起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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20.正義とはその人間の価値観によって定められる不確かなものである

「私はギャラルホルン実働部隊所属、クランク・ゼント!そちらの代表との1対1の決闘を望む!」

 

「決闘だぁ?一方的に襲ってきた奴らが今更何言ってやがる!」

 

左腕の盾に赤い布を纏わせたグレイズは、本社から少し離れた場所で静止すると、そんな事を告げてきた。それにシノが怒りを隠そうともせずに吐き捨てた。

 

「私が勝利したら、そちらが鹵獲したグレイズとクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡して貰う。勝負が付き、グレイズとクーデリア・藍那・バーンスタインの引き渡しが済んだ後は、全てこの私が預かる。ギャラルホルンとCGSの因縁は、この場で断ち切ると約束しよう!」

 

一方的な物言いにミカヅキが目を細める。

 

『どうする相談役?今なら仕掛けられるぜ』

 

『態々乗ってやる必要もねえよな?』

 

MSで待機しているハエダとササイからも好戦的な言葉が漏れた。いかんな、皆殺気立っている。

 

「わ、私が行きます!無駄な争いをする必要はありません!」

 

皆の後ろから現れたバーンスタイン嬢が声を震わせながらそう言い放つ。責任感もあるしそれを取ろうと言う気概もある。なんだ、良い娘さんじゃないか。

 

「俺は反対だね、実働部隊の人間なんて下っ端じゃねえの。そいつの口約束なんて信用できる要素が何処にもねぇよ」

 

「ここは是非相談役のご高説を賜りてえ所だな?」

 

トドが半眼で呻き、マルバが口角を上げてそう口にする。言うまでもないと思うんだけどなぁ。

 

「ハエダ、悪いが降りてくれ。私が出る」

 

「俺がやるよ?」

 

そう俺がハエダに通信を入れているとミカヅキが剣呑な目つきでそう提案してくる。そんな彼を諭すために口を開く。

 

「駄目だミカヅキ、まだお前さんは手加減が下手だからな。うっかり殺してしまう訳にはいかんから、今回は私に譲れ」

 

「なんで?」

 

なんで、かあ。見れば他の連中も大体同じ表情だ。無理もないよな、一方的に襲われて仲間を殺されたんだ。そんな相手が今更正々堂々戦おうなんて出てきて、律儀に話に乗ってやろうと思う方が異常だろう。殺し合いならば。

 

「奴は今決闘を申し込んできた。つまり殺し合いじゃない、戦争をしに来たんだ」

 

「どう違うの?」

 

全然違うよ。

 

「殺し合いは命のやり取りそのものが目的だ、だが戦争は目的の為に命のやり取りを行う。やることは一緒だが、求めているものが違う。そして」

 

眉を寄せるミカヅキに俺は諭すように告げる。

 

「目的が果たされるなら、戦争は相手を殺さなくてもいい。つまりアイツは少なくとも私達を殺すために来たんじゃない」

 

「散々しておいて今更?」

 

そうだよな、俺もそう思うよ。

 

「ああ、今更だよ。でもなミカヅキ、前にも言った通りここでアイツを殺したら、一度でも戦えば我々は話し合いなどには応じない連中だと奴の仲間に思われることになる。そして奴はギャラルホルン、この世界で最大の軍事組織の一員だ」

 

俺はミカヅキの肩を叩くと、倉庫へ向けて歩き出す。

 

「恨むなと言わん、許す必要など無い。だがそういう連中を全て殺していたら、私たちは戦いが間違っている世界になど、一生たどり着けん。あんな連中の為に諦めてしまうのは少々もったいないだろう?」

 

 

 

 

コックピットで瞑目し返答を待っていたクランク・ゼントの耳に、接近警報の音が入る。静かに目を開けると、基地から1機のMSが進み出てきていた。律儀に向こうも腕に赤い布を巻き、決闘に応じる姿勢を見せていた。

 

「承諾感謝する。ギャラルホルン火星支部実働部隊所属、クランク・ゼント二尉だ」

 

『CGS所属、マ・クベだ。先ほどの言葉、相違なかろうな?』

 

「無論。しかしあのガンダムフレームが出てくるかと思ったが」

 

そう言ってクランクは目の前の機体に目を細める。IPP-0032“ジルダ”、厄祭戦中期に製造された量産フレームであるヘキサフレームを使用したMSだ。軽量で運動性の高い良い機体ではあるが、ガンダムフレームと比較すれば性能不足は否めない。しかし返ってきたのは静かな笑いと不敵な台詞だった。

 

『結構。子供相手では本気が出せまい?そのせいで負けたなどと言われては困るのでね』

 

ジルダが奇妙な構えを取り、クランクのグレイズが半身に体を引く。一瞬の沈黙、そして二人の言葉が重なった。

 

『「参る!!」』

 

MSの大推力をもっての突進は、刹那の時間で双方の距離を0にする。振り上げられたハンドアックスと弾丸と見紛う速度で振りぬかれた刀がぶつかり、派手な火花を散らした。

 

「それ程の力があって、何故子供を戦いに巻き込んだ!?」

 

『他に食わせる方法を知らんからさ。そもそも殴り掛かってきた者の台詞かね!?』

 

打ち合う事3合、それだけでクランクは相手の技量に舌を巻いた。グレイズはギャラルホルンの主力機である。300年という長期に渡り有力な敵対組織を持たなかったギャラルホルンは、同機を非対称戦を前提とした機体として設計していた。つまり対MS戦を想定していないのだが、元々の汎用性がそれを十分に補っている上に、リアクター出力以外はガンダムフレームと同等の性能を持つ本機は、当代で運用されている量産型MSでは傑出した機体である。そして目の前のジルダは中距離支援用のフレームを用いた機体であり、本来集団での砲戦を前提としているのだ。白兵戦における優位がどちらにあるかなど、比べるべくもない。だが目の前のジルダはグレイズと互角に切り結んで、否、クランクは明確に自身が押されていることを自覚する。

 

「ぬ、うぅぅ!」

 

『流石にミカヅキの様にはいかんか』

 

戦いの最中とは思えない落ち着いた声音が響いたかと思うと、ジルダがその動きを変える。足を大きく開き腰を落とした姿勢から、素早い突きを連続して放ってくる。そしてそれは、正確にグレイズの可動部を捉えていた。

 

「なんだ!?その動きは!!?」

 

介者剣法というものがある。それは遥か昔、人がまだ自ら鎧を纏い刃を手に戦っていた時代に考案された、装甲を纏った者と戦う為の技術だ。火砲の発達と共に忘れ去られたはずのその技術は、火砲が決定打たりえないMS戦において再び日の目を見る。

響き渡る損傷警告にクランクが堪らず機体を後退させるが、それは完全に下策だった。推進器の配置上、MSは前進よりも後退する速度の方が遅いし、何より彼が相対している機体は軽量で加速性に優れているのだ。盾ごと貫き、左肩を破壊する突きを受け、クランクは諦めの笑みを浮かべる。もし決闘の初めから彼が自分と同じく剣を抜いた状態で、一合目からこの突きをコックピットへ向けて放っていたら。クランクは自らに何が起きたかすら理解する間もなく絶命していただろう。そうしなかったのは偏に彼が、正々堂々の決闘を正しく言葉通りに受けてくれたからだ。

 

『私の勝ち。で宜しいかな?』

 

倒れ伏すグレイズのコックピットへ刃が付きつけられ、そんな声が響く。

 

「ああ。私の、負けだ」

 

負けられぬ戦いに敗北したクランクは、そう言って静かに目を閉じる。だが予想していた衝撃はいつまで経っても訪れる気配を見せず、代わりに言葉が降りかかる。

 

『クランク・ゼント二尉。君は戦う前の宣言を覚えているかね?』

 

「…?無論だ」

 

『ならばそれを守ると宣言した事も?』

 

「くどい、二言はない」

 

そう口にして再びクランクは目を閉じかけるが、言いようのない悪寒に襲われ目を見開く。そしてそれは正しい反応であったことを、彼はすぐに知ることになる。

 

『いやあ、それは良かった。何しろ君は自分が負けた時の条件を何も言わなかったからね。つまりそれは、自分が負けたら勝者の要求をなんでも聞くと言う事だろう?』

 

「なっ!?」

 

『と言うわけで貴様の命もその機体も、私が貰い受ける。今更無効だなどと見苦しい事は言うまいね?何せ先ほど、貴様は自分の口で負けを認めたのだから』

 

その言葉にクランクは慌ててコックピットを開ける。そして何とか翻意を促すべく目の前の機体に言葉を掛ける。

 

「ま、待て。待ってくれ!?」

 

『軍人ならば負けられぬ戦いでも、負けた時の事は想定してしかるべきだったな?ほら、さっさと立て、社に戻るぞ』

 

そう言って背を向けて動き出すジルダに向けて、クランクは懇願する。

 

「生き恥は晒せない!ここで殺してくれ!!」

 

その叫びにジルダが足を止め、振り返る。

 

『21人。先日貴様らが殺してくれた我が社の社員の数だ。彼らが迎えるはずだった今日を奪った貴様が、自分の生死を好きに出来るなどという贅沢が許されると思うな』

 

明確な怒気をはらんだ声で言い放つとジルダは再び動き出す。そして思い出したように付け加える。

 

『どうしても死にたいと言うなら、せめて100倍の人間を救ってからにしろ。そうしたら俺が殺してやる。とっとと来い。クランク・ゼント』

 

その日、ギャラルホルン火星支部実働部隊所属のクランク・ゼント二尉は死ぬことになった。

 

 

 

 

「やあ、遠路はるばるようこそ。ファリド特務三佐、ボードウィン特務三佐」

 

「お気遣いありがとうございます、コンラッド三佐」

 

そう笑顔でコーラル・コンラッドは二人の青年を迎え入れる。最悪のタイミングでやってきた監査部の人間に内心苛立ちつつも、それを押し殺して彼は続けた。

 

「ここの所少々立て込んでいてね。見苦しくて仕方がないだろうが許して欲しい」

 

予定より二日も早く到着した青年将校達は顔を見合わせた後、笑顔で応じる。

 

「いえ、お気遣いなく。どこでも似たようなものですので」

 

「ええ、我々が来る時はどこも皆忙しいようなのですよ」

 

露骨な当てこすりに湧き上がる怒気を強引に抑え込み、努めて陽気な声でコーラルは告げる。

 

「それは良かった。ああ、そうだ。仕事の手が必要だったら言ってくれ、部下を回そう。それから長旅で疲れただろう、何か入用な物はあるかな?手配しよう」

 

「コーラル三佐」

 

饒舌に語るコーラルの言葉を冷え切ったマクギリス・ファリド特務三佐の声が遮る。

 

「お心遣いは感謝いたします。ですがそれをされては三佐を拘束しなければならなくなる。どうかご自重下さい」

 

「あ、ああ。そうだな。私としたことが軽率だった。忘れてくれると助かる」

 

年不相応の凄みを感じさせる彼の言葉に思わずコーラルは怯み、そして自らの羞恥を紛らわせる為に意識をもう一つの案件へと向ける。

 

(可愛げのない若造共め!オーリスの馬鹿も失敗しおって!あの作戦で片付いていればこのような面倒は無かったと言うのに!…クランクめ、おめおめと帰ってきたのだ。せめて教え子の尻ぬぐいくらいはしてみせろよ?)

 

彼の下にクランク二尉の作戦失敗と戦死の報告が届くのは、翌日の事だった。




クランクさん、評価は低いんですが嫌いになれないんですよね。

こぼれ話
Q:ジルダが何で介者剣術なんて使えるの?

A:マっさんがミカヅキに剣術を指導>バルバトスでモーションデータ化>コピペ(いまここ

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