起きたらマさん、鉄血入り   作:Reppu

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27.言葉が通じることと理解して貰うのには大きな隔たりがある

『クランク二尉は、貴様達を救おうとしていた!それを、貴様らは!!』

 

「くっ!」

 

感情を露わにしながらハンドアックスを振るうグレイズに、出かけた声をロッドは懸命に堪えた。出撃前から、既にリアクター反応で戦場にアイン・ダルトンが居る事は解っていた。

 

「袂を分かって日も浅い。無理に出る必要は無いぞ」

 

そうこちらを気遣ってみせる相談役に出撃を申し出たのはロッド自身だった。

 

「ギャラルホルンのあり方を間違いとしておきながら、情でまみえぬなど筋が通らん。元ギャラルホルンだからこそ、私は出なければならんのだ」

 

真剣にそう告げるロッドへ相談役は眉を寄せながら溜息を吐きながら応じる。

 

「お前のような奴を何人も見てきた。まったく、真面目な軍人と言う奴は死にたがりで困る」

 

そう言って相談役はロッドを睨むと釘を刺してくる。

 

「出撃は許可してやるが、一言たりとも喋るな。お前はもう死んだ事になっているはずだ。生きてしかも我々に協力しているなどとなればお前の関係者にどの様な累が及ぶか解らん。それから間違っても死ぬな。貴様はまだやらねばならぬ事が山程残っているのだからな」

 

『命を奪うだけに飽き足らず、形見すら嬲るとは!最早容赦などしない!!』

 

ハンドアックスが交錯し、衝撃がコックピットへ響く。

 

(アイン!)

 

ロッドは呼びかけたくなる衝動を懸命に堪える。アイン・ダルトンは彼の教え子の中でも真面目で正義感が強く、そして逆境であっても腐らない強さがあった。ロッドから見ても視野の狭さが気になったが、それでも好青年と呼べる人間であった。故にロッドの中に淡い期待が生まれる。彼ならば秘密を打ち明けても良いのではないか?片親が火星出身だと言うだけで不当な扱いを受けた経験もある彼ならば、それを正そうとしているこの行いに賛同するのでは?立場を捨てられずとも、見逃してくれるのではないか?そのような思いが膨れ上がり、口から飛び出そうとするのを彼は唇を噛みしめて堪えた。

 

(いい加減にしろロッド・ミライ!貴様はその短慮で何をしでかしたか忘れたのか!?)

 

沈黙を続けながらロッドは機体を操る。命じられるままに多くの作戦に参加してきた。今回のように事前に人員構成まで把握できていた例は無かったが、顧みればその中にヒューマンデブリと呼ばれる者達が含まれているなど容易に想像が付いた。そんな者達を散々殺しておいて、偶然知れたからと憤り自分勝手に動いた結果がこの様だ。

 

(上手く立ち回っていれば、コーラルの不正を証言する機会だってあった。この様な危険を事前に避けられた筈だ!)

 

自らの衝動的な行動が現在の結果に繋がっていると信じている彼は、出撃前に相談役が口にした可能性について強く意識していた。グレイズに装備されている短距離レーザー通信システムは極めて単純な構造である。常に全方向に通信用レーザーを発信し、相互の回線を構築しているのだ。これはエイハブリアクターによって電波に依存したあらゆる手段が妨害されてしまうためである。残る方法はアンカーを使用した有線通信であるが、戦場で敵対者と有線通信で繋がっていたなど不審この上ない。そもそも戦闘中のデータは全て戦闘後に確認されるのだから、通信ログが残っている時点で終わりだ。生存を知らせたいと思う気持ちと同じだけ、アイン・ダルトンを巻き込んではならないと言う思いがロッドの口を頑なにする。しかし、彼の予想以上にアイン・ダルトンは優秀で聡かった。

 

『その動き!?』

 

MSの動作は膨大な動作パターンの中からパイロットの操縦に合わせて瞬時に最適なモーションが選択される。故に動きそのものは誰が扱っていようとも均一化されるが、行動そのものにはパイロットの癖が出る。射撃を受けた時どちらへ回避するか、攻撃を仕掛けるタイミングは?そうした選択や動作の呼吸と言うものに、どうしてもその人物の特徴が出てしまう。勿論多くの人間はそこまで気がつかない。しかし長く訓練を共にし、クランクの教えを真面目に実行していたアイン・ダルトンは、良く見た恩師の動きを理解する、出来てしまう。

 

『クランク二尉?クランク二尉なのですか!?そんな、どうして!?』

 

「!?」

 

動揺したアインの機体が硬直するのを見逃さず、ロッドは素早く、それでいてパイロットに危害が及ばない位置を蹴り飛ばす。大きく2機が離れた瞬間を見逃さず、ロッドは機体を翻し逃亡を選択する。

 

『待って!待ってください!なんで、貴方がどうして!?』

 

アイン・ダルトンの悲痛な叫びが、宇宙空間へ木霊した。

 

 

 

 

「我々に向けてグレイズを使うか!盗人猛々しい事だな!」

 

『色違い?』

 

「ギャラルホルン、セブンスターズがボードウィン家のガエリオ・ボードウィンだ。大人しく投降しクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を引き渡せば、然るべき手段で貴様等を処罰してやるぞ?」

 

『成程、つまり貴様も彼女を駒として使いたい輩の一人か。ならば遠慮は要るまい』

 

セブンスターズの名を前に躊躇なく交戦を選択する相手に、ガエリオは若干の驚きを隠せなかった。文字通りギャラルホルンの頂点に君臨している7家を敵に回すなど、常人であればその意味が理解出来ないはずがない。

 

「抵抗するか!」

 

『問答無用で殴りかかってきた野蛮人共の台詞かね?』

 

絶対的権力者に生まれた故に身につけた傲慢でガエリオは叫ぶ。だが相手は寧ろ皮肉を返してきた。挑発に対する耐性など持ち合わせていない彼は直に頭へと血を上らせた。

 

「犯罪者が!」

 

『犯罪者?犯罪だと?笑わせるなギャラルホルン!現状に胡座を掻き、自らの繁栄のみに注力し!弱者を救おうともしない貴様等が正義だ秩序だを語るなど、滑稽を通り越して不愉快だ!』

 

ガエリオの搭乗するシュヴァルベ・グレイズはエース向けの高性能機だ。操作難易度の上昇や、リアクター出力の低出力時に機体動作が大きく低下すると言った問題は抱えているものの、その性能は確実にグレイズを越えている。

 

「何故避けられる!?何故当てられる!!?」

 

機体のステータスは全て正常を告げている。敵機の動きも特異な点は見受けられない。

 

(いや、回避のタイミングが早い!こちらの動きが解るとでも言うのか!?)

 

ガエリオの背に悪寒が走る。そんな馬鹿な事があるのか。無論幾度も相手をした間柄ならばその様なこともあり得るかもしれない。しかし目の前の敵と相対するのは初めてであると断言出来るし、ここに自分が居る事も多くの偶然の結果なのだ。少なくとも事前に情報を収集、対策する対象に含まれていたなどとは考えにくい。

 

「純粋に技量で劣ると言うのか!?そんな屈辱!!」

 

『そんなことを屈辱と感じているウチはただのガキだ、出直してこい』

 

鋭い弧を描いたハンドアックスが、すり抜け様にシュヴァルベ・グレイズのスラスターを切り飛ばす。圧倒的な加速性を担保するそれは、同時に一部が失われれば途端に機体の制御難易度を跳ね上げる要因となる。自らの手綱を離れて暴れようとする自機を懸命に抑え込みながら、敗北の不快感をガエリオは思わず言葉として吐き出す。

 

「火星人が!」

 

『罵りにまるで品がない。名家を気取りたいならその辺りも学びたまえよ』

 

皮肉と共に放たれた砲弾を回避したことで、ガエリオの機体と敵艦とは大きく距離が開いてしまう。それでも追いすがろうとする彼を止めたのは、友人の声だった。

 

『ここまでだ、ガエリオ』

 

「マクギリス!俺はまだやれる!」

 

『お前が良くても他の者達が無理だ』

 

その言葉にガエリオは周囲を見渡す。そこには信じられない光景が広がっていた。無傷の機体は一機として無く、それでいて周囲に討ち取った敵機の姿は無い。それはつまりこちらが一方的に嬲られたという事だ。

 

「馬鹿な。辺境と言ってもギャラルホルンの部隊が、こうも一方的に…」

 

『連中の練度は海賊共などとは比べ物にならない。それにあの二機のガンダムだ』

 

「ガンダム?」

 

『そうだ、人類史の転換期に現れ、多大な影響を与えた存在。我々には厄祭戦を勝利に導いた伝説のMS、と言った方が通じが良いか。クーデリア・藍那・バーンスタインはその二機を従えている』

 

「…厄介な話になりそうだな」

 

そう呟くガエリオの言葉に、マクギリスが即座に応じた。

 

『なりそう、ではなく既になっている。先ずはアレの回収と、火星支部の掃除を済ませねばな』

 

そうマクギリスの機体が指さした先には、無残な姿のコーラル機が漂流していた。

 

 

 

 

「ああ、うん。そうか、そうか。コーラルは失脚したか。無能とは思っていたが想像以上だったね。毛程も役に立たなかった」

 

温厚な声音で辛辣な台詞を放った男は、吸っていた葉巻を口から離し笑って見せる。

 

「それに比べてCGS、ああ、今は鉄華団と名乗っているのだったかな?連中は大したものじゃないか、見事にクーデリアを守って見せた。革命の乙女を守る若き騎士、実に大衆好みの物語だ」

 

しかし報告書をめくり読み進める内に、彼は困り顔になり唸る。

 

「ううん、参ったなあ。これは早まったかもしれん」

 

彼にとってクーデリア・藍那・バーンスタインは理想的な投資先の筈だった。組織を持たず裕福な家庭に生まれた彼女は、その影響力に対して驚く程少額で扱うことが出来た。今回の地球行きに関しての資金援助すら、彼女が師と崇めるアリウム・ギョウジャンが要求してくる活動資金の半年分にも満たない。そんな彼女に彼が求めていた役割は悲劇のヒロインであった。うら若き火星の乙女が地球の権力者によって惨たらしく殺される。それによって両者の対立は深まり、対立は武力の衝突へと発展すると言うのが彼の筋書きであった。

 

「彼女の周辺を固める戦力は想定以上かもしれない」

 

無論コーラルが度を越した無能であった可能性もゼロではない。だとしてもそれを理由にギャラルホルン火星支部の有する大半の戦力相手に勝ちきった事実から目を背けるべきではないと男は考えた。

 

「うん、作戦を少し変えるとしようか。これを抜けられるなら、彼女はもっと大きな役割に付けることにしよう」

 

ノブリス・ゴルドンはそう笑い指示を出す。時代は少しずつ、しかし確実に混迷の度合いを深めていった。




R18と書いたらエロいことに決まっているだろういい加減にしろ!

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