起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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15.夜明け前

まだ薄暗く肌寒さも感じる時間、大勢の人間が広場に集まっていた。その表情は様々であるが、多くは困惑、そして不安を宿している。

無理もあるまい。集まっているのはCGSに所属する全ヒューマンデブリ。そして周囲は正社員に遠巻きとはいえ囲まれているのだ。落ち着いているのは最古参である3番隊の面々だけだ。その彼らにしても、その顔には困惑が浮かんでいるが。指定された集合時間ちょうどになると相談役が現れ、設えられていた壇に登る。そして拡声器のスイッチを入れると、いつも通りの調子で話し始めた。

 

「諸君、おはよう。こんな時間から済まないね、夜勤の皆はご苦労様だ。けれど大事な話があるからもう少しだけ付き合ってほしい」

 

そう言うと、相談役はゆっくりと集まった面々を見渡した。

 

「先日我が社は大きな転機を迎えた。とても幸運な事に火星周辺を荒らしまわっていた連中が最近居なくなってね。おかげで我が社のサルベージ業は本格的に事業拡大を行う運びとなった」

 

集められた者の内、半数近くが微妙な顔になる。恐らく居なくなったときの事を思い出しているのだろう。虐げられていた相手から拾い上げてくれた恩人ではあるが、戦場において対峙した時の心理的外傷は簡単に拭えるものではないのだ。

 

「これも偏に諸君らの献身が実を結んだと私は確信している。そしてわが社がさらに大きくなるには更なる努力と献身を求める事になるだろう。まあ、それはそれとして。信賞必罰。会社が皆の努力で儲かったなら、その努力に会社も報いる事が健全な関係であると私は思っている。故に私は、君たちの献身に報いたいと思う」

 

そう言うと相談役は、片手に吊るしていたアタッシュケースを持ち上げる。

 

「ここには契約書が入っている。そう諸君を縛り付けている、忌まわしいあの保有権利書だ」

 

相談役はそのアタッシュケースを段の下であきれ顔で立っているトドに手渡した。

 

「CGS社長、マルバ・アーケイの代理として諸君らに告げる。本日この時をもって、我がCGSは諸君らに権利書を返還する」

 

沈黙がその場を支配した。しかし言葉の意味を理解する者が現れ、それが周囲に共有されるにつれて沈黙はざわめきに代わり、ざわめきは大音量の混沌へと代わる。喜び抱き合う者、手を空へと突き上げる者。反応は様々であったが、多くの者は喜びを自らのあらん限りで示している。それを遠巻きに眺めていたササイが皮肉気な表情で口を開く。

 

「あーあ、本当に言っちまいやんの」

 

ササイ達のような一般社員からすれば、目の前の光景は手放しに喜んでいいものではない事が解る。何せ組織の多くをほぼ無料で回していた労働力が、突然有償に置き換わるのだ。さらに言えば権利書を返還し、一個人として扱うならば就業の自由を認める必要があり、その中にはCGSから辞する事も含まれる。当然その権利は4番隊に所属している少女達も与えられるのだ。社の未来より遥かに喫緊の問題に焦燥感を募らせている隊員は少なくないだろう。

 

「心配するな。あの悪魔みてえな相談役が考えなしにする訳ねえだろう」

 

横で同じように眺めていたハエダはむしろ楽しげな笑みを浮かべつつそうササイに話しかけてきた。

 

「そもそもだぞ、今あいつらが人間に戻ったとしてもだ。学もなければ技術もねえような成り立てを律儀に一人前として雇ってくれる場所があると思うか?」

 

「…あっ」

 

「そういうこった。連中が今よりいい生活が出来るのは、結局CGSの中だけってことなのさ。大した悪人だぜ。ウチの相談役様はよ。でもまあ」

 

喜びに沸く元ヒューマンデブリ達を見ながら、ハエダは笑う。

 

「自分でも信じられねえが、悪くねえ。悪くねえ景色じゃねえか」

 

 

 

 

人間に戻れる。唐突に告げられた僥倖を友人と分かち合うべく振り返ったリザが見たのは、途方に暮れた顔で遠くを眺めるミルダだった。

 

「ミルダ?」

 

「リザ、私たち、人間に戻れるんだって」

 

「そうだよ!もう私たちは――」

 

デブリじゃない。そう告げようとしたリザの言葉は、友人によって遮られる。

 

「でも、人間に戻ってどうしたらいいの?」

 

「え?」

 

困惑するリザに、俯いたミルダが話し始める。

 

「私、ずっとデブリだったの。人間だった時なんて覚えてない頃から。知ってる?世界にはとんでもない変態なんて幾らでもいて、赤ん坊みたいに小さい子が好きなんて奴もいるの。私が最初に買われたのはそんな奴の所」

 

どう応じればよいのか解らずにいるリザに構わずミルダは続ける。

 

「でもね、ちっちゃい子が好きだから、ちょっと大きくなっちゃうともうダメなの。賞味期限が切れた、なんて言って捨てちゃうんだ。でもね、世界って良くできてて、ちゃんと捨てる先があるの。運がよかったんだ、私。最後の最後に壊すのが趣味の奴に当たったけど、壊される前に相談役が拾ってくれた。けどさ」

 

何も映さない目でリザを見ながら、ミルダが口を開く。

 

「男に媚びを売って、股を開く以外の生き方なんて私知らない。リザ、私、人間になってどう生きたらいいかなんて、わかんないよぅ」

 

迷子のように顔をくしゃくしゃにして涙を流すミルダを見て、リザは思わず抱きしめる。どうしたらいいかなど、リザにも勿論解らない。けれど、自分は少しだけ人間の先輩なのだ。だから、この大切な親友を何とかしてやりたいと、リザは思った。

 

「大丈夫、大丈夫だから!私が一緒に居るから!」

 

それはなんの保証もなければ、確信がある言葉でもない。けれどリザはその時何故かそう言えるだけの自信があった。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。ミルダ、一緒に私が探すから。それに…」

 

口にはせず、リザは思う。相談役は自分達に報いると言った。なら困っている私たちを見捨てたりしないはずだ。根拠などないのに、リザは何故かそう信じる事が出来た。

 

「だからちゃんと見つかるから、泣き止んで?ミルダ」

 

抱き合った少女達は、静かに涙を流し続けた。

 

 

 

 

手にした書類を呆然と眺めながら、マサヒロ・アルトランドは考える。所有権利書。字の読めないマサヒロには何が書いてあるのかさっぱりわからなかったが、どうもこれを持っていれば自分は人間であるらしい。

 

「なんだよ、それ?」

 

壇上の男の言葉を信じるならば、会社に貢献したヒューマンデブリ達に対する恩賞だと言う。ならばおかしな話だ。ほんの数日前に捕まった自分達は会社に貢献などしていない。つまりマサヒロ達は何もしていないのにデブリから人間に戻った事になる。そしてゴミと誹られていた時との違いは、手に持っている紙切れ一枚。自分でも解らない苛立ちを感じながら、マサヒロは視線をさまよわせる。最初に目に入ったのは、同じくブルワーズから連れてこられた仲間達。彼らの表情は、マサヒロと同じくやはり困惑したものだ。だからマサヒロは見知った別の顔を探し、そちらへ近づいていく。その先には笑顔で知らない連中と肩を叩きあう兄の姿があった。

 

「あ…」

 

声を掛けようとして、マサヒロは躊躇う。兄のアキヒロはこの会社の古株だ。つまり今回の恩賞を貰うだけの働きを支払った者なのだ。自ら人である事を勝ち取った兄に、マサヒロは強い劣等感を覚え、そして同時に恐怖した。

 

(こんな紙切れ一枚で、俺は本当に人間になったのか?)

 

かける言葉が見つからず、マサヒロは俯き唇を噛んだ。その様子にアキヒロと談笑していた赤髪の青年が気づき、彼に教える。喜びを隠しきれない表情で、アキヒロは振り向くとマサヒロに向かって話しかけてきた。

 

「マサヒロ!どうだ、これで誰からも文句無しに、俺たちは人間だ!」

 

興奮に満ちた兄の声がマサヒロの耳朶を打つ。

 

「CGSはもっともっとでかくなる。そうすりゃやる事だって沢山増える。戦って奪って奪われてなんて情けねえ話じゃねぇ。マサヒロ、俺はこの会社で農業を覚える。解るか?畑だ!食い物をいっぱい作って、そんでお前と――」

 

「兄貴」

 

捲し立てる兄に向って、マサヒロは口を開く。

 

「兄貴は凄いよ、人間になっちまったんだな。でも、俺は違う。だってそうだろう?こんな紙切れ一枚で何が変わる?さっきまでの俺と何が違う?こんなのただ渡されたって、紙切れを持ってるゴミになるだけじゃねぇか!俺は、俺はやっぱりっ!」

 

そう叫ぶマサヒロに、アキヒロは近寄るとしっかりと肩を掴んだ。

 

「違うぞ、マサヒロ。お前はゴミなんかじゃねぇ。俺の弟が、ゴミであるわけがねぇ!」

 

「だって、俺は、俺はっ」

 

そう涙を流す弟に、アキヒロはしっかりとした声で告げる。

 

「俺もな、お前と同じように考えてた。自分はゴミだってな。だけどな、あの人が言うんだ。お前たちはそう思い込まされただけのただの人間だってな。マサヒロ、お前の言う通りだ。こんな紙切れ一枚で人間だゴミだが分けられるはずがねえ、そんな事許される訳がねえ。俺たちは騙されてたんだ。俺たちはな、ずっと人間だったんだ」

 

人には、自らを守るために備わった機能が幾つもある。その中に自らの心を守るものがある。理不尽な扱いに心が壊れてしまわぬよう、自らを洗脳するのだ。自分はゴミだから虐げられるのが当たり前、自分はゴミだから不当に扱われるのが当然。自我の形成しきれていない子供に施されるその悍ましい洗脳は、異常な世界で壊れずに生き残る為の手段だ。だが、更なる理不尽が、そんなマサヒロの世界を破壊する。

 

「よく見ろ、マサヒロ。お前の周りに居た奴らはゴミか?お前の兄貴はゴミか?そんな訳ねぇ、俺も、お前も、お前の仲間だって、皆人間だ!」

 

「あ、ああ。アキヒロ、にいちゃん!!」

 

漸く再会した兄弟は、互いの存在を確かめるように強く、強く抱き合った。

 

 

 

 

「どうよ、マっさん。今の御気分は?」

 

俺が広場を眺めていると、書類を配り終わったトドがそう声を掛けてきた。

 

「そう言うそっちは不機嫌そうだね、トドさん」

 

「そりゃぁそうよ。こんなの一銭の得にもならねえもの。241人分の人件費よ?そんだけありゃさぁ」

 

そう言って肩を落とすトド。まあね、確かにそれだけあれば更に経営を拡大したり、新しい事業を始める事だって出来るかもしれない。でもそれは、少しばかり遠回りが過ぎるんだ。

 

「社員のモチベーションは大事だよ。今日よりいい明日が来ると思えるから人間は頑張れるし、それを期待させてくれる会社に貢献しようと思ってくれるものさ」

 

「よく言うよ、本当はあいつ等を解放してやりたかっただけのクセに」

 

半眼でそう責めてくるトドに、俺はただ肩をすくめて見せる。鼻を鳴らして、壇に肘をつきながら、俺と同じ方向へ視線を向け直し、トドが再び口を開く。

 

「んで、どうなのよ。お望みが叶った景色はさ」

 

んー。

 

「大昔の話だ」

 

「あ?」

 

「厄祭戦が起きるずっと昔、1200人もの哀れな人々を殺戮から救った男がいた。救ってくれたことに感謝する人々に向かって、その男は何と言ったと思う?」

 

「さあ?人として当然の事だ、とかかい?」

 

そう返すトドに俺は頭を振り否定する。

 

「まだもっと救えたはずなのに、そう嘆いたそうだよ。強欲な事だ。まあ私はもっと欲深いんだがね」

 

俺の言葉にトドは呆れた表情で応じる。

 

「つまり、まだまだ足りねぇと?」

 

「ああ、200やそこらでは全然足りないね。何しろ、世界にはまだ救える人間が呆れるほど残っている」

 

そう言って俺は笑う。夜明けはまだ遠い。




くぅー、疲れました!取敢えず書きたい事はこれにて終了です。
ここから先はノープランですので更新速度が鈍化します。
しかしなぁ、ジャスレイとかイオク様とか肉オジとかどうしますかね。
え?マッキー?ロリコンに悪い奴は居ないから多分助かるんじゃないかな?(同族に対するとんでもない贔屓目)

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