「ゴミ漁り共がぁ、調子に乗りやがってぇ…」
苛立ちを紛らわすようにブルック・カバヤンは手の中の缶を握りつぶした。勢い中身がこぼれ手をぬらす。
「ちっ、おい!」
「……」
潰れた缶を投げ捨て手をかざす。すると横で傅いていた扇情的な衣装に身を包んでいる少女が恭しく其の手を取り、舌を這わせた。
「遅え!」
そうブルックは叫ぶと少女を殴りつける。それでも気が済まなかったのか、倒れ伏す少女を蹴りつけた。
「何奴も此奴も馬鹿にしやがって!この俺を誰だと思っていやがる!!ブルワーズのブルック様だぞ!あぁ!?」
派手に吹き飛び動かなくなった少女を睨み付けながら、ブルックが吠え立てる。壁にもたれかかりながら爪を磨いていたクダル・カデルが笑いながら声を掛けた。
「少し落ち着け、ブルック」
「落ち着けだぁ?ここまでコケにされてどう落ち着けってんだ!!」
赤ら顔で叫ぶブルックにクダルは近づくと、笑みを消し真剣な表情で諭す。
「露骨な挑発に乗るんじゃ無いって言ってんのよ。連中は今俺達をこの城から引きずり出そうとしているの、態々付き合ってやる必要はないわ」
「ならどうする、連中を黙って見過ごせってのか?」
そう問い返すブルックに、笑みを浮かべたクダルがタブレットを取り出してその内容を見せる。
「搦手が使えるのは連中だけじゃねえさ」
そこには対ブルワーズを想定した作戦内容の詳細なデータが映されていた。
「クダルこりゃあ」
「でかい会社だけあってコロッとなびく奴も簡単に見つかったぜ。航路も居場所も解ってんなら後は食い散らすだけよ」
嗜虐的な笑みを浮かべながらクダルは舌なめずりをした。それを見て、ブルックも漸く落ち着きを取り戻す。
「やっぱり御前は最高だぜ、クダル。ゴミ漁り共め、皆殺しにしてやる」
「簡単には殺すなよ。ブルワーズを舐めた奴の末路をしっかり宣伝しなきゃならないんだからねえ?」
二人の下卑た笑い声がブリッジに響き渡った。
「とまあ、今頃間抜け共はご機嫌に襲撃準備をしてるだろうよ」
愉快そうにトドがそう口にする。本当な、この程度の策が上手く行くとか本気で脳が足りないとしか思えん。あいつらどうやって組織をでかくしたんだ?
「えっと、つまり?こないだの会議は?」
混乱するノルバ・シノに対してトドが溜息を吐きながら苦言を呈する。
「シノよぉ。だから筋トレばっかじゃなくてオツムも鍛えろって言ってんだろ?本社でやった会議はブラフ、ニセモノ、嘘っぱちなの!その情報をわざと流して、連中を巣から誘い出すんだよ」
「流すって、どうやってそんなの知らせるんだよ?」
「そこはこのトド様の名演ってヤツよ。待遇に不満を持ってるフリをちょいとすりゃぁ、連中すーぐに引っかかったぜ。あ、マっさん、これそん時の報酬ね」
「名男優への報酬だ、有り難く貰っときなさい」
「さっすがマっさん!聞いたなお前等?帰ったらぱーっとやるぜ!勿論俺のオゴリだぁ!」
トドの言葉に歓声が上がる。ほほう、中々の人心掌握術。案外部隊長とか向いてるかもしれん。頭も回るし今度新設の隊とか任せてみようかな。急激に人員は増えたけど、ウチって幹部候補が滅茶苦茶手薄なんだよな。
「皆聞いたな?我が社の酒蔵は準備万端、一人残らず酒の海に沈めてやることをお約束しよう。しかも支払いはトドさんがしてくれる。これに乗らない手はあるまい。だから、ちゃんと全員で帰ってくるぞ」
「「はいっ!」」
うん。
「結構。では諸君、仕事の時間だ」
「来た、情報通りだ」
マサヒロ・アルトランドの呟きは、すぐさま仲間の機体へと伝えられ、各機が目配せを返してくる。情報通りに進むサルベージ屋の船団を見て、全員が襲撃態勢に入る。
『よし、行くぞ』
そう言って最初に飛び出したのはペドロだった。即座にビトーとマサヒロも続く。だが、その動きに警告を発する声が届いた。
『おい待て、様子がおかしい!』
デルマの叫びは、しかし残念ながら僅かに遅かった。既に三人の機体に釣られるように、別働隊の機体も動き出していたからだ。
『畜生!俺達も行くぞ!』
作戦は失敗、しかしこのまま帰る事は叶わない。何しろ彼等の母艦は、通常の作戦域より後方に配置されていて、襲撃成功後に回収される予定だからだ。最悪ヒューマンデブリが使用しているMSを全機喪失する可能性のあるリスキーな作戦が実行されたのは、情報の信用度が極めて高かった事と、万が一ある程度の損害が出ても、ゴミ漁りの機体を鹵獲すれば補填できるという安易な思考からだった。
失敗を確信したのだろう、アストンが吐き捨てるように叫びながら機体を加速させる。戦わずに逃げ帰ったら、何の道使えない道具として殺される。明確にその未来が想像出来る故に、彼等は勝ち目の無い戦いへと自らを駆り立てる。
『クソ!奴ら感づいて!?』
『話が違うぞ!?』
別働隊も気がついたのだろう。ノイズ混じりの叫びや悲鳴が次々とコックピットに響き渡る。それらを強引にかき消すようにマサヒロは叫んだ。
「取り付け!それしかない!!」
彼等の駆るマン・ロディは装甲と運動性に特化した機体だ。彼等の主が扱うガンダムグシオンほどではないが対空砲程度ならば完全に防ぎきるし、加速性も良好なため弾幕に晒される時間も僅かだ。一方で武装は標準的な格闘用のチョッパーと90ミリのマシンガンなので、艦艇に損害を与えるならば接近以外の選択肢を持ち合わせていない機体でもある。その為彼等の対艦攻撃は、その運動性に反し、装甲に物を言わせて最短距離で突っ込むというものだった。もし彼等が多少でも戦闘というものを理解していたならば、勝つとまで行かなくとも多少の手傷を負わせることが出来たかもしれない。しかしMSを操っているとしても、彼等は本質的に替えの利く消耗品であり、阿頼耶識システムを組み込んでしまえば最低限の教育すら不要でMSを操れる彼等に戦い方を教えるなどという酔狂な海賊は存在しない。例えそれが比較的大きな組織であるブルワーズであってもだ。
『貰ったぁ!』
対空砲の網を強引に突き破ったその先で、マサヒロが聞いたのは知らない男の叫び声だった。阿頼耶識によって拡張された知覚能力が、敵船に増設されていたコンテナが弾けるのを教えてくる。そしてコンテナが有った場所には、砲身をこちらに向けて構える敵MSの姿があった。
回避の間に合わない場所に突如現れた砲に、マサヒロは自分の死を自覚する。同時にせめて仲間が同じ目に遭わぬよう、自身の機体を敵機へとぶつけるべく更に加速させる。しかしそれを許してくれる程甘い敵では無かった。
『あめぇって!』
「がぁ!?」
叫び声と同時に吐き出された砲弾が目の前で網状に広がり機体を包む。強引な急制動を掛けられ、マサヒロは苦悶の声を上げる。その間にも次々と放たれた砲弾により、彼の機体は雁字搦めにされていく。
『こ、こいつら!』
『捕まえる気か!?』
一瞬のレッドアウトから復帰したマサヒロの視界に飛び込んだのは、同じように砲弾に絡め取られる仲間の機体達だった。敵のMSは明らかに慣れた動きで連携し、次々と仲間のMSを捕まえていく。思考が追いつかず、それを呆然と眺めていると、機体に僅かに振動が走り、先ほどとは違う男の声が響いた。
『死にたくなければ投降しろ。ウチなら命の保障はしてやる』
「え?」
その聞き覚えのある声に、マサヒロは目を見開く。そんなことはあり得ないとヒューマンデブリに落ちて以来染みついた後ろ向きの思考が否定する。だが、忘れられない記憶が衝動的にその口を動かした。
「兄貴?…アキヒロ兄貴?」
『!?』
その言葉に目の前の機体が明らかに動揺した動きを見せた。
何故今、今更、こんな場所で?混乱した思考がマサヒロを支配し、言葉も行動も奪い取る。
『マサヒロ、マサヒロなのか!?』
その呼びかけに意味を成す言葉が僅かなりとも返せたのは、ある意味奇跡だったかもしれない。だが彼の口から飛び出したのは、喜びではなく、怨嗟の言葉だった。
「なん、なんで?なんで今更!?」
『マサヒロ!?マサヒロォ!!』
混乱した兄の言葉が、更に彼の精神を追い詰める。その口からは漏れ出る物は最早言葉ではなかった。
「あああああああ!!!!」
慟哭が響く中、戦闘終了を告げる寒々とした青色の信号弾の光が二人の機体を照らしていた。
Q:信じて貰えない、ドウシテ、ドウジテ。
A:日頃の行い