起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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1.人間豆を食っていれば死なないというのは嘘である

『お、おい。本当にいいのか?』

 

インカム越しに聞こえてくる声は多分に戸惑いの色を含んでいる。ガタイの割に気の小さい奴である。

 

「構わん、やれ」

 

『くそっ!知らねえからな!!』

 

躊躇なくそう告げれば、そんな捨て鉢な台詞とともに、足元のモビルワーカーが動き出す。その動きに合わせて後ろからは濛々と土煙が上がった。うむ、成果は上々である。

 

「ふははは!いいぞアキヒロ!その調子でどんどん行け!」

 

うむうむ、急造品の耕耘機にしてはちゃんと機能している。壊れた機材を融通してくれたサクラ女史と直してくれたナディには後で礼をせねばなるまい。

 

『今度は何の騒ぎだ!?』

 

ノリノリでアキヒロと大地に喧嘩を売っていると、突然通信に怒鳴り声が割り込んできた。手にした双眼鏡で確認すると、監視台の上で腕を振り回しているマルバ・アーケイの姿が見えた。

 

「見ればわかるだろう、演習場の整備だ」

 

『またお前か!マっ!!』

 

またとはなんだ。失敬な。

 

「そうかっかするな。寿命が縮むぞ」

 

『俺はそんな指示を出してないぞ!モビルワーカーの燃料だってタダじゃねぇんだ!』

 

「そんな事は知っている。そして有能な部下というやつは上司の指示無しでも動くものだ。良かったなマルバ?」

 

『勝手をするなと言っているんだぁ!!』

 

うるせえなぁ。

 

「後で報告するから気にせず部屋にいろ、上に立つものがそんなでは鼎の軽重を問われるぞ」

 

俺がそう言うと、マルバはがっくりと肩を落として建屋へと戻っていく。まったく、余計な時間を食ってしまった。しかもアキヒロの奴が空気を読んで速度を落としたもんだから予定よりも作業が進んでいない。

 

「ほら、アキヒロ。手が止まっているぞ、キリキリ耕せ」

 

『耕せって、演習場の整備じゃねえのか?』

 

おっと、そういう建前でしたね。

 

「もちろんそうだとも。わが社は警備会社、様々な環境でお客様の生命財産をお守りするのがお仕事だ」

 

『んなこたぁ知ってるけどよ』

 

ふむ。

 

「ならば話が早い。お客様の財産には農場とその収穫物も含まれる。警備に行った先でそれらを台無しにしてしまっては問題だろう?だから事前にそうした環境での訓練が必要だ。第3演習場はその為に作り替える」

 

『…つまり畑を作るって事か?』

 

因みに火星では農地は厳しく管理されている。自給率が上がると支配者が困るからだ。だから畑の開墾は必ず申請が必要だし、莫大な使用料も必要だ。だからそう聞いてくるアキヒロに俺は否と答える。

 

「いいや、これは畑みたいな演習場だ。まあリアリティの為に作物を植えるし、折角だから採れた作物を団員が勝手に食うかもしれんが、あくまでこれは畑ではない」

 

『わけわかんねぇ』

 

「大人の世界は少しだけ面倒なのさ、お前も追々覚えていけばいい」

 

憮然と言い放つアキヒロに俺はそう言って笑った。

 

 

 

 

「あいつは全く!」

 

社長室に戻ったマルバはそう吐き捨てると備え付けのサーバーから紅茶を注ぎ一息で煽った。

 

「失礼します、社長。ローテーションの件でお話が…、どうしたんです?」

 

ノックとともに入ってきた青年が、マルバの荒れた雰囲気にそう話しかけてきた。視線を向けたマルバは大きくため息を吐くと、口を開く。

 

「ああ、オルガか。いつもの奴だ、全く、彼奴が金の卵を産むガチョウじゃなけりゃ縊り殺しているぜ」

 

忌々し気にそう口にするが、そのくせ社内で気ままにふるまう彼を放置している事にオルガは気づいていた。

 

「ああ、そういえば朝っぱらからアキヒロを連れて行きましたね。また何かやってるんですか?」

 

オルガの言葉にマルバは鼻を鳴らしながら吐き捨てる。

 

「演習場の整備だとよ!あのバカまた絶対余計な事をするぞ」

 

「問題はその余計なことが厄介ごとと同じだけ利益を生むってことですね」

 

オルガがそう笑うとマルバは半眼になりつつそれを諫める。

 

「あのバカの前では絶対言うなよ。付け上がる」

 

そう言ってマルバは再びため息を吐く。そして厄介な男と出会ったその日を思い出す。

 

「その壺は贋作だぞ」

 

声を掛けられたのは行きつけの美術商で物色をしている時だった。火星の貨幣価値は、驚くほど不安定だ。何しろギャラルホルンの気分次第で乱高下するのだから、今日の大金が明日には紙屑になっていても不思議ではない。特に近年は火星の独立を訴える活動家が多くなったことで状況は予断を許さない。故にマルバは手持ちの資金を芸術品やレアメタルに換金していたのだ。

 

「いきなりなんだ、アンタ」

 

「良い出来だから無価値とは言わんがね。手ごろな日用品ならばともかく、貴方の求めているような役割は果たせんと思うよ?」

 

そう言うと男はその近くにあったみすぼらしい壺を取り上げてマルバへ押し付けた。貼り付けられた値段は丁度同額だった。

 

「あ?だからなんなんだよ、あんた?」

 

「買うならそちらがお勧めだな」

 

その壺が購入費の100倍の値段で売れた事が、マルバの人生を大きく変える事になる。同じ美術商で同じような事を三度繰り返した頃、男は何気なしに言い放った。

 

「掘り出し物はこのくらいだな、では」

 

別れを告げて男が踵を返した瞬間、反射的にマルバは声を掛けていた。既に多くの利益を上げていたものの、金は多いに越したことはない。この店で出会うだけの関係である二人が今別れたならば、次に会えるのは文字通り奇跡にでも縋る必要があるだろう。その思いがマルバの目を曇らせる。だから声を掛けた瞬間、男が邪悪に笑ったのにマルバは気づかなかった。

翌日にはCGSの社長相談役という胡散臭い立場を得た男は、社内を金と暴力、そして甘言で盛大に引っ掻き回し始めたのだ。マルバ本人も多大な影響を受けているのだが、心労が勝っている現状彼に自覚は無く、環境が好転している為にそれを態々指摘する馬鹿も居ない。

 

「まあいい、それでローテーションだったか?何か問題か?」

 

「マさんとトドさんが年少組に勉強をさせるから夜勤から外せと。それで変更したローテーションがこれになります」

 

手渡された書類を一瞥すると、マルバはつまらなそうにサインをするとオルガへ渡しつつ声をかけた。

 

「もう少ししたら新人を入れる予定だ、苦労をかけるがそれまでは頼むぞ」

 

「任せてください、給料分はちゃんと熟してみせますよ」

 

マルバから声を掛けられ、しかも労われると言う一年前では想像もできなかった事態に驚きつつも、決して顔には出さずにオルガは答えた。

 

「頼む、ねえ。人間変われば変わるもんだな」

 

「あ、オルガ」

 

感慨深く呟きながらオルガが部屋へ戻る最中、オルガは三日月と共に歩いている集団に出くわした。それは三番隊の中でも幼い者を集めて組まれた年少組と呼ばれる者たちだった。

 

「おう、ミカ。いったいどうした?」

 

「おっちゃんが演習場の整備を手伝えって」

 

その命令自体は以前のCGSでもよく出されていた内容だ。しかしそこへ向かう面子がこれほど楽しそうに向かうのはあの男が来てからだった。

 

「ああ、マさんか。しっかりやってこいよ」

 

「ん」

 

その後、何処に出しても恥ずかしくない立派な農場が出来上がりマルバが絶句する事になるのだが、それはまだしばらく先の事である。




鉄血は詳しくないので勉強しながら書いていきます。
設定とか教えてくれてもいいのよ?

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