起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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26.臆病である事は恥ずべき事ではない

「おい、アイン!あの連中の捕縛作戦が行われる!お前にも出撃指示が出ているぞ!」

 

興奮気味な同僚から告げられた言葉にアイン・ダルトンは顔を上げ、思わず聞き返す。

 

「本当か!?」

 

「ああ、間違い無い。お前のグレイズにも補給作業が行われている。…良かったな」

 

そう言って肩を叩く同僚に、アインはぎこちないながらも笑顔を返した。任務の失敗と上官の独断を知りながら報告を怠ったとして、彼は現在謹慎を言い渡されていた。声を掛けて来た同僚は、アインと同じくクランク・ゼントの教え子であり、かつギャラルホルンでは珍しい、火星人への偏見のない者の一人だ。

 

「やっと、クランク二尉の仇が取ってやれるな」

 

「ああ、けれど油断は出来ない。特に角の付いたMSは相当の手練れだった」

 

「コーラル司令も十分承知しているさ。何せ監査部の連中にも助太刀を頼んだらしいからな。久方振りの大規模戦闘になるぞ」

 

ギャラルホルン火星支部の保有するMSは1個大隊。その内1個中隊が地上の駐屯地3ヵ所に分散配置され、残りの2個中隊が本部待機となっている。ただし即応待機しているのは1個中隊のみで、もう片方は整備や訓練、或いは隊員の休息となっている。これらに加え、司令直轄の1個小隊で大隊が構成されていて、今回はこの内本部に存在する全部隊に出撃指示が下ったとの事だった。

 

(本部の戦力だけでも22機。監査部が1個小隊だとしても大兵力だ)

 

MSの完全な生産体制を有するのがギャラルホルンのみという現状は、MS同士の大規模戦闘が発生しにくい環境となっている。この為、例え大規模な作戦であってもMSは中隊規模の投入が精々であり、パイロットはおろか指揮官がこの規模の戦力を指揮した経験がある事すら希だった。だがその程度の事を不安に思う隊員はいなかった。何しろ彼等は常に圧倒的戦力で相手を押しつぶす戦いしか経験していない。彼等にとってMSの戦闘とは個人の技量が試される場であり、友軍機との連携と言うのは技量の未熟な新兵や能力が劣る者の戦い方であると言うのが大多数の認識だった。

 

「いや、それでも気をつけた方がいい。クランク二尉が討たれる程の相手なんだぞ?」

 

「っ!そうだな。慢心して無様を晒してはクランク二尉の顔に泥を塗る事になる」

 

頷き合う彼等は知らない。これから対する相手が、その様な規模の戦いを呆れる程繰り返してきた人間であり、その知識を部下に惜しみなく与えていると言う事を。後にギャラルホルンの権勢を大きく揺るがすこととなる一戦の火蓋が切られようとしていた。

 

 

 

 

「なんか随分久しぶりな気がするぜ」

 

「前の仕事以来だから、シノは1ヶ月ぶり?結構開いてるよね」

 

窓の外を眺めながら暢気に宣うシノに対し、ビスケットがそう声を掛けた。

 

「あー。最近は護衛が要らなくなっちまったからなあ」

 

ブルワーズ壊滅直後はまだそれなりに残っていた海賊であったが、その後のサルベージ部門拡大に伴う作業現場の現地調査(という名目の掃討戦)によって火星近傍のデブリ帯から姿を消してしまった。結果護衛部隊も数を縮小したことに加えMSに搭乗可能な新人社員も増加したことで、古参組の出撃回数は目に見えて減っていた。

 

「腕が鈍っちゃう?」

 

笑いながらそう尋ねるビスケットにシノは真顔で返す。

 

「馬鹿言うなよ。マっさんの訓練に比べたら海賊退治の方が天国だ。ガキ共には優しいのに、オレには滅茶苦茶厳しいんだぞ?」

 

「そんだけお前が目を掛けて貰ってるってこったよ。ありがてぇ事じゃねぇか」

 

着席指示が解除された事で、シャトルに乗り込んでいた面々は自由に行動している。二人の会話を聞きつけたオルガがそう言いながら近づいてきた。

 

「だけどよ、もうちょっと優しくしてくれても良いんじゃねえ?」

 

「それは何度言っても同じ間違いをするシノが悪い。相談役が言ってたぞ?頭で解らんから体に覚えさせるって」

 

苦笑しながら、後ろの席でタブレットを操作していたチャド・チャダーンが指摘する。

 

「つまり相談役はシノにそれだけ期待してるって事だな。MSに乗れる奴も大分増えたが、その中で時間が掛かってでも鍛えようってしてくれてるって事だぜ?」

 

「そうかぁ?」

 

納得のいかない表情で首を傾げるシノに向かって、チャドが再び口を開く。

 

「出来るようになるまで教えて貰えるなんて、凄い幸せな事じゃないか」

 

少し前までヒューマンデブリであった彼のその言葉はとても重いものだ。出来なければ捨てられる、捨てられれば死んでしまう。だが幾らでも替えが利くからと教育など一切受けられない境遇にいた彼等は懸命に覚えなければならなかった。覚えるまで根気よく指導して貰えるなど、まして覚えが悪いからと覚えやすい方法を模索してくれるなどというのは正しく贅沢すぎる環境だ。

 

「それに出来ないからって他の奴より優しくされて、お情けでMS乗り続ける方がずっと恰好悪ぃじゃねえか?期待に応えてこそ胸張って乗れるってもんだろう?」

 

そんな普段通りの会話を続ける彼等を見て、クーデリアはその強さに強く胸を揺さぶられた。

 

「お嬢様?」

 

隣に座っていたフミタンがその様子に気づき声を掛けて来た。

 

「大丈夫です。少し彼等の強さが羨ましくなってしまって」

 

現在彼等はギャラルホルンに追われる身だ。文字通り世界最大の軍事組織を相手にしていると言うのに、彼等の表情には怯えどころか緊張すら見受けられない。その姿は彼女にとってとても頼もしく、同時に強い憧憬を感じるものだった。

 

「駄目ですね、私は。覚悟を決めたつもりでしたが、それでも私は死がとても恐ろしい」

 

そう言って震えそうになる肩を自ら抱きしめる彼女に向かって声を掛けて来たのはビスケットだった。

 

「怖くて良いんじゃないでしょうか?」

 

「え?」

 

「理不尽に振るわれる暴力が怖い、死ぬのが怖い。それって普通のことだと思います。そして、それが解らない人は力を持った時、それを平気で他人に使えてしまう。だからバーンスタインさんは今のままでいい。いえ、今のままじゃなきゃいけないんだと思います」

 

「ビスケットさん」

 

「それに俺達だって怖いんですよ。だから必死に普段通りに振る舞って怖さと戦っているんです」

 

そう言ってビスケットが笑いかけたところで、隊員の一人が声を上げた。

 

「来たぞ!」

 

その言葉に機内の空気が一瞬にして変わる。

 

「三時方向、上方艦影2!MSと思しき発光9!」

 

「八時方向上方にも艦影!数同じく2!MSは13!?」

 

「大盤振る舞いじゃねえか。たかが民間警備会社相手に大人げねえな。針路そのまま、予定通り低軌道ステーションへの着陸はしねえ!最大加速で進め!」

 

素早くヘッドセットを取り出したオルガがそう叫び、それに呼応するようにシャトルが加速する。しかしその動きはMSに比べあまりにも緩慢だ。

 

「ちっきしょうやっぱ速えぇなぁ!」

 

「ヤバイヤバイヤバイ!隊長!先頭のMSが銃構えてるぜ!」

 

「やらせっかよ!スモーク!」

 

オルガが叫び、シャトルのコンテナハッチが開く。同時に幾つもの球体が宇宙空間へと放り出され、それらが次々と炸裂、濃密な煙幕を作り出す。その煙幕へ先頭を進んでいたグレイズが躊躇無く突入する。それを見た隊員が笑いながら呟く。

 

「俺等は弱えけどよ?あんま舐めてると痛い目見るぜ?兵隊さんよ」

 

煙幕の中で火花が散る。飛び出してきたグレイズにはワイヤーが複雑に絡まり、その動きを阻害している。姿勢制御を著しく制限されたグレイズは見る間に速度を落とし追撃から落伍していく。それを見た後続の機体が慌てて進路を変更し煙幕を避ける。それにより詰まりかけていた距離が再び開く。そしてそれは、十分な時間を稼ぎ出した。

 

『待たせたなぁ!隊長!!』

 

叫び声と共に、減速と煙幕の迂回で隊列の乱れたグレイズ達に弾丸が降り注ぐ、慌てて回避を始めたグレイズ達が見たのは、2機のガンダムフレームに率いられた20機以上のMSの集団だった。更にその後方から現れた装甲艦が降下しつつシャトルへと近づく。

 

「良いタイミングだぜ。アキヒロ、ミカ!」

 

『喋ってねぇでさっさと収容作業に移れよ!慣性がキツイんだよ!?』

 

ユージンの切羽詰まった悲鳴が響き、シャトルに笑い声が響く。

 

「よし、お前等!マヌケが餌に食いついた!反撃の時間だ!」

 

それは追い詰められた哀れな獲物などではなく、戦いを挑む兵士の顔だった。

 

 

 

 

「何を狼狽えている!数は多くとも所詮旧式ではないか!さっさと蹴散らせ!!」

 

想定外である敵機の襲撃に浮き足立つ部下達をコーラルは叱責する。見慣れない機体が交じってはいるが、その殆どはロディ・フレームの骨董品だ。彼の判断基準からすれば、非正規兵の操る旧式機など同じMSと括るのさえ烏滸がましい存在だ。だが現実は彼の常識を上回る。正規兵以上の動きで素早く2機編隊を組んだ旧式機達が、混乱から立ち直れていない友軍機に次々と襲いかかる。常識的に考えればこの様な戦法は成り立つはずがない。何しろ敵機の数は友軍機とほぼ同数なのだ。2機で1機に掛っていては半数のグレイズは自由に動けてしまう。その機体達が攻勢に出れば容易く瓦解する、そんな杜撰とすら思わせる行動は、しかし確実に友軍機を討ち取っていった。

 

『クソ!何だこの動きは!?』

 

『おい射線に入るな!』

 

『こ、こいつらスラスターを!?』

 

『た、助けてくれ!高度が維持出来ない!?』

 

コーラルの誤算、その最大の要因は阿頼耶識システムを有する正規兵並みの訓練を受けたMSパイロットという存在を理解していなかった事だ。だがそれを責めるのは酷というものだろう。何しろその様な異常な集団は、厄祭戦以降一度たりとも編成されたことが無いのだから。だがこの世界の常識の埒外からやってきた男によって再び人類の前へ姿を現わしたそれは、かつて人類を救ったそのままの猛威をもってコーラル達へ襲いかかる。

 

「ええぃ!このままでは…、貴様等付いてこい!先に船を沈める!」

 

『沈める!?ファリド特務三佐の指示はクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄拘束では?』

 

「アイン・ダルトン三尉、貴様の上官はいつからあの若造になった?良いから命令に従え!」

 

狼狽する部下に苛立ちをぶつけながらコーラルは機体を加速させる。乱戦になった宙域を迂回することで彼等は友軍を囮に敵艦への肉薄を成功させた。

 

『クソっ!4機も抜けた!!』

 

『大丈夫、あっちにはおっちゃんがいるでしょ』

 

混線した敵の通信の意味は、直にコーラル達の眼前に立ち塞がった。

 

『こちらを狙うのは戦術的に正しい。が、味方を見捨ててでは無能の誹りは免れんな』

 

飛び出してきた2機のグレイズの片方からその様な嘲りが響く。だがそれにコーラルが反応するよりも早く、アイン・ダルトン三尉が激昂した。

 

『このリアクター反応っ、クランク二尉の機体か!』

 

『っ!?』

 

叫びと共にアインの駆るグレイズが敵に向かって突っ込んで行く。

 

「ちっ!かかれ!!」

 

同じ機体に乗り数はこちらが倍。即座に無力化出来るとコーラルは判断する。グレイズならば忌々しい阿頼耶識システムも使えない。突っ込んだアインの機体が一機を抑え込んだ事もその判断を助長した。その判断は常識的に考えれば間違っていない、しかしたった今目の前で自身の常識が覆されたことをコーラルは深刻に受け止めるべきだった。

 

『話にならん、正規兵が聞いて呆れる練度だ』

 

コーラルの命令に、咄嗟に動いた僚機達は白兵戦を選択してしまう。射撃兵器が決定打になり辛いMS戦において、それが敵機を撃破する最も確実な方法だからだ。だが如何せん相手が悪すぎた。

 

『技量と連携を鍛えて出直してきたまえ』

 

二機が動くと同時に敵機も動く、連携を意識していない単純な同時攻撃は、敵が片方に急接近すると言う選択だけで簡単に崩れ去る。更にスラスターを吹かして接近した機体の背後に回り込んだ敵機は容赦なくハンドアックスをその背に向けて叩き付けると、機体を火星に向けて蹴り飛ばした。

 

『ひっ!?た、助けてっ!』

 

グレイズは優秀な機体だ、しかし当然ながら完全無欠な訳ではない。単独での大気圏突入能力など持ち合わせていないし、メインスラスターが破壊された状態で火星の重力に抗えるだけの推力も無い。

 

『放っておくと大切な仲間が燃え尽きるぞ?』

 

切り結んでいたもう片方はその言葉に動揺し、その隙を突かれて片腕を破砕される。

 

『後退も友軍機を回収する言い訳もそれで十分だろう、帰りたまえ。さてと』

 

狙ったように墜落しつつある友軍機の方向へもう一機を蹴り飛ばした敵機が、ハンドアックスをコーラルへ向けて突きつける。

 

『暢気に見学とは良いご身分だ。その角は飾りかね?』

 

安い挑発であるが、コーラルの最後の理性を奪い去るには十分過ぎる言葉だった。

 

「貴様ぁ!!!」

 

『指揮官としてだけでなく兵士としても無能とは、付き従った兵が浮かばれん』

 

振りかぶったハンドアックスは容易くいなされ、逆に見舞われたハンドアックスによって頭部が破壊される。その事実をコーラルが認識するよりも早く続けざまに衝撃が機体を襲った。

 

「ひ、ひぃ!?」

 

頭部損傷、腕部欠損、脚部応答無し、スラスター脱落、加速度的に悪化していく機体パラメーターに彼が悲鳴を上げるとほぼ同時に、相手の攻撃が唐突に止んだ。だがそれはコーラルにとって別の死刑宣告でしかなかったが。

 

『我々を出し抜こうとしてこの様とは』

 

ガエリオ・ボードウィン特務三佐の声を聞くに至り、コーラルは遂に自身の未来が完全に閉ざされたことを、漸く理解した。




さあ皆大好きなシットリヒロイン、アイン君の出番ですよ!
コイツ出てくると宇宙でも何処でも湿気っぽいな。

今後の展開とは全く関係ないんですが、何処まで書くと18禁なんですかね?
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