「揃っているな?では作戦の説明を始める」
CGS本社の会議室。むさい野郎がすし詰めになった空間で俺はパネルを眺めながらそう口を開いた。
「今回の目的地はN8デブリ帯。火星周辺では最大規模のデブリ帯だ。滞留物の濃度も高いから接触には注意するように」
デブリ帯には正確な名前なんて無いから、こちらで勝手に近場から番号を振らせて貰った。
「本デブリ帯での作業は初めてになる。が、幸いにも善意の協力者から主要な回廊のMAPを入手した。彼等の商売道具だ、記録は残せないから頭にたたき込め」
前回の取引で名瀬・タービンが面白い話とかあるかなんて聞いてきたから、近々ブルワーズ滅ぼすよって答えたら、呆けた顔になった後暫し爆笑。その後連中の縄張りにしているデブリ帯の情報あるけど買うかなんて言うからその場で即決した次第である。連中テイワズ直轄のタービンズに手出しする程愚かでは無かったが、顔見知りや取引相手なんかを襲われていて腹に据えかねていたらしい。
「今回の目標はブルワーズ。今までで最大規模の相手になる。艦艇3隻、更にMSを最低でも10機は運用している事が判明している」
MSを最低10機、その言葉に少し部屋がざわつく。まあ、最近は鹵獲した機体が増えてMSの数で優勢な戦いばっかりしてたからな。特に3番隊の奴らは後から参加させたから、数的不利での経験が乏しい。とは言えそこまで怯える要素じゃない。
「確かに侮れない相手ではあるが、そう身構える必要はない。所詮連中の強みは数だけだ。そうだなササイ?」
俺に振られて一瞬驚いた顔をしたササイは、咳払いをしつつ不敵な表情を浮かべながら考えを述べる。
「ああ、相談役の言うとおりだ。お前等も戦ったから解るだろう?連中は碌な連携もしてこねえ。数が増えてもそこが変わってねえんだ。敵じゃねえよ」
横で腕を組んで座っていたハエダも静かに頷き肯定してみせる。この二人は対海賊戦皆勤だからな。最近はMSの腕もそれなりになったし、十分戦力に数えられる。と言うか正直技量が不足している分を数を活かす事で補う訓練を重点的にさせているから、単純な連携という面で見ればウチのMSパイロットの中では一番のコンビかもしれない。
「そう言うことだ。それに少なくともミカヅキ程のパイロットはまず居ないから安心して良い」
俺がそう言うと笑い声が響く。ここの所の訓練では主に俺とミカヅキがアグレッサー役を務めている。はっきり言おう。ミカヅキは間違い無く天才だ。MSの操縦技能もさることながら、各種装備の扱いも直に習得してしまう。乗機にしているバルバトスとの相性も良いのか複数人を相手にしても全く引けを取らない規格外の戦闘能力を持っている。少なくとも正面から殴り合う戦闘と言う事ならば、ミカヅキと訓練をしていればそうそうそれ以上の相手とぶつかることはないだろう。
「とは言え、注意すべき点が無いわけでもない。未確認の情報だが、連中もガンダムフレームを運用しているとのことだ」
そう言って俺は解像度の荒い写真をパネルに映す。
「写真中央のやや大型の機体が恐らく該当のガンダムフレームと思われる。装甲の形状及び外装品から推察するに、基本的な運用はマン・ロディと同様であると考えられる。つまり装甲頼みの強引な肉薄だ」
説明を続けながら、俺は写真を切り替えた。
「運用している武器はハンマーが確認されているようだ。見ての通りかなりの大型だ。これを振り回すというのだから、機体の出力は最低でもバルバトスと互角と見た方が無難だろう。つまり装甲もそれに準じて堅牢な筈だ」
厄介な相手の情報にパイロットの何人かが顔を顰めた。素晴らしい、相手の特性を聞いて交戦時の状況を想定できる程度には皆知識が付いてきたという事だ。
「これの相手はミカヅキに任せる事になる。行けるな?」
「おっちゃんみたいにやれば良いんでしょ?多分平気」
頼もしいね、ウチのエース様は。
「ああ、重装甲で高推力の機体など自分から活動時間は短いと自白しているようなものだ。精々遊んでやれ。ユージン」
「はい」
「MSの活動時間が短いという事は、どう言うことか解るな?」
「はい。すぐ近くに母艦が居るって事ッス」
「宜しい。ウィル・オー・ザ・ウィスプの突入タイミングはお前に任せる。サブードとヤスネルは制圧隊の指揮。船は幾ら傷付けても良いが、隊員は全員連れて帰れ。貴様等なら出来るな?」
「「お任せください」」
真剣な表情で応じる二人に頷いて見せる。いいね、ここも漸くらしくなってきた。
「この掃除が終わればやっと本業に専念出来る。少々手間だが一つ頑張るとしよう」
俺はそうブリーフィングを締めくくった。
「あ、クベさん!」
ノックに気付いたハッシュがドアを開けると、そこには見知った男が立っていた。
「やあ、ハッシュ。ビルスの調子はどうかな」
「こんにちは、マさん。お陰様で悪くないですよ」
その言葉にベッドで本を読んでいたビルスが顔を上げ笑顔で応じる。
「それは良かった。ハッシュ、すまないがビルスと二人で話がしたいんだが、良いかな?」
「ええ、構いませんよ。俺、少し出て来ます」
「ああ、有り難う。そうだこれで何か飲み物を買ってきてくれないか?」
そう言って差し出された紙幣は三人で飲むにしても多すぎた。
「残りは子供達の土産にでも使ってくれ」
その言葉に頷くと、ハッシュは部屋から出て近くの雑貨店へと向かう。その表情に不安は無い。あの男が、ビルスに害を加えるなど絶対に無いとハッシュは理解しているからだ。
「おっさん、何してんの」
彼等の出会いは、正しく偶然だった。その日ハッシュは幸運にもパン屋の手伝いにありつき、駄賃としてパンの耳を手に入れて仲間の待つ家へと帰る途中だった。話し掛けたのは偶然では無く警戒心からだ。家の程近くに見知らぬ大人の男が寝そべっていたのだ。彼と仲間の家がある場所は、お世辞にも治安の良い場所とは言えない。危険な相手ならば素早く対応する必要があった。特に大人の男となれば尚更だ。
「おなかがすいてちからがでない」
それは本当に気まぐれ、妙なことを言う男の口に、ハッシュは手の中にあったパンの耳を一つ差し込んだ。瞬く間に消えるそれを見て、ハッシュは再びパンを差し込もうとする。
「それは、君の大事な食べ物ではないのかい」
「でも、腹減ってるんだろう?食いなよ」
袋の中身が半分程になったところで、男は起き上がり奇妙な座り方をすると、ハッシュへ向けて頭を下げた。
「ありがとう、少年。おかげで命を繋ぐことが出来た」
「良いってことさ、男は弱い奴を助けるもんだろ?」
それは彼の親友がよく口にしていた言葉だった。そんな彼をハッシュは慕っていたし、その彼が弱くなった今は、自分が助ける番だと張り切っていた。だから弱い目の前の男を助けるのも、彼の中でなんら矛盾した行為ではなかったのだ。彼の兄貴分である親友も、自分達をそうして助けてくれたのだから。
「そうだ、おっさん良かったらウチに来いよ。こんな所で寝てたって事は、どうせ家もないんだろ?」
幼いハッシュが発したその言葉が、この世界の歯車を大きく狂わせることになる。
「ビルス!ただいま!今日はパンが手に入ったんだ!」
「……」
返事をしないビルスへ向けて、明るい声でハッシュは懸命に話し掛ける。それを見ていた男が、疑問を口にした。
「彼は病気、なのかね?」
その視線の先は、阿頼耶識システムの施術失敗痕に注がれていた。どう答えて良いか解らないハッシュに代わって答えたのは、それまで無反応だったビルスだった。
「誰だ、アンタ?」
「君の友人に助けられた幸運な男だよ。これは一体?」
男の声にビルスは力なく笑う。
「産廃を見るのは初めてかい?まさか阿頼耶識を知らない訳じゃ無いだろう?」
「あら、やしき?…そうか、そう言うことか」
「一体何を?」
唐突に呟き出す男を不審な目でビルスが眺める。どうすべきかハッシュが悩んでいると、男が突然顔を上げ、ビルスに向けて口を開いた。
「ビルス君といったかな。今君は産廃と言ったが、それはどう言うことだろうか?」
その言葉に対し、諦観の表情を浮かべたビルスがハッシュに向けて以前呟いた言葉を繰り返す。
「見ての通りだよ。手術に失敗した俺は使い物にならない。だから産廃だ」
「…成程、所でビルス君。私はこの辺りの事に疎くてね。出来れば色々と教えて欲しいんだが」
「ハッシュに聞けば良いだろう?」
「彼は幼い。君は彼よりも色々な経験をしているはずだ。どうか教えて欲しい。この通りだ」
頭を下げる男に対して沈黙が続いた後、折れるようにビルスが小さい声で促した。
「何が知りたいの?」
「そうだな、まずは――」
その後ハッシュは労働の疲れから眠ってしまったが二人は遅くまで話し込んでいたようだ。翌朝、ビルスは久しぶりに食べ物を口にすると、ハッシュに自棄になっていたことを謝罪してきた。だからハッシュは笑顔で応じた。
「いいって!仲間だろ!」
それから本当に色々あった。助けたその男がビルスに酷い事をしたCGSに入ると言いだした事には驚いたし反対もしたが、彼の言葉で送り出すことを決める。
「ビルスにはハッシュがいた。けれどハッシュが居ないビルスが、どこかでまたCGSに捕まっているかもしれない。それは変えなくちゃいけない事だ」
そして現在。言葉通りにCGSを変えた男は、相変わらずマメにビルスの元へ通っている。更にビルスを病院へと入れる事までしてくれた。それについて感謝の言葉をハッシュが伝えると、彼は笑ってこう言ったのだ。
「一宿一飯どころではない上に、命まで救ってくれた恩はまだまだ返せていない。このくらいは受け取ってくれよ」
その日、ハッシュは尊敬する人物が一人増えた事を今でも鮮明に覚えている。
「それにしても、二人っきりで話ってなんだ?」
飲み物を持って部屋へ戻ると、ビルスが阿頼耶識研究のためにCGSに入社することを聞かされハッシュは大いに驚くことになる。そして翌月には彼も務めていた職場を辞し、CGSの門を叩くことになるのだが。それはまだ少し先の話である。
予定では後5話程で終わります。