起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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19.やらずに終えた後悔はやった後悔よりも大きい

「1番機の補修は後回しでいいのか?」

 

「バルバトスと2番機を優先してくれ。かなり深刻なんだろう?」

 

ナディ・雪之丞・カッサパの質問にそう俺が返すと彼は腕を組みながら頷く。

 

「装甲自体は問題ねぇが、ナノラミネートがまるっと剥げちまったからなぁ」

 

ナノラミネートはMSの防御力を担保する上で極めて重要な要素だ。エイハブリアクターの存在が必須であるものの、耐ビーム耐衝撃を塗料と同じ程度の厚さで飛躍的に高めるという魔法のような処理である。

 

「ウチの施設では難しいか」

 

「そもそもMS関連の技術は碌な記録がねえからな、正直どう手を付けていいやらさっぱりだ」

 

そう言ってナディはこんがりと丸焼きにされたランドマン・ロディを見上げる。

 

「フレームが無事なだけ僥倖だ。…それで、パイロットの方はどうした?」

 

「機体置いたらモビルワーカーで防御陣地の方に行っちまったよ」

 

「そうか」

 

「なあ、相談役。これからどうなる?」

 

俺が踵を返すと、後ろからナディが何気ない声音で聞いてきた。どうなるか。さて、どうしてやろうかね?

 

「どうにかするさ、だから整備をよろしく頼む」

 

 

 

 

ハエダとササイは黙々と陣地の補修を行っていた。ガレキを退かし残骸となったモビルワーカーを移動させる。グレイズの放っていた砲弾は対ナノラミネート用の弾頭で、焼夷効果の高い砲弾だった。その為命中した機体は例外なく炎上、搭乗員は骨も残らずと言う有様だ。

 

「二人ともここに居たか」

 

作業用のモビルワーカーが近づいてきて、その荷台から相談役が降りてくる。二人は一瞬手を止めたが、返事もせずに作業を再開した。相談役はそれに気にした風もなく口を開く。

 

「機体の状況だが、2番機は問題ないようだ。補給が済み次第即応待機に移れ。1番機の方はナノラミネートの補修の目処がたたん。ハエダは修復が終わるまで私のジルダを使え」

 

告げられた言葉に、二人は反応する事なく作業を続ける。それを見た相談役は腕を組み目を細めた。

 

「返事はどうした?」

 

その言葉にハエダが反応した。手にしていたガレキを放り投げると、振り向かずに口を開く。

 

「何故責めねえ?」

 

「責める?」

 

聞き返された言葉に、ハエダは声を震わせながら続ける。

 

「今回の戦闘で何人死んだ?」

 

「21人だな」

 

「ああ、そうだ。21人、21人だ!俺のヘボい指揮で死んだ!何で責めねえ!?お前のせいで社員が、仲間が死んだと何故言わねえ!?」

 

吠えるハエダを見ていた相談役が小さく溜息を吐き、応じた。

 

「まるで責めて欲しいと言った口ぶりだな。大人として責任感を持つことは良いが、あまり自惚れるな」

 

「自惚れだと!?」

 

激昂したハエダが掴みかかるが、相談役は顔色一つ変えずに言い返す。

 

「彼等の死が自分の責任だなど思い上がりも甚だしい。それは、私達責任者のものだ」

 

相談役の言葉にハエダは目を見開く。

 

「ハエダ、貴様の職務は1番隊隊長とMSパイロットだ。成程、部隊の指揮に関して不備があったならそれは貴様の責任だろう。だが、今回の一件は敵戦力に対し十分な装備が用意されていなかった事に起因する。つまりこれは、その準備を怠った我々経営陣の責任だ」

 

「で、でもよう。お、俺達がもっと上手くやれりゃあようっ!!」

 

そう座り込み、涙ぐみながら零すササイを相談役は睨み付ける。

 

「それが思い上がりだと言っている。3倍以上の敵に完勝しろなどというのは兵に求めて良い水準を遥かに超えたものだ。それこそ、そんな命令しか出せなかった指揮官が無能だったと言う事だ。…だから、お前達は気に病むな」

 

「…身勝手だってのは、解ってんだ」

 

相談役の胸ぐらを掴みながらハエダは俯き、絞り出すように言葉を口にする。

 

「散々殴る蹴るをしてきてよ。でもアンタに止められて、少しだけ面倒を見るようになって。そしたらあのガキ共、笑いながら寄ってくるんだ。隊長、隊長ってよ」

 

こぼれた涙が頬を伝う。

 

「いい気になってたらこの様だ。なあ、相談役。なんであいつらが死ななきゃいけねえ?何奴も此奴もすげえ奴だったんだ。俺と同じくらいまで生きてりゃ、俺なんか足下にも及ばねえような奴になれるはずだったんだ!それが、なんで、こんなっ!」

 

「そういう世界だからだ」

 

「そんなんで納得できっかよ!」

 

ササイがそう吐き捨て拳を地面に打ち付ける。そんな二人に視線を注ぎながら、相談役は溜息を吐く。

 

「そうだな、その通りだ。納得出来ん、出来る筈がない。だから、世界がそれを望むなら、抗うしかあるまい」

 

その言葉の意味を正確に受け止め、二人は顔を上げる。目の前にいたのは、正気とは思えない判断を本気で口にしている男だった。

 

「もう一度命令する。ハエダ、ササイの両名は30分の休息後MSに搭乗待機。次に備えろ」

 

「次、だと?」

 

ハエダの疑問に皮肉気な笑みを浮かべた相談役が応じる。

 

「連中の狙いはバーンスタイン嬢だ。彼女が死ぬまで攻撃は収まらん。そして、都合の悪い真実を知っている私達を連中が生かしておく筈がない」

 

息を呑む二人に相談役は告げる。

 

「正念場と言う奴だ。後悔しないように動け」

 

二人は目を合わせると、格納庫へ移動するべくモビルワーカーに飛び乗った。

 

 

 

 

「申し訳ありませんな、少々ごたついておりまして。取敢えず、ご無事で何よりです」

 

「いえ、お気遣いありがとうございます」

 

CGS社長のマルバ・アーケイを前に、クーデリア・藍那・バーンスタインは悄然としつつも、何とか口を開いた。部屋で落ち込んでいた所を砲声に揺さぶられ、意味も解らぬままフミタン・アドモスと共に地下シェルターに押し込められたのが昨日。断続的に響く振動に眠れぬ夜を過ごし、部屋から出る事が出来るようになったのは、日が頂点に昇る時間だった。

 

「率直に申し上げますが、あまり良い状況ではありません。昨日の襲撃は何とか凌ぎましたが」

 

「相手は、ギャラルホルンなのですよね」

 

クーデリアの言葉にマルバが首肯する。そして苦い表情で告げてくる。

 

「大変申し上げ難いのですが、ギャラルホルン相手は弊社では荷が重すぎる。御身の安全も保証出来かねます」

 

そこで言葉を句切ったことに気付き、クーデリアは悲しげな笑顔を浮かべた。

 

「お察しの通りだと思います。今回の地球行きは極秘にしていました。知っている人間は限られます。そして…」

 

その中でギャラルホルンに働きかけられる人間など一人しか居ない。

 

「困りましたな」

 

そう言ってマルバは頭を掻いた。ギャラルホルンと事を構えるなど、リスクなどという言葉の範疇をとうに超えている。本来ならばお帰りを願う案件であるが、彼女を狙っているのがその帰宅先の家族であると知ってしまっている故に、それを口にすることが憚られた。

 

「このような状況で心苦しいのですが、このまま依頼を継続頂く訳には行かないでしょうか?」

 

「お嬢様!?」

 

驚きの声を上げるフミタンを手で制し、クーデリアは言葉を続ける。

 

「真実は解りません。けれど、可能性がある以上お父様の元へ戻ることも出来ない。ならば、私は前に進むしかありません」

 

「いや、しかし」

 

言い淀むマルバにクーデリアは言い募る。

 

「報酬でしたら当てがあります。お願いできませんでしょうか?」

 

クーデリアの言葉にマルバは顔を顰め、溜息を吐く。

 

「21人。今回の襲撃で死んだ人数です」

 

「っ!?それは…」

 

「ヤクザな商売です。それに連中に武器を持たせて戦わせているのは俺等だ。貴女のような人からすれば、どの口が言うのかと思われるかもしれませんがね、それでも俺は社長であいつらは社員。俺にはあいつらを守る義務がある。死ぬと解っている依頼を受けるわけには行きません」

 

「と、社長は言わざるを得ないんですがね?」

 

そう突然口を挟んだのは、これまで部屋の隅で端末を弄っていたトド・ミルコネンだった。

 

「おい、トド」

 

睨み付けるマルバに対しひらひらと手を振っていなしながらトドは続ける。

 

「今回の襲撃がバーンスタインさんの暗殺が目的だとするなら、一部の人間による実行の可能性が高ぇ。何しろバーンスタインさんは火星独立を掲げる連中の旗頭だ。そんな人間をギャラルホルンが暗殺なんてすれば、最悪暴発を招くし、そうでなくても火星人の対地球感情の悪化は避けられねぇ。治安維持を掲げる組織にすればとんでもない醜聞だ」

 

ギャラルホルンの腐敗については公にはされていないものの、それなりに情報を集めていれば十分にたどり着ける真実だ。トドの言葉にマルバは口に手を当て思案する。一部と言えど、ギャラルホルンは強大な相手だ。戦いを挑むにはリスクが高すぎる点に変わりはない。そして正式な軍事行動であったなら投降や降伏と言う選択肢も用意されているが、トドの言葉通りならば今回の襲撃は良くても独断、最悪極秘の任務である可能性が高い。だとすれば、関係者は綺麗さっぱり掃除されると見るのが妥当である。

 

「このままじゃあジリ貧確定、逆転の目があるとすりゃぁ、そいつぁ多分お嬢さんだ」

 

真剣な顔でトドが意見を述べる。

 

「ギャラルホルンの行動に異議を唱えるのに、火星の人間じゃ力不足だ。だが地球の経済圏の人間、それも代表の言葉なら?」

 

「それは!」

 

「トド、それをやったら本当にギャラルホルンが全部敵に回りかねねぇぞ?」

 

外向けの仮面を外して問うマルバにトドは肩を竦めながら返す。

 

「でも黙ってたら今殺される。俺ぁ少しでも可能性が高い方に賭けるべきだと思いますがね?」

 

その言葉にマルバが応じるべく口を開きかけた時、警報が鳴り響きアナウンスが流れた。

 

「監視班より報告!MSが接近中!数1!機種はグレイズです!」




こぼれ話

マっさんが使用した大砲はグシオンから取っ払った物を流用しています。
再装填が面倒なので実戦ではまず使い物になりません。

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