起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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25.思いだけで報われる程世界は優しくないが、思いがなければ世界は優しくならない

「何故あのような提案をしたんだ?」

 

監査部の艦艇に戻るなり、ガエリオはマクギリスにそう問うた。ボードウィン家の嫡男として育ってきた彼は、当然世界が綺麗事だけでは回らないと知っている。しかしそれに憤る程度には正義感が強く、自らも進んで腐敗に飛びこもうなどとは考えもしなかった。

 

「ガエリオ、俺達は弱い」

 

「マクギリス?」

 

執務室に入り、人払いが済んでいる事を確認したマクギリスが真剣な表情でそう口にする。

 

「今回の件で痛感した。監査部程度の権限では腐敗に立ち向かう事は出来ない。正義を成すにはもっと大きな力が必要だ」

 

「そのために腐敗に手を貸すというのか?」

 

「違うな、これはコーラルの計画を潰すためだ」

 

「どういう事だ?奴の行動を容認するように俺には聞こえたが」

 

ガエリオは素直にそう口にする。ガエリオ自身決して研鑽を怠っているわけではないが、それでも目の前の友人はガエリオよりも高みにいると理解できる。その彼が計画を潰すというのだから本当にその通りなのだろうという無条件の信頼はあるが、だからといって理解しないまま付き従うのは彼のプライドが許さなかった。

 

「CGS襲撃の部隊編成を見て違和感を覚えなかったか?身柄の確保を考えるなら陸戦隊が随伴しなければ不自然だ。だというのにコーラルはモビルワーカーとMSにしか指示を出していない。つまり奴は最初からクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄の確保など考えていなかったという事だ」

 

「奴は彼女の身柄を使って火星の情勢を操るのが目的じゃないのか?」

 

「我々が考えるよりも遥かに短絡的かつ浅慮な人間だったという事さ。奴の個人口座宛に幾度かノブリス・ゴルドンから金が流れている」

 

「ノブリス・ゴルドン?確か火星の富豪だったか?」

 

「ああ、そして独立運動家達のパトロンにして武器商人だな」

 

「おい、待て。まさか」

 

「クーデリア・藍那・バーンスタインは経済圏との交渉を勝ち取った独立運動の象徴のような存在だ。その彼女が地球の治安維持組織であるギャラルホルンによって殺害されたなら、火星の人々はどう思うだろうな?」

 

マクギリスの真剣な表情にガエリオは頭を掻きながら応じる。

 

「少なくとも言葉による独立などは不可能だと考えるだろうな。なにせそれをしようとした人物が武力によって排除されたんだ、これ以上ないほど解りやすい回答だろう」

 

「更に言えば独立など認めないと明言しているに等しい行動だ。最早自由を手に入れるには武器を持って立ち上がるしかない、民衆をそう扇動するのに十分な理由だ」

 

「つまりそのノブリス某の懐が潤うと言う訳か。無能とは思っていたがそんな言葉で片付けられない内容だぞ。コーラルは馬鹿なのか?」

 

「地球に戻ってしまえばどうとでもなると考えているのだろうさ。バラ色の未来が見えているようで羨ましい限りだ。続こうという気は起きんがね」

 

いくら腐敗が横行しているとはいえギャラルホルンにも体裁はある。火星の地球に対する心証悪化とそれに付随する武装化を引き起こした元凶を放置するなどありえない。恐らく賄賂で乗り切る腹積もりなのだろうが、そのような人物から金を受け取れば連座されかねないのだから、まず受け取る人物は居ないだろうし、仮に受け取るとするならば守る価値があると思わせるだけの金額が必要になる。これから地球に基盤を作ろうという人物が準備出来るようなものではない。

 

「つまり我々が彼女を保護する事ではた迷惑な未来を消し去ると。しかしそうなるとコーラルも助かることにならないか?」

 

そう疑問をガエリオが口にすると、マクギリスは何時もの笑みを浮かべた。

 

「何を言っている、ガエリオ。我々は監査に来たのだぞ?その結果は正しく報告する義務がある」

 

その言葉を聞きガエリオもつられて笑顔になると、忌憚のない意見を口にした。

 

「奴の失敗は最初から決まっていたな。何しろマクギリス・ファリドを敵に回していたのだから」

 

 

 

 

「お願いします!私も連れて行ってください!!」

 

声の方向へ視線を向けると、ちっちゃいのに囲まれて狼狽えているオルガが目に入った。

 

「俺だって役に立ってみせます!オルガ隊長!だから連れてってください!」

 

「おい、お前ら」

 

オルガの正面に居たアトラ・ミクスタ嬢が音の出そうな勢いで頭を下げると、それにつられた様に周囲のガキンチョ共も頭を下げる。

 

「何してんだよ?」

 

とりあえず声を掛けようかと思ったところで別の声が上がった。

 

「ライド!」

 

癖のついた茶髪の少年が険しい目で彼らを睨んでいた。睨まれたダンジはと言えば、そんなライドの表情に気付かずに言葉を続ける。

 

「お前も一緒に頼もうぜ!俺達も地球行に連れてって貰うんだよ!」

 

そう捲し立て、ダンジは真剣な表情でオルガに懇願する。

 

「お願いです隊長!必ず役に立って見せます!だから俺も連れてって下さい!」

 

再び頭を下げるダンジをどう説得するべきかオルガが悩んでいる間に、険しい顔をしたライドが動く。ダンジの前に立ったかと思うと、思い切り胸倉をつかみ上げたのだ。

 

「何すんだよ!」

 

「いい加減にしろよダンジ、隊長が困ってるだろうが」

 

苦言を呈するライドを睨みダンジが怒鳴る。

 

「俺らだって3番隊だろ!?なのになんで俺らは残らなくちゃいけねえんだよ!俺は一緒に行くためだったら何だって――」

 

「何だって?何だってやるって?ダンジ、お前に何が出来るんだよ?」

 

興奮するダンジに冷や水を浴びせるような突き放した声音でライドが問い返す。

 

「MSにも乗れねえ、CQCだってロクに出来ねぇ、機体の整備だってまともに手伝えねぇ俺らが!隊長達にくっついてって何が出来んだよ!?」

 

「っ!?」

 

「荷物運びでもすんのか?アキヒロ達なら俺らの何倍も運べる。戦闘にモビルワーカーで行くのか?MS同士がドンパチやってるとこで何する気だよ?お前、この間の戦闘の事忘れちまったのか?」

 

「わすれっ、てねぇ、けど」

 

「いいや、忘れてるね。じゃなきゃそんなこと言える訳がねえ。仲間が21人も、手も足も出ずに殺されて、残った奴を逃がすためにハエダの隊長とササイのおっさんが死にかけたのを忘れてなきゃ、足手まといと解ってて連れてけなんて言えるはずがねぇ!」

 

「ライドは悔しくねえのかよ!マサヒロ達は俺達より後に入ったのに連れてって貰えるんだぞ!?」

 

「悔しくねぇ訳がねえだろうが!!」

 

とうとう大粒の涙をこぼしライドが叫んだ。

 

「でも俺達は弱い!弱い奴は仲間を危険に晒す!弱い奴は弱点になる!俺はっ!俺が行きたいって我儘で!仲間を死なせたくねぇ!」

 

しゃくりあげるライドの肩にオルガが手を置いて、周囲を見渡す。そしてはっきりとした声で告げた。

 

「3番隊隊長として言う。お前たちは連れていけねぇ。悪いなアトラ、お前も駄目だ。今回の仕事は本気で危ねぇ橋を渡る事になる。だから、俺は隊長として少しでも成功率を上げるために行く連中を選んだ。その判断は間違ってねえと思ってる。けど、お前達の気持ちまでは汲んでやれなかった。悪かったな」

 

「……」

 

「ライド、ダンジ。焦んなくていいんだ。俺達は必ず帰ってくる。ここを絶対に取り戻して、また皆で馬鹿やって、騒いで…。そんでいつかはお前たちの番になる。お前達が皆の居場所を守る番がくる。だから、今回は俺らに譲っとけ。シノなんて見てみろ、お前らの何倍も食うんだぞ?その分働かせなきゃ、割に合わねぇだろう?」

 

先ほどの喧騒が嘘のように静かになった食堂で、所在なさげにアトラ嬢が視線をさまよわせる。丁度その時、ミカヅキとバーンスタイン嬢が食堂へ入ってきた。

 

「あっ…、ミカヅキ」

 

「アトラ?どうしたの?」

 

ゆっくりと彼女はミカヅキに近づくと、口を開いた。

 

「えっとね、一緒に行こうと思ったんだけど、断られちゃった」

 

「その方がいいよ」

 

「そっか…。そうだよね」

 

ミカヅキの言葉にアトラ嬢は一瞬傷ついた表情を浮かべるも、気丈に笑顔を作ってそう応じる。しかしそんなセンチメンタルな雰囲気が続いたのはそこまでだった。

 

「今回の仕事は危ないって、おっちゃんもオルガも言ってる。だから本当に危ないんだと思う。俺、アトラには危ない目に遭ってほしくないな」

 

火の玉ストレートにも程がある言葉に、一瞬で真っ赤に染まるアトラ嬢。ついでに飛び火したように周囲の連中も赤くなっている。因みに一番の被弾先は隣にいたバーンスタイン嬢だ。だが、その言葉もアトラ嬢の次の行動で即座に上書きされる。

 

「ミカヅキ!」

 

「んむっ」

 

名前を呼ぶのと同時にミカヅキを抱きしめるアトラ嬢、そしてすかさず自らの唇をミカヅキのそれへと押し当てた。電光石火の早業に全員が言葉を失うなか、たっぷりと10秒に渡って続いた接吻は終わりを告げる。途中水音すら響かせていたそれは、最後に二人の間に名残惜し気な唾液の橋を築いた。それが僅かな時間で崩壊すると、顔を真っ赤にしたアトラ嬢がミカヅキに上目遣いで伝える。

 

「私、待ってるから。ちゃんと帰ってきてね。約束だよ?」

 

「うん、待ってて」

 

さりげなく手を握り合い、指を絡ませあう二人。先ほどまでのシリアスな空気を完全に吹き飛ばすゲロ甘な空気に、思わず飲んでいたスープを見つめてしまう。おかしいな、塩気が感じられないぞ?

 

「やったぜアトラちゃん、練習の成果は上々だね」

 

「後は部屋まで一直線だね。あ、ミカ君の相部屋って誰だっけ?追い出さなきゃ」

 

その様子を良い笑顔とサムズアップで監修している4番隊の娘さん達。うむ、原因は貴様らか。

 

「君達、後でお説教」

 

「「何故に!?」」

 

火星出立の最後の夜は、こうして更けていった。




アトラさん、地球行き没シュート!(歳がばれる

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