起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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22.運命とは都合の良い錯覚である

「あー!ミカヅキ来たー!」

 

「クーデリアもだ!ミカヅキ、他は?モチョチョさんは?」

 

「相談役は仕事が忙しくて今日は無理だって」

 

「「お兄ちゃん!!」」

 

「ミカヅキ!…とクーデリアさん?」

 

元気の良い双子が駆け回り兄であるビスケットに抱き着く。その様子を目を白黒させながら見ていたクーデリアが疑問を口にした。

 

「もちょ?」

 

「ああ、相談役の事ですよ。以前、ベイクド・モチョチョってお菓子を作ってくれまして」

 

そうビスケットが困った顔で笑った。失礼だから呼び方を改めるよう注意したが、逆に相談役が許してしまったのだという。それ以来双子の妹達は彼の事をモチョチョさんと呼ぶのだという。そのような説明を受けていると、初老の女性が近づいてきてぶっきらぼうに言い放つ。

 

「ふん、揃ったみたいだね。じゃあ始めるよ」

 

「うん、サクラちゃん」

 

そう頷くと籠を持ってミカヅキが歩き出す。クーデリアはその後を慌てて追った。

 

「あの、これは?」

 

「サクラちゃんはビスケットのおばあちゃん、ここはサクラちゃんの農園。ウチは良く収穫の手伝いをしているんだ」

 

言いながらミカヅキはコンバインによって刈られた畑の中へと入り、足元のコーンを拾う。クーデリアも見よう見まねで続くが、段々とその作業に熱中し始める。学業においては大学まで飛び級で進むほど修めているクーデリアであるが、一方でこうした畑仕事や市井での生活には全くと言って良いほど触れていない。彼女にとって体を動かしての収穫作業はとても新鮮で楽しい行為だった。

 

「ん、んんー!!きゃっ!?」

 

まだ刈られていない枝からコーンをもぎ取ろうとした彼女はバランスを崩して倒れかける。それをミカヅキが咄嗟に支えた。

 

「大丈夫?」

 

「え、ええ。ありがとうございます」

 

コーンを抱えたまま礼を言うクーデリアに、ミカヅキが変わらぬ表情で問うてきた。

 

「それ、幾らだと思う?」

 

手の中のコーンを指され、クーデリアは少し考えた後口にする。

 

「200ギャラーでしょうか?」

 

一般的に市販されているコーンの値段が300~320ギャラー程、そこから導き出した答えだが、ミカヅキは頭を振って否定する。

 

「10キロで50ギャラー、この辺りの農場で穫れるのは殆ど食用じゃなくてバイオ燃料として買いたたかれてる。食用は企業が雇った契約農家が作って卸してるから普通の農家が作っても買い取って貰えないんだって」

 

「……」

 

「この辺はまだ運がいいんだってサクラちゃんが言ってた。CGSが食用として買い取ってくれる分があるから、全部燃料用にするよりは儲かってるって。ビスケットの給料も上がって、クッキーとクラッカーも学校へ行かせてやれるかもしれないんだって」

 

言いながら遠くを見ていたミカヅキが振り返り、クーデリアへ頭を下げた。

 

「だから、会社がなくならないように頑張ってくれてありがとう。バーンスタインさんが無事に地球にたどり着けるよう、俺も頑張るよ」

 

その言葉にクーデリアは顔を背けた。自分が来たからCGSは襲われた、そしてその結果として命が奪われたと言う気持ちがぬぐい切れなかったからだ。

 

「自分のせい、なんて思わなくていいよ」

 

「え?」

 

「おっちゃんが言ってた。バーンスタインさんは丁度良かったから利用されただけだって。バーンスタインさんが来なくても、いずれ何か理由をつけて襲ってきただろうって。だから、気にしなくていい。それに」

 

「それに、なんでしょうか?」

 

「俺も、俺の仲間も自分達の居場所を守るために戦ったんだ。そこにバーンスタインさんもたまたま居ただけでしょ。俺の仲間は、誰かの犠牲になったんじゃない。だから自分のせいで死んだなんて、誰かのおまけで死んだなんて、馬鹿にしないで欲しい」

 

そう真直ぐに告げてくるミカヅキを見て、クーデリアは自らを恥じた。彼の言う通り、何という傲慢だろう。自分のせいで死んだ、それは一見彼らの死に責任を負っているように聞こえる。無論クーデリアもそのつもりで発していたが、それは見方によれば、彼らの死は自分の巻き添えで起きた無意味なものだと言っているに等しい言葉だ。それは正しく、自らの為に、そして仲間の為に死んだ人間に対する侮辱にほかならない。

 

(彼らは、文字通り命がけで自らの居場所を守っている)

 

明日が来ることに疑問を持たず、その環境をただ与えられていたクーデリアには想像すら出来なかった思考。その一端に触れ、クーデリアの中で何かが叫んだ。こんなのは間違っていると。

 

「私は――」

 

言いかけた彼女の言葉は、唐突に響いたブレーキ音と悲鳴にかき消された。

 

 

 

 

時間は少しだけ巻き戻る。荒涼とした大地に一台の車が止まり、そこから二人の青年が下りてくる。

 

「正に不毛の大地、だな」

 

「植民地政策の名残だな、入植初期の水量制限が未だに尾を引いているんだろう」

 

テラフォーミング初期の火星は現在のように人為的に惑星全土が1Gに保たれておらず、そのため大気や水が定着しない環境だった。都市と呼ばれるアーコロジーを建造し、そこに住む人間は一日に使用する水や空気の使用量が厳格に定められていて、解放後もこれに則った量が地球から供給され続けた。このため解放後も多くは旧アーコロジーの循環システムに依存した生活が営まれることになり、現在の火星は地球に負けないだけの水資源を有しているにもかかわらず大地の緑化は進んでいない。そこに住む人々が困窮でそんな事に気を割くだけの余裕がないと言うのも大きな理由だが。

 

「それで、こんな所に態々降りてきてまで欲しかった目当てのものは見つかりそうか?」

 

「…ああ、見ろ」

 

そう言ってマクギリス・ファリドは手にしていた双眼鏡をガエリオ・ボードウィンへ手渡した。

 

「あれは、砲撃跡か?」

 

「数日前からクーデリア・藍那・バーンスタインが行方不明だそうだ。彼女の父親がコーラルに直接会って伝えている。そしてその直後にこの辺りで戦闘があったという通報が入っている」

 

「つまりコーラルが彼女の身柄を狙って襲撃を?」

 

「彼女の身柄を確保出来れば統制局の覚えもめでたいだろうからな。火星独立を助長するにしろ、頭を押さえて意のままに操るにしろ、使い道には事欠かない」

 

「我々の監査などどうという事も無いほどに、か?」

 

ガエリオの言葉にマクギリスは頷く。

 

「だが、計画は順調とは言えないようだ。出撃した大隊の内1個中隊が消息不明になっている。コーラルは転戦したなどと言っているが、記録に改ざんの跡があった上に、向かった先の都市ではデモなど起きていない。となれば」

 

「交戦して撃破されたと?幾ら火星支部が辺境とはいえギャラルホルンの正規兵だぞ?それを返り討ちに出来るような武装組織となれば事前に報告があってしかるべきだろう?」

 

その言葉にマクギリスは冷たい笑みを浮かべる。

 

「そんな真面目で勤勉な男なら、とっくに本国に召還されているさ」

 

「成程な」

 

肩を竦めガエリオは同意すると二人は移動を開始する。

 

「最寄りの都市はアーブラウのクリュセか」

 

「大隊規模の戦力を投入した戦闘ならば、何か目撃情報があるかもしれない」

 

「やれやれ、監査部などなるものじゃないな。ギャラルホルン一働いている自信がある。ああ、そうだマクギリス。今夜妹に連絡をするんだ、お前も一緒にどうだ?」

 

「いいのか?せっかく兄妹水入らずの時間だろう?」

 

そう返すマクギリスにガエリオが苦笑する。

 

「むしろお前を呼ばなかったらアルミリアに俺が叱られる」

 

「そういう事ならお邪魔させて貰おう」

 

薄く笑うマクギリスにガエリオは眉を寄せて口を開く。

 

「家同士の話とはいえ、許嫁が9歳の娘とは。苦労をかけるな、マクギリス」

 

「構わない、親友の妹だ」

 

「無理はするなよ?」

 

「無理なんてしていないさ、お義兄様」

 

「な!?」

 

それは悪魔のような偶然だった。荒野を走っていると言う認識から友人のジョークに思わずガエリオは視線を助手席へ向ける。しかし正にその瞬間、トウモロコシ畑から二人の少女が飛び出してきた。

 

「ガエリオ!」

 

「うぉ!?」

 

マクギリスの声に事態を即座に理解したガエリオがブレーキを踏むと共にハンドルを切る。彼がMSパイロットであることも幸いし、車は少女たちに掠ることもなく停止する。しかし、驚いた拍子に少女たちは地面に倒れてしまった。

 

「お、おい。お前達大丈夫か?」

 

 

 

 

ミカヅキの目に最初に飛び込んだのは倒れ伏したクッキー、クラッカ姉妹の姿だった。阿頼耶識システムによって拡張された空間認識が、同時に彼女達のすぐ横で停止している車の存在を告げてくる。運転席のドアが開き、中から何者かが出てくることもミカヅキは認識したが、そんな事は無視して彼は二人の元へと駆け寄る。

 

「クッキー!クラッカ!」

 

体には先ず触れずにそう大声で呼びかける。要救護者への対応についてCGSの隊員たちは徹底的に叩き込まれていたからだ。

 

「ミカヅキ?」

 

直ぐに顔を上げたクッキーが返事をし、その声に釣られるようにクラッカも顔を上げる。ミカヅキは真剣な表情で二人に問いかける。

 

「大丈夫?痛いところはない?」

 

「びっくりして、転んじゃっただけ」

 

「私たちが急に飛び出しちゃって」

 

二人の言葉に嘘がない事を理解して、ミカヅキは息を吐く。

 

「な、なあ。大丈夫か?」

 

そこで漸く問題のもう片方の当事者に向き直る。年齢はオルガと同じか、少し上だろうか身なりも良く清潔であることからそれなりの社会的地位の人間である事も窺える。ミカヅキは立ち上がると彼に向かって頭を下げた。

 

「二人がすみません」

 

「ああ、いや、こちらも不注意だった。怪我がなくて…ん?お前それは?」

 

ミカヅキは腰を折って頭を下げていたために、自然背中が彼の視界に露になる。そこには特徴的な突起が生えていた。

 

「…阿頼耶識システムか。火星の一部で使われているとは聞いていたが」

 

「阿頼耶識!?じ、人体に機械を埋め込むなんて…うぷっ」

 

助手席から降りてきたもう一人の青年がそう呟くや、青い髪の青年は顔色を悪くして車の蔭へ消えてしまう。その様子を困った表情で見送った金髪の青年が向き直り、クッキーとクラッカへと近づく。

 

「怖い思いをさせてしまってすまない。こんなものしかなくて申し訳ないが、お詫びに受け取ってほしい」

 

そう言ってラッピングされたチョコレートを青年は少女達に手渡す。キラキラと輝くラッピングに彼女たちが目を奪われている間に、青年は立ち上がると、ミカヅキに向かって謝罪する。

 

「連れが済まない。彼はその手の話が苦手でね」

 

「いや、いいですけど」

 

「クッキー!クラッカ!?」

 

微妙な空気が流れそうになるのを砕いたのはビスケット・グリフォンだった。離れた場所で作業をしていた彼は漸くたどり着いたのだ。そして目の前の車両に書かれたマークを見て、わずかに目を見開く。

 

「ああ、そうだ。もし知っていたら教えて欲しいのだが、この辺りで最近戦闘があったかな?」

 

「えっと」

 

「ああ!そういえば何日か前にドカドカ煩かったような!夜中に迷惑だなって思ったんですよ」

 

ミカヅキがどう答えるべきか逡巡していると、ビスケットがそう笑顔で答えた。

 

「ほう?」

 

「近所に警備会社があって、そこがよく訓練してるものだからてっきりそれだと。戦闘があったんですか?」

 

不安そうな顔でそうビスケットが尋ねると、青年は穏やかな笑顔で応じる。

 

「いや、あったかどうかを現在調査中でね。だから気が付いた事があったら教えて欲しい。私はギャラルホルンのマクギリス・ファリド、火星支部に私の名前宛に連絡をくれればありがたい。そちらのお嬢さん達に何かあっても遠慮なく言って欲しい」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます」

 

「ああ、ほら、ガエリオ。行くぞ」

 

頭を下げる二人にマクギリスと名乗った青年は手を上げて応じると、青髪の青年と共に車へと乗りこむ。走り去る彼らをビスケットの険しい目が追いかけていた。




マッキーは幼女には紳士、はっきりわかんだね

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