは行動できない。

 

「勝手気儘に振るまっている我々を放置すれば、彼等はこう思われる。ああ、奴らはゴミ拾いにすらびびって手を出せない臆病者共だとね」

 

元々海賊に身をやつすような人間は、多くが思慮に欠け自身の都合の良い現実を信じたがる。民間船すら恐れる連中の縄張りなど、切り取ってやろうと考える連中が出てきても何ら不思議ではないと相談役は笑いながら言う。

 

「そうは言うが、上手く行くのか?大体根本の部分が噂話に頼るなんてあやふやなもんで…」

 

「問題無いよ、既にそうした噂はばらまいている。ついでに言えばオルクス商会経由で物資を買い込んでいるのも確認済みだ。次の定期便辺りで襲ってくる腹づもりだろうさ」

 

「オルクスなんざ信じて大丈夫かよ?」

 

その言葉に皮肉げな笑顔で近くに座っていたトドが答える。

 

「連中は何処までも商人ですからね。金払いの良い方の味方ですよ。それに海賊共は物も買いますが、殆どは毟っていく厄介者です。あちらさんにしても航路を塞いでいる奴が消えりゃあ清々するって事でしょうよ」

 

「おい、まさか掃除するってのは」

 

会話の中からマルバは一つの集団を思い浮かべる。その連中は、火星と地球間を縄張りとする武闘派で知られる海賊だ。一縷の望みを掛けて問いかけるが、返ってきたのは無情な答えだった。

 

「ああ、次のサルベージでブルワーズを狩る。連中は随分と大きな縄張りを持っているようだし、これで本業の手も広げられると言うものさ」

 

マルバは静かに俯くと、机から胃薬を取り出し二粒程口に放り込む。次はもう少し強力な物を買うことを誓いながら。




多分これが(ブルワーズ壊滅まで)一番早いと思います。

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